5 埴輪?
目を開けると自分の部屋ではない壁と埃っぽい土の臭いと妙にチクチクする寝床に、自分が何処にいるのかわからなかった。壁の隙間から入る日差しと、壁の向こうから聞こえる雀やカラスとは違う鳥の鳴き声で、だんだん覚醒してきた。
そして思い出した。異世界に転移したことを。
ガバッと起きて辺りを見回した。そうだよ。ここは昨日僕が作った寝ぐらじゃないか。やはりあれは僕の身に実際に起きたことなんだ。息を深く吐いてもう一度寝床に転がった。上を見ると崩れかけた遺跡の天井があった。かなり隙間があるのか外の光りがあちこちから差し込んでいる。一晩寝たんで落ち込んでいた気分はかなり浮上していた。こんなところで熟睡できた自分にちょっと引いたけど。
「しっかり生きぬいて帰る方法を探さないとな」
ヨシッ!と気合いを入れて起き上がろうとした時に枕元にいるソレに気付いた。隙間の日差しを受けてキラキラ輝く青い、埴輪だった。
「うわぁぁぁっ!」
のんびり屋の僕にしたらかなりの俊敏さを発揮して、寝床から転がり出て壁に縋り付いた。
「なんだコイツはっ!どっから入った!蚊取り線香は効かなかったのかっ!」
冷静に考えたら埴輪に蚊取り線香は効かないと思うが、取り乱した僕は気付かなかった。
そいつは、埴輪のくせに静かに正座していた。叫び疲れて肩で息をしてる僕を余所にヤツは何もして来ない。
アレ?動かないとか?
正座してるからはっきりとはわからないが、体長は30cmくらいか。埴輪にしては太めかも。目と口の部分に丸い穴が空いている。咄嗟に埴輪だと思ったが、ずんぐりした姿はどっちかと言うと土偶かドラ〇もんだ。それに本物の埴輪とか土偶のように土で出来てるんじゃない…石?いや、水晶で出来てるみたいだ。ん?水晶?ハッとして昨日この遺跡内に転がってた崩れた神様の像の水晶を置いた場所を見た。無い。無くなってる。数個あったはずなのに1つも残ってない。まさか融合したのか?
「やっぱり神様かっ!この遺跡はひょっとして神殿だったのかっ!?」
僕は速やかに埴輪に向かって土下座した。
「すみません!悪気は無かったんですっ!祟らないでください~っ!」
日頃母と姉に虐げられ…ゲホゲホ、世話を焼かれて過ごしている僕は、彼女達の機嫌が少しでも悪くなると、トットと謝ってやり過ごすという裏ワザを持っている。いつものように脊椎反射で速やかに謝罪をくりだした。
祈るよう指をくんで土下座しながら懇願した。小さくて若干マヌケな…ゲフゲフ、素朴な顔していても神様(たぶん)なんだから早めに懺悔した方がいいだろう。ちなみに普段の僕は、困った時やガチャを回す時なんかに適当な神様に祈る程度の信仰心しかもっていない。だが、目の前に現物(?)が出たんだからやっぱりここは頭を下げた方がいいだろう。
そのまましばらく額を床に付けて待った。
だが、なんの返事もない。やっぱり動かないのか?おそるおそる顔を上げて埴輪を見た。
なんと、ヤツは立ち上がっていた。
「う、動いたっ!」
僕は再び壁に縋り付いた。ヤツはちょこちょことこちらに歩いてきた。声も出せずにビクビクしている僕のすぐ前まできて、こちらをじっと見つめてくる。敵意や悪意は感じない。なんだろう、なんか親しみのある波動を感じる。
見つめあったのは数分だったと思う。埴輪はそれ以上動くこともなくただ見つめくるだけだ。いつの間にか恐怖心が消えていた。導かれるように僕は埴輪に手を伸ばし、その頭にそっと触ってみた。
触れた瞬間に感じたのは魔力だ。それも僕自身の。驚いて手を離して埴輪を見つめて考える。
そういえば昨夜ヤケクソで適当に呪文唱えた時、身体から魔力が抜けた気がしたよな。確か水晶は、呪文の先の壁際に置いてあったような…。
「お前、ひょっとして僕の魔力でその姿になったとか?」
もう一度埴輪の頭に手をあて、小さなこえで聞いてみた。正直、自分でも、まさかな~って思いながら口にした言葉だ。
だが、埴輪は劇的な反応をしてみせた。
先が丸くなった手を僕に伸ばし、手と似たような足で左右な揺れだした。喜んでる波動が伝わったくる。
どうやら本当に僕の魔力でてきたようだ。
「な、なんで!?まさか聖霊か何かなのか?知らないうちに召喚魔法を使ったとか!?」
昨日の呪文のどれかが実は埴輪作成呪文だったのか!?いや、そんなワケないだろう。冷静になれ僕。
昨夜適当に唱えた後、確かに魔力らしきものが身体から抜けた。そうしたらダルくなったんで寝たんだけど、その時最後に何を思った?
寂しい、だ。だからカワイイ女の子を…じゃなくて、誰か人に会いたいと願ったんじゃなかったか。
「お前、僕が願ったから出来た、のか?」
踊っていた埴輪はさらに喜ぶようにぴょんぴょん跳ね出した。当たりみたいだ。これが魔法なのか~っていう驚きと感動、なんで炎や風とか定番魔法じゃないんだよ~というちょっぴりのガッカリ感に浸りつつ埴輪の喜びの舞を眺めた。神様の像(じゃないみたいでホッとしたが)の水晶が僕の魔力を得てこの姿になったのは間違いないようだ。人じゃなくて埴輪じゃないか、と突っ込みたいところだが、嬉しそう踊る埴輪を見ていたら、こちらもなんだか楽しくなってきた。
「なあ、埴輪。僕と友達になってくれるか?」
昔の子供向けアニメの主人公のようなセルフを吐いてしまった。もうちょっと言いようがあっただろうが、とっさに出たんだから仕方がない。
埴輪は踊りを止めて僕を見上げてきた。僕が右手を差し出したら何をしたいのか理解したようで、同じように右手を出して僕の手に触れてきた。僕の魔力で出来たからなのか意思や感情が伝わるようだ。今も、さすがに言葉を話すことは出来ないようだが、すごく嬉しい、そして楽しいという感情が伝わってくる。
埴輪と友情が芽生えたところで僕の腹が鳴った。コンビニおにぎりと焼き鳥の残りとペットボトル入りお茶で手早く朝食を済ませた。これで持っていた食料はビール2本を残して無くなった。食料確保が最優先だな。
「よし、外に行くぞ埴輪!」
出入口の木や石を退かして葉っぱの暖簾の隙間から外を覗いてみた。すぐには出ない。気合い入れて宣言したがここは異世界。昨日のサーベルタイガーのような猛獣もいるんだし、慎重に行動しなければ。断じてチキンだからではない。
外を怖々覗いて…イヤ、慎重に観察していたら足元にいた埴輪が僕の足をつついた。目を向けると、任せろと言うように胸を叩いて葉っぱの暖簾を男らしく払って出ていった。なんと偵察に行ってくれるらしい。
埴輪は出入口から少し離れた所へ走っていった。しばらくキョロキョロ周囲を見ていたが、危険な物は無かったのか、こちらを見てちょいちょいと手招いた。
その姿にやっと安心して、僕も外へ出てみた。
そこには、幻想的な風景が広がっていた。朝の森はとても美しい。
大木が林立する深い森。うっすらかかる白い霧。所々に見える遺跡の残骸。そこへ木々の隙間から光りが差し込んでいる。そこここから聞こえる鳥と動物の声すらその幽幻な風景を彩るの一部のようだ。
見とれていたが、気温の低さに我にかえる。早朝ということで半袖1枚だと少し寒い。
昨日見つけた水場に行って顔を洗い、寝ぐら前に作ってあった竈に拾ってきた小枝を入れて着火マンで火をつける。サバイバルの定番、火お越しをやらずにすむのはかなり助かるな。
石はたくさん落ちてるが、火打ち石がどれなのかわからないし、アニメなんかで見かける木を擦って火種を作る、なんてコトも出来るかわからない。でも着火マンの燃料が切れたらおしまいなんで何か対策を考えないとな。
パチパチと燃える竈で暖をとりながら今日の予定を考える。
炎や風といった定番魔法が使えるのか調べてみたい。だが、それは後回しだ。まずは拠点の周囲の探索だ。
「とりあえず食料確保は大前提なんだけど、人がいるかどうかも気になるよな」
動物を狩って肉を得る、なんてことも考えたが、殺して捌いて食うなんて僕にはハードルが高過ぎる。だか、『死にたくない』って思うのなら早めに克服しなければならない問題だろう。
とりあえず、木の実等食えそうな植物を探そう。池にいた魚を採れたらいいんだけどな。
そして、人を探す。
1度目に転移したところには人がいた。2度目に転移させられたここが1度目と同じ世界なのかもわからない。だがここには遺跡がある。過去の産物だし造ったのが人間かどうもわからないが、文明を持った何かが確かにいたのだ。この遺跡の文明は滅んだようだが、造った者達の子孫達がこの地のどこかにきっといるはずだ。
「お前の働きにも期待せてるぞ?」
おとなしく横に座っていた埴輪に笑いかけた。埴輪は任せろと言うようにぴょんと立ち上がって手を挙げた。水場の涌き水を空いたペットボトルに入れ、リュックサックを背負い、埴輪をお供にして僕は森へ分け入った。