第1話 ゲーム
本当にお待たせしてすみません。続いて飛ばしていた第6弾も公開しようと思います!
「うひょ~!すげー!」
鉄橋の下を流れる幅5メートルくらいの川の淵で、3人の少年達が奇声を上げていた。川は真っ黒だ。それは空の色を映しているからというよりも、川の水の色そのものだと言った方が正解だろう。
その黒い川の上を、バシュッという音と共に時々光の筋が渡っていく。
「やっぱ夏は花火だよなー」
それなら自分の家の庭で線香花火でもすればよさそうなものだが、残念ながら少年達がいるこの川は少年達の家の庭ではなかったし、手にしているのも線香花火ではなかった。打ち上げ花火だ。しかも「手にしている」というのは例えではない。
黄色い髪の少年がライターで手の中の打ち上げ花火に火をつけ、その先を対岸へ向ける。そして一瞬の沈黙の後、バシュッと火の玉が発射され、対岸につく少し手前で川に落ちた。
その数秒の間に光に照らされた少年達の顔は、驚くほど幼かった。
「くそっ、届かなかった!惜しいなあ」
と、対岸に向かって目を凝らす。どうやら花火を対岸まで届かせたいようだ。もちろん、そうしなければいけない理由など全くないのだが。
「バーカ、全然惜しくねーよ。全然届いてないじゃねーか」
「後30センチくらいじゃね?」
「岸まではな。でも岸についただけじゃ0点だ。家にあてねーと金はなし」
オレンジの髪の少年が対岸の鉄橋の下を指差した。そこには「家」が数個並んでいる。そしてその家から数メートル離れた所に、少年達の遊びを歓迎しない観戦者達が数名、不安そうな顔で立っている。
「次は俺の番だ」
そう言って赤い髪の少年が取り出した打ち上げ花火は、黄色の少年の花火の倍はあろうかという大きさだ。
頭上を電車が通る。その光で赤い少年の手元が見えたのか、対岸のホームレス達は更に家から離れた。
「よしっ!はっしゃあー!!!」
大型打ち上げ花火の先が爆発するように光り、その爆発が真っ直ぐに対岸にある家に向かって飛んでいった。ホームレス達の間から歓声・・・ではなく、喚声があがる。
そして花火は見事に川を渡りきり、なんと家の1つに辿りついた。しかもなんという偶然だろう、花火はご丁寧にもその家の玄関(と思われる場所)から「お邪魔します」とばかりに中に飛び込んでいってしまったのだった。
ホームレス達が蟻のように逃げて行くのを見て、少年達は顔を見合わせた。
「~~~んっしゃあ!千円ゲット!」
「ちぇーっ!」
「おい、ちょっと待てよ」
オレンジの少年が再び対岸を指差す。
「あそこ、今もぬけの殻だぜ」
「へ?」
「ホームレスどもの家。みんな逃げていきやがった」
「だから?」
「全部で5軒くらいある。千円以上は集まりそうじゃね?」
黄色と赤が目を輝かせる。
「なるほど!」
「よっしゃ!行ってみよーぜ!」
そういう訳で3人の少年達は対岸に渡ると、早速ホームレス達の家を物色し始めた。しかし小銭やコンビニからくすねてきたらしい賞味期限切れの食べ物は出てきたものの、掛け算でもしない限り千円にはなりそうにもなかった。
「ちぇーっ!全然じゃねーかよ!」
「まだ『豪邸』が残ってるだろ」
オレンジが真ん中の家へ向かった。花火が飛び込んだ家だ。さすがに黄色と赤が少し尻込みする。
「えっ、そこ?」
「一番しっかりした家だから、溜め込んでそうじゃね?」
「でも、花火で滅茶苦茶になってるんじゃ・・・」
「だから?」
オレンジが勢いよく扉・・・代わりの布を跳ね上げた。するとなんとそこには1人の男のホームレスが横たわっているではないか!
「うわ!」
さすがのオレンジも一旦家から飛び出す。
「どうした?」
「・・・中に人がいる」
「ええ!?」
黄色と赤が青ざめた。なんともカラフルだ。
「え、人って、ホームレス?ここの?」
「多分」
「逃げてなかったのか・・・?」
「どうする?」
「どうするって言われても」
「花火で怪我、してんじゃねーの?」
黄色が怯えながらそう言うと、オレンジの顔色も少し変わった。しかしだからと言って「助けねば!」というほどの正義感は働かない。
「・・・だったら、今のうちに盗るもん盗って、逃げようぜ」
「え、あ、う、うん」
「見つかったらヤバイだろ」
「そ、そうだな」
それでも黄色と赤は二の足を踏んだ。
オレンジはそんな2人を鼻で笑うと、再び家の中へと入っていったのだった・・・。
「ごちそうさまでしたぁ~!」
たぬきよろしく腹包みを打っているのが誰か、もはや説明の必要はないだろうが、一応この話のヒロインなので一応紹介しておこう。一応アイドルで一応高校1年生の白木寿々菜である。
そして一応ではなく思いっきり彼氏いない暦16年。ここ数年の「思いっきり片思い」が報われる様子もない。
「美味しかった!」
「ほんと、寿々菜は食いしん坊ね」
寿々菜の隣の席で少し呆れながら微笑んでいるのは、寿々菜が通う北原高校の同級生・長谷川友香だ。「一応アイドル」の寿々菜と一般人の友香、総選挙を行えば友香のセンター獲得は確実だろう。
しかも友香の強みはそれだけではない。
「友香、毎日こんなご馳走食べてるの?」
寿々菜が空になった皿を見渡す。
言い忘れていたがここは北原高校ではない。友香の家だ。それも寿々菜でなくとも「すごい!」と大騒ぎしたくなるような、文字通りの豪邸。当然寿々菜が今平らげた夕食も超豪華だった!
「いつもはこんな豪華ではないよ」
友香の向かいで穏やかにそう言うのは友香の父・昌幸。いかにも会社の重役らしい貫禄と包容力のあるダンディなおじ様だ。
「今日は寿々菜ちゃんが来てくれるから、お手伝いの文さんにお願いして、奮発してもらったのよ。文さん、一度寿々菜ちゃんに会ってみたいって言ってるんだけど、今日は用事があってもう帰ってしまったの。寿々菜ちゃんによろしくお伝えください、ですって」
と、昌幸の隣に座っている友香の母・円香が言う。こちらもいかにもいいとこの奥様、といった感じの優しそうなおば様だ。
お手伝いさん!さすがお金持ち!!!
しかし寿々菜は「いいなあ」という言葉を飲み込んだ。実は円香の前夫―――つまり友香の本当の父親だ―――は友香が幼い頃に事故で亡くなり、円香は数年前に昌幸と再婚したのだ。寿々菜が北原高校に入学した時すでに友香は「長谷川友香」だったので、寿々菜は後から友香の家庭の事情を知った。もっとも友香は「前は結構貧乏だったから、ママが再婚してお金持ちになった時は『世の中こんなシンデレラストーリーがあるんだ』って感激したもんよ」と明るい。
それでも寿々菜はなんとなく「いいなあ」という表現は不適切に思えた。
「よしっ!じゃあ勉強しよ!」
そう言って立ち上がったのは、なんと成績トップクラスの友香ではなく寿々菜の方だった(!!!)。しかしそれもそのはず。先日終わった期末試験で友香は学年3位―――言うまでもなく上から3位だ―――だったが、寿々菜も学年3位―――こちらも言うまでもなく下から3位だ―――だったので、寿々菜は追試を食らってしまい、今日は友香の家でその準備のための勉強をしているのだ。
アイドルの仕事に支障はないか?
大丈夫。追試なんぞあってもなくても寿々菜のスケジュールは常に9割が真っ白である。寿々菜の先輩であり憧れの人でもあるトップアイドル・KAZUこと岩城和彦とはえらい差だ。
「あ、ごめん寿々菜。今日はもうお終い」
「えー!?なんで!?」
なんでも何も、日曜だからと言って朝から入り浸っていた人間が言うセリフかという感じだが(ちなみにこれまた9割は勉強していなかった)、友香は情け容赦なくぴしゃりとこう言った。
「今からデートなんだ」
「デート?」
「うん」
友香が少し頬を染めてにっこりと頷く。
そのかわいさ故にモテまくりの友香だが、高校に入ってから彼氏はいなかった。というか、作っていなかった。それが最近、中学時代の友達の紹介とかで知り合った他校の男の子と付き合い始めたもんだから、北原高校のこれまた9割の男子はがっくりと肩を落としたものだ。
しかもその彼氏というのが。
「秀英高校の人だっけ?」
「うん。3年生」
秀英高校と言えば、偏差値も学費も全国で上位5位以内というスーパーエリート男子校だ。しかもしかも友香の彼氏は、寿々菜も携帯で見たことがあるが、見栄えも全国上位5位以内と言ってもオーバーではない!
もちろん1位はダントツで和彦さんだけどね!
寿々菜は別に和彦の彼女でもなんでもないのだが、無い胸を張って食べ忘れていたデザートに手を伸ばした。




