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第4話 写真立ての男

武上は白い手袋をはめると、黄色いテープの前に立っている警官に挨拶をし、テープをくぐった。

昨日、ホームレスの遺体が見つかった鉄橋下だ。現場となった家の左右数個の家が綺麗になくなっている。気味悪がってホームレス達が家ごと「引越し」したのだろう。便利なものだ。


武上は扉代わりの布をめくり、中に入った。遺体は既に司法解剖に回されているので、今家の中は空っぽ・・・


「じゃないな。立派なもんだ」


武上は独り言ちた。家の中は、ここに打ち込まれた打ち上げ花火の残骸が散らばっていて、その花火のせいでぐちゃぐちゃにはなっているものの、家の中はどうしてなかなか立派なものだ。地面には座っても痛くないくらい何枚も絨毯が引かれているし、テーブルなどの家具や一通りの食器、コンロ、布団、テレビと発電機、それに今は夏なので端っこに置いてあるが、ストーブまである。



・・・なんか俺の部屋とたいしてい変わらないじゃないか。



最近のホームレスはたくましく、生活水準もなかなかなものだとは聞いているが、ここのホームレスはその中でも特に裕福だったと言っていいだろう。


武上は用心深く家の中の検分を始めた。別に和彦に言われたからではない。さっき自分で和彦に「事件の複雑さ、広がりを考えると一課は入る必要がないと判断されたからだ」と言いながら、果たして本当にそうだろうかと思ったからだ。

もちろん、判断したのは武上ではない。もっと上の人間だ。しかし、上の人間は現場を見たわけではない。本当に一課が入る必要のない事件なのか?それを判断できるのは、現場を見ている自分だと思ったのだ。


まだ昼なので外は明るい。昨日は夜だったので懐中電灯の光でしか見えなかった部屋の中が良く見える。



花火のせいで本当に滅茶苦茶だな。ひどいことをする。だけどきっと、普段ここの住人は家の中を綺麗にしてたんだろうな。



それは花火の被害を免れた一角を見れば良く分かる。どこかで拾ってきたのであろう割にはしっかりしている棚にはクロスが敷かれ、置き時計や写真立てが置かれている。もっとも写真立ては花火の風圧で倒れてしまっているが・・・



ん?写真立て?



武上は写真立てに手を伸ばした。写真立てということは当然中には写真が入っているのだろう。しかし、何の?武上は、ホームレスというのは過去や世間と決別したい人間がなるものだと思っている。そして写真立てというものは思い出を飾るものだと思っている。だからホームレスと写真立て、という取り合わせはなんだかしっくりとこない。



気に入っている場所の写真・・・とかならまだ分かるな。ハワイの写真を見てハワイに行った気分に浸るとか。



そんな武上みたいなことはしないだろう。



家族の写真だったらラッキーだ。身元が分かる。



だが、写真立てに飾られている写真を見た武上は首を傾げた。風景ではない。人物だ。しかし家族でもなさそうだ。


「・・・ホームレス?」


そう、そこに映っていたのは、居酒屋らしい場所でカメラ目線で美味そうに酒を飲んでいるホームレスの男の写真だったのだ。死んだホームレスではない。髭も髪もボサボサで一見してホームレスだと分かるが、ここで死んでいたのとは別のホームレスだ。



そう言えば昨日死んだホームレスはもっとこざっぱりしてたな。



それにしてもこの写真の男は誰だろう?写真の感じからして随分古い物に思える。死んだホームレスの父親?それなら写真を飾る理由が分からないでもないが、もしそうなら親子二代でホームレスをやっていたことになる。なんだかそれもしっくりこない。


「・・・」


そう、別に和彦に「大事件に繋がってるかも」と言われたからではない。だが・・・気になる。

武上は腰をかがめて本格的にこの家を調べてみることにした。




その頃寿々菜は、武上に言われた通り少し離れた場所で武上を待っていた。武上としてはかわいい(?)寿々菜を現場まで連れて行ってやりたいところだが、さすがに昨日殺人事件が起きたばかりの場所に一般人を入れるわけにはいかない。・・・和彦は「俺は芸能人だ」という訳の分からない理由で入ってくるが。



武上さん、なかなか出てこないなあ。



ということは、何か見つけたと言うことか?寿々菜は和彦の言ったことが当たったのかと思うと、不謹慎なのは分かっているが少し嬉しくなった。



さすが和彦さん!でも、あの違和感はなんだったんだろう。



実は来来軒で和彦と武上の会話を聞いている時、寿々菜は違和感を感じたのだ。寿々菜の違和感は事件解決に繋がることが多い。違和感を感じたらすぐに教えるよう、和彦にもいつも言われている。しかし2人の会話に違和感を感じたとなると・・・それに、そのどこに違和感を感じたかも特定できない。



言ったほうがいいかな?でも、今回の事件とは関係ないかもしれないし・・・



「あの、すみません」


不意に後ろから声がしたので振り返ると、黒っぽい服を着た40代くらいの小柄な女性が立っていた。大人しそうだがどこか礼儀正しい感じがする。


「はい。なんでしょう?」

「あそこに警官の方が立ってますよね?何かあったんですか?」


と黄色いテープの方を指差す。


「昨日、事件があったみたいなんです」

「事件?」

「ホームレスの人が殺されたんです」

「・・・え?」


女性が目に見えて青ざめる。


「殺されたって・・・あの鉄橋の下に見える家ですか?」

「はい」

「あの家の住人ですか?」

「多分。今警察の人が調べてます」

「・・・そんな・・・」


女性は呆然とした様子で事件のあった家の方を見た。ただ殺人事件があったことに驚いているという感じではない。違和感を感じるまでも無く、様子がおかしいのは一目瞭然だ。

寿々菜はできるだけ無関心を装って訊ねた。


「怖いですよねー。この辺、よく来られるんですか?」

「え・・・その・・・」

「私の友達もこの辺に住んでるんです。気をつけてくださいね」

「・・・」

「あの家のホームレスの人、見たことあります?」

「あ、ありません!」


突然女が我に返った様に大きな声でそう言った。


「普段はこんなところ、来ません!たまたま通りかかっただけです!」

「え、あ、そうですか」

「失礼します!」


女がほとんど走るような勢いで歩き出した。寿々菜は慌ててそれを追いかける。


「待ってください!」


しかし女は寿々菜がついて来ようとしているのに気づくと、いよいよ本格的に走り出した。寿々菜も全力で追いかける。しかし、寿々菜の方が圧倒的に若いにも関わらず、足は圧倒的に女の方が速く(寿々菜が遅過ぎるのでは、という議論はさて置き)、寿々菜が土手を越えて道路に下りた時既に女の姿はどこにもなかった。


「あれ~、どこ行っちゃったんだろ」


寿々菜は肩で息をしながら辺りを見回した。息を整え、耳を澄ましてみる。いや、まさか足音が聞こえてくるなんてドラマみたいなことがある訳、


トットットッ・・・


寿々菜は勢い良く振り返った。



足音だ!!!



しかしその足音もすぐに消え、寿々菜は振り返る以上のことはできなかった。それに今の足音は女が逃げていったのとは明らかに別の方向から聞こえてきた。



関係ない人の足音だったのかな?でもなんだか私に気づかれそうになったから逃げていったって感じの音だったけど。それに・・・



寿々菜はしばらくの間、その場でじっと何かを考えていた。





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