12話 「達成の鍵」 3/4
おばさんにお礼を言って、領主のお屋敷までの道を聞いて別れた。
目指す領主の屋敷は、今は帆が折れて動いていない風車の角を曲がってまっすぐらしい。
基本的にだだっ広い一面麦畑。
壊れた風車の目印もわかりやすかったが、そこまでたどり着く頃には、領主の屋敷自体、領主という身分に恥じない立派なお屋敷で、お城と言ってもいい豪邸だったので、遠くからも目印になって迷わずに到着できた。大きい分、近くに見えても結構遠かったが…。
到着すると大きさは歴然で、敷地の境界一つとっても、今まで見てきた家はどれも塀や垣根は低めだったのに、領主のお屋敷の塀はとても高い。
門までやってきところで、いったいどこから声をかけていいものかと、門の前で四人でまごまごしていると、門の横の人の顔ほどの大きさの格子窓がカタカタと開き、中から年配の男性が顔を出した。
「お嬢方、チャリオット様に何か御用かね。」
「はい。私たちは…」とまた自己紹介を始めるやいなや、
「お嬢、それは! あぁ、そうでしたか。わかりましたぞ。我々はあなた方を待っていたのです。とりあえずお入りください。」
どうやら私の達成の鍵がまた、この門を開ける鍵になってくれたようだった。
中から門が開かれて、さっきのおばさんと同様、背の低いおじさんが出てきた。
「よく来てくださいました。その達成の鍵。わかっておりますよ。待っておったのです。おぉ、そっちはとても背の高いお嬢ですな。強そうな子分を連れておられる。さ、入ってください。」
子分って…。それにしても、この村の人たちは、自分の言いたいことを矢継ぎ早に口にするお国柄の様だ。
「子分って、オラの事…だよね…」
とストローが後ろでつぶやいたので、振り返ってちょっと困ったような顔で笑って見せた。
門番らしいおじさんに連れられて、応接間と思しき立派な部屋に通され、ソファーに座っているように言われたので待っていると、ドア越しに廊下の遠くから、若い男性と先ほどの門番らしい言い争いの声が聞こえてきた。
何を揉めているのか、なんだか、若い男性の方がおじさんに諭されているような感じに聞こえた。
「とにかく、お話を聞いて頂いて、助けていただくのです!!! 」
「嫌だって言っているだろう! 」
「まだ、そんなわがまま言っておいでですか! これが最後のチャンスかもしれないのですよ、ローニーさま! 」
「嫌だと言ったら嫌…!! 」
「うだうだ言っていないで入られよ! 」
乱暴にドアが開き、雪崩れるように若い男性が門番に押されてバランスを崩しながら応接間に入ってきて倒れた。
男性は、何事もなかったように立ち上がり、身なりを整えた。
「これは失礼いたしました。」と門番も平静を取り戻して、若い男性の斜め後ろについた。
「お嬢方、このお方が、このチャリオット領の領主。ローニー・チャリオット様であります。ちなみに、わたしくは執事長のセバスチャンと申します。」
「は、初めまして…」と口々に挨拶をした。
ローニーと紹介された男性は背は低いが、この村では背が高いほうなのだろうか。門番改めセバスチャンよりも少し背が高い。
年は背が低くてよくわからないが、青年の範囲だろうと思われた。
「この村に災いがあってからというもの、ローニーさまは、ずっとこの事態にお心を痛められ、解決に向けて尽力されてまいったのです…」と少し芝居ががった口調でセバスチャンが話し始めたのを、ローニーが手を上げ、話の続きを止めた。
「もう良い。私は臆病者の領主でよいのだ。獣は人を襲ったことがないのだから、放っておけばよいのだ。」
「何をおっしゃっているのですか。あなたはこのチャリオットの土地を治める領主なのですぞ。しかも、チャリオット家は由緒正しき武家。敵と戦わずして領土を守れるとお思いですか?! 」
「私は戦いは嫌いだといつも言っておるであろう。こんな平和な世の中、武家であったとしても戦って土地を守るなんて世ではないのだ。」
「あぁ、嘆かわしい。今のお言葉を先代のお父様やお母様がお聞きになったら、どれだけ悲しまれることか…」
どこか芝居ががった二人の会話をあっけにとられて見ていたら、ローニーが気が付いてくれたようで、私のそばへ来た。
「初めまして。改めて、私がこの土地の領主。ローニー・チャリオットです。」
と、軽く曲げた右腕を胸の前に添え、左足を少し後ろにそらしつつ頭を少し下げた。貴族風のあいさつなのだろうか。
こんな身分の人と接したことなんてないので一気に緊張が高ぶって、オドオドしてしまう。
ス…スカートでもつまみ上げて会釈っぽい事をするべきなんだろうか…と、ソワソワしていると、構わずローニーが話の続きをしてきた。
「あなたが、達成の鍵の持ち主なのですね。」
「はい。…そのようです。」
「お名前は? 」
「メイシア・フリーといいます。あの…で、こちらが、一緒に旅をしているお友達のストロー・プリセズと、ウッジ・エンプレイスと、チャルカ・ストレングスです。」
「では、メイシア嬢、ストロー嬢、ウッジ嬢、チャルカ嬢、今晩はこちらでゆっくりと旅の疲れをとって明日出発されるがよい。食事と部屋を用意させるとしよう。後の事は頼んだぞ、セバス。」
そういうと、ローニーはセンターベンツの入った立派なジャケットを翻して部屋の外に出て行った。
セバスチャンは、頭を下げてそれを見送り、ローニーが出ていくと、顔を上げて私たちを見た…目が潤んで真っ赤だった。
「どうしたんだい? セバスさん」
「聞いてくれるのですか、背の高いお嬢。私はローニーさまがお生まれになる前からチャリオット家にお仕えしているのですが……」
とセバスチャンが身振り手振り話し始めたのだが、
「すみません、その話、長くなりますか? 」と言いつつ自分の足元を見た。誘導されるようにみんなの視線がウッジの足元に移ると、チャルカがもう集中が切れてしまったようで、すごく不機嫌そうに床に座っていた。
「おぉ、失礼いたしました。ローニーさまもあのように、おっしゃっていたのですから、ゆっくりくつろいでいただきましょう。お茶とお菓子を用意させましょう。ちょっと待っていてください。」
そういうと、セバスチャンも部屋からいそいそと出で行ってしまった。
「ストローは、面倒なことに首を突っ込む癖がある。」
ウッジがフカフカのソファーに腰を下ろしながら、ため息交じりにそういった。確かにそれはそうだけど、私にはなかなか言えない一言。
「何それ、オラがいつ面倒に首を突っ込んだっていうんだ? 」
「自覚していないの? おばさんに力になるって言ったから、ここに来ている訳だし、今だって、せっかくローニーさんが関わらなくてもいいって言ってくれたのに、おじさんの話をじっくり聞いてしまったら、協力しないといけないことになりそうだったじゃない。」
「…そりゃ、そりゃそうだけど、困った人がいたら話を聞いてあげたくなるだろ? 」
「そんなの、本当にどうにかして欲しい人は、無理にでも話してくるんだし、こっちからホイホイ聞かなくてもいいんだよ。こっちから聞いたらNOが言えなくなるでしょ。」
「それは聞いてみないとわからないよ! 」
「いや、わかる。大体こーゆー場面で助けを求められる事っていうのは、面倒だから誰も手を貸さないで悪化の一途をたどっている事だからだよ。」
「だから、それは聞いてみないとわからないって! 」
「わかるって。」
二人の険悪なムードを察知して、チャルカが私にくっついてきた。
「まぁまぁ、二人が喧嘩しても仕方ないよ。とりあえず、ここに一晩泊めていただけるようだし、野宿しなくて済んだ事を喜ぼう? 」
四人とも無言のまま時が過ぎ、程なくしてノックの音がした。ドアが開き配膳台を押しながら、セバスチャンが入ってきた。
一瞬にして、とても甘くて香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。
「さぁ、チャリオット家特製のストロープワッフルですよ。あちらでいただきましょう。」
いきなり入ってきた甘い香りに、チャルカの顔が一気に明るくなって、セバスチャンの言うあっち…同じ応接間のダイニング テーブルに走って行って、早々とお行儀よく席に着いた。
「チャルカ嬢は甘いものがお好きですか? 」
「だーーーいすき!!! 」
「ローニーさまも、小さなころから当家のストロープワッフルは大好物なのですよ。」
配膳をしながら、セバスチャンがチャルカと話を始めたので、私たちもテーブルの席に着いた。
チャルカの横がウッジ。ウッジの向かい側が私。チャルカの向かい側がストローだった。
「お嬢方はコーヒー大丈夫ですかな? チャルカ嬢にはミルクがいいかと思ってお持ちしたのですが。」
口々に大丈夫だという意思表示をして、お茶の準備が終わるのを待っている。
手際よくセッティングされていく。初見は門番だと思っていたけれど、本当は腕のいい執事なのだろう。
「さぁ、召し上がれ。」
テーブルの中央のお皿には焼きたての小麦粉を練って焼いたような丸くて表面に細かな網目模様の入ったお菓子が湯気をたたえて山盛りのっていた。
さっき、おばさんにご馳走していただいたので、そんなにお腹は減ってはいなかったけれど、香ばしくて甘い匂いに別腹が作られていくのが分かった。
「好きな分だけ食べてくださいね。」
チャルカがはーーーい! といい返事をして、手を伸ばしたところに、セバスチャンが取り皿に三枚ほどアツアツのストロープワッフルを取り分けて渡した。
私も同じように、取り皿にとりあえず一枚。あとの二人も同じように一枚ずつ取り皿に取っていた。
もちろん、ウッジとチャルカはいつものいただきますのあいさつをして食べ始める。
「いただきます。」
「どうですか? チャリオット家特製のワッフルは。」
しっとりとした固めのカステラ生地の間にたっぷりのシロップが挟んであって、とっても甘いけど香ばしさと小麦粉のおいしさでいくらでも食べてしまうような、ちょっと魔力的なおいしさだった。
「おいしいです。私の村にはこんなお菓子なかったです。」
「そうでしょう、そうでしょう。特製ですからね。ローニーさまもお子のころからこれが大好きで、食べすぎてよく叱られていたものです。…おぉ、背の高いお嬢はいい食べっぷりですな。どんどん食べてくださいな。足りなかったらもっと焼かせますよ。」
この人はきっと、ローニーさんの事が本当に大好きなんだろうな。
「ありがとう。オラ、こーゆー味大好きなんだ! ところで、さっきの話…」
といったところで、ウッジがじろっとストローを見た。
「おぉ、そうでした。」
私も空気を読んで、少し話を変えてみる努力…
「あの…セバスチャンさんは…」
「セバスで良うございますよ。達成の鍵を持っているお方にそんな丁寧にしていただいては、執事の端くれとして面目ありません。」
「え…私は、ただ、これを持っているだけで、そんなに大したものでは…」
「それでも良いのです。セバスとお呼びください。」
「では、セバス…さん、そのことが聞きたかったの。達成の鍵って何なのですか? 」
「はて、達成の鍵の持ち主であるお嬢が、達成の鍵の事を知らないとおっしゃるのですか? 」
「はい…私は、このペンダントを牧師さまに、突然頂いたのです。牧師さまは、このペンダントの事は一つも教えてくださいませんでした。…そのまま牧師さまには会えなくなってしまって…」
「会えなくなったとは、いかがなされたのですか? 」
「実は、私の村が一夜にしてなくなってしまったのです。理由もわかりません。私がある場所に閉じ込められている一晩の間に、私が生まれ育った村が丸ごと破壊され、誰一人としていなくなってしまったのです。」
「なんと」
「それで…」
「それで? 」
ここまで話したものの、ここまでの話だって、なかなか人に信じてもらえなさそうな話なのに、ロードさまに会いに行くなんて子供じみた夢物語を口にしたら、頭のおかしくなった子供だと思って放り出されるかもしないと、喉が詰まったように声が出なくなってしまった。
「それで、オラとロード様に会ってお願いを聞いてもらいに旅に出たんです。」
「…ほう! 」
ストローが話してくれたけど、言わなくてもいいのにーーーという気持ちが半分で、ダメだーー笑われる!! と冷や汗が出た。
「なるほど、なるほど。わたくしは、その達成の鍵が何であるのかは知らないのです。ただ、達成の鍵を持つ者は特別なのです。これはこの辺一帯の言い伝えによるものです。ですが、今まで見たことがなかったので、本当にあるとは驚きました。」
「見たことないのに、どうしてこれが達成の鍵だと、どうしてわかるんだ? 」
「わかりますとも。達成の鍵の偽物は付けると呪われるのです。そして、その達成の鍵が本物だったとしても、持つべきものが持たないとこの赤い石が赤くならないのですよ。なので見た瞬間に、メイシア嬢は達成の鍵の乙女だとすぐにわかりましたよ。」
確かに達成の鍵には、赤い小さな石が埋め込まれてある。それをまじまじと見るが、やはり赤い石だ。
「なんだか、わかったような、わからないような…」
ウッジがボソッと。
「伝承とはそういうものなのです。ほら、試しに、ウッジ嬢が達成の鍵を持ってごらんなさい。青か緑かわかりませんが、色が変わるはずです。」
そう言うから、ペンダントを外して、ウッジの手の上に置いてみた。
しーーーんと、みんなの注目がウッジの手の上に集まる。
みんなの鼓動の音が聞こえそうな数秒。
「…赤いままじゃない? 」
ウッジの顔が引きつった。
「オラに貸してみて。」
ウッジが仕方なさそうに、ストローの手のひらに達成の鍵をシャランと置いた。
ドクドクドクドク…
やっぱり変わらない。石は赤いままだ。
「チャーもやってみたい!! ストローかして! 」
チャルカがストローの手のひらから、ペンダントを持ち上げた。
「あ、乱暴に扱っちゃダメ! 」とウッジがチャルカの腕を掴んで、達成の鍵を見せる。…けれど、石は赤いまま。
四人視線が達成の鍵からセバスチャンにゆっくりと移動した。
「…お、おかしいですな。でも、言い伝えは言い伝え。伝言みたいなものですからな。伝え間違いも起こるし、尾ひれや背びれが付いて当たり前。さぁさ、メイシア嬢、達成の鍵を首に…痛い!」と、セバスチャンが達成の鍵をチャルカの手からつまみ上げて私の首にかけてくれようとしたとき、バチッと達成の鍵から光が走って、セバスチャンがペンダントをテーブルに落とした。
「大丈夫ですか? 」
「大丈夫ですが…何だったのでしょう。指先が焼けるように痛かったのです。…失礼いたしました。達成の鍵は大丈夫ですか? 」
達成の鍵は、私が四六時中付けて走り回ったり転んだりしても大丈夫なのだから、ちょっとテーブルの上に落ちたくらい平気なのだ。
「えぇ、大丈夫ですよ、ほら…」と達成の鍵を見ると、赤かった石が真っ黒に変わっていた。
「え? …えーーーーー!!! 」
「あ、黒い。」「黒いな。」「まっくろーー」
「あぁ…わたくしが触ったので、このようなことに…? どうしましょう! いったいどうやって償えば…」
「どういうこと…? 」と私が恐る恐る達成の鍵をつまみ上げたとたん、ほわっと黒かった石が元通りの赤い色に戻った。
「あ、戻った。」
「…ぉ…おぉぉぉ!!! ありがとうごさいます! メイシア嬢! ありがとうございます!! …(ばち! )イタっ! 」
セバスチャンが興奮して、達成の鍵を持っている私の手をとって喜んだものだから、また焼かれたような痛みが走ったようだった。
「セバスさん、大丈夫ですか? 」
「わたくしとした事が…失礼いたしました。でも、これで伝承が本当だったと、立証されたでしょう。」
「まぁ、ウチらが持っても色が変わらなかったのは、よくわからないけどね…」
私はとりあえず、ペンダントを首にかけた。
セバスチャンは一つ咳払いをして、たたずまいを直した。
「という事でです。」
どういう事だ! 心の中でツッコミを入れたのは私だけではないはずだ。が、空気を読んで黙っていた。
「これでお嬢方は特別なお方だと立証されたのですから、ローニーさまとこの村をお救いください。」
そっちへ話を持っていかれるとは…。