8 成り行きで肉ゲット
埴輪の無事を確認した後、僕は脱力してその場に転がった。
「異世界に来て2日目でコレか…」
周りには花モンスター。花の下のあちこちに見えてる魔物や動物の骨。僕の身体の下にもあるようで、ゴツゴツ背中にあたる。近いところに内蔵を晒したレッドボアの体と切断された頭部。養分にするのか、何匹もの花モンスターが死骸によじ登って根を張っている。端から見れば地獄絵図だ。
それなのに、ぜんぜん気にならない。見上げた空は青く澄んでいる。遥か上空を飛んで行くのはドラゴンか?
さっきまでの戦闘なんて無かったかのように、今はとても穏やかだ。森から聞こえる鳥の声と、遠くに響く動物の声が、こんなことは当たり前の日常なのだと教えてくれる。
「腹減ったな~」
つぶやいてから、そういえば朝にコンビニおにぎりと焼き鳥食っただけだったと、思い出した。もう昼過ぎだし、あれだけ動いたんだから腹も空くか。
なんだか、不思議な気分だ。恐ろしい思いをしたのに、怖くないのだ。『死にたくない』なんて気張っていたのが嘘のようだ。もちろん諦めたわけじゃない。肩からへんな力が抜けたような感じだ。
身体を起こして、埴輪が持ってきてくれたリュックからペットボトルを取り出し、水を飲んだ。
目の端に花モンスターが集っているレッドボアの死骸が入ってきた。
「なぁ。レッドボアの肉、少し貰えないか?」
何が気に入ったのか、ずっと僕の側で楽しそうにしているドライアドに声をかけた。
『お前、倒した獲物。全部お前の』
え、そうなの?だって花達が根を張ってるよ?
どうやら花達は血抜きをしていたらしい。放って置くと、血の臭いで他の生きものが寄ってくるからだそうだ。なるほど、もっともだな。
立ち上がり、魔石を取り出した後に放り出してあった剣を拾ってレッドボアに向かった。この剣、ひょっとしたら名のある剣なのかもしれない。汚れてはいるが凄い存在感がある。そんな剣なのに、僕の魔力を受けたせいなのか、妙に手にしっくりくる。
レッドボアの前に立つと、花達がさっと避けてくれる。すっかり血抜きされたレッドボアは、無残な傷口はそのままだが、濃いピンク色の意外に綺麗な肉をしていた。
「焼かないと食えないよな」
さすがに生で食う気はない。でも、ここで火を使うのは…。
『焼く、しないのか?』
「は?火は嫌いなんじゃないのか?」
驚いたことに、ドライアドの方から火で炙れと言ってきた。よく聞いてみると、落雷や風で木が擦れたりと、森でも自然発火でたまに火災が発生するんだとか。もちろんそれで燃えて死ぬのは嫌だが、火事の後はその地が浄化され、新しい木が生える。だから別に嫌いではないらしい。僕の花火に怯えたのは、自身を傷つけるために向けられた火だったから、なんだそうだ。
魔物達の食事は基本的に生食だ。だから、人間の《調理》に興味があるらしい。
やっぱり魔物の考え方はよくわからない。
僕が考え込んでいた間に、ドライアドと花達とで枯木を集めて、花畑の中に焚火の準備をしてくれた。どうやら、彼女達にとって僕の食事は興味深いイベントのようだ。
火を着けた時も、木の枝に肉を刺して焼く時も、そして肉を頬張る時も、ドライアドと花達は僕の周囲で見物(?)していた。
肉は美味かった。豚肉よりも旨味があって、少ない脂身は甘味すら感じるう。程よい弾力の肉を噛むと肉汁が溢れ、調味料もないのに凄く美味い。この圧迫してくる花達の視線(目の位置はわからないが視線は感じる)があってもだ。
人間が犬や猫にエサをやって食べる仕種を見るのと同じ感覚なのか、花達がレッドボアの肉を切り取って次々持ってくる。ご丁寧に枝に肉を刺して、触手を器用に使って焼いてから差し出してくるのもいる。
だが、僕は人間だ。象よりデカいレッドボアを一匹食えるほどの胃なんて持っていない。
「あ、ありがとう。もう腹いっぱいだよ」
これだけ熱狂的(?)に進められた肉を断ったんだから、怒り出すかと思ったのに、何故か満足そうに笑って頷いているドライアドと揺れる花達。
『残り 我が持ってる。いつでも食える』
それはありがたい。ドライアドの木の中は時間経過が違うから、新鮮なまま保存しておける。寝ぐらから徒歩約3時間というのがちょっと気になるが。なんといっても象サイズのイノシシなのだ。食べきるのに相当時間がかかるだろう。けれど、肉はともかく内蔵の料理は今の段階じゃ無理なんで、花達に進呈した。彼女(?)達は喜んで地面の下へ持っていった。
腹もくちくなったところで、自身の汚れが気になった。
レッドボアの腹に手を突っ込んだのだ。肘の上辺りまで血で汚れ、生地が黒くて目立たないがTシャツも血まみれだ。この手を使って食事ができたのが今更ながら驚きだ。
寝ぐら近くの水場まで我慢か~と半ば諦めていたら、ドライアドが水を提供してくれた。触手の一本を僕に差し出してきた。促されるまま先端に傷をつけると、水が出てきたのだ。なんでも、地下から根で吸い上げているんだそうだ。そういばTVで見たことがあるな。切った枝から滴る水を飲む、ジャングルに住む人の姿を。
身体を洗い、ついでにTシャツも洗ってみた。本当は素っ裸になって水を浴びたかったのだが、とにかくドライアドと花達が興味津々といった感じでずっと僕を見ているので上半身だけで我慢した。太陽の下、魔物に全裸を注目されながらシャワーとか、どんなプレイだよ。
洗い終わったTシャツは花達が乾かしてくれるそうだ。人の服が珍しいのか、触手で振り回し奪い合いながら走り回っている。あれなら早く乾きそうだ。
そう思いながら僕はタオルを差し出す埴輪を見た。
「やっぱり大きくなってる」
さっきリュックを持って来てくれた時にも思ったが、埴輪が大きくなっているのだ。体長30cmのド〇えもん体型だったのが、体長40cmほどになり某ゲームのサボテンのモンスターのようになった。
キングレッドボアの魔石の影響なのか?それとも強敵を倒して経験値を得て進化したとか?
身体は少し大きくなったが中身は変わりないようで、タオルを受けとらずにジッと見つめる僕を、不思議そうに見上げていた。
「さっきは本当ありがとな。それと、ゴメン。僕のせいでお前を死なせかけた」
相変わらず穴が3つあるだけのマヌケ…ゲフゲフ…素朴な顔。小さな身体で、僕を守るために像よりデカイ魔物に立ち向かってくれた。そして僕の無謀な行動で危うく埴輪を、この世界でできた初めての友を失いかけた。血まみれの手より、花畑に転がってる小さな骨より、その方がよほど恐ろしい。感謝と謝罪を込めて埴輪の頭を撫でてからタオルを受け取った。埴輪は気にするなと言うように僕の足をポンポンと叩いた。
その後はドライアドに色々聞いてみた。彼女は木の魔物だ。地球にも樹齢千年を超える樹木もあるのだ。おそらく相当長く生きているに違いない。そう思いこの森のことを尋ねると、やはり知っているようで答えてくれた。ただ、ドライアドの時間感覚は僕とぜんぜん違っていて、本当の数日前と数百前を共に『この前』と表現するので凄く困った。僕が寝ぐらに決めた、数百年もしくは数千年は経っているだろうあの遺跡のことも、この前まで人が住んでいたと言ったのだ。
要約すると、(たぶん)数千前、あの遺跡を造った人間は一時はどんどん増え栄え、木を切り石を積み建物を建て森を侵食していった。木を傷付ける人間が大嫌いなドライアドは怒り、人間を滅ぼそうとしたらしい。だが彼女が行動を起こす前に、人間が神と崇めていた魔物が暴走して、街を破壊し人々を殺した。生き残ったわずかな人間は、逃げ出すようにこの地を去ったそうだ。
僕の寝ぐらにそんな血生臭い歴史があったとは。まぁ、気にしないでおこう。地球だって同じようなものだしな。戦の跡や人が虐殺された地なんかは観光地になってるんだから。
「さっきのキングレッドボアみたいな狂暴な魔物ってたくさんいるのか?」
この世界の歴史も気にはなるが、僕にはさっきあったばかりの出来事の方が重要だ。昨日のサーベルタイガーは魔物ではなく普通の動物のようだった。だから、地球産の動物と似たような行動原理で動いていた。けれど、キングレッドボアは違った。死んだゴブリンに必要以上に攻撃していた。その後、ドライアドにもいきなり攻撃していた。怒りに我を忘れてというより、まさに暴走しているみたいだった。同じ魔物だろうドライアドや花モンスターもなにかの拍子にああなってしまうのか、あれは魔物の特徴なのかとても気になる。
『いや、ない。なかった。あれ、変』
ドライアドは首を振って困惑したように答えた。彼女達が住む森には比較的小型の獣と、魔物はせいぜいゴブリンかコボルトの群れが多くいるくらいで、あまり大きなものはいないらしい。普通のレッドボアもいるが、ゴブリンやオークのような社会性のある集団でなら《階級》のようなものがあるので、稀に上位種が現れるが、本来臆病で獣に近いレッドボアがキングレッドボアになるのは殆どありえないらしい。
「なにが原因かわからないのか?」
『わからない。ただ、この頃、世界の空気、変わった』
どうやらキングレッドボアの狂乱には何か外的要因があるようだ。ということは他にも狂暴な魔物がいるかもしれない。これからはより一層警戒しなければ。
考え込んでいたら、埴輪が僕の足を叩いて気を引いてきた。空を指しながら訴えてくる感情は、そろそろ寝ぐらに帰った方がいいと伝わってくる。そういえば、ここから寝ぐらまで徒歩3時間だったっけ。暗くなる前に戻らないとそれこそ危険だ。
「ドライアド、今日は帰るけど、明日、また来てもいいか?」
『あした…』
花達から受け取ったTシャツを着ながら聞いてみると、彼女は首を傾げて考えている。時間の概念が違うから《明日》という意味がわからなかったのかな?とにかく、せっかくできた異世界の知り合いだ。もっと色々聞きたいからな。
「日が沈んで次の日が昇ったらだから、すぐだよ」
ドライアドは笑って頷いた。
僕は夕食用の肉を少し分けてもらい、僕は寝ぐらに向かった。