第8話 友人
「あ!さっきの!!!」
思わず大きな声を上げた寿々菜に友香が驚く。
「どうしたの、寿々菜?文さんのこと、知ってるの?」
「さっき会ったの!」
「ふーん、どこで?」
「鉄橋の、」
「寿々菜様、それは人違いだと思います」
瀬田文子が寿々菜を遮る。しかし寿々菜には、この声・この顔は確かにさっきの女のように思える。
「私は今日は朝からずっとここにおりました。寿々菜様と会えるはずがありません」
「・・・」
キッパリと否定するところがまた怪しい。しかしこの瀬田文子は友香の家の家政婦、友香の目の前で追及などできないし、そもそも寿々菜は武上のような聞き込みの術も知らない。
「お嬢様、後でお飲み物をお持ちいたします」
文子が会話を打ち切るようにそう言う。
「あ、うん、お願いね。寿々菜、部屋に行こう」
「・・・うん」
寿々菜は後ろ髪を引かれる思いで、友香と共に2階へ上がった。
そして数分後、その文子が持ってきたジュースを飲みながら2人はお菓子をつまんでいた。
「寿々菜、文さんと会ったって本当?」
と、友香。
「う・・・ん、そう思ったんだけど、人違いかも・・・。ねえ友香、文さんって本当にずっと家にいたの?」
「うん。私もずっと自分の部屋にいたもの。もし文さんが出かけたら物音で気づくよ」
「・・・だよねえ」
あれ?
唐突に寿々菜の頭の中に違和感の小石が転がった。なんだろう、何に引っかかったんだろう。そう思いながら、寿々菜は小石の正体を探ろうと黙って友香の部屋を見回した。寿々菜の部屋とは違い、綺麗に片付いている。制服もきちんとハンガーにかかっているし、本が飛び出していたりゴミ箱がパンパンなんてこともない。机の上も・・・寿々菜は机の上に置かれている2つの物に目を止めた。といっても、どちらも珍しいものではない。1つは幼い友香と父親―――他界した本当の父親だ―――がお揃いのタイガースの法被を羽織り微笑んでいる写真立て、そしてもう1つは新聞だ。女の子の部屋に新聞、というのはなんとなくミスマッチだが、頭のいい友香なら頷ける。
「そう言えば友香って毎日新聞読んでるんだよね」
「うん。寿々菜みたいにテレビ欄だけじゃなくってちゃんと全部読んでるよ」
「嫌味ねえ。今日の新聞も読んだ?」
「うん」
「じゃあ、あの事件知ってる?ホームレス殺人事件」
「え?ホームレス殺人事件?」
友香が立ち上がり机の方へ行く。新聞を取りに行ったのかと思いきや、机の横に置いてあるゴミ箱にゴミを捨てただけだった。
「何、その話」
「昨日、この近くでホームレスが殺されたの。犯人はまだ捕まってないけど、高校生の不良集団らしいよ」
「へえ~、怖いね。気をつけなきゃ。でも、そんな記事、気づかなかったなあ」
「載ってるはずだよ。和彦さんがそう言ってたもん」
「和彦さん?」
友香が急に身を乗り出してくる。
「それって寿々菜がファンのKAZUのこと?事務所一緒なんだよね?普通に喋ったりするものなの?」
「うん。今日も一緒にご飯食べたよ」
「ええ!すごい!寿々菜、芸能人って感じだね!いいなあ、私も一度生KAZUに会ってみたい!」
「・・・」
おかしい。寿々菜は友香の様子を見てそう思った。寿々菜が友香の虎キチを知っているように、友香も寿々菜がKAZUキチ(?)なのはとっくに知っている話だ。それに和彦と交流があることも以前から友香に話しているし、何より友香は芸能人に興味が無い。なんだか無理をして「KAZUに会ってみたい」などとと言っているように聞こえる。
「あー・・・うん、分かった今度一緒に会いに行こうか」
「うん!サインもらおう!って寿々菜、いざ会ったら寿々菜見て『君、誰?』とか言われないよね?」
「言われないよ!」
言われるとしても「てめー、誰だ?」だろう。
「ああは、やった。約束ね」
「うん・・・ねえ、友香」
「何?」
「・・・ううん、何でもない。私、そろそろ帰るね」
「え?もう?」
「うん」
寿々菜は食べかけのお菓子を頬張ると、帰り支度を始めた。
「ちょっと通りがかっただけだし」
「さっきもそう言ってたけど、こんなところ通りがかる?学校も寿々菜の家も全然違う方向じゃない」
「事務所が結構近いんだ。でも今日は事務所に来たんじゃなくて、さっきのホームレス殺人事件を調べに来たの」
「寿々菜が?どうして?」
和彦と共に寿々菜が色んな事件によく首を突っ込んでいることも友香は知っている。いつもなら「またー?」とか「そのうち寿々菜が死んじゃうよ」とかおどけて言うのに、やはり今日の友香はおかしい。体調が良くないせいだろうか?
「知り合いの刑事さんがね―――ほら、武上さんって人。話したことあるでしょ?」
「うん」
「今回の事件が何か大きな事件に繋がってるんじゃないかって思って調べてるの。だから私も武上さんについてきた」
「大きな事件?まさか」
友香が呆れたように笑う。
「不良高校生の犯行なんでしょ?」
「そうみたいだけど、なんだか引っかかることがあるみたい」
「何それ。刑事ドラマの見すぎじゃないの」
聞いたこともない友香の棘のある言い方に、寿々菜は片付けの手を止め友香の顔を見た。
「・・・ごめん、ちょっと気持ち悪くてイライラしてた。忘れて」
「うん・・・お菓子、食べ過ぎないでね」
「寿々菜じゃあるまいし」
それから友香は寿々菜を玄関まで送ってくれた。駅まで送る、と言ってくれたがそれでは何のために見舞いに来たのか分からないのでさすがに断り、友香の家を出る。が、一度立ち止まり、振り返った。
そう言えば、和彦さんと武上さんはどうしたんだろう。何か分かったのかなあ。
それに・・・あのお手伝いさんの事、話さなきゃ。
友香の様子がおかしいのは気になるが、今はやはり瀬田文子のことを和彦達に伝えるのが先だろう。寿々菜は携帯を開いた。
「謎の女にまた会ったぁ!?」
再び寿々菜と合流した和彦は、寿々菜からの報告を聞くなり叫んだ。まあ、当然だが。
「どこで?」
「友達の家です」
「はあ?訳分かんねー。謎の女はお前の友達の母ちゃんだったってことか?」
「いえ、お手伝いさんです」
「・・・」
なんだかますます良く分からない。とにかく和彦は、せっかく友香の家から事務所までやって来た寿々菜を引っ張って、友香の家へとUターンすることにした。
「和彦さん、お仕事はいいんですか?」
「今日は休み」
「じゃあどうして事務所にいたんですか?」
「武上が、仕事があるから一旦職場に戻るっつって帰ったから、俺も引き上げることにしたんだ」
「どうしてお家に帰らないんですか?」
「・・・」
事件のことを考えながら歩いていたら、いつのまにか自宅ではなく事務所に向かっていた、とは言いたくない。完全なワーカホリックだ。
「そんなことより、もちょっとちゃんと説明しろ」
「はい。でも、そのまんまですよ。あの後、ここの近くの友達の家に行ったんです。お金持ちの友達で、ご両親は出かけてたんですけど、お手伝いさんがいたんです。瀬田文子さんっていう人らしいです」
「ふーん。向こうの反応は?」
「自分じゃないって言ってました。一日家にいたからって」
「寿々菜はどう思う?」
「ちょっと自信ありませんけど・・・でも多分、同じ人だと思います」
「よし」
寿々菜の直感は信じられる。和彦は足を速めた。
「武上さんはお呼びしなくていいんですか?」
「管轄外の仕事に首を突っ込んでる暇あるなら、ちょっとは自分の仕事しやがれってんだ。俺達だけで行こう」
実は武上は、相方の三山刑事に「いい加減戻って来い」とどやされ、急いで戻っていったのだった。武上に知らせないのは、和彦なりの気遣いなのかもしれない。
こうして2人は、再び友香の家の前に立ったのだった。




