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おじさん、少女を救う筈が……

ケーニスは少女を抱えて走り続ける。


転移した先は自然あふれる森の中。足場が悪いが、ケーニスは速度を緩めない。

メディから前もって聞いた方角に向かい前進しを続ける。

行く手を阻む樹木や魔物を最低限の所作で躱しながら、少女に負担をかける事無く歩みを進めていた。


今、ケーニスがやっているのは、おそらく無意味な事。

恩を売る対象は未だに眠り続けており、微動だにしなかったのだ。



スリープの効果時間はとうに超えている。

昏睡が何時解けてもおかしくない状況なのだが、少女は目を覚まさない。

彼女の眠りは思いのほか深いらしく、揺さぶっても起きようとしない。

魔法の影響下を離れても続く睡眠を、ケーニスは見届ける事しかできなかった。


原因は疲労よるものだと憶測する。

長時間の監禁生活、加えて彼女は小娘。 疲労していない方がおかしい。

肉体面により、精神的な疲労は…… いや、発狂して壊れてしまっている可能性もあった。


その事に思い至ると、ケーニスに冷たい汗が流れる。


これからする事は、徒労に終わる確率が高い。 そう悟ってしまったのだ。

名案だと確信した思い付きは、新たな可能性により頓挫していた。

彼女を助ける事は、寧ろケーニスにとってリスクでしかない様に思えてくる。


というか、このまま彼女を王都まで送り届けた場合……

ケーニスを待っているのは、冤罪による処刑である。 無いとは言えなかった。



よし、このままここに少女を放置しよう! うん、それがいい。 


又は、 口封じに殺してしまおう!



そう結論付けられたなら、ケーニスはケーニス(小心なおじさん)をやっていなかっただろう。

ケーニスは人間が嫌いだ。でも、少女を昏睡状態で放置するなんて大胆な行動に踏み切れなかった。



あとは冒頭に戻る。

ケーニスは、少女を抱えて走った。 彼女を意識がないまま、ゼザ王都まで運ぶ事に決めたのだ。


後の事は、流れですよ。 きっと、何とかなるでしょう。





事態が好転したのは、それから直ぐの事でした。


抱えた少女が目を覚ましたのです。

それは、しょうもないケーニスの心労を、晴らしてくれる事になりました。





別の方向的な意味で……







「あ、 起きました?」


掛けられた第一声に、少女は反応する事無くポカーンっとケーニスを眺めていた。


口をあんぐりとさせる様は、あまり褒められた物ではない。

ケーニスは小さく咳ばらいをすると、走るのを止めて少女をその場におろす事にした。


少女も自身の不躾な視線に気付いてか、頬を赤く染め視線を逸らす。

彼女はケーニスの手を離れると、申し訳なさそうに俯いた。



「た、助けて下さったのですか?」


消え入りそうな声が、ケーニスの耳に届く。

ケーニスはここぞとばかりに、即答した。


「はい!

 森の奥に廃屋が有ったので、休憩をとろうと思い立ち寄ったのですが、そこで貴方を見つけ……」


「助けて下さったと……」


「はい」


少女はケーニスの肯定を受け取ると、顔をさらに赤くする。

その反応はどこかリュミスを彷彿とさせるもので、ケーニスは内心ドキリとしてしまった。


「そ、そうですか。 助かりました。

 でも、あそこには魔族がいたと思うのですが…… まさか、貴方が退治を?」



!?



「…… いえ、そんな者はいませんでしたよ」


ものすごく都合の悪い受け答えに、ケーニスは肝を冷やす。


少女には疑われてはいないと思うが、少し間が空いたのは不味かったかもしれない。

それに顔を少し引き攣ってしまっていた。


対称的に、少女は安堵した様だ。



「魔族って、 僕、まだ見た事が無くて……」


「ご、ごめんなさい! 怖がらせる気はなかったの! でも、あそこには魔族がいた筈だから… 恐ろしい魔族が……」


「へ、へぇー それは…… 大変ですね」


「ええ、 そうなの。 あの者は尋常じゃない気配を放っていました。

 昔、ドラゴンを間近で見た事がありますが…… アレと比べるとただのトカゲでした。

 上位魔人。 とんでもない化物です。

 私を捕らえていた魔人に『死神』と言われていました」



……(^ω^;) 心当りがあり過ぎて、ケーニスは声が出せなかった。



愚かだとは思っていたが、まさかこれ程とは……


逃げた低級共は、正体をばらした上で、ケーニスを特定できるキーワードを残して行った様だ。

それに彼女が言っている魔人とは、おそらくケーニスの事だろう。

上位魔人。 何故、そこまで口にしたのか……


救いがあるとすれば、『死神』なんて恥ずかしい二つ名を持つ魔人の噂が、人間達の間で広まっていないという事だろう。





少女は話は続く。


「……あの、お顔が青くなってますが、大丈夫ですか? 


 心中お察します。 ええ、怖いですよね!


 何たって、上位魔人です。 歴史に語られる上位魔人が、この世に現れたのです!

 私を捕らえた魔人は口を揃えて言っていました。

 残虐非道の魔人であると!

 人間が嫌いで、人間を捕らえれば男は殺し、女を犯す。

 老いは磨り潰し、子供らに食事として与える。

 子は玩具。 乱暴に扱い、玩具として飽きれば殺す。 とんでもない存在です」



……(^ω^♯) アレレ、おっかしいぞ。



確かに、 確かにケーニスは人間が嫌いな魔人である。


しかし、否だ! 断じて否だ! そんな事する訳がない。


そもそも、ケーニスは3000年の魔界勤め。 生粋のエリートだった魔人である。


魔人になる前は、確かに人間界に居た。

人間を憎み、殺したいと思っていた。 


だが、あの頃は奪われる側。

力が…… 無かったのだ。



そう、これは謂れ無き誹謗中傷である。



おのれ低級共…… 覚悟しとけよ。





少女はまだ話は続く。


「……あの、お顔が赤くなってますが、大丈夫ですか? 


 心中お察します。 ええ、憤りますよね!


 なんせ最低の男だそうです。




 話はまだ続きます」


「え、まだ続くの?」


「ええ。 その者は……」


「その者は?」
















「貴方…… 様、ですよね?」



「……」



「噂は当てになりませんね。 話が出来そうです」



「……」



「肯定ととります。

 

 取引をしましょう。 私は上級魔人である貴方様に取引を要求します!」







「随分と勝手な物言いだな。


 だが、褒めてやるよ! 僕の正体に気が付いたんだ」


急な展開に流されてしまったが、ケーニスが自信満々に少女を褒め称える。

どうにか、話の主導権を握りたかったのだ。 


と、少女が不意に間の抜けた顔をする。

思いの外整った顔をしているだけに、そのギャップがケーニスから威厳を奪った。



「隠す気が無かった。 の間違いでは?」


「え? 一応…… 隠してるつもりだけど……」


「ご冗談、ですよね? 貴方様から放たれる異様な気配で、空間が歪んでますよ?」


「……普通に過ごしてるつもりだったんだけど、 変、 だったかな?」


「変です。 加えて言うならあり得ません! 隠すなら、もう少し努力を見せて下さい」


「あ、はい」


酷い言われ様だった。

が、参考になったので、ケーニスは素直に返事をした。



「フフフ、 ホントに話が出来そうな方で良かったです」



少女は言葉を終えると、非礼を詫びるかのように頭を下げる。

そして、要求と対価を口にした。





……

…………

………………





「ゼザを僕に?」


「ええ」


少女は真顔だった。 それが、嘘偽りでないと告げている。



「いやいや、その対価おかしい!」



ケーニスは困惑していた。


普通は流れ的にもゼザを救う為、自身を犠牲にする場面である。


それなのに彼女はゼザを…… 国をケーニスに譲渡すると言うのだ。



「おかしくはありません。 正当な対価です。

 私はふざけてなどおりません。 どうか、お受けして頂ける事を重ねてお願い申し上げます」


少女は真剣だった。

が、ケーニスは返す言葉が思いつかない。



「しかしだな…… 意味が分からん! 要求がふざけ過ぎている。

 君の様な存在が…… なぜ?」



「なぜ? そんな御無体な……」



不意に向けられたのは、絡みつく様な熱を帯びた視線。

その瞳はどんよりと濁り、彼女の狂気を覗かせていた。



「貴方様のようなお方に飼って頂けるのであれば、私は私が差し上げられる全てを貴方様にお譲りするだけの事です」


「……」


「肯定ととっても、よろしいですよね?」



それは少女の声ではなかった。

それは獲物を狙う肉食獣の様に獰猛な色を含んでいた。


余りの迫力に、ケーニスは立ちすくんだ。



「ご主人様♡ 末永く、よろしくお願いします!」



駆け寄って抱き着こうとする少女。 しかし、ケーニスはそれを振り払う。




「臭い!」


事実、臭かった。


主人の拒絶に、少女は顔を赤く染める。 自身の穢れに気が付いた様だ。

一度体に鼻を向けると、少女は大きな目に涙を貯め、その場に崩れ落ちてしまった。


泣き顔は年相応。

年長者のケーニスにはやり辛い相手である。



ケーニスは思う。


言動からも察する事だが、やはり彼女は壊れてしまっているらしい。 でなきゃ、色々とおかしい!

彼女の名誉のためにも、断固として現状に異を唱える! そうするべきだった。


が、非常にも現実が愚図りだす。




少女が濡れた瞳で、ケーニスを見詰めていた。


捨てられた子犬の様に哀れな瞳で……



それは、もはや兵器と言っても過言ではなかった。






「風呂、入れてやるからついて来い」


何故そんな事を言ってしまったのか……  男なら仕方ないよね。(´・ω・`)

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