16話 笑顔のわけ 1/4
メイシアたちを乗せた火の戦車は、勇敢に麦畑という大海原に舵を切って出発したのはいいけれど、兎にも角にも乗り心地が悪い。
椅子なんてものもなく、立ち乗り。
戦車なのだから、乗り心地なんて考えられていないのだろうけれど、特にこの土地とサイズの合わないストローは悲惨だった。
客車部分はが狭いので中腰で乗るしかなく、戦車が揺れるたびに頭をごんごんと天井に打ち付けていた。
「…きゃっ! ストロー、大丈夫? 」
メイシアがストローの心配をするが、そんな事よりも自分が振り落とされそうになっている。
「オラは、振り落とされることもないだろうし大丈夫…でも、頭は今よりもっと悪くなりそう…」
「ローニーさん、もう少し優しい操縦はできないのですか?」
ウッジがローニーを見ると、ローニーの顔が蒼白だ。
「ローニーさんどうしたんですか?! 顔が真っ青ですよ! 」
「…すまない、私はこの戦車を使ったことが一度もないのだ…どうやったらうまく操縦できるのか…」
その言葉を聞いて、乗っている三人とも顔が蒼白になる。
「あんなにかっこよく出発したじゃないですか!」
「動かし方は、知っていたのだ。家に伝わる大切な伝承だからな。子供の頃から毎日毎晩のように聞かされて育ったのだ。しかし戦車の馬の繰り方のコツなんてものは伝承には、含まれてはおらん!」
「そんなぁ!」
もし、一直線に目的の滝のある崖へ向かったのなら、あっという間に到着するのだが、でたらめに馬を走らせているために、左右に上下に、そして旋回までして、時間のロスが激しい。
時間のロスだけではなく、ウッジは乗り物酔いを起こしはじめていて、今にも振り落とされそうなほどぐったりとしながら天井を支える柱にしがみついていた。
「ローニーさん、あの川! あの川を少し下るんですよ!」
ストローが身を乗り出し、ローニーの横に顔をだした。
前方に川が見えてきた。目的の滝につながる川だ。しかし、川に向かって飛んでいるので、戦車の進行方向をほとんど直角に曲がらせないと川を行き過ぎてしまう。しかし、すぐには曲がれそうもないほどの速さで馬車は進んでいた。
「わかっているのだが、曲がれそうにない!! 」
ストローが続ける。
「一応聞くんだけど…火の戦車って、水の上でも平気なんですよね…? 」
火の戦車の車輪部分は炎だ。炎と水。一抹の不安がよぎる。
「真の馭者であれば水でも氷の大地でも平気だと伝承にはあるのだが…」
「ローニーさんは、真の馭者なんですか!? 」
「私は、まだ真の馭者ではない…! 」
そういっている間にも川は刻々と迫ってきている。
一か八か川の上を通行してみるのか、それとも止まるのか。
「ローニーさん、とりあえず、河原で止まりましょう。で、方向を変えて川沿いを下って行きましょう!! 」
ストローがそう結論付けて言うものの、スピードに乗った戦車は川に向かって突き進む。
とっさにメイシアが手綱をもってグイッと引いた。
「止まってーーーーーーー!!!!」
遅れてローニーも、手綱をより一層グンと引く。
水辺まで、あと30メートル…20メートル…
ストローも、後ろから手綱を引っ張った。
「止まれーーー!!!」
あと、10メートル…のところで、火の車輪がぼわっと音を立てて消えた。
同時に馬も人形に戻り、客車と馬の人形は走っていたスピードのまま地面に半分スライドするような形で着地し、地面の凹凸にバウンドを一度して、横に倒れて動きを止めた。
客車が幸か不幸か箱の形状だったので、全員飛び出ることもなく、客車部分にとどまっていた。
「イタタタタ…」
「お嬢方大丈夫か?」
「オラは何とか…とりあえず出たい…」
「私も大丈夫です。」
「……うっぷ」
ウッジは完全に乗り物酔いでぐったりしていて声を出すこともできない。
次々に客車から外に這い出て、それぞれが思いのまま、ぐったりと地面に這いつくばった。
「情けない…お嬢方、こんな事に巻き込んで本当にすまないと思っている…」
「どうして、乗れもしない戦車を引っ張り出したのですか。」
メイシアの口から出た言葉は、責めようと思ったのではなく、本当に疑問だったからだ。
「…情けないと思われるのを承知で告白しよう…。私は本当は戦いなどしたくはないのだ。こんな家に生まれたことを今までどれだけ恨んできたことか。戦車の伝承なども、武家の男子であるなら、普通なら幼少のころから目を輝かせて聞くものであろう。私も両親を失うまではそうであったかもしれない。しかし、両親を亡くしてから武家であることも、その家の家長であることも、戦いによって何かを奪うことも嫌になったのだ。」
すこし落ち着いてきたウッジが青い顔でローニーに話しかけた。
「ウチ、聞きました…ご両親は事故でお亡くなりになられたと…」
「そうだ。風車の建設の事故でな。両親ともに立派な領主だったのだ。戦いよりも、農耕に自ら精を出して、この農耕に向かない土地を開拓してきたのだ。この領土に住む者たちのために。この土地は、まっ平らな土地で湧水があちこちから湧いていて地盤がゆるくてな。なので、溝を作りそこに水を溜め、風車で流れを作って多すぎる水を流して捨てているのだ。私の領土のすべての水が集まったのがこの川。この先にある大地の裂け目に余った水を捨てているのだ。」
「でも、戦いでご両親がお亡くなりになられたのではないのなら、戦いが嫌いになる理由は…」
「戦いは、誰から何かを奪うという事だ。私はこの地盤の緩い土地に両親を奪われた。私は同じように人から大切な何かを奪いたくないのだ。ゆえに私は剣や馬術の稽古よりも野良仕事に精を出した。土地の者と一緒に土を触っていることが私の一番の幸せなのだ。…だから、一度も戦車を使わなかった。戦いが嫌いというだけではない。見たであろう。炎が車輪のこの戦車は、百姓が大事に育てた畑を簡単に焼いてしまう。」
「だったら、どうして今回戦車を…」
「違う土地から来た小さな女の子が、私の領土でさらわれたのだ。奪われていい幸せなんてどこにもない。大地の裂け目も飛べないと行くことは不可能だ。…しかし、いくら格好の良いことを言っても、この為体だ。情けない結果になってしまったがな…」
青い虹の明かりがぼんやりしているだけの、ランプも消えてしまった暗闇。
顔ははっきりと見えないけれど、ローニーは泣いているようだった。
「ローニーさん、まだあきらめるのは早いです。」
いたたまれなくなったメイシアがローニーの肩に触れた。
「しかし、戦車を繰れないのなら、大地の裂け目には行くことはできない。」
ストローも加勢をする。
「オラさっき、聞きました。ローニーさんの言葉。」
「私が何か言ったか?」
「"まだ真の馭者ではない"って。まだって事は、真の馭者になるってことですよね。」
ローニーが首を振った。
「そんな言葉遊び…」
「ウチ、ローニーさんがどれだけこの土地の方たちに好かれているのか知っています。ソフィさんが言っていました。ローニーさんのご両親のように、ローニーさんを失いたくないって。頭首として期待されている重さも、ウチは孤児で家族もいませんが…想像の範囲ですが…理解もします。期待に答えたいって気持ちも。だから…だから…」
ウッジがどう言えば考えが伝わるのか、見つからなくて言葉に詰まってしまった。
「だから、私たちが協力します。もう一度、戦車を動かしてみましょう!」
「なんたってメイシアは達成の鍵の乙女らしいからな。きっと成功する!」
「あははは…それ、何だろうね…」
とメイシアが照れ笑いをした。
「ウチも協力します!チャルカを助けてもらわないといけないし!」
「しかし、一体どうしたらよいのだ…私は馬を繰る術を知らない」
「オラ、ちょっと思ったのだけど…真の馭者というのは、馬と一体になった人の事だと思う。人馬一体って聞いたことがあるし。さっき、ローニーさんは馬と一体にはなっていなかったと思うのだけど…馬にローニーさんの気持ちが伝わっていなかったのじゃないかな? 」
「馬に私の気持ちが…」
「ローニーさん、必死だったもんね…」
「そうだな…よし。迷っている時間もないのだった。もう一度やってみよう。」
そういうと立ち上がり、まず客車部分をローニーとストローで起こした。
次に馬も、まるで子供が遊んだあと飽きて放りなげられた玩具のように横たわっていたのを一体ずつ四人で立たせた。
そのあとストローが、河原の周りに生えている花を数本積んできた。
「ストローなにそれ。」
「サンダーソニア。これは、こう使うの。」
と摘んだ花を持っている腕を思いっきりブン! と振った。すると花がぽわーと光出して、烏瓜の行燈を持っているように明るくなった。
「わ!すごい! 」
「便利でしょ。光る時間は短いのだけど、洞窟の中は光がないだろうし、それくらいの時間は光ってくれるでしょ。」
「さぁ、お嬢方乗り込んでくれ。」
それぞれ返事をして、客車部分に乗り込んだ。
ローニーの後ろ姿を見つめる三人。ローニーの心臓の音や心の震えが聞こえてきそうな背中だった。
知らず知らず、メイシアがローニーの背中に手のひらをそっと触れさせた。
「大丈夫。今度はうまくいきます。」
その時、達成の鍵がぼわっと胸元で小さく光を放ったのだが、誰も気が付かなかった。
「…そうだな。お嬢方、始めるぞ。」
そういうと、グイッと手綱を引き「ハイドウ! 」と声を上げた。最初の時よりもとても落ち着いた声に聞こえた。
馬の体がつやつやと照り出し、リラックスしたように低く鼻を鳴らした。
「火の戦車の誇り高き馬よ。私にはどうしても成し遂げなければいけない事がある。幼い子供が連れ去られたのだ。無事に助けたい。どうか協力してほしい。」
そういい終えると、炎の車輪が姿を現した。ローニーが鞭も打っていないのに、馬車はとても静かに動き出した。先ほど同じ馬車だとは信じられないほど滑らかな走行だった。
川を下り、難なく川の終点の滝までやって来た。
「馬よ、あそこだ! 大地の裂け目から下に降りるのだ! 」
ローニーの言葉に白黒の二頭が高く嘶き、裂け目に滑り込むために高度を上げた。
「お嬢方、つかまって!! 」
というローニーの言葉を合図に馬車は、大地の裂け目めがけて急降下した。