28話 ペンタクルの密林 3/6
平地だったら一時間もかからない道のりなんだろう。
それをたっぷり倍の時間はかけてたどり着いたのは、廃墟と見間違えそうなほどボロボロの山小屋だった。
しかし、周りは小綺麗に整備されていて、人がきちんと生活している気配が感じられた。
「ところで、なんて声をかけるの?」
ウッジが他人事のように聞いてくる。そんなの知らないよーーーー
「ノックして、医者でーす。でいいんじゃない?」
とラロ。んなわけあるか。
「そうね、それしかないよね。」
メイシア、オラが医者じゃないって知っているよね?
「どう考えても、頼まれた往診じゃないんだから、それはおかしいんじゃないかな…? 」
「そう? 」
「そうだよ! 」
「ちょっと、ストロー。声が大きい」
騒がしくしていると、小屋の中から声が聞こえた。
「…誰だ?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、言葉遣いに違和感を感じるほど、かわいらしい女の子の声だった。
病気だというから、伏せっているのかと思ったのだが、声だけで判断はできないが病人の声には聞こえなかった。
「はい! ペンタクルの町からやって来たエドァルドと言います! 」
「…エドァルド…。一人ではないであろう? 」
「はい! お医者さまと一緒です! 」
「お医者…"人"なのだな…」
"人"? 人以外に誰か訪ねてくるんだろうか?
「はい! 人しかいません! 」
とラロがオラの心中と裏腹にハツラツと答えると、ドアがゆっくりと開いた。ドアの隙間から女の子が、こちらを覗いた。
「グリフォン?! 」
驚きついでに、声の主がドアを身幅ほど開けた。
女の子は、見たところ年齢はチャルカくらいの黒髪の幼女だった。
『きゃりっ! 』
メリーがラロの頭からウチの肩に飛び移って声を上げた。
しまった…あんなに人に姿を見られないようにしていたのに、チュニックの中に隠すのを忘れていた。
「す、すみません! 人以外にもグリフォンもいました! 」
ラロが慌てて訂正したけど、たぶん焦るのは、そこじゃないと思う。
* * *
何でも始まりはある。
同じように、終わりがあるという人がいるけれど、終わりがあって終われるものは幸せだ。
"なんとなく消滅"
それを終わりだとするなら、それが終わりなのだろう。
しかしその場合、始まりまで無かったことにされてしまう。
それらを受け入れないのなら、終わりのない苦しみだってあるのだ。
ドクン ドクン
澄んだ水はいつも流れているものだ。
ここの水は一処に留まり過ぎていたのかもしれない。
清らかであることを疑う事すらされない、そんな世界。
ドクン ドクン
虹の色はこの瞬間も七色でしょうか。
空の色はこの瞬間も透き通った瑠璃色でしょうか。
人々は小さな悩みはあれど、安穏でいるでしょうか。
ドクン ドクン
珍しく、夢…? を見ました。
きっと終わりの始まりの夢でしょう。
終われるのであれば、何でもいたしましょう。
終わらせてくれるのであれば。
トクン トクン…
幸せとは、誰かに守られていること?
幸せとは、守るべき誰かがいること?
幸せとは、守るべき誰かがいて、その誰かに守られること。
小さな幸せで構わない。
大それた事なんて何も望んでいない。
ドクン、ドクン
いけない。
もうしばらく大気に解けましょう。
終わらせてくれるのであれば、蒼穹を満たしましょう。
意識を切り離すように、深く深く潜って行く。
肺を水で満たし、意識は波も立たない鏡に溶けだし、一気に世界を包み込む。
全ては繊細に、細密に。一羽の雀が居眠りをする姿にも注がれる。
そうやって、世界は満たされ、永遠で刹那な一日が過ぎていく。
虹の国というのは、巨大な浮き島である。
浮き島と言っても、水に浮いているわけではない。
いや、水に浮いているのかもしれない。
この世界は、虹の国と呼ばれる浮き島を中心に成り立っている。
虹の国の下にはテーブルのような大地があり、人々はそこで生まれ、泣き、笑い、成長し、病気になり、老いて、そして一生を終える。
だから? と言わないでほしい。
それがどれだけ恵まれていることか。
そして、それがどれだけの愛で保たれている営みであるか。
ベリルは頭を悩ませていた。
どうしても死神を捕え、消滅することができない。
と言っても自ら赴いて、探しているわけではない。
それができないのだ。
目の前の運命の輪が時にカチッカチッと、時にギリギリと、時に回ることを拒否しているように動かずに持ちこたえているのを、ただ見ている事しかできない。
なんと無力な存在なのだろう。
しかし、運命とはそういうものなのだろう。
意志によって道が決まることもあれど、それも運命だからだ。
少しでも良いほうへという選択こそが道しるべだが、それこそ運命。
悲しいかな、成功も失敗も。
なるようになるし、ならない事は足掻いても泣き叫んでも望むままにはならない。
そうだとわかっていながら、今、あの時に戻れるなら…と何度思ったことか。
しかし、答えと結果は未来にしかない。
足跡は未来にしかつけられない。
人生はある意味泥沼だ。
人はぬかるみの中を美しい足跡をつけたいと前進する。
振り返らなくてもいいのにわざわざ振り返り、昔の足跡が気に食わなくて戻って直したいと願う。
しかし後戻りしたところで新たに美しい足跡を再構築する事は叶わない。
それどころか、自ら踏み荒らし、より醜くしてしまう。
分かっている。そんなことは。
過去を悔やむことは無駄なのだ。
だが思わずにはいられないのだ。
「はぁ…」
今日何度目かのため息が漏れた。
「なんだ、また運命の輪を見ているか。」
振り向くとそこには、その「足跡を変えたい昔」からの馴染みであるラズロックだった。
「もう幾度、こんなもの要らないと思ったでしょう。」
「またそれか。もうそんなもの見るのはやめた方がいいと、言っているだろう。」
ラズロックの小言ももっともだ。
最近のベリルの日課ときたら、この運命の輪を眺めて一喜一憂していること。
最終的に「一喜」で終わることなんてないのだ。それだけに留まらず「一憂」ならまだしも「二憂」「三憂」がくっついてくる。
はじめから終わりが分かっていたことなのだから。
「俺たちができることは、見守るだけだ。その時が来るまで。」
「…わかっているわよ。」
これもいつもの事。ぶっきらぼうに答える。
「行くぞ、死神がまたペンタクルに現れたらしい。情報だけでも集めないと。」
ラズロックの言葉にベリルの顔色が変わる。
「またペンタクルに…ペンタクルでいったい何が? 」
「いや、まだ状況はわからない。とりあえず、監視するしかないな。…もしかしたら、、」
言葉を詰まらせた。その続きは言わなくてもベリルにはわかっている。
「わかりました。急ぎましょう。」
そういうと、二人とも、とある部屋へと急いだ。
* * *