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第5話 ヒッキーとハグリッド

ラーメンと寿々菜が残していった餃子を完食した和彦は、カウンター横に置いてある新聞に手を伸ばした。日本を離れていたのは数日だけだとは言え、何があるか分からないこのご時勢、きちんと世情についていかねば・・・と思った訳ではない。今日は午前便でグアムから帰ってくるという大仕事(?)をこなしたので午後は休み。のんびりとしたかっただけだ。

だが、スポーツ紙は避ける。芸能人としてはあまり積極的に読もうとは思わない種類の新聞だ。


「おっ、これか」


和彦は数ページ新聞をめくったところで手を止めた。

『○○市△川沿いでホームレスの遺体発見 高校生らの仕業か?』

決して大きいとは言えない記事だが、全国紙だ。遺体の発見場所も細かく書かれている。それなりに注目されているのだろう。



それか、昨日の日本はよっぽど平和だったかだな。



記事の内容は武上が言っていた話と大差ない。しかし和彦は最後の一文に目を留めた。

『警察は被害者がつけていた指輪を手がかりに被害者の特定を急いでいる』



指輪?ホームレスが?



和彦も武上同様、ホームレスは過去を捨てた人間だと思っている。そんな人間が指輪をつけるだろうか?



いや、ちょっと待てよ。指輪って言っても結婚指輪とは限らねーよな。記事にもそうとは書いてないし。もしかしたらホームレスになった後に手に入れた指輪で、気に入って付けてただけもしれない。


「随分オシャレなホームレスなこって」


そう独り言をいいながら、和彦の手は携帯のディスプレイを指で弾いていた。自分からかけておいて言うことではないが、聞きたくない声が電話越しに聞こえてくる。


「なんだよ?忙しいんだ」

「何が、忙しい、だよ。管轄外の事件調べてるくせに」

「・・・」

「で、大事件に繋がりそうな気配はあるか?」

「ない。全く無い。切るぞ」


武上が本当に電話を切ろうとする気配がした。


「おい、指輪は?」

「は?」


和彦の声に、武上が電源ボタンを押す手を止める。武上の携帯が昔ながらのボタン式の携帯でなければ、通話はとっくに終わっていただろう。

武上が再び携帯を耳にあてる。


「指輪って何のことだ」

「ホームレスがしてた指輪を手がかりに警察は身元の特定をしてるってさ。新聞にそう書いてる。警察のくせに知らねーのか?」

「だから、もう捜査一課は関わってないから、」

「関わってんじゃねーか」


実際その現場にいるので、武上もこれ以上言い返せない。


「・・・指輪か。結婚指輪か?」

「やっぱお前もそこが気になるか。新聞にはそこまで書いてなかった。何にせよ、ホームレスと指輪。なんかしっくりこねーだろ」

「・・・実はもう1つしっくり来ないことがあるんだ」


武上が写真の男のことを話すと和彦は何やら考え込んでいるのか急に黙ってしまった。そしてしばらくの沈黙の後、通話は唐突に切れた。


「全くあいつは」


武上は苦笑しながら電話をたた・・・まずに、そのまま別の番号へと電話をかけたのだった。




「しらんなー」


黒いサンタクロース、という表現が最適と思われるホームレスに、武上はもう何人にも訊ねたのと同じ質問を繰り返し、そしてまた同じ回答を聞いていた。それでもこのサンタクロース、じゃなかった、ホームレスはまだ協力的な方で、武上が差し出した写真立てをまじまじと見てくれたが、中には写真をろくに見もせずに「しらね」というホームレスもいた。


「そうですか、ありがとうございます」


武上は、空き缶の分別に余念のないホームレスにお辞儀をした。だが、まだ聞きたいことがある。


「では、昨日殺された男性については何かご存知ですか?同じエリアのお仲間ですよね?」


この質問も他のホームレスにしたものと同じだ。そしてきっと回答も・・・


「しらんなー」


やっぱり。武上は肩を落とした。


「ヒッキーのことはよく知らん。他の奴らもそう言っとるだろ」

「はあ」

「ヒッキーは誰とも話そうとはせんかったからなー」

「ヒッキー?」


突然後ろから声がしたので振り向くと、そこには当たり前のように和彦が立っていた。武上は、やっぱり来たか、と目で言う。


「何だ、それ」

「お前こそ何者じゃ」


と、ホームレス。


「うっさい。何だよその『ヒッキー』ってのは」

「昨日殺された男じゃよ」

「それは分かってる。なんでそんな変な通り名なんだって聞いてんだよ」

「引き篭りの略じゃ。最近は引き篭りしている者のことを世間じゃ『ヒッキー』と呼ぶんじゃろ?」

「・・・」



ホームレスの世界にも「引き篭り」があんのか。っつーか、ホームレスになってる時点で世間的には全員引き篭りだ。



と、心の中で毒づく。


「おお、そうじゃ」


ホームレスが分別の手を止め、顔を上げた。


「『長老』なら何か知っとるかもしれん」

「「長老?」」


思わず和彦と武上の声が重なる。そして「げっ」という表情も重なる。が、武上はなんとか自分を律した。


「えっと、あの、誰ですか、その『長老』というのは?」

「ここいらのボスじゃ。もうずっと昔からここにおって、何でも知っとる」

「そうですか!ありがとうございます!その、長老さんはどちらに?」

「あっちの方じゃ」


ホームレスが右の方の草むらを指差した。何ともアバウトな説明である。しかし、警察にあれこれ聞かれるなどホームレス達にとっては面倒以外の何物でもないのに「長老」のことまで教えてくれたのだ。ここからは自力でやることにしよう。

武上はホームレスに礼を言うと、草むらに向かって歩き出した。和彦が続く。


「その写真、俺にも見せろよ」

「直接触れるな。もしかしたら重要な物かもしれない」


と、ハンカチを巻いて写真立てを和彦に渡す。


「重要な物?犯人の目星はついてる、みたいなこと言ってなかったっけ?別に証拠の品なんか今更いらねーんじゃねーの?」

「・・・」

「うーん、知らない顔だな」


和彦が写真の男を見て言う。当たり前だ。そんな「おお!こいつは!」なんてドラマみたいなことがあってたまるか。


「で、指輪の方は?」

「聞いておいた。左の薬指にしてたらしい。おそらく結婚指輪だな」

「・・・ふーん」


和彦はそれ以上何も言わずに、両手を頭の後ろで組んで歩いた。「昨日直接死体を見たんだろ?なんでその時、指輪に気づかなかったんだよ」、和彦がそう言わなかったのは、敢えて自分が言う必要はないと思ったからだろう。

武上は「また不良達のホームレス襲撃事件か」と最初から決め付けていた自分を悔やんだ。


「おい、あいつじゃねーの?」


和彦が立ち止まり、顎で前の方を差す。そこには黒いサンタクロースも真っ白になって逃げ出すほどの(それって普通のサンタクロースじゃないのか、という突っ込みは無視するとして)黒くずんぐりした男が、小さな椅子に腰掛けて七輪で何かを焼いていた。そう、その姿は正に。


「・・・ハリーポッターの」

「ハグリッドだっけ?そんな感じだな」


ハグリッドが聞いたら気を悪くするだろう。いや、もしかしたら逆か。とにかくそこにいたのは、和彦と武上の目にはハグリッド以外の何者にも見えなかった。


「あの、すみません。あなたが『長老』さんですか?」


聞き込み慣れしている武上でも思わず尻込みしたくなったが、まさか「やっぱやめた」という訳にはいかない。特に和彦の前では!


「そうだが。なんだ?警察か」

「え?」


別に警察手帳をぶら下げて歩いている訳でも無いのに一発で職業を言い当てられて武上が驚く。鼻の効く男だ。


「それに、ん?そっちはあれか。芸能人の、確かKAZUとかいう爽やかそうだけど実は腹黒い感じの奴か」


和彦の顔は歪んだが、武上はこの人物は大いに信用できそうだと思い、手帳を開いたのだった。





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