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虹の国のメイシア ~タロット譚詩曲~  作者: メラニー
第二章 麦畑の国で
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15話 ローニーの秘策 2/2

残されたウチらはボー然としてしまう。

「思っていたこととは違いましたが、ローニーさまが獣が出たという話を聞いてこんなに早く行動を起こされるなど無かったこと。これもお嬢方のおかげですな。」

セバスチャンはとても嬉しそうだった。

「お嬢方、コーヒーなどいかがですか?」

すすめらもらえるのは嬉しいけれど、そんな気分にもならず、三人とも断ってしまった。


「お、チャルカ嬢はもう眠そうですな。」

見るとデザートのストロープワッフルをフォークで刺しながら、ほとんど眠ってしまっている。

「チャルカ、大丈夫? もう寝ようか。ウチ、ちょっと部屋に連れて行ってくる。」

「では、歩くのもかわいそうですし、運ばせましょう。ソフィ、ちょっと来ておくれ」

セバスチャンが体格のいい…メイドを呼び、チャルカを部屋まで運ぶように指示をしてくれた。

ウチも心配なので一応部屋まで一緒に行くことにした。


確かにチャルカは、今日は時々ダレてはいたけれど、一日本当によく歩いた。

今までの甘ったれのチャルカでは考えられないことだ。

チャルカはチャルカなりに、頑張っているのかもしれない。何をそこまで頑張る理由があるのかわかないけれど。

大人の真似事をして、旅をしたいんだろう。


ソフィとチャルカの部屋に入り、ベッドに寝かせた。

「ソフィさん、ありがとう。助かりました。」

「お気になさらず。」と言って、ソフィがにっこりとした。

「ウッジさま、」

「さま、なんてやめてください。ウチはそんな身分ではないので…」

「いえ、お客さまは皆さま、そうお呼びいたしますので。ウッジさま、どうか、若さまとこの土地をお守りください。」

「……。ウチたちにそんな力は…」


「わたくしたち、この土地の者は、若さまの事を心からお慕いしております。若さまは領土に住むものの事を大切にしてくださる、とても良い領主なのです。特にこの家にお使いしているものは、若い身空で家をお継ぎになって、当主でいることの大変さを良く知っています。」

「ご両親、いらっしゃらないのですね。」

「はい。ご両親もとても良い領主さまだったのですが、早くに事故でお亡くなりになられました。わたくし共は、土地の者が若さまに獣退治を期待するあまり、若さままで失ってしまうのではないかと、不安なのでございます。」


セバスチャンはローニーに退治してほしいという。武家である家を守るために。

ソフィはローニーの身を何より案じている。

どちらも本当にことだろうし、セバスチャンもきっと、ローニーを大切に思っている思いは一緒なんだろう。

だからこそ、一人でではなく、ウチらと一緒にと必死なんだろう。

「…うん、みんなとも話してみるね」

そういって、チャルカの寝顔をもう一度見て、部屋を後にした。



「オラ、ちょっと行ってこようかな…少なくともローニーさんより体は大きいし役に立つかも。」

食堂に戻るとウッジが、真剣な顔で話しをしていた。


確かにストローとウチはローニーよりも背は高い。でも武器になりそうなものはウチは斧だけだし、その斧だって木を伐ったのが一度きりという頼りない話だ。獣に出会っても絶対何もできない。


「危ないよ、ストロー…。でも、これだけお世話になっていて、何もしないのもとても心苦しいよね…」

確かに。メイシアの言うとおりだ。

ウチもソフィの話を聞いてしまって、ここに住む人たちの気持ちに触れてしまった。



突然廊下を誰かが駆けてくる音がした。

ドン! と扉があき、ローニーが青ざめて入ってきた。入ってくるなり、食堂の窓という窓をパタン! パタン! と閉めて回り、最後の一つを閉めるとやっと振り向いて、口を開いた。

「みんな大丈夫か! 」

「ローニーさま、どうなされたのですか? 」

「今、獣がこちららに向かって、飛んでいったのだ。屋敷の窓をすべて閉めよ。今すぐにだ! 」


使用人達の中には悲鳴を上げる者もいた。

「皆の者、聞いたであろう。今すぐ屋敷中の窓を閉めて回るのじゃ! 」

セバスチャンが声を荒げた。それにかぶせるようにローニーが注意する。

「一人で行動してはいけない。必ず複数で行動するように! 」

それを聞くと、使用人たちは、蜘蛛の子を散らしたように慌てて窓を閉めに去って行った。


「お嬢方はここに居てくれてよかった。」

ローニーが言いながらキョロキョロと見渡した。

「チャルカ嬢はどこへ? 」

三人とも青ざめる。

「今、眠ってしまったので、チャルカの部屋に運んだのです。」

「それはいけない。奴は、たぶん臆病だから複数人の時は襲わないのだ。しかし、一人だとその限りではないかもしれない! 今すぐ、チャルカ嬢のところへ行こう」

「はい! 」


その瞬間、どこからともなく、いや、とても近い場所で獣が吠えたのが聞こえた。

脚がすくんでしまうほどの恐怖が心を絞り上げるが、チャルカの事を思うと居ても立ってもいられない。

「行こう! 」

ローニーとウチら三人は、慌てて食堂を飛び出し、廊下を走り階段を駆け上ってチャルカの部屋の前までやって来た。

万が一なんてことは万が一なのだから、滅多なことは起こらないはず。

そう自分に言い聞かせるが、胸騒ぎが抑えられなくて、今にも気を失ってしまいそうだ。


「開けるぞ…」

ローニーが、扉をゆっくりと開けた。

そこには、チャルカがベッドの上で何も知らず、いつものきれいな顔で寝ている…はずなのに、ベッド上にチャルカがいない。


「チャルカ!」

「チャーちゃんどこ?!」

ローニーが、バルコニーの方へ駆け寄った。

「…連れ去られた、かもしれない……」

「え?」

三人とも慌ててバルコニーに出た。バルコニーにはチャルカがいつも被っているキャスケットが残されていた。

そしてバルコニーから眺める大海原のような一面の麦畑の上に、このバルコニーからずっと向こうまで一筋の火の粉のような煌めきが瞬いていた。

「…あの獣の軌跡だ」

キラキラと揺らめいている光が、ぐわんと視界で歪んで気が遠くなった。



「今日からこの子があなたの担当ですよ。」

グラス先生は何を言っているんだ。

グラス先生とシダーが4才の女の子を連れてきた。顔は知っているが、話したことはない。いつもシダーの後をついて回っている子だ。名前は確か…チャルカとか言ったかな?

この子がウチの担当ってどういう事だろう。


「ウッジ、あなたも役割を持った方が気持ちが楽でしょう。一度、子供の世話をやってみる気はない? 」

シダーがちょっと困ったような笑顔で私を見ている。


あぁ、そうか。シダーがこの間言っていたやつだ。今日からだったのか…。

シダー、困っているのかな。ウチ、迷惑かけているのかな…。迷惑かけたくないな…

一度、シダーの後ろに隠れているチャルカを見て、拳をぐっと握った。


「はい。やってみます。」

「では、あなたの部屋にチャルカを移らせますからね。確かベッドがひとつ空いていましたね? 」

「キッチェの下が空いています。」

「そうですか。あなたと同じベッドがいいでしょう。あなたはベッドは誰と一緒ですか? 」

「ジーナですが…。」

「では、ジーナにキッチェのベッドの下を使うようにしてもらいましょう。私からも頼んでおきましょう。いいですね。」

「…はい。グラス先生。」


シダーがしゃがんでチャルカと同じ視線の高さになった。

「チャルカ。これから、このウッジがあなたのママでもあり、お姉さんでもあり、あなたといつも一緒にいてくれる人よ。」

「…ママ? 」

やめて、シダー。ウチは期待に応えられそうにないから…

「ママはちょっと年齢が若すぎてウッジに申し訳ないかな? とっても優しいお姉さんだから、ちゃんという事を聞いていい子にするのよ。」

やめて。ウチは優しくないから。最低限のかかわりしか持つ気もないし。

チャルカがウチを見て照れくさそうににっこり笑った。

やめて…やめて! やめて!!



「ウッジ、大丈夫? 」

メイシアがウチの顔を覗き込んでいた。

「目が覚めたのね。良かった。」

フカフカのベッドに寝かされて、額には絞った手拭いが乗っかっていた。

「…ウチ、」

「あ、ウッジさま、目が覚められたのですね。良かった。」

ソフィがミントティーの入ったティーポットとコップをもって部屋に入ってきた。


「覚えてないの? チャーちゃんが行方不明になって…」

そうだ! チャルカ!

「チャルカは?! 」

よく考えたら、ここはチャルカの部屋。ウチはチャルカが連れ去られて気を失ってしまったんだ…


メイシアが視線をそらして首を横に振った。

「さ、探さないと!! 」

一刻も早く見つけてあげないと、あの子、人一倍寂しがり屋でヘタレなのに!

「ウッジさま、とりあえず落ち着いてください。今、火の粉を追って、ローニーさまと青年団がチャルカさまを探しに向かっておいでです。」

「そうなの。ストローもそっちに行った。」

そういって、ソフィがテーブルに二人分のミントティーをグラスに注いでくれた。


「とりあえず、こちらでお茶でもどうぞ。」

お茶なんて、落ち着いて飲んでいる場合ではないのだけど…と、ベッドから立ち上がろうとしたら、激しい眩暈めまいがする。

「ウッジ、本当に大丈夫なの?もうちょっと休んでいた方がよさそうだよ。」

「大丈夫。急に立ったからね…ウチ、もともと立ちくらみがあるんだ。」

と言いつつ、とりあえず応接テーブルについた。

メイシアもこちらにやって来た。


ミントティーを一口。…焼けるように熱く乾いていた喉がすっと鎮火していく。

と同時に体が潤ったからだろうか…訳も分からず目から涙がこぼれだした。

「あれ?なんだろう…」

きっとあれだ。あの印の木を切った時から、ウチの涙腺は壊れているんだ。この涙だって蛇口が壊れたから流れているだけで意味なんてないのだ。


そうメイシアにもソフィにも説明したいのに、嗚咽おえつが漏れてむせたりしてしゃべれない。

ウチは感情で泣いているわけじゃないの! 蛇口が壊れたから涙が止まらないだけなの!

咽ながら「違う! 違う! 」というのだけど、伝わっているだろうか…

メイシアが隣に来て頭を撫でてくれて、背中をさすってくれた。


「あら、こちらに置いてあったナッツがもうありませんね。ナッツ、とってきましょう。若さまもまだのようですからね。」

ソフィがナッツを取りに部屋を出て行った。

チャルカ、早く見つかって帰って来て欲しい。あんな子でも、ウチにとって唯一の… 唯一の… あれ?


ガヤガヤと窓の外が騒がしくなった。

松明たいまつの火なのか、とても明るい。

「ローニーさんたち帰って来たのかな? 」

メイシアが、バルコニーに出て外をのぞいた。

「やっぱり、そうだ。帰ってきたみたい。ちょっと、私、どうだったか聞いてくる。」

「ちょっと待って! ウチも行く! 」

と、涙を手で拭った。

「うん。行こう」


下に降りて行き、大勢の男性が松明を持って、ごった返している中、セバスチャンを見つけた。

「セバスさん! 」

「おぉ、メイシア嬢。ウッジ嬢も、もうよろしいのかな? 」

「ご心配をおかけいたしました。」

「チャーちゃん…チャルカは見つかったのですか?」

セバスチャンが首を横に振った。

また、意識が遠くなりそうになるのを、ぐっとこらえる。


「しかし、住処すみからしい場所を見つけたそうです。そこは、おそらくですが大地の裂け目の途中…滝の中にあると思われるので、人が降りていける場所ではないのです。なので今戦車を出しているところなのですよ」

「戦車?」

「チャリオット家の百戦錬磨の空飛ぶ火の戦車ですぞ。」


「メイシア! ウッジ!ここにいたのかぁ! 」

背後からストローの声がして振り返った。

「ストロー、大丈夫だったの? 」

「オラは大丈夫。ただ、チャルカが連れ去られたとしたら、崖の洞窟の中なんだ。滝の裏になっているから、降りていくにも降りていけなくて。」

ストローが話しているうちに、あれよあれよという間に戦車の準備が進められる。


天蓋てんがいの付いた箱のようなものが、お屋敷から運び出されてきた。戦車と呼ばれているのだが、どこにも車輪が付いていなかった。

次に、白と黒の馬の人形も運び出されて、車の無い箱とその馬の人形をつなげて、馬車は二頭立てに仕立てられた。

その光景を私たち三人は、複雑な気持ちで見ていた。


「セバスさん…本当にあれで正解ですか? 」

失礼かと思ったものの、人形が馬車を引くはずもなく、客車部分には車もついていない。

「失敬な。あれで正解ですぞ。見てごらんなさい。」

客車のランプ部分に火をともし、ローニーと体格のいい男性が二人乗り込んだ。

そして、ローニーが手綱を「ハイドウ! 」と力いっぱい引いた瞬間、人形だと思っていた馬の筋肉がつやつやと光だし、解放されるのを長年待っていたかのように、前脚を上げて立ち上がった。

同時に、集まっていた村人たちが感歎かんたんの声を上げた。


「オラ、また信じられないものを見てしまった…」

「私も…」

ウチもだ…

「静まれーーーー!!!メイシア嬢はおられるか!!」

ローニーが声を上げた。

「は、はい!」

返事をしながらメイシアが戦車に近づいた。ウチとストローも後に続いた。


「そこにいらっしゃったか。メイシア嬢も一緒に参られん! 」

「え! 私もチャーちゃんを助けたい気持ちですが、私なんかが行って役に立つのでしょうか…」

「メイシア嬢は達成の鍵の乙女。幸運を呼ぶ。」

「私なんかより、ストローの方が…」

「いや、ウチが…! 」

とその時、ストローが後ろから落ち着いた様子で声をかけた。


「その戦車、何人乗れますか? 」

馭者ぎょしゃを入れて5人だ。」

馭者って何だろう…

「では、オラたちも連れて行ってください。」

「……。」

一瞬、ローニーに迷いがあったのか動きが止まったが、それは刹那だった。


「よし。ダーン、ミラン、すまんが降りてくれ。」

そういうと、屈強な肉体の男性が二人馬車から降りてきた。

「メイシア、ウッジ、行こう。」

ストローがウチとメイシアの背中を押したとき、後ろでソフィの声がした。

「ウッジさま、これお持ちになられますか?」

振り向くと、ウチの薪割り斧だった。


屈強な男性が持っていた大きな武具に比べると貧相だが、無いよりはマシだ。

「ソフィさん、ありがとう。よし、行こう。」

ウチらは馬車に乗り込み、ローニーが手綱をしっかりと握った。


「みんな、離れろ!」

回りの者に声をかけて、馬のお尻に鞭を入れる。

「ハイドウ! 」

白黒の二頭がいななくと、前に動き出した。ジャリン! と馬と客車の連結部分が音を上げて張る。とたんに客車部分の下から炎が上がりその炎が車輪の形になった。同時に馬と客車部分…馬車全体が浮かび上がり、ぐん! と進みだした。


「お嬢方、ちゃんとつかまっていてください! 急ぎます! 」

そういうと、もう一発馬にローニーが渾身こんしんの鞭を入れた。

夜空に舞い上がった馬車は麦畑と空中に炎のわだちを残しながら前進していった。



馭者ぎょしゃ…御者とも書く。馬車に乗り馬車を走らせる人。操縦する人の事。

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