18話 笑顔のわけ 3/4
大地の裂け目。
ここは一度落ちてしまうと、もう二度と戻ってこられない場所。
そんな一生縁がないと思っていた場所に少女3人は今やって来ていた。
裂け目にはローニー領の大地から集められた水が大河となり、滝になって落ちている。
その滝…水柱の途中に目的の洞窟は隠されていた。突撃するのはこの滝の中。
真の馭者として、火の戦車を操ることに成功したローニーではあったが水の中をくぐるというのはちょっと話が違う。
行くべき道が水という壁の向こう側にあるので少しの躊躇が芽生えていた。
「馬よ、この壁は通り抜けることができるのか? 」
馬は鼻を鳴らした。
「ローニーさん、行けるかどうかを決めるのは、馬じゃなく貴方なんですよ! 」
メイシアがローニーの横から檄を飛ばす。また誰にも気づかれず、達成の鍵が密かに光った。
「…そうだ。そうであった…。私はチャリオット家の頭首として、真の馭者になったのだ。私の扱う炎は焼きから払う炎ではない。人を守る炎であるはずだ…だから消えない…。よし! 突入するするぞ! 」
自分に言い聞かすように。しかしその言葉に力強さをひしひしと感じる。
「「「はい!」」」
ローニーが「ハイドウ! 」と高らかに声を上げた。その声にもう迷いはなかった。
すると白黒の馬が高く嘶き、体制を低くして前の蹄で宙を数回掻いた。
「行け!!!」というローニーの合図とともに、2頭の馬が一気にトップスピードまで加速し、流れる滝の中に突入した。
一瞬の豪雨。
大量の水しぶきにより炎の車輪が少しずつ鎮火されていく。馬は洞窟内に到達した。しかし客車部分が勢いが弱まった炎の車輪に耐え切れずに底を擦るような形で何とか洞窟内に潜入することができた。
ローニーが手綱を軽く引き、馬を止める。と同時に、大きく安堵の息を吐いた。
「やった!!」
「ローニーさんすごい!」
「ありがとう!」
3人は喜んだが、それも束の間。
洞窟の奥から、ものすごい風が吹き出し光が尾を引いてこちらへ飛んでくるのが分かった。
それはものすごいスピードで、馬車から降りる時間すらなかった。
喜びの声が悲鳴に変わる。
光の塊…獣が馬車の手前で止まりフォバーリングした。
瞬時にローニーは馬車から飛び出し、剣を構えた。同時に馬車から火の気が無くなり、洞窟内がぐっと暗くなり空気が張り詰める。
しかし、それをチャルカの脳天気な声がぶち壊した。
「ノーニーさぁん! 」
その声を聴いたウッジが馬車から飛び出した。
「チャルカ?!」
洞窟内は暗いままだが、サンダーソニアと獣の明かりに目が徐々に慣れてきた。目を凝らしてよく見ると、獣の上にチャルカがまたがっている。
メイシアとストローも、馬車から降りた。
「メリーちゃん、ウッジだよー。下に降りて! 」
メリーはフワン! と翼をゆすると、優しく着地をしてみせた。そして、翼をたたみチャルカが降りやすいように首を低くした。
飛び降りたチャルカは、一目散にウッジのところへ笑顔でかけていく。
「ウッジーー! 」
「チャルカ! だ、大丈夫だったの? 」
「? 」
「お嬢方! チャルカ嬢を連れて早く馬車へ!! 」
いつ飛びかかってくるかわからない獣にローニーが身構えている。
チャルカが、慌ててローニーの前に立ちはだかった。
「いじめちゃダメー! 」
「チャルカ嬢何を言っているのだ。この獣は、家畜を襲い、チャルカ嬢を誘拐して食べようとした危険な生き物ですぞ! 」
「違うもん! 違うもん!! 」
「チャーちゃん! こっち! 危ないから、こっちに来て! 」
「……。」
ウッジは何か考え込んで、そして落ち着いた様子でチャルカの横に向かって歩き出した。そして、チャルカの横で深々と頭を下げた。
「ウッジどうしたんだ? 」
「ごめんなさい。チャルカはこの獣は危険じゃないって言いたいんだと思います。私はチャルカの事を信じようと思います。だから、ごめんなさい。この獣はこのままそっとしてあげてください。」
もう一度、深々と頭を下げた。
ローニーも、調子がくるって構えた剣をおろした。
チャルカが、ウッジの服を引っ張って何か訴えようとした。
「ウッジ、違うのーー! 」
「え? 何が違うの? …コイツ危険なの?! 」
「違うの! 足痛いから、ほっといたらダメなの! 」
「……は? 」
チャルカのわかりにくい説明に、まだ信用しきれない獣の傍によるという高いハードルをなんとかクリアした4人は、獣の太ももに刺さった杭のように大きな木くずを確認した。
「これ、取るのたぶん痛いよね? 」
メイシアがじっくりと見ながら言った。
「そうだなぁ…もうかなり肉が巻いている感じがする。」
「ローニーさんのところでどうにかならないんですか? 」
「うーーむ…。麻酔とペンチ…でどうにかなるのだろうか…。とりあえず、屋敷へ戻るか。…といっても、戦車では運べないか……」
悩むローニーに無邪気にチャルカが言う。
「大丈夫だよー。飛んで行ったらいいんだよー」
『きゃりっ』
「そうと分かれば話は早い。屋敷へ戻ろう。……みんな驚くであろうな…」
屋敷へ獣を連れて戻って、みんなが驚くところを想像するとなんだかおかしい。ストローがプッと噴き出した。
それにつられて、5人はくすくすと笑った。
「さぁ、戻ろう。お嬢方、戦車に乗るのだ。」
帰り道は、やはり滝から出るときはヒヤッとする場面もあったが、真の馭者となったローニーと馬は滑らかな走りで、朝焼けのすがすがしい空気を楽しむ余裕があるほど、良い乗り心地で帰ることができた。
チャルカはどうして獣に乗っていくのだと言い張り、背中に乗せてもらって帰還した。滝も器用に水と崖の間をすり抜けて、濡れないように滝の端から抜け出ていた。
帰還した一向をまだかまだかと首を長くして待っていた土地の者たちの、獣の姿を見たときパニックはすごかったが、朝焼けの中美しい獣に天使のような容姿の少女が髪をなびかせて乗っているのを神々しく感じたようで、グリフォンが地面に降りた時には、どちらの意味で分からないが拝んでいる者さえいた。
それからローニーが、獣の安全な生き物であることを説明してくれて、村の獣医を呼んでくれた。
獣医は家畜しか相手にしたことがなく、恐怖したり戸惑ったりしたが、ローニーに必死の懇願で、なんとか手術をしてくれた。
うつぶせになった、メリーの顔にチャルカが抱き付いて大泣きしながらの変な手術だったが、局部麻酔をしたのでなんの山場もなく木片は取り除かれ、五針縫って手術は終わった。
ついでに、チャルカの手のひらの棘もウッジが棘抜きをソフィに借りてなんとか抜いた。
途中、ソフィやセバスチャンがサンドイッチやストロープワッフルを運んできてくれた。
すべてが終わったのはもう夕方の事。
麻酔が効いているのか、木片が抜けてほっとしたのか、獣…グリフォンは屋敷の庭で眠ってしまった。
それを見届けた4人娘とローニーは、ぐったりと疲れて、それぞれの部屋で次の朝まで眠った。
朝、チャルカは起きて一番にメリーのところへ行きたかったが、とりあえず朝ごはんを食べなさいとウッジに叱られ、ものすごい速さで朝食を平らげた。そして、ナッツをソフィに頼んで用意してもらうと、3人を連れてグリフィンのところへ向かった。
どこかに飛んで行ってしのうのではないかとすごく心配したのだが、グリフォンはちゃんと屋敷の庭にいて、羽繕いだか毛繕いだかわからない行為を念入りにしていた。
「メリーちゃん、おはよう!」
『きゅるるるる』
チャルカがメリーに抱き付いて挨拶をする。
「なんか…なついているな」
「完全になついているね。」
「チャルカ、気になっていたのだけど、そのメリーちゃんってもしかして、その獣の名前?」
「そうだよ。かわいい名前でしょ。」
そういうと、先ほど用意してもらったナッツを獣改め、グリフォン改め、メリーにあげていた。
「こんなデカいメリーちゃんは、メリーちゃん史上初だろうな…。チャルカ!オラにもナッツあげさせて!」
「じゃ、ウチもー!」
そこにローニーがやって来た。朝食の時に姿が見えなかったので、チャルカがいなくなった騒動で振舞わしたこともあり、ウッジは少し心配ようだった。
「お嬢方、ごきげんよう。」
「ローニーさん、おはようございます。昨日はありがとうございました。ウチ、いろいろ失礼なこと言ってしまったかも。」
メイシアもあいさつをする。
「おはようございます。それを言うなら私が一番失礼だったと思います…あの時は必死で。失礼いたしました。」
「いや、気にしないでほしい。私はこんな事を言うと不謹慎だと言われるかもしれないが、あんな事件が起こって私は良かったと思っている。私はずっと、チャリオット家の生まれを呪っていたが、それに甘んじてもいた。それが全部吹っ切れて、今はチャリオット家の頭首として、やって行こうと思う。とても晴れ晴れした気分だ。」
「ローニーさん、ご立派です。お会いした時もご立派だと思ったのですが、今はもっと。」
「ありがとう。メイシア嬢、貴方は私にとって、本当に達成の鍵の乙女でした。」
「ねー、ノーニーさん! 」
チャルカが、ローニーの服を引っ張った。
「おぉ、チャルカ嬢。もうお加減はよろしいかな?」
「オカゲン?…うーん…よろしいです! 」
よくわかってはいないが、天使スマイル。
「何か御用かな?」
「あのね、長ーいリボンない? ヒモでもいいんだけど…」
「ちょっと、チャルカ、おねだりなんてしないでよ! そんなの何に使うの? 」
「ウッジには関係ないもん。」
「よいよい。で、どれくらいの長さが必要なのかな? 」
「んとねー。これーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっくらい。」
「それはとても長いな。何に使うのかな? 」
「チャーね、メリーちゃんのママになったの。ママになったってことは、ムスメにお洋服をあげないといけないでしょ。」
「メリーって? 」
「ローニーさん、すみません…メリーってあの動物の事です…っていうか、ママになるって初耳なんだけど!ウチそんなの知らないよ! 」
「ウッジには関係ないもーん。」
チャルカがローニーの影に隠れた。
「おぉ、そうであった。その生き物の話なのだが…」
ローニーがメリーの前まで歩いて行き、深々と頭を下げた。
「メリー殿とおっしゃるのか。メリー殿、申し訳ないことをした! 罪深いこの領土の民の所業を領主である私の謝罪によって許してほしい。また、そなたの体を事故だったとはいえ、わが領土の物で傷つけたことも、許していただきたい。」
あわててメイシアが駆け寄った。
「どうしたんですか? 急にあやまって。」
「実は、昨日帰還してから家畜がいなくなったという家を探させたのだ。しかし、どの話をたどっても、誰が言ってたとか聞いたとかで、家畜を奪われた家は一軒も見つからなかった。たぶん未知の生き物だったために、目撃しただけの話に背びれや尾ひれがついたのであろう。家畜略奪は濡れ衣だったのだ。それどころか、メリー殿の姿を目撃され始めたのが、あの大嵐の後すぐだった。なのでもしやと思い昨日メリー殿の体から抜き出した木片を調べたのだが、たぶん、あの風車の折れた柱の一部だと思われる。きっとあの日から木片が痛くて抜いてくれる人を探していたのだろう。本当に悪いことをした。」
チャルカが、メリーに抱き付いた。メリーもチャルカに頬ずりをした。
「謝るときは、ごめんなさいって、言うんだよー。」
「こら! チャルカ! 今のは大人のごめんなさいだったの! 」
ウッジが慌てたのをよそに、ローニーが直立してもう一度深々と頭をさげた。
「ごめんなさい! 」
「ちょ…ローニーさん…」
するとメリーも、立ち上がり、たたずまいを正して凛々しい声で獅子の声で吠えた。声というよりも、衝撃波に近かったため、その場にいたチャルカ以外の全員が驚いた。
「メリーちゃん、許すって! 」
チャルカはにこにこしている。
「あ…あぁ、ありがとう。では、私からもお詫びに、そのリボンを用意させよう。チャルカ嬢は洋服をおつくりになるのかな? 」
「違うよ。んとねー…」
とポシェットをごそごそ。そして、中からカメオのブローチを取り出した。
「これを首に付けてあげるの。」
「チャルカ、それ、大事にさないって言われていたブローチじゃない。ダメだよ、そんな大切なものを上げたら。」
「いいの! ママがあげられるものは、これしかないんだもん。」
言い出したら聞かない事をウッジは知っている…。
「承知した。では丈夫な素材がよかろう。鞣した皮でどうだろう。」
『きゃりっ』
「それでいいって! 」
「ではすぐに用意させよう。ウチの職人だったら、明日の朝にはきっとできるだろう。」
「ほんと!? メリーちゃん良かったね! 」
そういうと、ローニーはお屋敷の中に戻って行った。
「それよりチャーちゃん、もしかして、メリーちゃん連れて旅をする気? 」
「うん! 」
メイシアが、まさかね! のノリで聞いてきたが、チャルカが良い返事と笑顔を返した。
「まさかとは思っていたけど、やっぱり…。大丈夫かなぁ、」
「大丈夫だよ。それより歩き疲れたチャルカを乗せてくれる乗り物ができて大助かりかもよ?」
とストロー。
「……そうかもね。まぁ、何とかなるか。」
これで、この旅に一人…いや、一頭追加で、四人と一頭の旅の始まりとなった。