2 まさかの2度目
光が治まってゆっくり目を開けると見知らぬ場所にいた。
何が起きたんだ?驚いて声がだせなかった。周囲を見回してみる。
所々に石が落ちている硬い地面。さっきまであった夜空ではない。暗くてよく見えないがゴツゴツした岩肌なのはわかる。洞窟なのか?天井は凄く高い。壁際も薄暗くて見通せないほど遠い。とにかく広い。東京ドームくらいあるんじゃないか?洞窟内のホールのような場所、僕はその中央にいるらしい。
「まじか…」
ポカンと口を開けて天井を見上げてたらフラついて尻もちをついてしまった。地面をみると白い紋様が見て取れた。
「何?どこココ…」
「暗い…」
呆然としたような誰かの声で我にかえった。声がした方を見ると、どうやらあの時公園にいた人間がみんなこの場にいるようだ。それぞれ不安そうに辺りを見回している。
「誰かいるっ!」
大声をあげた高校生グループが指差す先に目を懲らすと、壁際に松明らしきものが燃えていて、その側に数人の人間がいることに気付いた。魔法使いのようなローブを着た三人くらいの人物とそれを守り囲むように西洋甲冑姿の兵士らしき人が何人かいる。
それと同時に地面にある白い紋様が、花火と一緒に現れた魔方陣と似ていることにも気づいた。このドームの地面いっぱいに描かれている。
「×××××っ!」
「×××ッ!」
壁際のやつらが何か叫んでる。だが距離があるからよく聞こえない。
「い、異世界転移だっ!」
「やったぞ!」
突然オタク男子二人組が叫んだ。
『異世界!?』
僕もそのテの小説やアニメは好きだからよく見るけど、自分の身に降りかかるとはもちろん思ってはいない。というか、ホントにそんなこと起きるのか?
「魔法!魔法は!?」
「使えるだろっ!コレ魔方陣なんだからっ」
「なぁアンタ達っ!オレ達を召喚したんだろっ!」
コレも一種のパニックなんだろうな。二人は嬉々として壁際の人間に叫びはじめた。
向こうでも戸惑ってるのがなんとなくわかる。だが、それぞれ顔を見合わせるだけでこちらに来る気配がない。魔方陣に入るのを怖がってるような?
よく見ると後方の兵士数人が何か持ってる。小さい、人間?子供か?全裸の子供のようだ。
そういえば僕達が立ってる巨大魔方陣の周囲に同じような子供が数人転がっている。そっちは兵士が持ってるのと違ってぜんぜん動かない。
赤いモノで汚れた全裸の子供?
アレひょっとして死んでないか?
「ちょっと!何バカなこと言ってるのよっ!」
僕の嫌な予想を断ち切るように、姉の同年代カップルの女性がオタク男子に噛み付いた。静かな大人の女性だと思っていたが、意外と気の強いタイプだったのだろうか。いや、たぶん彼女もパニック起こしてたんだろう、くだらないこと言うなとか、これだからオタクは!とかヒステリックに叫んでいる。
現実逃避だよな。今は他人にいちゃもんつけてる場合じゃないのに。自分より先にパニックを起こしてる人をみると、かえってこちらは冷静になってくるものだ。
「そんことよりココどこなんだよっ!」
「そうだよ!洋介あの人達に聞いてみよう」
「待って七海ちゃん、みんな置いてかないで!」
高校生グループが壁際に走りだした。 一番建設的な思考してるよ。
「うるさいっ!オレには魔法の知識があるんだっ!このために毎日本読んだりゲームやってたんだ!」
「そうだ!ボクは勇者になんかならないぞっ。チート能力使って無双するんだっ!」
うわぁ。オタク二人は完全に中二病の発作をおこしてるよ。勝手に勇者召喚されたことにしてるし。魔法の知識って、僕達の世界にはないものなんだし、つまりは空想や妄想の産物であって知識じゃないじゃん。
というか、ホントにここは異世界で魔法あるのか?
生来の呑気者気質のおかげか、僕はあまり取り乱さずにすんでいる。とりあえず疑問解消と保護を求めるために壁際の人間の所へ行こうと立ち上がった。
「み、みてろよ。オレは選ばれたんだ。魔法だって使えるはずだっ…」
「ボクだって!…月が闇にのまれし時、我の…」
オタク2人組は片方は両手を上にあげて、もう一人はその場に跪き地面に片手をあてながら、それぞれブツブツ何か呪文らしきものをつぶやき始めた。
ヒステリックに叫んでいた女性も、彼氏にうながされ冷静さを取り戻したのか、ゆっくり歩き方出しだ。しばらくすれば彼等の発作も治まるだろうと僕も歩き出した。
「×××ッ!」
「××××ッ!!」
すると壁際の人間達から一際大きな声が上がった。やはり何を言っているのか遠くて言葉が伝わってこない。
「逃げろっ!」
「早く魔方陣から出てっ!」
先行していた高校生グループには言葉が聞き取れたようだ。さらにスピードをあげて壁際に走りつつ、こちらに向かって叫んだ。へえ、言葉通じるのか、なんて呑気なことを思う。
その時、魔方陣が再び輝きだした。まさかオタクコンビの呪文が効いたのか?よくわからないが、マズイことはわかる。さすがに慌てて走り出そうとした僕に、誰かがぶつかってきて一緒にその場に倒れた。
木陰カップルの女(推定30歳)のようだ。そちらからぶつかって来たのに何故か睨まれた。
「待って真辺さん。置いて行かないでっ!」
女は先に走っていった連れの男(推定45歳)真辺にすがるような声をかけた。だがロクな野郎じゃなかったようで、一瞬立ち止まってこちらを見ただけで走り去ってしまった。その瞬間女の顔が般若になった。
「なっ!このゲス野郎っ!奥さんにバラしてやるっ!」
いきなり豹変した女に、どうやって奥さんに言い付けるんだとか。お前もゲスか。不倫してるんじゃねーよとか。色々突っ込みたいが、今は避難だ。僕は素早く身を起こし、倒れた女に手を貸した。悪口雑言を吐きながら立ち上がった女は、助け起こした僕を突き飛ばし、再び尻もちをついた僕に構うことなく、男を追って走っていった。アンタ、ロクな死に方しないぞ。似合いのカップルじゃないか、まったく。
女は少し行ったところでまた転んだ。高いヒールの赤い靴を履いている。こんなところを走ればそりゃ転ぶだろ。ザマァみろと小さく毒づいた所でいよいよ魔方陣の光りが強くなってきた。花火と一緒に出た光りは全体が白っぽかったのに今は所々で違う色が点滅している。これは本当にマズイ、逃げないと!と思い立ち上がって向けた視線の先で、さっきの女が消えた。
『な、なにっ!?』
よく見ると女の足、太ももの半ばから下は残って転がっている。それ以外の上半身、中央の魔方陣紋様から出た所だけが消えているようだ。
足の周囲がみるみる血で赤く染まって行く。消えた女の足以外の部位は何処へ行ったのか。逃げなきゃならないのに、僕もパニックを起こしかけているのか余計な事を考えてしまう。
「う、うわぁぁぁっ!」
「ひぃっ!助けてくれっ」
それを見たオタクコンビは魔法を諦めたのか、叫びながら女の足の反対方向へ走って行った。
僕も、一層増した光りに焦って立ち上がり、走り出そうとした。その瞬間、痛いほどの強い光につつまれた。