14話 ローニーの秘策 1/2
部屋にノックの音が響いた。
みんなと別れて、もちろんチャルカとも分かれて、一人一部屋与えてもらった。
ウチひとりだけの部屋を与えられることなんて、いまだかつて無かったから、なんだかウキウキしてしまう。
だから夕食はもっと後でもいいのだけど、こればっかりはご厚意なのでどうしようもないし、食事の後もはじめての一人部屋を堪能できるだろうし、まぁいいか。
「はーい。」
返事をしながらドアを開けた。このお屋敷のメイドらしい女性が立っていた。
「お食事の用意が整いましたので、食堂までおいでください。」
「…は、はい。」
妙に緊張して少し声が裏返ってしまう。
ラズベリーフィールズでは、マナーに厳しいグラス先生をはじめとする職員に、行儀作法は厳しく言われてはいたが、こんな扱いを受けるのは初めてで、…実践というわけではないけれど、無縁だと思っていた世界に入り込んでしまって、なんだか頭がふわふわする。
まるで頭が首にくっついていないみたいだ。
メイドはそう伝えると、隣の部屋をノックして、出てきたストローに同じことを伝えていた。
ストローは普通だなぁ。あの子は誰に対してもあんな感じなんだろうか。
そうだ、チャルカは大丈夫かな? …だめだ。チャルカの事なんて心配してやらない。
もう、ここはラズベリーフィールズじゃないのだから。
そう思ったものの、チャルカの着ている洋服が気になる。
噴水広場で見たときから、着替えていたチャルカの洋服。
たぶん…十中八九、ヤーンさんに頂いた洋服なのだろう。
でも、だからこそ、聞くことがためらわれた。
普通に「チャルカ、その洋服似合っているね。どうしたの?」と聞けば何の問題もないように思うのだが、何かが邪魔をして、それを聞いたら負けのような気がして聞くことができずにいた。聞くというよりも、それ以前の問題。チャルカとしゃべりたくない。
ラズベリーフィールズにいた頃からある程度避けてはきたものの、こんなことは今まで無かったのに、一体どうしたのだろう。
自分でもわからないのだから、感情を行動をコントロールできるわけがない。
そんな事を考えながらストローをじっと見ていたから、ストローがウチに気が付いたようだった。
「ウッジも今から? オラ迷子になりそうだから、一緒にいこう。」
なんか、ニコニコしている…どうしたんだろう。さっき、ストローとは少し険悪なムードになっていた気がするのだけど。
「あ、うん。ちょっと待って。鍵取ってくる。」
半開きだったドアから離れてベッドのサイドテーブルの上に置いてある鍵を持ってきた。
「お屋敷の中なんだし、大丈夫じゃないか?」
こちらの部屋へやって来たストローが開けたままになっているドア越しに。
「一応ね。」
「ウッジはちゃんとしてるんだな。」
「ストローは鍵しないの?」
そういいながら、部屋に鍵をかける。
「うん。オラはいいや。それより、すごいな! オラ一人の部屋なんて初めてで、ふっかふかのベッドも初めてで、嬉しくてもうニヤニヤが止まらないよ」
「ウチも、一人部屋は初めてで…」と歩き始めたとき、階段の踊り場をはさんだ向こうのフロアから、チャルカが走ってきた。
「ウッジーーー!!! 」
「こら! 廊下は走らない! 」と条件反射で言ってから、ハッとなった。
つい、いつもの癖で注意をしてしまったけれど、ここはラズベリーフィールズではないのだった。そして、チャルカを無視攻撃しているんだった。…向こうも舞い上がって、完全に忘れている様子だ。
チャルカはウチの注意も耳に入っていないようで、その勢いのまま駆けてきて、太ももに飛びついてきた。
「ねーねー! ウッジ!お部屋、お姫様みたいだね! 」
ウチとチャルカは六人部屋の同じ二段ベッドの上と下。
その気持ち、わかるような、ここまで喜ばれると逆に複雑なような。
「チャルカは一人で大丈夫なの? 」
「大丈夫! 」
とっておきの笑顔だった。
あれ? なんだろう。この胸のがらんどう。
「みんなも、今から? 」
チャルカと同じ並びに部屋のあるメイシアが、やって来た。寝起きなのかな? 目をこすりながらで、眠そうだった。
「うん、ウチも今ストローと食堂に行こうと思って。眠そうだね。」
「ちょっと眠ってしまったの。ベッドに倒れこんだら、ベッドが気持ちよくて、もうおしまいだったよ」
ウチがメイシアとそんな話をしながら階段を降り始める、その前ではチャルカとストローが、部屋がお姫様みたいだの、何回ベッドにダイブをしただの、ダイブした時に、ベッドの角で脛を打って痛かっただのと話していた。
「おぉ。お嬢方、こちらですぞ。」
階段を降りたところで、セバスチャンが待っていてくれていた。
「食堂の場所を知らないから、セバスさんがいてくれてよかったです。」
「そうでしょう。お屋敷は広いですからな。さ、お嬢方、こちらですよ。」
セバスチャンの後ろを四人でついていく。
本当に広いお屋敷なんだなぁ。廊下に時折飾ってある絵画や調度品が、ものを知らないウチにも高価なものだという事ぐらいはわかった。チャルカがぶつかって、壊してしまったりしないか、ひやひやする。
「こちらのお部屋です。」と、セバスチャンがドアを開けてくれた。
「どうぞ、お好きな席にお座りください。」
お好きな席…席は五つセッティングしてある。一つは上座のお誕生日席だ。
「セバスさん、ローニーさんもいらっしゃるんですか?」
「はい。今、いらっしゃいますので、少しお待ちいただくことになるかと。」
じゃ、あのお誕生日席はローニーだな…と思っている矢先、チャルカがそこに行こうとしたから、無言で手首を掴んで、窓側の席に移動した。
「チャー、あっちがいい。」
「あそこは、ローニーさ…」
と、説明しかけたら執事のお兄さんがやって来て、椅子を引いて座らせてくれた。
「…ありがとう、ございます」
なんか、調子狂うな…。
同じように座らせてもらったチャルカはもう目がキラキラしてあからさまに嬉しそうだった。
ウチの向かいにメイシア。隣のチャルカの向かいにストロー。ウチとメイシアの横の上座にローニー。という席順になった。
ストローだけなんだか、テーブルとイスのサイズに合っていなくて、微妙に窮屈そうな感じがする。
やはり、ここの地域はみんな背が低いのだろう。
「待たせてしまって、すまなかったな。」
と言いながら、ローニーが食堂に入ってきた。
「私は仕事があるので、一人の食事でいいといったのだが…」
「ローニーさま、ダメですぞ。お客人をもてなしてこその、主でございます。」
セバスチャンが、ローニーを窘めながら、ローニーのグラスにほんの少し緑がかった透明な液体を注いだ。
ウチらのグラスにも、それぞれ注がれるのだけど、水かな?お酒だったらどうしよう。…飲んだことない。
「…とまぁ、セバスはお堅い執事なもので、すまんな。さ、食事を始めるとしよう。」
ローニーが、グラスを手に取って、グイッと飲んだ。
ウチらもそうしろと言われたわけではないが、なんだか、そうしないといけない気になって、グラスに注がれた何かわからない飲み物を一口飲んだ。
お酒ではないようだった。
心地のいい清涼感のある…水?だった。なんか、この匂い知っている。どこで知っているのかな?
「これ、ミントティーだ。」
「おぉ、背の高いお嬢、よくわかりましたな。」
「オラも、よくこの葉っぱのお世話になっているから。」
…葉っぱ。あぁ、今朝ストローが頭を冷やすのに採って来てくれた葉っぱか。なるほど。
「この辺りでは、よく飲むんですよ。お見受けしたところストロー嬢は物知りのようですな。」
「オラは、ぜんぜんダメです。学校にも行った事がないし、ものを知らなさ過ぎてダメなんです。」
そんな話をしているうちに、次々に料理が運ばれてくる。
今まで見たことのないようなご馳走で、くらくらしそうなほど眩しい。
「さ、食べてください。本当は一品ずつ出すのが正式なのだが、まどろっこしくて私は好きではなくてね。一気に出させているんだよ。マナーとかも嫌いでね。お好きなようにどうぞ。」
マナー無し? それは助かった…
「チャルカ、一人で食べられる? 」
「大丈夫! 全部食べれる! 」
…いや、そうじゃなくて…と思って料理を見るとチャルカのお皿だけフォークやスプーンだけで食べられるように一口の大きさに揃えられてある。至れり尽くせり…
「ところでメイシア嬢、」
とローニーがメイシアに話しかけたので、メイシアがあからさまにビクッとした。がっちがちになっている。
今気が付いたけど、ローニーの後方のついているセバスチャンからの、無言のプレッシャーがすごい…
そうか、この待遇に舞い上がって忘れていたけれど、ウチらは、ローニーにやる気を出させて獣退治をしないといけないという指令が下っていたのだった。メイシアは一人だけちゃんとそれを覚えていて…いつからガチガチなんだろう…。
「は、はい! 」
「食があんまり進んでないようだが、遠慮はいらないよ。」
「…はい、」
無理でしたと言って明日出発すればいいだけなのに。メイシア、かわいそうに味もわからないだろうなぁ…
ローニーが話を続ける。
「その達成の鍵は、どこで手に入れたのですか? 」
「あ、あの…その…」
「メイシアの村の牧師さまに、もらったそうですよ。」
ガチガチのメイシアに変わってストローが口を開いた。
「おぉ、そうであったか。やはり、由緒正しい教会の牧師なのであろうな。」
「オラが訪れた時には、もう崩れてなくなっていたのですが、立派な教会だと風のうわさに聞いていました。オラもその噂を頼りに故郷の集落から旅をして、勉強を教わりにメイシアの村に行ったのです。そうそう、立派といえば、とっても不思議な絵があって…」
「ストロー! 」
いきなりメイシアが、ストローの話を遮った。
「あはは…はい。立派な牧師さまでした。どうして、牧師さまが私にこの達成の鍵をくださったのかはわかりませんが…」
「今、ストロー嬢が教会が崩れてなくなっていたと言ったが、それはどうして?」
「信じていただけるかどうか…」
と、一連のメイシアは身に起こったあれこれを話した。それを黙ってローニーが聞いていた。領主として思うところがあるのだろうか。
「私たちは、それでロード様のところへ、願いを聞き届けてもらいに旅をしているのです。」
「なるほど。それで合点した。広い領土は言え、旅人といえば、ほとんど虹伝師さましか訪れないような田舎なのでな。しかも、女性が四人でというのは。」
「お嬢方。このチャリオット家は、ロード様をお守りしてきた由緒正しい家柄なのです。先の大戦でも、ロード様の護衛をして大活躍をしたのです。」
…先の大戦?
「セバス。もうその話はよい。…先の大戦と言ってももう神話になっているような大昔の話だ。本当の事かどうか。私は領主の家に生まれたので、この身分に甘んじているが、生まれが領主だったというだけで、中身はただの普通の男だ。こんな身分でいる価値があるのかどうか疑わしい。」
「ローニーさま! 」
いい家柄に生まれるというのも、大変なことなんだなぁ…。恵まれていても、どんな身分であっても、その人なりの葛藤があるのだろう。と、今まで考えたこともないような考えが心の中に入ってきた。
ウチはずっと独りだった。これからもきっとそうなんだろう。孤児院に所在は置いているから、その中のルールには縛られているけれど、そんなことは小さなことで、きっとこの人と比べたらずっと自由だ。
「つまらない話をしてすまないな。さ、食事は楽しい話をして食べよう。」
ウチも、ちょっとこの人の気持ちを汲んで話を変えてあげないと。
「この辺り一帯、とってもきれいな麦畑ですね。」
「そうだろう。小麦はこの辺りの主要な特産でな。土地が低いから、風車で水の管理をしたり、いろいろ工夫しながらみんな勤労で頑張ってくれている。今年の小麦は特に出来が良くてな…」
と、農作業の大変さや楽しさや、この辺りの農民の話などとても楽しそうにローニーが話し始めた。
この人は、この土地や人が本当に好きなんだろう。
「数か月前、風車が壊れるほどの大嵐がやって来て、その時は今年の麦は駄目になるかと肝を冷やしたのだ。しかし、麦は生命力が強い。今では、立派な畑になってくれたよ。」
「小麦が風で波打っているのがとてもきれいで見惚れてしまいました。」
メイシアもやっとセバスチャンからのプレッシャーは感じているものの、緊張が少しほぐれてきたようだ。
「チャーも窓から見たーーー! その時、きれいな歌が聞こえてきたんだよ。誰が歌っていたのかな? 」
「オラのところは歌なんて聞こえなかったなぁ。メイシアは聞いた? 」
「き、聞いてない! 全然聞こえてこなかった! 」
メイシアは、また、何を慌て始めたんだろう。
その時、使用人らしい男性が食堂へ入って来て、ローニーの耳元で何か伝えた。聞いた途端ローニーが険しい顔になって、ナプキンをテーブルに置き、立ち上がった。何事かと思い、ウチらはローニーを見つめた。
「すまないが、急用ができてしまったので、今晩はここで失礼する。皆さんは、ゆっくり食べて行ってください。」
というと、部屋から出ようとした。
メイシアもとっさに立ち上がって
「もしかして、…獣が出たんですか?」
「…そうだが、屋敷の中にいたら安全だ。今のところ人は襲わないと聞いているからな。皆はここにいるように。」
「ローニーさま、やっと、やる気になってくださったのですね!」
「いや、すぐそこの馬小屋の辺りに飛んでいく影を見たそうだ。馬がやられては大変だからな。少し様子を見てくるだけだ。」
「今こそ、お嬢方の力を借りて、獣を捕えるべきです!」
そういうだろうとは分かってはいたけれど、セバスチャンの言葉にウチとメイシアとストローがぞっとした。
だって、ウチたちは何か特別な力をもっているわけではないのだから、獣と対峙したところで、何もできないどころか、きっとやられてしまう。
「セバス、何を言っている。こんなか弱い女性を危ない目にあわすことはできないだろう。若い者を数人連れていく。後は任せたぞ。」
そういうと、ローニーは足早に行ってしまった。