3話 秘密の書庫の秘密 3/3
ストローがロードの絵に見惚れていた。
「こんな美しいもの見たことが無いよ…メイシアの村には、こーゆー不思議なものがいっぱいあるの? 」
「これは特別。私も昨日初めて見たの。…気を失ったのが昨日だったらの話だけど…」
「そう。」
見れば見るほど、素晴らしい絵で、神々しい光に吸い込まれてしまいそうになる。 「…オラ、ロード様に会いたいな。」
ストローが、つぶやいた。
「ロード様に会って、私は頭を良くしてもらいたい。」
「……。」
ロードに会い、願いを叶えてもらう。
それは、この世界に住むの人の最上の想いだった。
しかし、そんなことが叶う事はほとんどない。選ばれたごく一部の特別な人間だけが謁見を許され、虹の国へわたる事が出来るのだ。
虹の国は、苦しみの無い場所であるとされ、虹の国に渡る事自体、この世界に住む人々の憧れだった。一般の人間は、そんな夢物語が叶うはずも無い。
子供の頃にだけ、みんな一度は憧れて言う。ロード様に会いに行く。それが子供じみた夢物語である事を成長とともに学習していくのだ。メイシアだって、もうそんなことはわかっている歳だった。
でも、今自分の身に起こっているすべての出来事と、ストローの言葉に絆されてメイシアは口に出してしまった。
「私、ロード様に会いに行く…」
口に出してみると、なんて口になじまない言葉なんだろうと思った。
でも、こんな境遇になってしまった今、ストローにも自分の心にも、後戻りができなかった。
「…私は無くした日常を取り戻しに、虹の国へ行く。ロード様に会ってお願いしてみる。」
かくして、二人の旅は始まってしまった。
ロードがいるという虹の国へは、黄色いレンガの道を歩いていけば良いとこの世界の常識だった。
本当か嘘かは、カップ村を一歩も出たことのないメイシアにはわかるはずもないし、カップ村よりももっと辺境の地、黄色いレンガの道が届いていない村に住んでいたストローにも全くわからない。
ただ、その都市伝説とも言える不確かな情報でも頼る他無かった。
結局二人は翌朝、一日かけて村中を誰か生存者は居ないか調べて回った。
「生存者」という表現は適切ではないかもしれない。
なぜなら、死亡者も居ないからだ。
ただあるのは瓦礫のみ。
くまなく村中探したものの誰一人、家畜の牛や馬や鶏、ヤギ、羊にいたるまで、影も形も見つけることができなかった。
そして旅に出る準備にパンや干し肉などを無事に帰ってきたらお返ししますと置手紙と交換に頂いてきた。
お金だけはもらうことができず、拾い集めてどこの家からいくら見つけたと金額を書き記したメモと一緒に、書庫へ隠してきた。
書庫も穴を石を積んで一見土砂崩れに見せかけ、向こうに何も無いように隠した来た。
食べ物は時間がたてば腐って食べられなくなってしまう。食べ物は腐らすと勿体ないが、お金はそうではない。
それは食料をもらうことを躊躇っていたメイシアに、ストローが提案した打開策だった。
それから、こまごまと必要なものを集め、ロードにお目通り願うのであれば、きちんとした格好をしなければいけないと思い、崩れた自宅から何とか難を逃れたお祭りで着る予定だった一張羅を引っ張り出してきた。
"ロードの良心"と呼ばれるほど花の美しさを誇るカップ村の衣装はドレープたっぷりのエメラルドグリーンのワンピースだ。
スカート部分には所狭しと花の刺繍がしてある。中に着ているブラウスの袖部分にも同じように刺繍がしてある。この村の伝統的な衣装だ。それに履き慣れた編上げのペタンコのブーツを履いて旅支度とした。
あくる朝、二人は村を出た。
メイシアは村を出るとき、平和な時はあれだけ、チャンスがあれば歌を歌う仕事を探すために村を出たいと思っていたのに、いざ村を出るとなると、離れたくないような何とも言えない気持ちが胸をぎゅっとつかんだ。
このカップ村はこんな事態になる前は、村のいたるところに花が咲き誇っていて小さいがとても美しい村だったのだ。誰が言い出したのか、その美しさゆえ「ロードの良心」とさえ言われるほどだった。今は影も形もない。
とにかく今は、村を元通りにすること。そのお願いをロードにすること。
しかし、行くべき場所にさえ行けば、もしかしたら私のもう一つの願いは叶うかもしれない。そんな想いもどこかにあった。
村を出て黄色いレンガの道を見つけた時は、二人とも嬉しくて大興奮だったのだが、レンガの道を歩き出し黄色い色にも見慣れると、何でもないような話をしながら二人は歩き続けた。
「あそこに泉があるな。あそこまで行ったら、ちょっと休憩する?」
ストローが指差した方角に水面らしいものがキラキラしていた。泉だ。
「うん。もう脚が棒だよー」
「じゃ、あそこまで競争! 」
「ちょ、ちょっとまってよ!! ストロー! …なんなの、あの体力は…」
メイシアが理不尽に提示されたゴールに到着すると、先にたどり着いたストローがきらきら光る泉の水で顔を洗っていた。
「ふぁー。気持ちいいよ。メイシアもどう? 」
「ほんと、ストローって体力あるのね…」
と息を切らせながらその場に座り込む。
「ん? だって、オラ、カップ村に行くまでの間ほとんど1年歩いてきたんだもん。体力は出来上がっているよ。」
「え! ストローってそんな遠い場所からやってきたの? 」
「はい、とりあえず、水飲んで休憩して」と、泉の水を汲んで渡してくれた。
「ありがと」
湧水はとても清らかでおいしかった。冷たい水。
「この土地は平和でいいなぁ。きっと作物もいっぱい育つよ。」
「ストローの育ったところは、作物が出来なくなったって言っていたわね。」
「そう。2年位前かな。そのあたりから、色々おかしなことがあってね。ロード様に見捨てられるような悪い人は誰一人としていないような、いい村なんだけどね…」
といったところで、ストローがあからさまに慌て出した。
「あ、そういう意味じゃないよ! カップ村もオラの村も、きっとなんか、おかしなことに巻き込まれたんだと思うんだ。」
その慌て方が、絵に描いたようだったので、メイシアは噴き出してしまった。
「そんな風に思っていなかったわよ。気にしないで。最近、カップ村も虹伝師様に虹伝してもらっても、雨が降らなかったり、降ってほしくない日に降ったりしたもの。なんか、おかしいわよね」
この世界には、虹伝師という民から尊敬を集める職業がある。
虹伝師は、人々の願いを聞き、これはロードに伝えるべき望みだと判断すると、ロードに願いを伝えるべく虹伝と呼ばれる祈祷のような事をして伝えてくれる。
その願いはほとんどの場合、この世の全てをその力で左右しているロードが聞き届けて叶えてくれるのだ。
その虹伝の内容は、ほとんどが田植えをするので雨を降らせてほしいとか、村のお祭りがあるのでお天気にしてほしいとか、サルや鹿が村の作物を食べてしまうので、森を豊かにしてほしいといったもので、個人的なものは無かった。
虹伝師に「お金持ちにしてほしい」とか「ケーキがいっぱい食べたい」「誰よりも偉くなりたい」なんてお願いをしたとしても、ロードに届けてもらえるとは思えないが、まず、そういった考えを持つものすら居なかった。
それだけ、カップ村の…カップ村だけではない、この世界は豊かでおおむね、民衆は満たされていたのだ。
「そうなんだ。オラの村、貧乏だから虹伝師様にお願いをするお金は無かったんだけどね。」
虹伝師はお金をもらって仕事をしてるいのだが、金を貪っているような“輩”ではなく、全世界にごくわずかしかいない虹伝師という職業のため、そのほとんどが旅人なのだ。その為、支払っているお金は旅費に等しいものだった。
小さいころから教会で手伝いをしていたので、メイシアも何度か虹伝師を見たことはあったが、立派な身なりをしているものの、品性が良く尊敬できる方達であった。
なので、民からは尊敬されていた。
虹伝師に自分のささやかな願いを聞いてもらうこと。それは民衆の憧れ。ロードに会って願いを伝えるなんて、夢のまた夢。神話の中に入り込むような現実味のない夢だった。
「ねぇ、何か聞こえない? 」
ストローがそういうので、耳を澄ませてみると、女の子の声だろうか。もう泣き疲れしゃくりあげているような声がかすかにしていた。
「ほんとだ…。泣いてる…? 」
「あっちだ。ちょっと行ってみよう? 」
返事を待たずして、ストローが黄色いレンガの道から外れた小道へ入って行った。
声がする方を注意深く探していく。
メイシアが耳を澄ませて、声の方に近寄ってみると、大きなシダの葉っぱの下に上等なシルクの糸の束が見えた。金色のとても細くて柔らかそうな、見るからに上質な絹だった。
それを拾おうと、しゃがみこんで大きなシダの葉を払いのけると、びっくり。小さな女の子がしゃがみこんで泣いていた。
メイシアは小さくキャッ! と声を上げたが、驚いたのはメイシアだけではなかった。
女の子も驚いて、驚きついでに泣き疲れてフェードアウトしそうだった泣き声をフォルテシモにボリュームを上げた。
ストローもその声に驚き、駆け寄ってきた。
「ちょっと…どうしたの? なんで泣いているの? 」
メイシアが聞いてもギャンギャン泣くばかりで、何を言っているのか全く分からない。
上等な絹糸に見えていたのは、女の子の髪だった。金色に染め上げた、上布に織られる前の原糸のような、しなやかで美しい髪の毛だ。
女の子自体も、かなりのボリュームで泣いているので顔もぐちゃぐちゃだけれど、普通にしていれば容姿端麗。美少女のように見えた。
「困ったねぇ…」
ストローが頭をポリポリとお手上げの表情をしてみせた。
「あなたは、この近くに住んでいるの? 」
メイシアの問いにも、泣くばかり。
「近くに親はいないのかなぁ…オラ、ちょっと探してくる。」
「ちょっと、ストロー! 一人にしないでよぉ」
またもや、その言葉が耳に届いたのかどうなのか、ストローがあたりを探しに行ってしまった。
泣きじゃくる女の子を残して立ち去ることもできず、メイシアは途方にくれながら女の子の頭を撫でた。