26話 ペンタクルの密林 1/6
朝は一番好きな時間だ。
昨日の嫌なことなんて、寝て吹き飛んでしまっている。
庭で日課の朝の体操をしていたら、メイシアが目をこすりながらやって来た。
「ストロー、おはよう。よく眠れた?」
「メイシア、今日は早起きだね。」
「…いつも私が起きるの遅いみたいじゃない。…だって昨日の夜、ストローの様子がいつもとちょっと違っていて心配だったから。」
「あはは、そうだったかな? 」
そうか。オラ、そんなに落ち込んでいたのかな。メイシアは、よく見ているんだなぁ。
「もう、大丈夫そうだね。メリーもおはよう。」
『きゃりっ』
オラの肩でメリーが返事をして、メイシアの肩に飛び移った。
見れば見るほど、不思議だ。
昨日までとても大きな獣だと思っていたのに、アレハンドラに術を掛けられ、あっという間にこの大きさになってしまった。
アレハンドラによれば、本人の意思で元の大きさに戻れるというのだが、本当にそんな現実離れしたことが起こるのだろうか…いや、もう空飛ぶ戦車に乗ったり神という存在が目の前に現れたり、今までの自分が知っている世界を超越した事ばかり、目の前で起こっているじゃないか…と頭で理解していても落ち切らない自分に言い聞かす。
「ちょっとストロー、そんなメリーをじろじろ見てどうしたの? 」
「いや、不思議だなぁと思って。」
「今更? もう不思議なことだらけで、何でも来いって感じよ。」
「そういわれれば、そうだよね。ははは。不思議っていえばさ、昨日の夜、オラ寝ぼけていたのかなぁ? 」
ふと、昨晩の不思議な出来事を思い出した…。あれは夢だったのだろうか。馬に乗った骸骨。
その話をしようとした時、ウッジが起きてきた。
「おはよー…みんな早いね。」
メイシアよりも輪をかけて眠そうな顔をしている。見るからに眠れなかったっぽい。
「うわっ、ウッジ目の下のクマがすごいよ?眠れなかったの? 」
「あははは…そんなことないよ? ぐっすり寝たけど? 」
くるっと顔が見えないように向こうを向いてしまった。
たぶん、チャルカが心配で眠れなかったのだろうけど…チャルカの事になると、どういう訳か素直じゃないかならなぁ、ウッジは。
「そう? だったらいいんだけど。チャルカが心配であんまり眠れなかったのかと思って。」
メイシアの空気の読まなさはレベルが高い…。
「そ、そんなわけないよ! ところで、今なんか不思議がどうとか話してなかった? 」
「あぁ。昨日の夜、その塀の向こうに骸骨を見たんだよねぇ。」
突拍子もない話だから、予測はしていたけど…メイシアとウッジの目が点になった。
「……。寝ぼけていたんじゃない? 」
「ちょっと、メイシアが不思議なことは何でも来いって言ったんじゃないか! 」
「えー、でも私見てないし。ウッジは見た? 」
ウッジが一瞬何かを思い出したような目をしたのだけど、慌ててブルブルと首を横に振った。
「まぁ、オラも寝ぼけていたかもなぁ…」
『ぴゅぅぃっ』
メリーがそうだそうだと、言ったように思ったので
「今のところ、メリーが一番不思議だけどな! 」と、言ってやった。
『ぴゅろろろろろろ…』
「とりあえず、お腹減ったから、なんか食べに出ようよ…ってウチらそんなお金持ってないのか…」
「さっき、番頭さんが朝食を食堂でどうぞって言っていたわよ。」
「へぇ! それは助かった! 食べに行こうか。」
宿代はラロがアレハンドラからお金をもらっていて、払ってくれるはずだ。
『ぐぅ』
「あ…メリーは無理だよねぇ。ごめんね、メリー、何か食べられそうなものをもらってくるから、部屋で待っていてくれる? 」
メイシアの言葉を聞くと、メリーが一目散で飛んできて、オラの服の中にもぐりこんだ。
「ちょっと、メリー」
『ぐぅ、ぐぅ…』
「…これで行くのね…仕方ないなぁ。顔は絶対に出さないでよ。」
『ぴちゅっ』
食堂というが、宿の一階の一部分をカフェとして営業しているようだった。
「おはようございます。宿泊のお客さんだね。」
カフェに入ると声をかけてきたのはチョビ髭の、昨夜、水を一杯くれた番頭さんだった。
「はい。朝食をいただきたいのですが…」
「もちろん、もちろん。好きな席にどうぞ。卵料理だけど、いいかね。」
それぞれ返事をして、朝日が当たる一角に座った。
けっこう広い宿にも関わらず、カフェで朝食をとっているのはオラたちだけだった。
「…その骸骨なんだけど、」
座った途端、ウッジが青い顔でおずおずと話し出した。
「実は、ウチも昨日森の中で見かけたような…」
「え? 森って、いつ? 」
「竜巻に連れてこられて、アレハンドラさんの後を…」
「気を失っていた時ね。」
あぁ、それで気を失っていたのか…
「あはは… 見間違えかなぁとも思ったし、昨日は色々あって話しそびれてしまって…」
と、そこに朝食が運び込まれてきた。とてもいい匂いが食欲を刺激する。
テーブルに置かれたのは、昨日ハラペーニョで食べたような薄い生地に半熟卵とトマトのソースが乗って焼き目が付いた料理だった。
「お待たせしたね、ウエボス・ランチェロスだよ。」
「おいしそう! 」
「…これも辛いのかな? 」
「おや、お客さんは辛いのが苦手かい? まぁ、食べてみておくれ。うちのはペンタクル一…普通のウエボス・ランチェロスだよ! はははは! 」
「…はぁ。」
と生返事の後、びくびくしながらウッジが一口。
「…食べられ…る。」
「失礼だなぁ、お客さん。そういう時は美味しいって言うんだよ、ははは! 」
「…はい、おいしいです」
ペンタクルの人は、陽気な人が多いのだなぁ。と二人の会話を聞きながら一口頬張る。
「おいしい! 」
「そっちのお客さんは正直だな! ははは! …ところでさっき、骸骨がどうのこうの聞こえてきたのだが、骸骨がどうかしたのかね? 」
「昨晩ですが、そこの塀の向こうから、馬に乗った骸骨がこっちを覗いていたんです。でも、すぐに消えてしまいました。」
「な…! そんな話、他ではしないでくれよ! 」
オラの話を聞くや否や、番頭の表情が一転した。
「その骸骨知っているんですか? 」
「その話はやめだやめだ! あんた達は、アレハンドラさまのお客人だと聞いているから、今晩も泊めてやるが、もし他で今の話を他言したら追い出すからな。うちがあいつに目をつけられているなんて噂が広まったら、それだけでもうお終いだ。」
そういうと、番頭はキッチンなのか、フロントなのか、どこかへ行ってしまった。
「びっくりしたね…」
小声でメイシアが話しかけてきた。
「うん。でも骸骨の事、何か知っていそうだったし、これは何かあるね。ラロが来たら聞いてみよう。」
胸のあたりがもぞもぞとするのに気が付いた。
『ぐぅ。』
メリーが襟ぐりから顔を出した。
「わっ! まだダメダメ! 」
慌ててメリーの顔をチュニックの中に押し込む。
「…というか、ごめん、メリーの食べられそうなものをもらうの忘れたよ…。それも後でラロにどうにかしてもらうから、もう少し我慢して。」
胸のあたりで、ぐぅ、という声が聞こえた。