殺人
まだオイルの臭いが残る廃工場。視界に移るものは、ただただ不気味に見える廃棄された製造機や工具の類。隠れるところが少なく一見すると自分のほかには誰もいない。が、耳を澄ませるとかすかな息遣いが一つ聞こえる。『何か』は分からないが確実に、いる。こちらは最大限息を殺し、相手の様子を探る。見つかれば多少だが、勝率も下がる。それに一瞬で仕留めないと戦闘音を聞きつけて、遠くの奴らが乱入してくる可能性がある。一番いいのはこのまま去ってくれることだ。
「はぁ・・・」
しかし相手は立ち去る気は無いらしい。これはもう狩るしかない。野太い気の抜けた溜息がガランとした廃工場に響き渡る。
ザザッ
周りの気配を探ることもなく、歩いているようだ。怪我をしているのか逃げているのか、はたまた隠れる気もないのか…どれにしても間抜けすぎる。今のご時世、負傷していればひたすら動かず回復に専念するのがセオリーだし、気配を探らず移動するのはもってのほかだ。
チャポン
穴が開いたトタン屋根の下にできた水たまりがはねる。こんな間抜け放っておいても害は多分ないが、念には念をという言葉がある。今のうちに狩っておいた方がいいだろう。こっちがピンチになってから後悔しても遅いのだ。
ドテッ
作業台の縁のドライバーが『何か』に引っ掛かり床に落ちる。
「っ…!!」
今更『何か』はこの空間の自分意外の存在に気づく。さっき落ちたドライバーが、こちらが用意していた感知用のトラップだと気づいたらしい。急いで息をとめ気配を消そうとしている。しかし、こいつは屠殺されるのを待つだけの豚と変わりがない。こちらの気配に気づくのが遅すぎたのだ。手近に置いておいた錆だらけの鉈を右手に握り、敵の位置を探る。
ジャリッ
砂利が音をたてる。移動していなかったようだ。足音を立てず移動していかないとすぐ位置がわかるというのに…これは予想が正しければ敵は戦闘態勢をとっている。慎重かつスピーディーに決着をつけなければならない。幸いにも、まだどこに潜んでいるのかもわかっていないだろう。さっきの溜息からして敵は成人した男だろう。力をためて首があろう場所に一気に飛び掛かる。
カーン
「っ!!」
相手はどうやら思ったよりも長身で、胴に鉄の鎧を着込んでいるらしい。
「ふんっ!」
相手が反撃してこようとしている。しかしもう、遅い。こちらはもう追撃を開始している。もう一度さっきの攻撃で位置修正した首があろう場所に、作業台の上にあった桐を左手で突き立てる。
ブシュュュゥゥー
「グワァっ!!!!!!」
バタッ
無色透明の液体が飛び散る。どうやら無事、狩ることに成功したようだ。
「ヒュゥ…ヒュゥ…ゲホッ・・・・・・」
もう長くはないだろう。ここはもう頭を破壊して楽にしてやった方がいいだろう。頭があろう場所に全体重をかけ、何度も何度も踏みつける。
ガン…ガン…
「ッ! ッ!ヒュゥヒュゥッ!」
死にかけの獲物が痛さに暴れだし、作業台が揺れる。早く殺さないと無駄な痛みだけを与えることになる。僕は鉈をもう一度握りしめ上から下に振りぬいた。
ジュバッ
「っ!・・・」
静寂が訪れ、あたりに鉄の臭いのする無色な液体が広がった。
こっちが大元。こっちから書いて、こっちを外伝にしようとなぜか私は血迷った。