51話 塔と願い 3/6
三人が塔の中へと身を躍らせた瞬間、重厚な扉が閉まり自分の手足もわからないほどの暗闇に包まれた。
あまりの恐怖にウッジが声も上げられず、腰を抜かして尻餅をついたのと同時に明かりが点いた。
点いたという表現はおかしいかもしれない。何しろ照明らしいものは、一つも点いていないのだから。正しく表現すると目隠しを取られたかのように、視界が広がったのだ。
しかし明かりが点いたと思うほど、その場所は明るかった。否、輝いていた。
「なっ…」
三人とも目を疑った。
どう見ても筒状だった塔の中に入ったというのに、そこは奥に広い宮殿の中だったのだ。
床は分厚いフカフカの青い絨毯が敷き詰められており、一体どうなっているのか奥に長く伸びた回廊になっている。
右壁には規則正しく大きな窓が並んでおり、太陽がもうすぐ沈むのに合わせて、青からオレンジに変わろうとしている空が見えた。
左壁は向かい合う窓と同じデザインの窓型の鏡がはめ込まれてあり、鏡と鏡の間にも、窓と窓の間にも寸分たがわぬランプを掲げた天使の金彫刻が配置されていて、時折、小気味いいアクセントで絵画や、これまた細部まで豪華絢爛な細工を施したフカフカのチェストが置いてあった。
壮大な壁画が施された天井からぶら下がったシャンデリアが奥まで続き、窓から取り込まれたオレンジ色の光をプリズムで反射させてキラキラと輝いている。
壁は白を基調とし隅々まで、大理石や金銀で装飾していて、どこをとっても細部まで抜かりのない豪華さだった。
「…これは、どういう事? 」
ウッジが腰を抜かしたままの体勢で目を丸くしている。
「これは…いよいよ、ロード様に近づいたのかもしれないな。…ウッジ立てる? 」
「う、うん…」
ストローがウッジに手を差し出した。ウッジは手を引いてもらって立ち上がると、改めて高い視点から目にした、あまりのきらびやかな部屋の様子に、クラクラとよろめいた。
よろめきながら頭の中でストローが口走った"ロードさま"という響きが、さっきのベルのようにリンゴンと現実味を持って響いている。
「チャルカは一人で歩けるよね? 」
「うん! だいじょーぶ! 」
対照的にチャルカは、キラキラした部屋の装飾に目を輝かせていた。
「この廊下を奥まで行けばいいのかな…」
とウッジがつぶやくのが早いか、左右に配した天使のランプに、手前から奥に向かて順番に明かりが灯った。
「…そういう事みたいだね。」
「…行くしかないよね、」
「ここまで来たんだもんな、」
ウッジもストローも、何度でも確認しないと、脚がすくんでここで何時間でも座り込んでしまいそうだった。
「チャルカ、お願いだから、その辺の物に触らないでね! 壊したら絶対弁償できないんだから! 」
「チャー、そんなことしないもん! 」
ウッジはチャルカを注意をすることで、いつもの自分を引き寄せられるような気がした。
ぎゅっとチャルカの手を握る。
「じゃ、行こう。」
ストローが一歩踏み出した。
それに続いて、ウッジとチャルカも歩き出した。
ローニーの屋敷にも無かったような、毛足の長い上等な絨毯の上を歩く。
まるで雲の上でも歩いているのかと錯覚しそうになるほど、一歩一歩が優しく軽い。…軽いはずなのに、二人はとても足取りが重かった。
現実離れしたここまでの出来事と浮世離れした豪華な宮殿。もう、ロードに近づいているという思いは抑えようか無かった。
なのに、足取りが重たくなってしまう。
ウッジは、考えていた。
もし本当にロードに会えたらどうしよう、と。
ウッジは、ロードに許しを請いに来たのだ。
ロードの印の木という特別な木だと知らなかったとはいえ、その木を切り倒してしまった。
町の人々もそのことに対して怒っている。
ロードに見捨てられでもしたら、村の存続どころか村人の命だって、もしかしたら危ないのかもしれない。
前例がない分、どんな恐ろしい罰が下されるのか、全く予想ができないのだ。
絶対に許してもらわなければ…
旅の間は出来るだけ考えないようにしていた負の結末が、ここに来て息苦しい位に脳裏に無限に再生されていた。
ストローは、思いを巡らせていた。
集落を出発したあの時よりも、自分は無知だと痛感している自分の存在が大きくなり無視できなくなったのだ。
物事を知れば知るほど、知らない事が増える。
世界は広い事を身をもって学習して、実感した。
その広い世界の中で活躍する優秀な人々は、優秀な上に大変な苦労をしてこの国のために学び、働いているのだろう。
もし学問を学ぶことを許されたとして、そんな優秀な人材が努力をしている中に混ざって、学のない自分がどうにかなるものなのだろうかと。
旅が始まる時、カップ村で勉強をすることが目的だった。
しかしカップ村が無くなり、目的が果たされなくなった恕作さに紛れて、欲張り過ぎてしまったのではないか…と。
この長い回廊は二人にとって禊のような場所だった。
もしここが、本当にロードがおわす場所だとするなら、この回廊の先に願いたいことを告げなければいけない瞬間が待っている。
そう思う事で、自分の中の本当の声と向き合わないといけないのに、向き合えない部分ばかりが浮き上がってくる。
穢れを払い、本当の願いだけを研ぎ澄ましておかないければいけない場面なのに、それができない。
そんなことを考えている間に、永遠と続くように思えた回廊の突き当りまで来てしまった。
回廊は左に折れ、そこは大きな階段ホールになっていた。
豪華な宮殿階段のためのそのホールで、二人はしばし立ち尽くしてしまう。
宮殿階段は、立派な橋げたのようなアーチに支えられた二階部分にあたる踊り場から、左右対称に振り分け階段がぐわんと湾曲して、一階部分まで降りてくる。
そして、一階部分から見上げる踊り場には、今の回廊に有った調度品よりも一層高貴な扉が見えた。
きっとそこが、終着点なのだろうと予測は容易だった。
あの扉の中で待っている未来が、本当にロードのとの対面だったとして、所詮自分たちは「身勝手な許しを請いに行く者。」「一方的な願いを伝えに行く者。」
この階段の先に起こることが、良い事だと保証されないのに、自分に不釣り合いな階段を、重たい体に命令して昇るという事が、どれだけの意志力が必要であるか。
宮殿階段を見上げながら、二人は思考が止まっていた。
「…あの扉…だよね、きっと。」
「うん…。ストローから行ってよ。」
「ちょっと、またそんな事言って! 」
「ほら、ウチ、本当は斧を持って謝りに来るつもりだったのに、今斧持ってないでしょ。だから今度にしてもいいかなぁーって…」
「何言ってんの、ここまで来て。」
「そういうストローだって、入るのが怖いんでしょ? 」
「そりゃ、オラだって、こんなキラキラした場所初めてだし、もしかしたら本当にロード様が扉の向こうに居たらどうしようって…万が一、怖いお方だったらどうしようって…だから、ウッジからどうぞ! 」
「でも、ほら。やっぱりいつも先頭をきって来たのはストローだし…」
踏ん切りがつかない二人が、譲り合いをしているとチャルカの声が上の方から聞こえた。
「おーーーい、早くおいでよー」
まさか…と思いつつ、宮殿階段の先、二階の踊り場を見上げるとチャルカが装飾美しい真っ白な手すりの格子をもって、満面の笑顔で二人を見下ろしていた。
「ひっ! 」
「いつの間に…! 」
一瞬にして二人は青ざめた。
「ちょっと、チャルカ、汚い手でそんなところ、べたべた触らないでーーー!! 」
ウッジがチャルカを見るや否や、一目散で階段を駆け上がった。
それを追いかけてストローも階段を駆け上がる。
「ちょっと待ってよ! 」
「はぁ…よかった。汚れてない…汚れてないよね? 大丈夫だよね? 」
「チャーの手、ばっちくないもん! 」
「あのねぇ、さっきも言ったけど、こんな高級なもの、汚したり壊しても弁償ができないんだから、もっと慎重に…」
いつもよりも神経質になってしまうのは仕方がない。
ウッジがチャルカに尽きない小言を言っていると、二階踊り場にある大きな両開きの扉が音もたてずに開いた。
「みんな!! 」
『ぴゅろろろろろろ!!! 』
開いた扉から聞こえたのは、ここに居るとは想像もしなかったメイシアとメリーの声だった。
開かれた扉の中を見ると、そこは小さな部屋になっていて、その中でメイシアがチェストから立ち上がり、喜びの表情でこちらを見ていた。肩にはもちろんメリーもいる。
三人は、さっきまでの不安や緊張も吹き飛んで、メイシアとメリーに駆け寄った。
「メイシア! どうしてここに? 」
「体調はどうしたの? もう大丈夫なの? 」
「メリーちゃーーーーん! 」
チャルカの声に、メリーがメイシアの肩からチャルカの肩に飛び乗って頬ずりをした。
「うん、体調は大丈夫だよ。雪蘭さんが治してくれたの。」
「雪蘭…? 」
「うん。今、ちょっと席をはずしているのだけど、ここまで連れて来てくれたの。みんながこっちにいるって言っていたのに、姿が見えなかったから、少し不安だったんだけど、会えてよかったよ。」
メイシアがほっとした表情で笑った。
メイシアがいた部屋は、控えの間というのだろうか。豪華な造りのチェストと小さなテーブルがあり、広さも大広間というほどではないが、部屋というには十分な広さがあった。
「メイシアは、いつ、どうやって来たの? 」
「今さっきだよ。」
「え、オラたちも今着いたんだけど…出会わなかったよね。」
「それが…なんか、瞬間移動っていうのかな…一瞬にして着いちゃった。」
「えー、いいなー。ウチらは、丘を登って来たんだよー…もうヘトヘト。」
「で、雪蘭さんは、どこに行ったんだろう。」
ストローがキョロキョロと見渡してみるが、自分たち以外の気配を感じなかった。
「さぁ…どこかなぁ。すぐにいなくなっちゃったんだよね。あの扉を入って行ったけど…」
とメイシアが指さした扉は、今、ストローたちが入ってきた扉とは反対側だった。
とても大きな二枚扉で、金細工が施してある。控えめに言っても、他とは違う扉であることは一目瞭然だった。
「…あの扉か…。」
ウッジの顔が一段と青くなった。
「みんなはどうして、ここへ来たの? 」
「雪蘭さんに呼ばれて、来たんだけど…」
「じゃ、みんな、雪蘭さんに呼ばれんだね。なんでだろう。」
「え、メイシアは、どうしてここに来たのか雪蘭さんに教えてもらっているんじゃないの? 」
「聞いてないよ? だって、起きてすぐ来たし…ねぇ、メリー。」
『ぴゅぅいっ』
「でも、なんか雪蘭さんの様子がおかしかったなぁ…私の事、メイシアさまなんて呼んでいたし。」
「本当にメイシアは楽観的というか、なんというか…」
「何よぉ…よく分からないけど、とりあえずついて行ったら何とかなるのかなぁって…」
メイシアは一瞬はぷっくりふくれてみたが、へへっと笑って見せた。
「まぁこれがメイシアの良いところか…。オラ達は、この扉の向こうにロード様がいらっしゃると予想しているんだけど…何か聞いてない? 」
「えっ!!! 」
メイシアにとって寝耳に水だったようで、驚きのあまり大声が出てしまった。
「ちょっと、声が大きい! 」
「な、なんで? 」
「考えてもみてよ。オラたちは、ソーラ達に入国させてもらったんだよ。アレハンドラさんにだって、こっちの…誰だかわからないけど、誰かとちゃんと話は通しているって言っていたのだから、お迎えが来たっておかしくないと思うんだよ。」
「…うーん…確かに、、、」
「でも、もうこっちに来て三日目だよ。到着してすぐにお迎えがあってもよさそうなものなのに…」
「ウチもストローのその考えに賛成だけど…ウチ、まだ心の準備が…」
その時だった。奥の両開きの扉の片側が開き、中から雪蘭が出てきた。
優美な所作で両方の扉を開ききってから、一行に向き直した。
緊張が走る。
「お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい。」
「…あ、あの雪蘭さん、」
メイシアが、雪蘭に声をかける。
その部屋に入る前に、心の準備として、誰が待っているのか、何が中で行われるのか知りたいのだが、うつむき加減で目も口も閉じている雪蘭からは何も聞きだせそうにない雰囲気が漂っていた。
聞こうとしている事は、その開いている扉の中を少しでも目にすれば、全てわかるはずの事なのだ。
三人は決意をして、歩き出した。
「チャルカ、手。」
チャルカは黙ってウッジに手をさしだし、ぎゅっとつないだ。
メリーは、チャルカの髪に隠れようとうなじのあたりで、ブルブルと震えていた。




