3 寝ぐらをつくろう
残酷シーンがあります
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今度は森の中をさ迷っていた。
「どこだよここ~」
まさかの二度目の転移?
真っ先に地面を見て魔方陣が無いか確認した。元の世界に戻れるかわからないのに更に転移とか冗談じゃないからな。どうやら魔方陣は無いみたいでホッとした。
周囲を見るとさっきまでいた洞窟内のホールではなく、森だ。樹齢何百年なんだろうって思うほどの背が高く、大人3人掛かりでも抱えきれそうにもない太い幹の木々が周囲を囲み、森のずっと奥まで続いている。公園で転移させられた時は夜だったのにこっちは昼間らしく、枝の隙間から見える空は明るい。その大木の下には差し込む日光を少しでも浴びようと様々な植物が競うように生えている。
歩き回ってみると日本で見たことのない植物ばかりだ。もっとも、植物にそれほど詳しいわけではないので、もしかしたら地球と似たものもあるのかもしれない。現に、大木に絡まる蔓植物に成っている実は葡萄に似ている。その木々の間、植物に埋もれる岩のようなものが転々と見え隠れしている。近付くと、かなり時を経た石造りの遺跡のようだった。
これはもう本当に異世界転移だと断定した方がいいだろう。
ここに転移したのは僕だけのようだ。他の連中がどうなったのか気になるけれど、あまり考えないほうがいいかもしれない。他の人のこと考えてる場合じゃないよな。森なんて中学生の時に学校で行ったなんちゃってキャンプ(安全なキャンプ場で風呂トイレ完備の施設に寝泊まりし、家で親に切ってもらってビニール袋に入れて持ち寄った野菜を鍋で煮たカレーを食う。森は眺めるだけで入らない)でしか行ったことない、僕は完全な都市型人間だ。それこそオタクコンビじゃないが、テレビやマンガ、ラノベでの知識しかない。
こんなに深い森なのだ。猛獣や魔物なんかもいるだろう。帰る方法がわからない今、どこか身を隠せる所を探さないと。パニックをおこしそうな心を抑えながら考える。それでもとりあえずは衣食住、服は着ているからいいとして、安全な寝ぐらと水と食料を確保しなきゃならないことくらいはわかる。
バイト帰りだからTシャツにジーパン、スニーカーだったのは行幸だ
「そもそもここは、一度目の転移地と同じ世界なのか?さっきは人間がいたみたいだけど、ここには森と遺跡しかないし」
最初に調べていた、完全に崩れ大きな石の山になった遺跡を離れ、次の遺跡に向かう。僕の背丈ほどもある草を掻き分けた時、いきなり目の前に山のような黄色い毛皮が現れた。
「グルルル」
豹?トラ?背中には豹のような斑点、腹から下には黒い縞模様。トラっぽいけど大きさが尋常じゃない。象くらいあるんじゃないか?上あごから長い牙が生えてるトコを見ると、コレがサーベルタイガーか?野生動物は目を合わせちゃダメだって言ってたのは〇ツゴロウさんだったか。なんて、現実逃避気味に考えてしまった。こんなデカイ猛獣がこんなに近くに来ていたなんて、まったく気付かなかった。
だが、サーベルタイガーは僕を襲うつもりはないようだ。なぜなら、何かを食っていたから。
野生動物は餌が確保出来たら無駄な狩猟はしない。確保した餌をサッサと腹に入れないと横取りされるから。そして無駄な戦いで怪我をしたらそれこそ生死にかかわるからだと、どこかで聞いたことがある。
それでも僕はジリジリ後退していく。背中に汗がつたう。
何食ってるんだ?後退しながら観察してみた。赤い…ヒール!?それを見て、心臓が跳ね上がった。2度目の転移の直前、僕を突き飛ばして走り去った、赤いヒールを履いたあの女の足だと気付いたのだ。
僕だけがここへ転移したのかと思っていたけど、僕と一緒に魔方陣の中央にあった女の足もここに転移してきたらしい。膝より少し上で切り取られたそれを、サーベルタイガーは食っているのだ。
「………うっ」
吐き気ご込み上げてきて思わず呻き声をもらしてしまった。サーベルタイガーが振り向いた。しまった!と思ったが、サーベルタイガーは獲物を奪われるのを厭うたのか、おもむろに2本あった足を器用に喰わえて、叢の奥へ走り去った。
後には、サーベルタイガーが食わえた時に足から脱げた、赤いヒールが転がっていた。
「…あんな生き物がいるのかよ…」
声が出せたのはしばらくしてからだった。
サーベルタイガーが去った方を呆然と見ていた僕に、人を食う生き物がいるという恐怖と嫌悪感が襲ってきた。嫌だ。喰われたくない。死にたくない。帰りたい。
しはらくそうして震えていたが、この場にいる方が危険だと顔を上げた。目の前にあの女の靴が転がっている。ふと、結果的には僕を守ってくれたそれを、せめて埋めてやろうと思った。そして、よろけながらもなんとか立ち上がった。
森の地面は色々な植物の根が張り巡っていて掘りにくかった。だが、木の枝で必死に掘った。そうして出来た小さな穴に、残されていた赤いハイヒールを埋めた。黙々と作業していたらだんだんと落ち着いてきた。埋めながら、それでも死にたくない、と強く思った。
少し盛り上がったその場所に手を合わせた。
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あんな危険ない生物がいるならちゃんと寝ぐらを探さねばと思い、遺跡周辺を真剣に探索した。石の隙間から水が流れ出る遺跡を発見したのはラッキーだったかもしれない。その水が流れ込んでいる草やらなにかが浮かんでる池の水はさすがに飲む気にならないけど、岩の隙間から流れ出る水は澄んでいた。それほど大きくない池は、周囲が草で被われているけど三畳くらいはありそうだ。底のほうでどこかに繋がってるのか魚が泳いでいた。この魚食えないかな。うまくすれば食料を確保できるかもしれない。
寝ぐらも本当は高い木の上がいいのだろうが、縄文杉ばりの太い幹と推定10メートル上にしか無い枝に、木登りもしたことのない、とりわけスポーツが得意なわけでもない僕には到底無理だと早々に諦めた。仕方ないので転々とある遺跡を調べてみた。どのくらい前の遺跡なのか、原型を留めてないものばかりだ。しばらく散策したらようやく、水場からそれほど離れていない場所に、崩れているけれどなんとか入れそうな穴がある遺跡を見つけた。入口は頭を低くしてやっと入れる程度。中はマンガ喫茶の個室よりは広いかなってくらいのスペースになっていた。入口が狭いんでさっきのタイガーは入って来れないだろう。
とりあえずここをベースにしてこれからのことを考えなくては。
もう一つラッキーだったのは所持品だ。僕は先月バイト代で買ったばかりのリュックサックを使っていた。山に行くわけでもないのに登山用のデカイやつだ。山登りが趣味の友達の買い物に付き合って店に行った時に、衝動買いした自分を誉めてやりたい。
その中に、親に頼まれて買った、雑誌を縛って捨てるためのビニール紐とカッターナイフ。姉の子供が遊びに来るって言うんで買った手持ちと打ち上げが一緒に入ったお徳用花火セット。花火に火を着けるための着火マンと蚊取り線香。蚊取り線香は花火の火種にもなるし虫よけにもなるしで我が家主催の花火では必需品だ。後はバイト帰りに買った焼鳥10本とビール500ミリ缶3本、翌朝の朝食にしようと思って買ったオニギリ2個と500ミリのペットボトル入りのお茶。
それと財布とスマホ、夏場なんでタオルはいつも2枚持ってる。お金やカードなんかは使い道ないけど、スマホは明かり代わりになるから役にたつだろう。バイト中で電源切っていたおかげで電池はタップリ残っているし。もっともこの先充電できないわけだから切れるのも時間の問題だけど。もちろん、すでに誰かと連絡できるか確認済みだ。案の定圏外だったけどね。