32話 伝えられしもの 1/8
祭りの朝がやって来た。
ペンタクルの町から、神殿までの参道に露店が並び、町中が浮足立っているように見える。
それもそのはず、収穫祭などの祭りと違い、周期的に執り行われる祭りではないため、"人"にとっては一生に一度という事もありえる。
本来、太陽が姿を消すという不吉な現象のはずなのだが、その神秘性と非日常の高揚感、太陽への信仰心などがごちゃ混ぜになって文字通り頭の中はお祭りムードなのだろう。
普段は静かであろう神殿内部に用意してもらった休憩室にまで、参道の楽しそうな賑わいが聞こえてきていた。
昨晩の失敗を踏まえて、アレハンドラはウッジをはじめとする一行に神殿での宿泊を特別に許可してくれた。もちろんメリーも。当然、極秘。
ソーラの事もサンに知られてはいけないので、ウッジとチャルカとは別で行動している。
今朝、メイシア達がウッジを見かけた時、東の砦の巫女の格好をさせられていたので、メイシアが声をかけそうになったのだがストローが気を利かせてそれを止めた。
そして朝からメイシアたちは、神殿の人々からお勤めやら祭りの準備やらを理由に放置されている。
ということで、メイシア、ストロー、ソーラ、メリーの面々は、平和な…退屈な時間を過ごしていた。
「ねー、ストローお姉ちゃん! お祭りに行こうよ! 」
ソーラがとうとう暇を持て余して…というよりも、聞こえてくる楽しそうな賑わいに、心が高揚してお出かけの提案をしてきた。
だがさすがに、わざわざ不特定多数の人が行きかう危険な状況に、警護するべき人物を放り込む訳にもいかない。
なんたって、相手は死神。人ごみに紛れてソーラを襲ってくる可能性は十分にある。
神殿の周りには結界が張ってあるとアレハンドラは言っていたが、これだけ大勢の人が行き来すると、そのごちゃ混ぜになった人々の気によって、結界の効果が薄れるので、祭りの間は注意が必要だと告げられていた。
「うーん…でもねぇ、向こうは危ないんだよ。」
「だいじょーぶだよーーー。わらわ、お祭りなんて初めてなんだもん! 行ってみたいよぉー」
ソーラが、ストローの手を引っ張って駄々をこね始めた。
「うーーん…」
「私も行きたいなぁ。」
「メイシアまで何を言っているの! どんな人がうろうろしているかわからないんだよ。」
「そうだけどさぁ。人がいっぱいいた方が安全じゃない? とか言っちゃって…へへへ」
ストローから「へへへ、じゃないよ…全く。」とため息が漏れる。
子供はもれなく、そういう「楽しげで都合のいい事」を聞き逃さない。
「メイシアおねーちゃんが大丈夫って言っているよ! ねーねーねーーーー」
ストローの手を引っ張るソーラ。なぜかメリーまで肩に乗り無言で頬ずりしている。
「……。」
「日食が起こるのって、お昼回ってからなんでしょ。だったら、まだ時間あるし、ちょっとだけ覗いて帰ってきたらいいじゃない。メリーもいるんだし大丈夫だよ。」
『きゃりりっ』
確かに、祭りのクライマックスは午後からなのだ。午後には、メリーはチャルカを守るために祭場にスタンバイしないといけない。祭壇のある場所までは上がれないので、一般の見学に混じって、もしもの時に備えるつもりだ。なので、それまでに祭場であるピラミッドの下まで行けばいい。
すなわち、時間があると言えば…あるのだが、時間があるから祭りに行きましょう、という問題でもないのだ。
「メリーだって、極力、人の目に触れないようにって言われているのに…」
「えーーー、いいじゃない。私の村はこんな大きなお祭り無かったんだもん。ねー、ちょっとだけ! ちょっとだけだから! 」
メイシアもストローの腕を引っ張った。
「………。」
「わ! 見て! 的当てだって! やってみたい! あっちは輪投げやっているよ! 」
「ストローお姉ちゃん、わらわ、あれ食べたい! ふわふわのやつ!」
結局三人と一匹の姿は、参道の祭りの中にあった。
(そりゃオラだって、こんな大きなお祭りは初めてだから興味深々だけどさぁ。)
神経質になってしまう状況で、ストローにはすべての人が怪しく見えてしまう。
あそこの屋台で、タコスを買っている人がこっちを見ている!
あのおじさん、こっちを気にしてから、カバンの中を漁ってる?
誰かが、あの屋台の影からこちらを監視してるような…
そこの木から木に誰か走って隠れた気が…
…もうだめだ、神経がいくつあっても足りない。
「ねー、ストロー! なんかしたいなぁ。あそこの輪投げ楽しそう! 」
「わらわもするーー! 」
「見るだけって言ったでしょ。オラたちお金持っていないんだって…」
「「えーーー」」
『ぐぅぐぅ! 』
チュニックの中でメリーまでが、何か食べたいと不満げに声を上げた。
「メリーまで何を言っているの、あんたは外に出られないんだよ、」
「ストロー、あれ見て。何屋さんだろう。」
メイシアの指さす方を見ると、見たこともないものが店頭に並んでいて、それが飛ぶように売れていた。
手のひらほどの長方形の厚紙の中が、四角くくりぬかれていて、中に黒い紙のようなものが貼ってある。不愛想なほど飾りっ気のないものなのに、大人も子供もこぞって買い求めていた。
三人が購入した客を観察していると後ろから声がした。
「あれは太陽を見る紙ですよ。もう! 探しましたよ。こんなところにいたんですか! 」
声に驚き振り返ると、ご機嫌斜めな表情のラロが立っていた。
「なんだ、びっくりした! ラロか。驚かさないでよ。おはよう。」
「おはようございます。びっくりしたじゃないですよ。神殿に行ったらいないし、めちゃくちゃ探しましたよ。」
ストローが生温い笑顔をラロに送って、もう一度その「太陽を見る紙」というものを買った客を見ていると、確かに購入後、人だかりから少し離れると、一様に手に入れたばかりのそれで太陽を透かして見ていた。
「本当だ。みんな太陽を見ているね。」
「太陽を見るときは、あの紙の真ん中の黒いところで見ないと、目が焼けてる呪いにかかるらしいんだ。」
「へぇー。」
「ところで、どうして出歩いているんですか? しかも、こんなに人が多い場所…」
「どうしても二人がお祭りに行きたいって言って…」
「危ないんじゃないですか? 」
おぉ、思ってもいなかったところから助け船! とばかりに、ストローの声がワントーン高くなった。
「そうなんだよ! 早く帰るように、ラロからも言ってよ。」
「メイシアさん、あっちにお菓子の詰め放題っていうのがありましたよ! 行ってみましょうよ! 」
「ちょっと、ラロ! 危ないから帰るように説得してくれるんじゃないの? 」
「ちょっとだけですから、ちょっとだけ。」
「どうなっても知らないからね。そのお菓子を買ったら帰るんだからね! 」
「はいはーい」
軽くあしらうラロが案内したのは、しばらく参道を下った所にある露店だった。
露店には色とりどりのお菓子が並んでいた。
職人の技の光るパパブブレやら、アイシングで彩られたクッキー、華やか色のゼリービーンズに、かわいい動物や果物の形のチョコレート。ナッツやドライフルーツも。
用意された紙袋(そんなに大きくはない)に入れたいだけお菓子を詰め込んでもいいのだが、最後は紙袋の口をピンチで留めることができればOKというものだった。
「わー! わらわ、これ欲しい!これする! 」
「かわいい!! 私もあのパパブブレ、欲しい! 」
お菓子を見るや否や、ソーラとメイシアが目をキラキラさせて、流れ作業のように紙袋を手に取った。
それを後ろで見ていたラロがストローに話しかける。
「女の子はこういうの好きですよねぇ。」
「…なんで、オラにそれを言うの? オラも女の子だけど? 」
「はっ! …あー、そーっすよねぇー…分かってますよ! ただ、女の子はお菓子が好きですよねっていう、ただ、それだけの感想です! 」
「まぁ、いいけど。…オラも、チャルカとウッジに買っていこうかな。」
「じゃ、じゃぁ、オイラはメリーさんにナッツでも詰めようかな…」
ラロがそういうと、ストローのチュニック中でメリーが嬉しそうな声を上げた。
「いやぁ、みんないっぱい詰めましたねー」
「私、最後に入れたチョコが邪魔でどうしてもピンチが挟めなくて、だめって言われちゃった…ソーラちゃんは上手に詰めれたね。」
「わーい! メイシアおねえちゃんに褒められた~♪」
買い物を済ませた一行は、神殿に向かい始めていた。
「わらわは、今日が今まで一番楽しい! 」
「急にどうしたの? 」
「わらわは、毎日毎日、同じ朝が来て夜になって、また朝が来て、森の中で同じ事ばっかりしていたから、次の日が来るのがイヤな日だってあったんだけど、今はお祭りとか、こんなの初めてですっごく楽しいの! 朝が来るのもいいもんだね! 」
ソーラの笑顔が太陽のようだった。
「ストローおねえちゃん、メイシアおねえちゃん、ラロおにいちゃん、メリーちゃん、ありがとう! 」
「そ、そんな事、ソーラさまにおっしゃっていただけるなんて…! 身に余る幸せです!! 」
ラロが急に緊張しだした。
たとえ神さまであるソーラが封印されていても、この土地の人間にとってはソーラへの信仰はあつい。
「ソーラちゃん、手をつなごう。」
「うん! いいよ! 」
メイシアは思うところがあったのか、ソーラの手を握った。
ストローも考える。
このソーラの言葉は心の奥底に今は眠っている本当のソーラが言っているんじゃないだろうかと。
もしそうだったら、いいなぁ。神さまなのだから、もうどれくらい存在しているのか知らないけれど、見た目は子供なのだ。太陽の神は子供でないといけないと、本人も言っていた。
神といえどもその重責が、ゆっくりと締め上げるようにソーラの心を押しつぶしていたのでは無いだろうか。そうだとすれば、今の言葉で少しは救われた。
それは前触れなくやって来た。
突然、一行の目の前の空間に、スッと亀裂が入ったかと思うと、亀裂から一頭の白馬がドロリと姿を現し、地面に着地した。
参道にいた人たちも、一瞬何事かとギョッとして馬に注目が集まる。
そして、参道は悲鳴に包まれた。
馬にまたがる、黒い甲冑を身に纏い、大きな黒旗を掲げた「死神」を見たからだ。




