29話 ペンタクルの密林 4/6
オラたちは、無事に? なんとか? 成り行きで? 幼女の家に入れてもらうことに成功した。
そんなに広い家ではないのでぎゅうぎゅうだが、外見とは違って中は綺麗に整理整頓され、何よりも清潔そうだった。ダイニングテーブルには、花まで飾ってある。
部屋はこの一部屋しかない。ベッドもキッチンも、それなりにきちんとしている。
見る限り、病人の一人暮らしには到底見えない。
女の子は、肌の色はラロと同じように褐色。長い黒髪を二つに分けてお下げにして、白いウィルピルを着ている。チャルカが昨日着ていたものよりも刺繍は質素だが、女の子が着るには十分かわいらしいものだ。身なりもとても清潔だし、姿勢もしゃんとしていて、目にも力がある。
とても病人には見えないのだけれど。
「それで? 」
ダイニングテーブルの椅子に、女の子が腰を掛けた。
オラたちはイタズラっ子が叱られているような面持で立たされている。
女の子は、チャルカくらいの年齢だと推定されるのだが、大人びた雰囲気があった。
医者ではないという後ろめたい思いがあるのを差し引いても、彼女の雰囲気に飲まれるのも仕方がないと思われるほどだった。
「えーーっと…」
どう切り出していいものか、目が泳いでしまう。すると、ラロがおもむろに仕切り始めた。
「オイラ、ペンタクルの町に住んでいるエドァルドです! ラロと呼んでください! 」
昨日と同じように、元気にというか、ノー天気なラロの自己紹介。何故だか、それを見ていた女の子の表情が少し曇る。
「それで、この方は遠い地からペンタクルにやって来た、偉いお医者さまのストローさんです! 」
なんていう紹介をするんだ、ラロ…
「あははは…」
もう生温い作り笑いをするしかない。(作り笑いも出来ていないと思うけど)
「で、その助手のメイシアさんとウッジさんと、ペットのメリーです! 」
助手と言われて、メイシアとウッジも俄かに様子がおかしくなる。
「それで? 」
女の子の当然といえば当然の返し。心が折れないラロがある意味すごい。
「それで、森の奥に住んでいる君が、不治の病だと聞いたので、お医者さまをお連れてしたのです! 」
「ほぉ。町ではそういう風な噂になっているのか。」
「心配いりませんよ! このお医者さま、ソーラさまのご病気もお治しになった高名なお医者さまなのです! 」
「…ほう。」
「お見受けしたところ、健康なように見えるのですが、どこが悪いのですか? 」
女の子がラロから視線を離し、じっとオラを見つめる。
蛇に睨まれた蛙…というのだろうか。思考が停止してしまいそうなほどの威圧を感じる。
「な、何か顔に付いてますか? 」
情けないかな、なんとか絞り出した一言。
しかし何が良かったのか、それを聞いた女の子の目がフッと変わった。
「まぁ良かろう。力が弱くなったとはいえ、妾の張った結界の中に入ってこられたのだから、邪悪な輩ではないのであろう。」
女の子の口角がニッと上がった。
「妾の名前をまだ言っていなかったな。妾の名前はソーラだ。よろしく頼むぞ、お医者とやら。」
一瞬、みんな頭の上でハテナがくるくるくと回転する。
え? ソーラ? なんか聞き覚えがある名前だな。確か…ソーラって、チャルカ…?
待てよ。チャルカはソーラの代役をさせられているから、という事は…ソーラって神さまの…え?
えーーーーーーーーーーーーー?!!!
ちょっと、ここで整理しようと思う。
昨日オラたちは神さまという存在に初めて会った。
一対で一柱だという太陽の神の片割れ、サンだ。もう片方の片割れであるソーラは失踪中だと聞いた。
そして、その失踪中のソーラの代わりに祭りに出るべく、チャルカは神さまに拉致られてしまった。
また別の話。
アレハンドラの話を元にオラの推測。
太陽の神というのは、神である力が発揮されている間…又は人間の前に姿をさらす時は、髪が金色になるようだ。
でも今、目の前にいるソーラを名乗る女の子の髪の色は黒い。
昨日、確かにオラたちの前でもサンは黒髪でいた時もあったが、ラロの前では無意識に金色になっいた。
サンプルが少ないが、今、ラロが一緒にいる状況で、髪の色が黒いのは腑に落ちない。
本当にソーラだと信じていいのだろうか?
「お医者とやら。」
「は、はい! 」
「妾には時間がない。これも何かの縁であろう。妾は藁にもすがる思いで、そなたを信じることにする。今から話す事を聞いて協力してほしい。」
何かとても神妙な面持ちでソーラが話し始めたので、こちらも自然に神妙になってしまう。
「そなたは医者だと言ったな。」
「え…、」
助けを求めて周りを見ると、唯一目を合わせてくるラロのオラを見る目がキラキラしていて眩しい…
「そなたが本物の医者であるのならば、妾の髪の色を治すことは出来まいか。」
一瞬「は? 」となった。
何を言っているんだ。髪色を治すだなんて。
どのような言葉を選べばいいのか拱いていると、鼻息の荒いラロが口を挟んだ。
「そんなの、名医のストロー先生には簡単な事ですよ! ね! 」
ね! じゃない!!
「いいから、ラロは黙ってて。」
「…そなたが治したというソーラは誰なのか妾は知らん。しかし神殿に出入りしているエドァルドが言うのだから、アレハンドラも何かの手を打っているのだろうな。」
そうだ。ラロとソーラは知り合いのはずだ。なのにラロはソーラだと気が付かなかったのはやはり髪の色が違うからなのだろうか。
「ソーラさんは、オイラの事、知っているんですか? 」
「無論。神官志望でアレハンドラの手伝いをしているエドァルドであろう。」
ラロが神殿に出入りしているという事は、おかみさんの口ぶりだと、町で知っている人は少ない…いや、いない様子だった。
街の商人は、神殿との太いパイプを欲しがっているとラロも言っていたから、ラロからも言いふらすことはないはずだ。
神殿と関係ない者が、ラロの事を知っているという確率は極めて低いことになる。
「…本当に、あのソーラさまなのですね? 」
ラロが最後のピースを埋めるのを躊躇っているように言葉にする。
「そうだと、申しておるであろう。エドァルドの実家は食堂を営んでおったな。」
それに対する、ソーラの王手。
「…わ!マジのヤツだ!…いやぁ! たまたま同じ名の名前の女の子なんだと思って…あはは! 」
あははじゃないよ、まったく。もっと早く気がついてよ…。
「…失礼いたしました。髪の色が真っ黒なので、気が付きませんでした。それに昨日、神殿でソーラさまにお会いしたので…」
「残念だが、妾は髪の色は染みが広がって金色にならなくなったのだ…」
ソーラが寂しそうにうつむいた。
それを見て、さすがのラロもどう声をかけていいのか、少し困惑しているようだった。
「ラロ、ごめん。昨日ラロが見たソーラはウチらと一緒に旅をしているチャルカという普通の女の子なんだ。」
ウッジが申し訳なさそうに口を開いた。今となっては言い訳でしかないのだけど、メイシアもそれに続く。
「アレハンドラさんに口止めされていたから、本当のことが言えなくてごめんね。お祭りが終わるまで、ソーラさんの代わりをしてほしいって言われて…」
「なるほどー!そうなんスか。いやー、肌の色が白かったからびっくりはしたけど、全く疑いませんでしたよ! 」
素直だな!
「そうか。妾は知らず知らず、そなた達にも迷惑をかけているのだな…。」
「迷惑だなんて…乗り掛かった船ですよ。それで、時間がないってどういう事なんですか? 」
「今の妾が自我を持っていられるのも、少しの時間なのだ。今はあやつがやって来たのかと思い、なんとか力を振り絞って自我を取り戻しておるのだが…今に力尽きてしまう。」
「?……力尽きたらどうなるのですか? 」
「神ではないソーラが自我を持つ。普通の幼女だ。そのソーラも妾なのだが、恥ずかしながら自分が神である事を放棄した妾の姿ゆえ、すべての事情を忘れ去っている。」
「神であることを放棄って…」
「あやつ…死神に…心の隙をつかれてしまったのだ…」
「死神! オラも昨日見ました。オラたちを監視していたというか…」
「もう、そなたたちにまで目を付けていたとは。」
「死神というのは何者なんですか? 」
「あれは、この世を混乱に陥れる悪魔じゃ。じりじりとこの世界の安穏を捻じ曲げて不安や絶望を作って喜んでいる。何が目的なのかはわからない。目的すらないのかもしれない。」
「でも、相手がそんな悪魔だったとしても、あなたは神だったのでしょう。対抗する力が備わっていたのでは? 」
「……。」
ソーラのかわいらしい顔が、悔しさと後悔で歪んだ。
「こんな話、今出会ったばかりの者にする話ではない事は承知しているが…仕方がない。」
そう言って小さなため息をつくとソーラは力のない声で語りだした。
「妾は太陽でいることが嫌になってしまったのだ。」
予期していなかった神の告白。
誰も何も言えない。
「もう、サンに会っているのであろう? 太陽の神は一対で一柱だ。なぜだかわかるか?
恵みを与えるのが太陽の使命だ。だが、太陽の力は強すぎる。
程よい恵みは人に幸福をもたらすが、強すぎる太陽の力は命を奪ってしまう。また、弱すぎてもいけないのだ。
なので、太陽の神は一対でないといけなのだ。
"力を放出する神"と"力を押さえつける神"。力と精神を分散させ秩序を保っている。
サンが力を放出する者、妾がそれを抑制する者。……。…サンは今どうしていた? 」
そういうソーラの息づかいが、だんだんと苦しそうになってきた。
「ソーラ、大丈夫ですか? 」
「…大丈夫だ。しばらくは…といったところだろうがな。…表に出るのは久しぶりでな…時間がない。サンはどうしている? 」
どうと言っても…普段のサンを知らないからなぁ…
メイシアがポツリと。
「サンは…生意気な男の子でした…って、失礼ですよね? 」
「子供っぽくは無かったか? 」
「あー、見た目が子供だからそっちは気にならなかったですが、見た目と年相応というか…。でも、神さまっぽく振舞うときは生意気というか…不自然というか、無理をしているというか…」
「…そうか。太陽の力は無邪気でなければいけない。だから、放出する方は精神が子供でないといけないのだ。
しかし緊急事態ゆえ、無理をして一人で制御しているのだろう。話がそれてしまったな。
妾には時間がないので、とにかく要点を伝える。妾は、太陽の力が疎ましかったのだ。日照りで人や大地を焦がしてしまう。そうかと思えば日照不足で土地から生命を奪ってしまう。
その難しさ、そして妾の手に乗った責任の重さ。すべて忘れてただの子供になりたいと、心に染みを作ってしまったのだ…。
そこを死神に付け入られてしまった、、奴が囁いたのだ。"日照り・餓死・渇き・水源の奪い合いによる争い…それは太陽が元凶である。太陽は悪である"と。
はじめは小さかった心の染みが、奴の囁きで瞬く間に広がって妾の力ではどうにもできなくなってしまった。まったく恥ずかしい話だ。」
というと、ソーラの息がいよいよ荒くなってきた。
「そろそろ、限界の様だ…死神は妾だけではなく、サンも狙っているだろう。どうかサンを守ってやってほしい。そして、死神に奪われた妾の杖を取り返して欲しい。
杖を持ち、神として存在する者を死神とて葬り去る事は出来ない。同時に、神を葬り去るのは神の道具でないといけないのだ。
ゆえに太陽の力が一番弱くなるその時を死神は狙っている。その時、妾の杖が使うつもりなのだろう…。
もうすぐ奴にとって、好機が訪れてしまう。死神は妾の杖をもって、必ずサンのもとに現れる。どうかお医者よ、サンと太陽を救ってほしい…うぅ、」
「ソーラさん、大丈夫?! 」
「…大丈夫だ…すぐに子供のソーラが目覚めるから、彼女も守ってやってくれ…彼女が死ねば妾も死ぬる…。そして、妾の代わりをしているという童は絶対に祭りには……」
「ソーラさん! 」
ソーラが気を失ってテーブルに突っ伏してしまった。と思うと、すぐ、朝目覚めるかのように目を覚ました。
少女のソーラは神である時の事を知らないという…という事は、オラたちが家の中にいることをどう思うのだろう…
その場にいた全員がゴクリと唾をのんだ。




