4 定番魔法
「とりあえず寝ぐらを快適にしないとな」
入口が狭いおかげで思ったよりゴミが少ないのが救いだ。小石はたくさん落ちている。一番奥に、崩れていてわからないが何かの像でもあったのか、青い綺麗な拳大の水晶みたいな物が数個落ちていた。それは穴の端に置いておく。神様の像のなれの果てだったら捨てたら祟られそうだからな。小石は後で使うんで外に積んでおく。目に付く石やゴミを片付けた後は、小枝を拾ってビニール紐でくくって作った簡単な箒で掃き清めていく。
小石や砂、細かいゴミをよけたら青い綺麗な石でできた床が出てきた。半透明の青一色。触ると確かに硬い。けれど柔らかいような不思議な感触がする。なんとなく温もりもあるような…。ただの石とは違うようだ。
森で一番危険なのは肉食獣ではなく、実は昆虫だとどこかで聞いた事がある。昆虫は小さくどこへでも入ってきて、毒を持っていたり病気を媒介したりもするからだ。
都会派の僕だが、カブトムシとかクワガタ等、いわゆる男の子が好きな昆虫はわりと好きだ。が、その他の虫は基本的に好きではない。この寝ぐらの中の目に付く所にはいないけど、気分の問題だ。そこで我が家の花火必須アイテム、蚊取り線香サマの出番だ。この世界の虫に効くかはわからないけど、昔からある商品だし同じ虫なんだし、ここは日本の技術を信じる事にする。
次に、箒にした小枝より細かいのをたくさん集めてきて平らにならし、森に生えていた僕の背丈くらいある葉っぱを何枚も上に敷いて寝床を作った。蚊取り線香の煙りが充満してくるとなんとなく安心してくる。なかなか部屋っぽくなってきたじゃないか。
寝ぐらから出たところに、掃除の時に集めてあった大量の小石と外に転がってる大きめの石を使って竈も造ってみた。アウトドア趣味なんてないから、どこかで適当に見ていたテレビや本の情報だけで造った。それにしてはよく出来てるんじゃないかな。いつも母親や姉にうるさく世話を焼かれているが、僕だってやるときはやるのだ。
ここまで作業したところで空が薄暗くなってきた。周囲の森からは虫の音が、遠くからは夜行性の動物の声が聞こえてくる。暗くなってから動き回るのは危険だと思い、寝ぐらに入った。出入口は寝床に使った大きな葉をビニール紐で縛ってのれんのような物を作って隠す。これだけでは不安なので長い丈夫そうな枝を数本立てかけ石で押さえて塞いでみた。
出入口を塞ぐと暗くなったが天井付近に隙間が所々あるから、全く見えなほどではない。今は夕方だからまだわずかに明るいが、日が完全に落ちたら真っ暗闇になるだろうけど。
「まだ1日経ってないんだよな」
スマホの時計は午前5時17分となっている。こちらの世界とは12時間ほど時差があるようだ。時計だけは元の世界の時を刻んでいるのだ。あの花火大会終了は20時くらいだったから、終了間際に転移してきてからまだ半日も経っていない。元の世界ならバイト明けで疲れてとっくに寝ている時間だけど、かなり緊張してるのか全然眠くない。
腹はバイト先で廃棄の弁当を2つも食べたからあまり空いてない。とりあえずビールと焼き鳥を食いながらこれからのことを考えてみる。美味いのがちょっと悲しい。
森の植生や遺跡。象サイズのサーベルタイガーを鑑みて異世界なのは間違いないだろう。
帰り方はわからない。帰れるかもわからない。ここは大陸なのか島なのかもわからない。人はいるのか。この森の規模はどのくらいなのか、森から出られるのか。サーベルタイガー並の、もしくはそれ以上の危険生物はいるのか。そして極めつけ、僕は今一人ぼっち。
いかん。いくら呑気者の僕でも凹んできた。せっかく先刻の恐怖心をなんとか抑えたのに、ぶり返しそうだ。どれも順位のつけられない重大時案だけど、一先ず置いておこう。落ち込み過ぎて絶望したら立ち上がれない。『死にたくない』ただこのことだけに集中しよう。
こんな時は別の事を考えてみる。
魔法だ。
オタクコンビの暴走っプリはどうかと思うけど、僕もちょっと期待いてる。魔方陣使って別世界の人間を複数召喚できるんだから。きっと魔法はあるはずだ。
「ファイア!」
壁に向かって手の平を突き出して有名な呪文を叫んでみた。
何もおこらない。そうだよな。いきなり出来たらホ〇ワーツはいらないもんな。
ラノベやアニメとかでは身体に流れる魔力を感じてとかなんとかあったよな。臍の下あたり、丹田に集中するとかしないとか。ここは結跏趺坐でもして精神を集中しよう。
い、痛タタタッ!ひっくり返ってしまった。普段正座すらしないのに、あんな複雑な座り方僕に出来るはずがないんだよ。仕方ない。あぐらのままでいいか。
奇しい知識を総動員してしばらくウンウン唸って集中していた。
するとふとした瞬間に腹に何か温かいものが溜まってきたのを感じた。至極アッサリと見付けた気もするが。ひょっとしたらさっき飲んだビールで軽いトランス状態なのかもしれない。
これか?これだよな。やっぱり魔法はあるんだっ!僕にも使えるんだ!
不安が一辺に吹き飛んだ。興奮しながらその温かいモノが身体を循環させるイメージをする。一度感知したら後はわりと簡単だった。
それを手の平に集中させる。風をイメージして…
「ウィンド!」
掌から何かがスーっと抜けたのを感じた。だが、しばらく待ってもなにも変化はなかった。
もう一度、十分力が集まったと思った瞬間、呪文を唱えてみた。が、何も起こらない。
「命の源よ、清らかなる水よ、我が手に集え」
呪文が違うのかと思い中二病的な呪文も唱えてみたがやっぱり何も出てこない。確かに身体から何かが抜けたのは感じるのに。
それから何度も集中と呪文を繰り返したけれど、何も起きない。
「メラ!ライト!フリーズ!ハリト!〇クスペリアーム・パトローナム!パルプンテ!ビビデバビデブー!ピリカピリララ・ポポナペペルト!メテオ!バルス!月にかわってお仕置きよっ!」
もうヤケクソだ。滅びの呪文まで唱えちゃたよ。
さっきまでの高揚感は何処へやら一気に落ち込んでしまった。身体もダルくなってきた。
ヤバイ。このままでは『死にたくない』という信念すら揺らぎそうだ。
ここは気分を変える最終手段、睡眠だ。酒のせいなのか、魔力が抜けたからなのかはわからないが、身体が重ダルい。寝よう。
寝床にゴロンと転がって目を閉じた。小枝がチクチクするけど気にしない。先天性スキル呑気者が発動したのか程なく睡魔がやってくる。
「明日は森の散策と食料確保しないと。猛獣に会いませんように。それにやっぱり一人ぼっちは不安だし寂しいよ。カワイイ女の子なんて贅沢は言わないから誰か人に出会えればいいんだが…」
そんなことをを思っているうちに意識が途切れた。
翌朝、目覚めた僕の目の前に青い埴輪が座っていた。