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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
四章 等しくこの大地に死すならば
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閑話 斯くも彼らは

リゼット視点。

等しくこの大地に死すならば【10】以降の話になります。

 地下街の西区ルフレム。

 西海国でレジスタンス集団に与することになったリゼットは、自身のリハビリも兼ねて琥珀の剣術をみていた。


「大振りすぎる」

「隙が大きいって言いたいの?」

「そう」


 訓練用の剣を振るう琥珀に向き合うリゼットが持つのはコンバットナイフ。受け止めるつもりもないので鞘に入れたまま。

 水路に隣接した狭い通路で琥珀はひたすら斬りつける動作を続け、リゼットはかわしていた。


「当たったら本当に痛いよ」

「のろまな攻撃をどうやって食らえというの?」

「あとから泣いて文句言われても嫌だからさ! リゼ姉泣き虫だし」


 琥珀は攻撃を当てられないことに焦りながらも口では余裕を崩さない。

 敵の心理面を揺さぶり、調子を乱す――挑発(トラッシュ・トーク)は立派な戦術だ。

 リゼットは好んで使いはしないがレナードなどは良く使うし、実際やられると相当気が散るので有用性は認めている。だから琥珀が良く回る口を活かすなら、止めるつもりはない。

 そうして余計な会話をしながら稽古を続けていると、二人に声を掛ける人物がいた。


「稽古なんて精が出ますねー」


 【黄金の暁】組員の中でも訳ありが収容された西区(ルフレム)だけあって、市民たちはあまり近付かない。そこにいる者は限られる。

 橋を仰げば、ライトアリスブルーの透き通った目をしたお仕着せの少年――シルベスがいた。

 シルベスは件の事件で傷を負った為に北の作戦から外され、待機となったらしい。


「お前、仲間は?」

「バルトは任務、アドリアンはレナードさんと一緒にサルツブルクで仕事です。僕は非番なんでこうして女の子にちょっかい掛けてるってわけでーす」


 その間延びした喋り方はどうにかならないのかと言いたいが、わざとやっているようにも見えるので聞かなかったことにした。

 リゼットと琥珀は鍛練を続ける。


「幾ら剣術やっても戦場出れば銃なんですよね」

「こいつが覚えるべきなのは護身だ。私たちとは違う」


 シルベスは魔術よりも剣が得意だと言っていた。ならば身に染みていることだろう。

 稀にリゼットの兄ヴァレンのように抜刀術が極まっている妙なのもいるが、聖帝国軍の歩兵訓練は火器射撃術とナイフや徒手格闘術が基本だ。


「琥珀くん、浅く早くですよ。何度も斬りつければ敵は倒れます」

「見られたり喋られると気が散るんだけど!?」

「僕のことはお気にせず。空気だと思って下さーい」

「なんかうざいなー!」


 自分より年上の人間がこうも鬱陶しいのだから琥珀もうんざりするだろう。

 集中力が完全に切れたことをみとめたリゼットは琥珀が剣を振り上げた瞬間、腕に掴みかかり押し倒すようにして手から剣を奪った。

 片足が地面から離れる体勢となった琥珀は悲鳴を上げる。


「リゼ姉ストップストップっ! 腕もげる!」


 このまま投げ飛ばすこともできたが、降参している少年を痛め付けるのは大人げない。何より肋が完治していない状態で無茶をするつもりもないので、リゼットは琥珀を解放した。


「お姉さんに抱きつかれて羨ましいなー」

「はあ!? 何言ってんの!?」


 地面に落ちた剣を拾った琥珀は火を吹く勢いでシルベスを見る。

 この男もトラッシュトーカーの才がありそうだと、リゼットは呆れた。

 手すりに頬杖をついて新入りたちをからかっていたシルベスは姿勢を正すと上を指差した。


「これじゃ茶々入れただけになってしまいますし、二十分後にアジトの前にきて下さい。稽古向きな人連れてきますよ」


 橋上から消える彼を追うか追うまいか二人は暫し考える。


「僕、あの人のことぶっ飛ばしたいんだけど」

「お前じゃ無理だ」

「そこは嘘でも応援してよ」


 シルベスが稽古相手なら良いのにとぼやくが、狭い島国から外へ出たばかりの琥珀は知らない人物との稽古に意欲的だ。

 怪我で寝込んでいたリゼットよりも【黄金の暁】のアジトで過ごしていた時間の長い琥珀は、組員たちとも顔見知りになっているようだった。






 野外用の上着を羽織った二人は指定通りにアジトへ向かった。

 曇り空の広がるウェーベルンは三月とは思えないほどに冷え込んでいる。琥珀は新しく買ったグローブの調子を確かめるように掌を動かす。


「お待たせしました」

「眠い……だりぃ。木刀打ち合って何になんだよぅ……」


 シルベスに連れられてきたのは赤毛混じりの黒髪を逆立てた男だ。

 寝起きを引っ張ってこられたといった様子でトレードマークのバトルスーツも大剣もないベルセルクはこめかみを押さえている。


「頭痛え……」

「リゼットさん、この人に頭から水かけてどうぞ」

「やめろ。人が寝てんのに何なんだよ」

「琥珀くんに魔術訓練させてあげようと思って。ほら、地属性の魔術師といったらアキヤさんかファントムでしょ」

「ダリスの旦那いんだろ」

「真面目すぎて肩凝りますし、アキヤさんくらいダルい人のほうが琥珀くんもやり易いですよ」

「こっちが肩凝んだよなァー」

「まあまあ親睦深めましょーよ。きっと次の作戦は同じ班ですよ」


 戦闘狂い(バトルジャンキー)と親睦は深めたくないとリゼットは内心抗議をする。

 リゼットとて人には言えないような殺しはしているが、殺し合いなど最低の営みだと思っている。戦闘に快楽を見出だすような人間はリゼットが苦手とするタイプだ。

 だがシルベスの言ったように、今回ここに残っている者が次の作戦に回される可能性は高い。関わりを拒んでいられもしなかった。仕方なく木陰に落ち着いて、琥珀を見守ることにする。


「んで小僧、どこまで使えんだ?」


 がりがりと頭を掻いていかにも怠いということを伝えてくるベルセルクは器用に片目を閉じたまま琥珀に訊ねた。


「アトミックグレイブなら使えます」

「んじゃ俺様が弾丸撃つから魔術で塞げや」

「えっ」

「刀下ろすな。そこから動くな」

「いや、ちょっと待って下さい」

「湧き出ろ黒曜――」


 ベルセルクの背後に黒い棘が出現する。その数は百を越えている。


「リゼ姉、あれ何!?」

「……シャドウニードルじゃないか。闇属性だから半端な盾じゃ破られる」


 影を具現化し、尖った針で刺し抜く魔術だ。

 ロックランスを飛ばすこともできるだろうに、わざわざ殺傷力の高い魔術を向けてくる辺りが意地が悪い。何より、希少な闇属性かつ二重属性の魔術師と聞いては警戒度数を上げざるを得ない。


「行くぞー」

「琥珀くん、ファイトですー」


 あちらは何とも弛く始めようとしているが、リゼットから見てもあの棘は驚異を感じた。


「大地の護り、堅牢なる盾――!」


 詠唱に従って植物と土の盾(アースウォール)が琥珀の前に現れる。

 ストーンウォールよりも範囲が広い、中級の防御魔術だ。その盾を突き破らんばかりに黒い棘が襲い来る。


「琥珀、重ねがけしないと破られる」

「うー、きつい! 頭痛い……!」


 喚きながらもしっかり重ねがけしているところを見るとまだ大丈夫そうだ。

 一斉掃射でなく、不規則な間隔で撃ち込まれる攻撃は精神を削っていく。琥珀は剣を下ろさぬように持ちこたえている。

 荒っぽい稽古だとリゼットは思う。だが、こうでもしなければ限界以上に精神を使うことがないというのも事実だ。リゼットは磨り減る盾と疲弊していく琥珀を静観する。

 やがて止まる攻撃。

 緊張の糸が切れ、魔術の盾が崩れ去る。

 ここまで盾を維持したことはなかったのだろう。琥珀は地面にがくりと膝をついて肩で息をしていた。


「出来ることだけちまちまやってても上達しねぇ」

「……あー……ハイ……」


 身に覚えがあるらしい琥珀は荒い呼吸をしながら頷く。


「盾の強度、右に集中しすぎだな。俺様超優しいからわざわざそこ狙ってやったけど、それだって全弾撃ち込んだら破れんぜ」

「……因みに……本気で撃ったらどれくらいの速度出るんですか?」

「一分で二百ってとこかね。MG撃ったほう早えな」


 腕を組んで指摘するベルセルクは普段の言動が嘘のようにまともに見える。しかし、「やっぱ魔術は駄目だグレネードが良い」などとこぼし始めるので、琥珀とリゼットを引かせるには充分だった。

 常闇公国で以前()()()()()()()為に今回の作戦を外された、という噂は本当なのかもしれなかった。


「お疲れ様です。あとで水奢りますよ、そこら辺から汲んできた」

「奢りじゃねーじゃん。バカにしてんのかぁ?」

「尊敬してますよ。僕は信頼に足る人しかお茶を淹れません」

「水つったよな? シルベス、お前ほんとうぜぇな」


 シルベスとベルセルクは軽口の応酬をしながらアジトへ戻っていく。ふと、シルベスが何か思い立ったように足を止めた。

 琥珀を引っ張り上げていたリゼットはまだ何かあるのかと警戒する。


「そうだ。リゼットさんも夕飯一緒にどうです?」

「……いや……遠慮する」

「はいはーい。では良い夜をー」


 誘いを断られたことに気分を害した様子もなく微笑む。そしてリゼットよりも二つ年下の少年は背を向け、ひらりと手を振った。


「リゼ姉、行けば良かったんじゃない?」

「喋ることがない。何を話せば良いか分からない」

「なんか意外なんだけど」

「そう……? 聖帝国の男は私を馬鹿にしかしてこなかったんだ。まともに話せるはずがないだろう」


 軍の男たちは上官と寝たんだろうと揶揄してきたものだ。女の武器を使って暗殺をしていると言われたことも一度や二度ではない。

 魔族の混ざりものであることへの嫌悪、女であることへの侮蔑、そのようなものに晒され続けたリゼットにとって男というものは敵だ。進んで関わりたいとは思えなかった。

 こうして会話をしている琥珀は恩人(ヒスイ)の弟だし、年下なので例外なのだ。


「女の人が強いと複雑なのかな」

「どうだか……」


 夕闇迫る中、下らない話をしながら入り組んだ道を通ってウェーベルン西区まで行く。

 森にほど近い場所に琥珀と翡翠が借りている家があった。

 西海国で暮らすことになって数日、自炊するという習慣のないリゼットは彼等の家で晩御飯を食べている。夕食後に、ここに来る途中に見付けた土産を出すと翡翠は珈琲を淹れた。

 香ばしいアマレッティは珈琲ととても合う。


「リゼって紅茶好きだと思ってたわ」

「珈琲も飲むよ。この国の菓子に合う」

「じゃあ明日はアイスクリームを作ってアフォガートにしましょ」


 以前の住人が珈琲好きの西海国人だった為、この家には直火式のエスプレッソマシン(マキネッタ)が残されていた。

 明日の手土産はブランデーにしようとリゼットは密かに決めた。


「おやすみ。リゼ、大好き」


 一晩の別れに翡翠はリゼットと別れのハグを交わす。何やら恋人染みているやり取りに琥珀は呆れ顔だが、これも毎度のことだった。

 ウェーベルン南西区にある階段を下りて地下街に出ればそこはルフレム区、リゼットの使う住居もすぐ近くだ。


(礼を言わないと……)


 【黄金の暁】組員でない姉弟に住居を貸してくれたことについて、首領である男に感謝を伝えなければならない。

 中々会う機会がなく、また顔を会わせたとしても周りに仲間たちがいて話せていなかった。瑠璃の周りにはいつも誰かがいる。

 西海国で【黄金の暁】は大陸でいうギルドのような役割を担い、市民の困りごとを聞いているので組員たちはいつも用事に駆り出されている。レナードが今日ウェーベルンにいないのも隣町での仕事だった。

 そんなことを考えながら歩いて行くと、家の扉の前に年若い少年が座り込んでいた。


「あっ、帰ってきた!」

「誰だ?」

「おれ、リア。【黄金の暁】の仲間だよ」


 くすんだ桜色(クラウディピンク)の短髪は見覚えがなかった。アジトで会ったことがあるのだろうかとリゼットは首を傾げる。


「私に何の用?」

「あー……えっと、兄ちゃんの仇倒してくれてありがとって言えてなかったからさ!」


 リアは先日の事件で亡くなった組員の家族らしかった。

 リゼットは何と言って良いのか分からず口ごもる。


「きみ、怪我は大丈夫なの?」

「問題ない。あと、リゼットでいい」

「そっか。おれはくっついてない骨あって、暫く休みだってさ」


 発言からあの場にいたらしいことを知る。つまりリアは兄が殺されるところをその目で見たのだ。

 大切な人を――それも家族を目の前で殺された。


「その……、平気なのか……?」

「怪我は毎日治療術かけにいってるから大丈夫かな。兄ちゃんは……うーん……墓があるだけ良いよな」


 リアは困ったように笑った。

 リゼットは笑えない。スレイドが死んだ瞬間のことは一年が経った今でも思い出したくない過去だ。気を遣わせまいと空元気を見せる相手もなく、ただ憎しみだけを磨いてきたリゼットにはリアのような存在を直視するのは辛い。

 少年の視線から逃れるように街路に目を向ける。すると街灯に隠れるように佇む男を見付けた。


「……あれはお前の知り合いか?」

「えっ、トピアスじゃん。何してんのナンパ?」

手前(てめえ)が転んで泣いてないか見にきたんだろうが!」


 見付かったなら仕方がないと決まり悪げにやってきたスキンヘッドの男もまた【黄金の暁】組員だ。

 リアの軽口に、頭を殴る動作で脅しつけながら、けれど本当に手を上げることはしない。どうやら兄を亡くしたリアの面倒を看ている人物のようだ。

 夜に婦女子の家を訪ねるななどと倫理観を語るトピアスにリアは肩を竦め、リゼットに曇りのない笑顔を向けた。


「リゼットと戦えること楽しみにしてるよ!」


 そう言い残してリアとトピアスは西区を立ち去った。

 リゼットは家に入り、玄関でブーツを脱いで屋内用の靴に履き替える。そのままバスルームに向かいシャワーで一日の疲れを落とす。

 大したことはしていないはずなのに今日は疲れた。男たちのあくの強さに当てられたのだろう。

 ウェーベルンの市民からは奇異の目で見られるが、【黄金の暁】組員たちはリゼットを人間扱いしようとする。

 彼等自身が手を血に染めていること、聖帝国と魔族を打ち倒したいという目的が一致していること。恐らく理由はそれだけ。損得感情での馴れ合いというやつだ。

 利己主義者の集まりだが、明日も生きたいというシンプルな願いが一致している集団は居心地が良く、そこでなら何かが見付けられそうだとセレン島にいた時にレナードが語っていたのを思い出す。

 果たして、生きる理由がない自分がここで何かを見付けられるのだろうか。

 溜め息は浴室にとけていく。

 リゼットが彼等に心を開けるのはまだ少し先のことだ。

**初出…2010年1月10日

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