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虹の国のメイシア ~タロット譚詩曲~  作者: メラニー
第三章 双子と死神
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35話 伝えられしもの 4/8

ウッジが説明を受けた祭りの手順はこうだった。


まず、日食が始まるとされる30分ほど前から出番になる。

祭壇のあるピラミッド頂上よりも少し下がった場所に位置する、左右対称の通路出入口。そこにそれぞれサンとチャルカが、巫女に抱えられたて控えている。

頃合いを見計らって、祭りのお面を被ったサンとチャルカは抱えられたまま同時に表に出て、ピラミッド側面の階段を上り、頂上へ。


頂上の石の祭壇もサイド両側に階段が付いているので、そこから左右別々で上り、サンとチャルカを壇上に正面を向けて置き、後ろをついてきていた巫女から杖を受け取り、チャルカに持たせる。そして、しずしずと下がり、祭壇の後ろで祭りの最後までじっとしている。

厳かに、それはそれは厳かに、祭りは進行される…


日食が始まるまでの間は、太陽の神が太陽の力を浴びる時間だとされ、同時にその間に神は瞑想に入るという、大切な時間なのだ。

普段、神を見ることのない人々にとっても、神を見ることのできる、ありがたい時間であり……実際のところ、チャルカは神ではないのだけれど…それを言うと元も子もないのだが、いや、そういう話ではなく言いたいことは、この辺りの段取りを全てチャルカとウッジは台無しにしてしまったのだった。


巫女は日食は見ることは出来ない。

見ると太陽の神の呪いで目が焼かれてしまうのだという。

伏し目がちに下を見、日食が終わり、次に太陽が輝くまでの約7分間の暗闇の儀式が終わるまで、祭壇の後ろで目立たないように控えていることが役目だ。

なのに非常に落ち込んだウッジは、人目をはばかることなく、大きなため息をした。そして、もうヤケクソで太陽を直視…したい気持ちだった。

もう一度…。

「はぁーーーー。」



民衆から一層のどよめきが起こった。

太陽が欠け始めたのだ。

サンとチャルカは杖を両手で握り、お互いの方へ傾けて飾りの部分が重なるようにVの字にした。

ここから、太陽との契約が始まるのだ。

太陽の飾りの形は、サンが尖った三角を放射状に、チャルカ…ソーラの杖はユラユラとした曲線の三角を放射状に配している。

そのオブジェが"互い違い"になるように配置されているので、重ねると杖の飾りは太陽のシンボルそのものの形になった。


厳かに儀式はすすむ。

太陽が一刻一刻侵食されていくごとに、あたりの空気はピンと張りつめたような緊張感が増していく。

民衆は、さっきまでのウッジの一件なんて無かったかのように、神秘的な光景に魅入られていた。

月が太陽を侵食していく。その行為は太陽に照らされて輝くはずの月が、太陽を裏切る瞬間。いや、違う。恋い焦がれていた太陽にやっと月が触れることができる瞬間。ずっと太陽に照らされ、太陽を見てきた月の、太陽に対する優しさなのかもしれない。

太陽が月の胎内に潜り、月が太陽を独占するほんの数分。


半分ほど太陽が隠れた頃、自然と自らの腕を抱いてしまうような肌寒さを覚える。

太陽の神が目の前にいるという現実を目の当たりにしていても、深層意識の中に不安が芽生えざわめき始める。

どこにすがればいいのか分からない、正体不明の不安。名前を付けるなら、心細いという感覚なのかもしれないが、それは適当ではない。生まれる前に刻まれた深い深いところを揺さぶる根幹に潜む怯えというのだろうか。もう朝はやって来なくなるかもしれない。火を持たなかった時代の闇に閉ざされた夜に獣たちにおびえ朝を待ちわびた記憶を、遺伝子が受け継いでいるのだろうか…

昼間なのに夜に向かうこの時間。誰もが経験したことのない、この矛盾した現象に、針で刺したほどの小さな、しかし深い深い漆黒の怯えを感じていた。


その時だった。

民衆が見ている月の影に赤い裂けたような亀裂が入った。まるで月という肉体をナイフで切ったように。

そして、その傷口からドロリと何かが出てきた。

あまりの光景に悲鳴を上げる事も出来ない。瞬きすることも出来ない。息をすることも忘れるほどの衝撃と底知れない不安が相乗される。

ドロリと傷口から姿を現した何かの正体を、呼吸をも忘れた酸素の少ないの脳が認識した瞬間、やっと人々は悲鳴を上げた。


白馬に乗った死神が、月の影を背に民衆の前に現れたのだ。


儀式は続く。

死神が現れたからと言って、日食が停止できない以上、途中で終わらせることなどできないのだ。

死神も、すぐに何かをしてくる様子ではなかった。

なぜなら、食既しょっき…完全に太陽を月が隠してしまう瞬間を待っているからだ。

皆既かいき継続時間は約7分ほどある。その時間があれば、太陽の力を失ったに近い神殺しなど、造作もないという事なのだろう。


当然、ピラミッドの下は騒然としていた。

人々の阿鼻叫喚あびきょうかんを聞きつけ、アレハンドラが祭場へと上がってきた。

「アレハンドラさま! 」

「わかっておる! 結界を張るぞ!位置につけ! 」

「はい! 」

アレハンドラの声で、巫女とアレハンドラ自身が、祭壇の四隅に着いた。

ウッジはそんな技を身に着けているはずもなく、緊急時の説明などもされていなかったので、オロオロとするばかり。

アレハンドラは、三人が陣形になったのを確認すると呪文を唱え始めた。

「オーイ エピリトゥース…セラル オリヒナァール オリヒナァル エレ ノンボレ デ ラ エネルヒア ソラァ…デフィンディアル セニョール ポル ミン インスプルピキオール! 」

すると、みるみる祭壇が薄いオレンジ色のエネルギーの幕で覆われた。

それをポカンと口を開けてウッジが見ている。何もできないので見ていることしかできないのは仕方がない事なのだが。そんなウッジにアレハンドラが声をかける。


「ウッジさん!」

「は、はいっ!」

「ご存じのとおり、わたくしどもの力の源は太陽なのです。このまま、太陽がお隠れになってしまえば、この結界も死神にとっては紙を破るが如くです。」

「…そんなぁ、、」

「今こそ、グリフォンの力が必要なのです。メリーさんを呼んできてもらえないでしょうか」

そんな事を言っても、どこに行けばいるのかさえ知らない。ウッジは青ざめた。しかし、今はがむしゃらにでも、出来ることをするしかない。

このままだと、チャルカの命が危ないのだから…

禁止されていたことも忘れて、太陽を見た。刻々と太陽の輪郭の中に月の影が収まろうとしている。

その時だった。


東の空から、すごいスピードで飛んでくる影が見えた。

点のような影が見えたと認識してから、それがメリーであると理解できる大きさになるまで、ほとんど一秒もかからないくらいの猛スピードで迫ってくる。

ウッジの心に喜びと希望が差し込んだ……のだが、あのスピードでここで止まれるのだろうかという、ちょっとした不安が生まれる。

同時に死神もメリーに気が付き、左腕を挙げた。すると、左手にどこからともなく大鎌おおがまが出現した。

メリーはそれを気にする様子もなく、猛スピードで突進してくる。


ウッジが目を凝らした。

メリーは体当たりをしようしているのだろうか…しかし、そのスピードで体当たりをしたら、大きな打撃を食らわせる事が出来るだろうが、メリー自身も無事では済まないかもしれない。ましてや、メリーの背中に見えるストローとメイシアと…誰だろう。金髪の女の子が乗っている。彼女たちは体当たりしたらば、無事では済まないのは必至。


「ソーラさま! 」

アレハンドラが、メリーの方を見て発した。

「え! あの女の子が、ソーラさま? 」

「はい、杖を取り返せたのですね。覚醒していらっしゃる。」

ウッジは「覚醒? 」と思ったものの、そんなことを聞けそうな状況出来ないので黙っている。

死神も体当たり覚悟と予測しているのだろう。大鎌で返り討ちにするべくメリーの方向へ軽く馬を走らせた。


メリーの背中では、ストローが身振り手振りで、こっちに何かを伝えようとしているのが見て取れる。

大きく腕を動かして、四角い形を作っている…がウッジには何か全く分からない。

「ストロー、わかんないって…」

「なるほど! 分かりました! 」

同じように目を細めて見ていたアレハンドラが声を上げた。

「え、わかったんですか? 」

「えぇ、たぶん。皆さん、陣形を解いて一列に並んでください。ウッジさんもです。急いで! 」

アレハンドラの指示で結界を解き、巫女が祭壇の後ろに一列に並んだ。

今回はウッジも、その列に加わっている。


「ウッジさん、"エ ソーレ ラ レ"です。言えますね? 」

ウッジが、ん? んん? と思いながら、はいと返事をした。

何が何やらわからないまま、アレハンドラの音頭を待つ。

もう数十メートルのところまで、メリーが来ていた。そして数秒で激突しそうな死神がいる。

太陽も皆既日食まであと数ミリ…というところまで来ている。

「では集中してください…せーの! 」

『エ ソーレ ラ レ!!! 』

ウッジの中を今まで味わったことのない感覚が走った。エネルギーが足のつま先から頭へ一直線に駆け上がって行く。それが、世界を包むのではないだろうかと思うほど自分の中から発せられ、上へ上へと上昇する。

しかしそれは、非常に痛みを伴うものだった。

足の指先から始まり、ピリピリとした痛みが体中を駆け抜ける。

横を見ると、表情をゆがめたところを見たことのないアレハンドラが、苦痛の表情で耐えていた。

他の巫女たちもだった。

「太陽が、お隠れになってしまう! みんな、もっと集中して!! 」

アレハンドラが一番つらそうなのだが、見るからに一番熱のこもった念を込める。それに応えるように、ウッジと巫女がより一層、意識を研ぎ澄ませる。

体から抜け出した意識が昇り、不思議なことに自分の身長よりも高い位置から俯瞰ふかんして現状を見ることができた。


もうそこまでメリーが来ている!

死神に体当たりをする軌道で突き進んでいたメリーは、死神と衝突するわずか手前で無理やり軌道から下に逸れ、くるりと空中で前転した。

するとメリーの背中に乗っていた三人が投げ出され、こちらへ無防備な状態で飛んでくるのが分かった。


ーーーー来る!!


ウッジは集中が高まり、研ぎ澄ませた意識が上へと上昇するエネルギーの中に流れ込み込み、自分が大気の中に網目状になって存在しているのが、はっきりと分かった。そこへメイシアとストローとソーラが飛び込んでくるのが見えた。

受け止めないと!

足の指先から燃えて灰になって崩れて無くなっているのではないかと思うほど痺れ、麻痺するのと戦いながら、ウッジは必死に三人を受け止めた。

コンマ数秒遅れて、メリーの巨体が流れ込んでくる。

「うぐっ! …これは無理ーーー! 」

メリーのあまりの巨躯きょくに、エネルギーの網が崩壊した。

しかし、エネルギーの網は祭場へ三人を落とすのには十分だったので、ネットがはじけて、三人とも擦り傷程度で済む高さから落ちてきた。

メリーだけは、そのままピラミッドの後方まで放物線を描いた。

同時に、この時刻をもって皆既日食に突入してしまった。


ネットがはじけ、ウッジは倒れこんでしまった。

他の巫女もアレハンドラも体力の消耗が激しいようだった。

「アレハンドラ、よく網を作る事に気が付いてくれたな。」

いち早く立ち上がったのはソーラだった。

「ソーラさま、覚醒されたのですね。…良かった。お喜び申し上げます。」


メリーに乗った一行は、大きな賭けをした。

祭場にいる巫女とアレハンドラなら、その力で自分たちを受け止めるだけの網を術によって作り出せるはずだとソーラが提案し、それに賭けたのだった。

しかしこの作戦は、急がなければいけない。皆既日食が始まってしまってはアレハンドラ達が、力を使えなくなってしまうというタイムリミットが迫っている事。その事情で急いではいたのだが、猛スピードを出して真に迫って決死の体当たりを仕掛けているように見せかけないと、死神をこちらに引き付けられないというという博打的要素もあった。

死神がこちらに集中してくれなければ、結界が無くなった隙をついて攻撃しかねない。


なので、メリーから火が噴くのではないかと思わせるほどのスピードだったのだが、運よくそのすべてが思惑通りに成功したと言ってもいいだろう。

「うむ。信じておったぞ、アレハンドラ。」

「ちょっと、そんな悠長なことをしている時間なんてないですよ! 」

ストローの言葉に一同がハッとする。

死神が、当たり前というべきか、肩透かしを食らった状態から体制を立て直し、もうこちらへ向かっていた。分かっていたことだが、猛スピードでやって来たソーラ達をキャッチする為だったとはいえ、今結界を解いている無防備な状態なのだ。とても不利な状況である。


「今から約7分間、どうにか、太陽の力なしに乗り切らねばなりません。わたくしどもの力も、太陽が新しくお姿を現されるまでは、力が回復いたしません。どうか、神をお守りください。」

と言うとアレハンドラは、水晶の時と同じように、どこからともなく聖書を取り出しストローに渡した。

「これは、あるお方から、ストローさまにお渡しするようにお預かりした聖書でございます。」

「え? 何これ。聖書って言っても…」

受け取ったその時、迫ってきた死神がサンとチャルカの前で大鎌を振りかざした。


「エ ソーレ ラ レ!! 」

ウッジが声を上げた。するとウッジから、先ほどのようにエネルギーの網を作り出され、その網を大鎌に絡めた。そのまま、網をグイッと渾身の力と気力で引っ張る。

そこへメリーが文字通り飛んで戻ってきた。メリーが、大鎌を振りかぶって両手がふさがっている死神めがけて襲い掛かろうとした。

すると大鎌がさっと消え、ウッジが後ろにひっくり返った。

死神と白馬もメリーを警戒して、十数メートル後ろへ退避する。


危機一髪な状況を回避したものの、まだまだこちらが劣勢だ。

皆既継続時間の中にいることに加え、アレハンドラのまだ知らない危機が、別で迫っているからだ。

メイシアが、アレハンドラに泣きついた。

「アレハンドラさん! 早くソーラさまとチャーちゃんを交代させて! そうじゃないと、チャーちゃんが! チャーちゃんが!! 」

「どういうことですか? 祭りが終わってから交代をすれば…」

「それじゃ、ダメなんです! 」

「え? どういう事でございますか…? 」

「アレハンドラ…」

祭壇に上ってチャルカの様子を確認していたソーラが首を振った。

「…ダメだ、妾も先ほどから、交代しようと娘に声をかけてのだが、深い瞑想に入っている為、意識がこちらにないので聞こえておらん…」

「…どういう事? 」

状況がつかめないウッジが青ざめる。

「今、サンや娘は、太陽と契約するために意識がここにないのだ…」


チャルカとサンは、杖の飾り部分を合わせたまま、石造のように固まっている。

「このままゆっくりと皆既日食の時間を使って杖を上まで上げるのだ…上げ切った時、契約は受理されてしまう。」

「受理されたら…?」

「話した通り、娘は亜神になってしまい、妾は消えてなくなる…」

「え!ウチ、そんなの聞いてない!アレハンドラさん、話が違う! 」

ウッジが耐え切れず、脚を引きずりながらアレハンドラに詰め寄った。

「…そんな…わたしくしもそんな事は初耳でございます! 」

アレハンドラも本当に初耳だったのだろう。隠しきれない動揺が声に現れていた。

「じゃ、この杖が上に上がるまで…太陽が顔を出すまでが、勝負だな…」

ストローが太陽を見上げた。

「勝負って…そんなこと言っても、声をかけても反応がないんでしょ? ウチは…どうしたら…」

「どうにかするしかないでしょ! 」

今にも泣きだしそうなウッジに、メイシアが檄を飛ばすが、何か打開策がある訳ではない。


刻一刻と皆既継続時間は費やされている。

空にはコロナを纏った黒い太陽がメラメラとしぶかしげに揺れていた。





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