第12話 もう1つの秘密
ホームレス殺人事件の翌日に高校生3人が殺人未遂容疑で逮捕され、その罪状はすぐに殺人罪に切り替えられた。そして同日の午後9時、10年前に起こった電車事故の関係者として長谷川円香が出頭してきた。
これら2つの事件はどちらもマスコミに発表されたが、そこに繋がりがあることは公表されなかったため、世間の注目を集めたのは後者の事件だけだった。しかしそれも2,3日のことで、今朝テレビのワイドショーは人気女優の電撃結婚一色に塗り替えられていた。
「和彦さん!」
放課後、寿々菜は校門から少し離れた所に止まっている車の運転席の窓ガラスをノックした。黒みがかったガラスが下がり、和彦の顔が現れる。
「よお。友香は?」
「もうすぐ来ます。でも突然、どうしたんですか?」
「ちょっと話があってさ。取り合えず乗れよ」
「はい」
寿々菜は車の前を通って反対側に周り、助手席に座った。和彦の車に乗れるなんて、まるで大名行列のお姫様のような気分だ(?)。
「友香を待っとかないといけないから動けないけどな」
「いいんです!」
「で、友香は何してるんだ?」
「ちょっと先生に呼ばれていて・・・」
「そっか」
もう、というか、とっくに世間は日常を取り戻している。しかし友香の周囲はそうはいかない。母親が警察に拘束されているのだ、あの日以来友香は毎日のように職員室に呼び出されている。
「世間体が悪いから高校を辞めろとでも言われてるのか?」
「そんなことはありません。そこが公立高校の良い所です」
「それもそうだな」
「友香が元気ないから、先生達も心配してるんです」
和彦は「ふーん」と言ってハンドルに上半身を預けた。
「でも友香の母親、殺人には関わってなかったんだろ」
「はい。だけど・・・」
武上からの情報によると、10年前の事件に長谷川円香は直接は関わっていなかった。事件の計画・犯行は全て中山耕造1人によるもので、円香は電話で「俺は今から死ぬ。俺の保険金で借金を返して友香と暮らしてくれ」と耕造から言われただけだった。
しかし実際に死体を見て円香はそれが夫ではない事にすぐに気がついた。きっと夫は妻と娘のことが心配で死に切れず、他人を自分の代わりに殺したのだろうと察して、円香は「夫です」と嘘を付き、自力で夫を探し出したのだった。
「保険金を騙し取ったことに違いはないですし、殺人犯を匿ってたのも事実です。どれくらいの罪になるのか想像もつきません」
「そうだな。長谷川円香はずっと罪悪感を抱えながらこの10年を過ごしてきたらしい。でも彼女が一番気にしてるのはそのことじゃないみたいだ」
「え?」
「長谷川円香は長谷川昌幸と出会って、本気で惚れて再婚してしまったんだ。耕造に会わせる顔がなくて世話を瀬田文子に頼んでいたらしい。長谷川円香はそのことをずっと気に病んでる」
「そうなんですか・・・」
中山耕造は妻と娘の為に殺人を犯しホームレスにまでなったのに、妻は別の金持ちの男と再婚し、幸せになった。しかも自分も結局高校生に遊び半分に殺されてしまった。
「・・・人生って虚しいですね」
「そうか?中山耕造と長谷川円香は自業自得だろ。円香もそう思ったから、耕造の死をきっかけにようやく警察に真実を話す決意をしたんだ。浮かばれないのは背格好が似てるってだけで10年前に殺されたホームレスのジローだ」
「友香と今のお父さんの昌幸さんもかわいそうです」
「長谷川昌幸はただの馬鹿だ。円香が出てくるまで友香と一緒に待ってるとか言ってるんだろ?マジ馬鹿だ」
「素敵なことじゃないですか!」
昌幸は妻が捕まっても見捨てることはなかった。そして友香のことも「私の娘だ。これからも一緒にいるに決まってるじゃないか」と堂々と世間に宣言をした。それを非難する者もいたが、昌幸の会社の人間を含めほとんどが「立派だ」との意見だったので、寿々菜は胸を撫で下ろしている。お陰でこれからも友香と一緒に学校へ通えるのだから。
しかし、寿々菜には1つ心配なことがあった。
「和彦さん、友香は捕まったりしませんよね?」
「友香が?どうして?」
「友香もお父さんが生きていることを隠してました。気づいたのは小学生の時でも、高校生になった今でも隠してたから・・・何かの罪になるんでしょうか?」
「ならねーよ。っていうか、なりようがない」
「?それってどういう意味ですか?」
「それは――― お、あれ友香じゃねーか?」
見ると、確かに友香が校門から出てくるのが見えた。キョロキョロと辺りを見回している。寿々菜と和彦を探しているのだろう。
「よし、じゃあ行くか」
和彦はサイドブレーキを踏むと車を発進させた。
「ここ、ですか?」
30分ほどのドライブの後に到着した場所に、友香は顔をしかめた。なんと言っても実の父親が殺された現場だ。寿々菜も何故今更和彦が自分達をここに連れてきたのか分からず、戸惑っていた。
2人は今はもう黄色いテープが撤去されたそこをじっと見つめた。頭上に電車の音が聞こえる。
「武上はダメダメ刑事だが、まあ馬鹿じゃない」
と、和彦。
何故急にそんなことを言い出すか。寿々菜と友香は顔を見合わせた。
「逆に今回の事に限っては、寿々菜は自分の友達のことだから見過ごしちまったのかもしれねーな」
「何をですか?」
「感じなかったか?違和感」
何の話なのかさっぱり分からず、寿々菜は首を傾げた。
「自分でも言ってただろ。友香の様子がおかしいって」
「はい。でもそれはお父さんが殺されたから・・・」
「本当にそう思うか?」
和彦は友香を見た。友香は先程と変わらず動揺していたが、寿々菜にはそれが自分の感じている動揺とはどこか違うことに気がついた。
「友香、どうしたの?まだ何かあるの?」
「何かってなによ・・・お母さんが警察に捕まったのよ?これ以上何もないわよ」
何もない。友香がそう言った瞬間、寿々菜の脳裏にある記憶が蘇ってきた。
「友香・・・この前私が友香の家に行った時、お手伝いの文さんは家にずっといた?って聞いたら友香はいたって答えたよね」
「そうだったかな」
「もし文さんが家を出たなら物音で分かるって言ったよね?だけど友香は、広い家で防音がしっかりしてるから他の部屋の音は聞こえないとも言ってた」
「・・・」
「友香は文さんが出かけていたことを知っていた。家から出て行く音が聞こえたからじゃない。自分も同じ場所にいたから知ってたのよ」
「寿々菜・・・」
「あれはやっぱり友香だったんだね」
寿々菜は涙声でそう言った。
「私、事件の次の日にこの近くで逃げていくような足音を聞いたの。変わった靴音だった。あれはヒールにハートの穴が空いてる、友香のお気に入りの靴の音だよね」
「・・・」
「どうしてここにいたことを隠したの?ここで・・・何をしてたの?」
「それはだから・・・新聞を見てお父さんらしきホームレスが殺されたのを知ったから、確かめに来たの。寿々菜から逃げたり嘘をついたりしたのはごめんね。殺されたホームレスが死んだはずのお父さんだってバレたらまずいと思って、」
「本当にそうか?」
和彦が友香を遮る。
「寿々菜じゃねーけど、俺の直感はそうじゃないって言ってる」
「どうしてそうじゃないって思うわけ?」
友香は和彦に挑むようにそう言った。
「俺が、高校生に殺されたホームレスは中山耕造だって言った時、友香、随分動揺してたよな。そんなことは自分で現場にまで来て確認して、とっくに知ってたはずなのにさ。あれが演技なら大したものだ」
「・・・どういう意味よ?」
「友香は殺されたのが中山耕造だって知らなかったんだ。てゆーかそもそも、自分の実の父親が生きていたなんて知らなかったんだろ。だから俺が、母親がホームレスになった夫を差し置いて他の男と結婚したことをどう思うかって聞いた時、しどろもどろになったんだ。友香は実の父親は10年前に死んだものだとつい数分前まで信じてたんだからな、そりゃ答えられないわな」
「・・・」
「それに父親が生きていることを知っていて、それを隠そうと思ってるなら、俺の頼みを聞かなかったはずだ」
「頼み?」
「寿々菜と一緒に友香の家に言った時、本当の両親の結婚指輪を見せてくれって頼んだら、あっさり見せてくれただろ。おまけにリングケースに指輪が1つしかないのを見て不思議そうな顔もしてた」
寿々菜は、和彦を睨む友香の横顔を見た。随所で感じていた違和感がまとまり始める。
「じゃあなんで友香は今回のホームレス殺人事件に興味を持ったのか。被害者は見知らぬホームレスだと思ってたのに、だ。わざわざ現場を見に来たり、それを隠したり・・・なんでか?1つ考えられるのは友香が犯人の1人だってことだ。でも友香は事件のあった時、寿々菜と一緒にいたんだろ?な、寿々菜」
「え?えっと、」
事件があった時・・・そう、確かに寿々菜は友香一緒にいた。
「はい。朝からずっと一緒にいて、追試のための勉強を教えてもらって、夕食をご馳走になって、帰りは一緒に駅まで・・・あれ?」
「どうした?」
「違いました。帰りは途中で別れました。友香の彼氏と会ったから友香は・・・友香?どうしたの?」
寿々菜の話を聞いていた友香の様子が急に変わった。隣にいる寿々菜でさえ気づくほどに青ざめ始めたのだ。
「ふーん、彼氏ね。その彼氏はそれまで何してたんだろうな」
「予備校よ!予備校で勉強を、」
「優駿予備校の大谷君だろ?寿々菜に聞いた。ついでに調べさせてもらったが、優駿予備校に大谷なんて生徒はいないそうだ」
「・・・え?だっていつも予備校の前のコンビニで待ち合わせを・・・」
「予備校まで来られたら通ってないのがバレるからコンビニにしたんだろ。もひとつ言わせて貰うと、高校も2ヶ月以上欠席してて退学間近なんだと」
「そんな・・・」
いつの間にどうやってそんなことを調べたのか。寿々菜は友香を心配するのも忘れて驚いてしまった。
友香に至っては驚きを通り越して呆然の態だ。
「友香、お前だって大谷の本性に気づいてたはずだ。隠すな。隠せばお前も母親と同じだぞ」
それを聞い友香は突然我に返り、声を荒げた。
「お母さんのこと悪く言わないで!お母さんは何も悪くない!」
「悪くない人間は警察には捕まらないんだよ。日本では特にな。でも警察に捕まっても人間は人間だ。だから家族は待ってるんだろ」
「・・・」
「友香も母親を待っていたいなら隠し事はするな。警察に呼ばれる前に自分から行け。武上が待ってくれてるはずだ」
「な、なんで、」
自分でも何を言っていいか分からず混乱していると、不意に手を握られる感触がした。寿々菜だ。
「寿々菜・・・」
「友香、行こう。私も一緒に行くから」
「・・・」
友香は寿々菜と手を繋いだまま泣き崩れた。そしてしばらく寿々菜に抱き締められた後、小さく「うん」と言ったのだった。




