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第6話 ホームレスの恋人

「見たことがある」


ハグリッド、じゃなかった、長老は写真を見るなりそう言った。こんなに上手く行くとは思っていなかったので、武上が、そして和彦も色めき立つ。


「本当ですか!?」

「ああ、昔この辺にいた奴だ。名前は確か・・・タローだったかジローだったかサブローだったか・・・いや、ジローだ。うん、間違いない」

「昔というのは、いつ頃ですか?」

「高橋尚子が金メダルを取ったのを一緒にテレビで見たな。それからまだ1,2年はいたと思う」


素晴らしい記憶力だ。つまりこの写真の男・ジローは10年ほど前までここにいたということになる。


「ジローさんがそれからどこに行ったのか、ご存知ないですか?」

「そこまでは知らん。急に誰かがいなくなるなんてことは、うちらの間じゃ良くあることだ。どこかに『引越し』たんだろう、くらいにしか思わんかった」

「なるほど」


武上が手帳の上にペンを走らせる。


「昨日あんたんとこの仲間が1人、殺されたのは知ってるか?」


と、和彦がつっけんどんに訊ねる。腹黒そうと言われたことを根に持っているようだ。


「もちろんだ。ヒッキーだな」

「ああ。この写真はそのヒッキーの家で見つかった」


それを聞いて初めて長老が驚きの表情を見せた。


「あいつの家から?どうして?」

「それが分かんねーから調べてるんだ。ヒッキーってのと、このジローに繋がりはあるのか?同時期にここにいたとか」

「ヒッキーももう長いことここにいるが、さあ・・・どうだったかな。2人が話しているのを見た記憶はない。だがそれが、2人が同じ時期にここにいなかったからなのか、いたが話したことがないだけかは、分からん。ジローは愛想の良い男で誰とでも仲良くやっていたが、ヒッキーは逆に誰とも話さんかったからな。変わった男だよ、あいつは」


変わった男。そう聞くと刑事の血が騒ぐ。そこに何か隠れているような気がするのだ。

武上は思わず一歩、長老に近づいた。


「それはヒッキーさんのことですね?どこがどう変わっていましたか?」

「ここの連中は世間から見たら皆変わってるだろうが、ホームレスにはホームレスのコミュニティがあって、そこに入ってこない奴は『変わり者』のレッテルを貼られる。ヒッキーはホームレスのくせして、どこか『俺はホームレスじゃない』って風を吹かせてた」

「ま、ホームレスの間で『ヒッキー』って呼ばれるくらいなんだから、そりゃ変わり者だったんだろうな。でも、最初のうちは皆そうなんじゃねーの?」


和彦がそう言うと、長老は愉快そうに笑った。


「そうそう、そうだよ。最初のうちは皆、自分からホームレスになってもどこかプライドを捨てきれず、自分は他のホームレスとは違う、と思っているが、そんなのは最初の3日だけだ。すぐに皆『普通のホームレス』になる。お前、良く分かってるな。そういえば、前にホームレスの役をやっていたな」

「そっちこそ、良く知ってんな」


今度は和彦が驚く。しかし武上は、長老が芸能ネタにも詳しいという事に驚いたのに加え、和彦がホームレスの役をしていたという事にも驚いた。


「和彦、お前そんな役もやってたのか」

「役者なんだから役があれば何でもやるさ。とにかく、そのヒッキーはそうじゃなかったんだな?」


長老が頷く。


「ああ、いつまで経っても本物のホームレスになろうとしなかった。ホームレスにしちゃいつもいい服を着ていたし、風呂にも入っていたようだ。残飯を漁るような真似もしなかった」

「綺麗好きだったんでしょうか」

「綺麗好きのホームレスなんぞ、たくさんいる。だが綺麗にしていたくても金が無くてできないんだ。ところで、刑事さん。ヒッキーを殺した犯人は分かっているんだろ?ここいらでいつも好き勝手やってる不良どもだと聞いたぞ。どうして聞き込みなんかする?さっさと犯人を捕まえに行けばいいじゃないか」

「それは今別の刑事がやっています。僕は被害者の身辺調査です」

「ホームレスの身辺調査ねえ。・・・そう言えば、」


ここで突然長老が言葉を切った。余りにも不自然だが、それは刑事に言いたくないことなので言葉を切ったというよりも、何かを思い出して思わず言葉を失った、という感じだ。


「どうしたんですか?」

「いや・・・いや、実はヒッキーには女がいたんだ」

「「女!?」」


また和彦と武上の声が重なる。


「女って、恋人ってことですか?」

「おそらくな。地味な感じの女だが、足繁くヒッキーのところに通ってたよ。多分その女が身の回りの世話もしてたんだろうな。わしらは彼女のことを『パトロン』と呼んでいた。・・・彼女はヒッキーが死んだことを知ってるんだろうか」

「あの、普通ホームレスの方というのは、恋人なんているもんなんでしょうか?」

「絶対いないとは言えないが、普通はいない。しかもわしが知る限りじゃ、ヒッキーの恋人は2人目だ」

「えっ」

「今の女が来るようになったのはここ4,5年だ。その前は別の女が来ていた」

「・・・」


和彦と武上は顔を見合わせた。写真、指輪、2人の恋人。しっくりこない物が多すぎる。


「その女のこと、何かご存知ですか?」

「いや。ヒッキーとさえほとんどしゃべったことがないんだ。女のことなんぞ、全く知らん。時々ヒッキーの家に入っていくのを見るくらいだ」

「そうですか・・・じゃあ、昔の女も?」

「見かけただけだ。よくは知らん」

「分かりました。ご協力、ありがとうございます」


武上は長老に礼を言って立ち上がると足早に鉄橋の方に向かって歩き出した。長老が焼いていた魚の煙が身体に纏わり付いてるのがわかる。


「すごい匂いだな。何の魚だろう」

「そこの川で獲った魚だろ。食えんのかな」

「・・・」

「で、どこに向かってるんだ、刑事さん?」

「もう一度、ヒッキーというホームレスの家を調べる。何か女に繋がる物があるかもしれない」

「恋人だったと思うか?」

「それもこれから聞き込みだ」

「だろーな・・・って、おい」


急に和彦が立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回した。武上も足を止める。


「どうした?」

「寿々菜は?」

「え?」

「お前、一緒じゃなかったのかよ?」

「・・・」


武上は青くなって携帯電話を取り出したのだった・・・。





「すみません!寿々菜さん!」


土手の向こうで迷子になっていた寿々菜を和彦と武上が救出したのは、それから1時間近くも後のことだった。勝手に迷子になったのは寿々菜なのに、何故か武上が謝る。

ちなみにここは、寿々菜救出現場近くのファミレスだ。さっきまで来来軒で餃子を食べていたことなどなかったことのように寿々菜が3時のおやつのパフェを頬張る。


「謝らないで下さい、武上さん。私が武上さんの言いつけを守らずにウロウロしてたのが悪いんですから」


高校一年生にもなって迷子となると、さすがに寿々菜も恥ずかしい。



だって、土手ってどこも同じに見えるんだもん!



と、言いたいの堪える。


「いえ、僕は寿々菜さんを忘れていたことを謝っているんです」

「武上さん・・・」

「僕としたことが・・・もし今寿々菜さんにもしものことがあったら、僕は一生自分を許せません!」

「ありがとうございます」


寿々菜が武上の熱意にウルウルする。しかし。



さすが武上さん!立派な刑事さんだわ!



と、武上の真意をイマイチ分かってやれない寿々菜である。


「あ、そう言えばどうして和彦さんがここにいるんですか?」

「切り替えはえーな。俺は新聞でお前らの言ってた事件を見てちょっと気になったから来たんだ。で、寿々菜は何ウロウロしてたんだよ」


和彦がコーヒーを飲みながら訊ねる。


「はい。変な女の人がいたんで追いかけてたら迷子になっちゃいました」

「ふーん、変な女ね・・・え?変な女?」


和彦と、自分を責めていた武上が顔を上げる。


「はい」

「寿々菜さん、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」

「武上さんを待っていたら、急に女の人に、何かあったんですか?って声をかけられたんです。40歳くらいの人だと思います」

「それで?」

「私が、昨日殺人事件があってホームレスの人が殺されたみたいですって言ったら、急に青ざめて走って行っちゃったんです。追いかけたけど逃げられました。その時・・・」

「その時?」

「いえ、何もありません」


寿々菜はそこで口をつぐんだが、武上は勢い良く立ち上がった。


「そうですか!ありがとうございます!」

「何かお役に立ちましたか?」

「はい、とても!これからもう一度聞き込みに戻ります」

「俺も行く」


と、和彦も立ち上がる。


「ま、待ってください!私も」


寿々菜は慌ててパフェの残りを掻き込んだ。ところが武上は申し訳なさそうな顔でこう言った。


「すみませんが寿々菜さん、今日はもう帰ってください」

「え?」

「ここからだったら駅の場所、分かりますよね?すみません」

「え・・・あ、はい」

「じゃあ、失礼します」

「気をつけて帰れよ」

「・・・はい・・・」


和彦と武上がファミレスを出て行く。寿々菜はどうして自分だけ置いてけぼりなのか訳のわからないまま・・・ケーキを追加注文したのだった。





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