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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
三章 幻想の終わり、現実の始まり
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閑話 歪曲リグレット

ヴァレン視点。

本編より二年前の話になります。

 自分がつまらない存在だと良く思う。

 これといって趣味はなく、暇があれば読書か剣を磨くしかすることがない。対人関係も広く浅い付き合いで、友人はいても腹を割って話せる相手は殆どいない。

 皆を率いるような役は向かないと昔から思っている。だから、いつも影から支える――つまりは二番手でいることが多い。 仕官学校にいた時も、そして軍に入ってからも、気付けばいつも二番手に落ち着いている。

 ヴァレンはそれを苦痛だと思ったことはない。寧ろ自分に合ったポジションだ。幸い人災に遭ったこともないし、人を支えるのはどちらかというと好きだった。

 けれど、そういう気質はたまに厄介なことも引き込んでしまう。

 八方美人故に誤解され複数の女性からアプローチを受けて詰られたり、相談役として友人の話を聞いていてとばっちりを受けたり。今回の場合は後者だ。


「何が足りない?」

「んー……男らしさ、ですかねえ?」


 ヴァレンは彼のことを一番の友人だと思っている。

 付き合いが長いというのもあるが、良い人ぶりながらも世の中を冷めた目で見ているところが自分と同じで、相手をしていて変に肩肘を張らずに済む。

 頭が良ければ武術も中々。おまけに容姿まで整っている、まるで悪魔に魂でも売り渡したように才覚に溢れる若者。当然そんな人物の傍にいれば嫉妬や挫折を幾度となく味わうことになり、同年代からは嫌われ易い。彼を好くのは嫉妬心などを克服している老人や、極度に自尊心が低い人、またはマイペースで図太い性根を持つ者だ。


「そんなものを出したら嫌われる。彼女は男嫌いだ」

「えー、じゃあレイが色々な意味で大丈夫かって思われてるとか」


 四年間も片思いをしていて、想い合っていると分かっても何もしない辺り、友人のこちらとしても大丈夫かと思う時もある。

 彼は見た目がこうなので、中身も女性的だと勘違いされることが多いのだ。男臭くなくて、温厚で、家庭的で、兎に角優しい。そんなイメージを大抵の人は持つ。


「一発銃弾ぶち込んでやろうか、ヴァレ」


 けれど、中身は怖いのだ。

 爽やかな顔で全てを軽く流すように見えて根に持つタイプで、報復は倍で行う。

 彼はこちら(ヴェノム)が簡単には死なないと分かっているから、本気で怒らせたら銃を向けられかねない。


「あー、嫌だ嫌だ。皆の前では聖人を気取っている癖に実は中身が狼だなんて。リゼッティが知ったら泣きますよ」


 友人の腹黒い一面に気持ち的に疲れて、ヴァレンは葡萄色の目を閉じて溜め息混じりにこぼした。

 ヴァレンとスレイドは、仕官学生時代――十代半ばからの付き合いだ。十年近く連んでいるので開けっ広げな話もする。

 互いの女性関係など興味もなければ、聞きたくもないのだが、スレイドが現在想いを寄せる相手がヴァレンの妹なので放って置けもしなかった。


「真面目な話、九も年下は犯罪です」

「二十を越さなければ犯罪じゃない」

「ぶっちゃけ、レイにお義兄(にい)さまとか言われるようになりたくないです」

「呼ぶつもりはない。俺が年上だ」

「ああ、そういえばそうでした」


 スレイドは外見も中身も若いので、年上だということを忘れていた。自分の感覚の鈍り具合にほとほと呆れてしまう。ヴァレンは仕事に関して以外は何処か抜けたところのある人物だった。

 今日二人がこうして顔を合わせたのも作戦のミーティングだ。

 反聖帝国のテロリスト討伐作戦の話し合いを終え、幹部たちはすぐに会議室を出て行った。ヴァレンも明日には国を出て、少なくともひと月はガルディエヌ同盟国に留まることになる。

 ヴァレンは手が開いている間に、少しくらいは愚痴を聞いておこうと考えてスレイドに妹とのことを訊ねた。


(拗れに拗れているんですよね)


 ヴァレンが板挟みになって悩んでまでも首を突っ込んでいるのは、妹の為。

 妹はどうにも精神的に弱く、独りにしておくのが心配だった。

 自分に価値がないと思い込んでいて、認められたいという気持ちが誰よりも強く、愛されたいと願いながらも失うのが怖いから突き放す。妹は幸せから遠ざかる子なのだ。

 妹がああなってしまったのは無理解だった兄の責任もあるのだが、いつか自分自身を傷付けるような方向へ走るのではないかと、ヴァレンは気が気でなかった。


(リゼッティにも早く落ち着いてもらいたいのですが……)


 ああいうのは、恋人を作るなり家庭に入るなりした方が落ち着いたりする。

 そうしてヴァレンはスレイドとの仲を取り持とうとしているのだが、節介を焼けば焼くほどに嫌われてゆく。

 友人からとばっちりを食らい、大切な妹からは嫌われて、兎に角良いことがない。自分の損な立ち位置を考えると泣けそうになる。


「魔族は親子婚や兄妹婚が普通なのか?」

「強い能力を残すなら血を濃くするのも一つの手段って感じですね。まあ、昔ならいざ知れず今は大っぴらにはいないと思いますが」

「そうか」

「私に焼き餅ですか。レイも可愛いところありますね」

「今のをどうしたら焼き餅と取れるんだか教えてもらいたいよ」


 良い年をした大人の癖に妹のことが絡むと子供のようになる友人を見ながら、ヴァレンはふっと笑う。

 人間とヴェノムが添い遂げるなど正気の沙汰ではないが、それでも彼は妹のことを大切に想っていてくれるから、ヴァレンは妹を彼に預けても良いと思っている。

 そこらの魔族の男にやって、子を産むだけの道具にさせるくらいなら、例え人間だろうが大切にしてくれる男に任せた方が良い。


「大丈夫ですよ。私にとってリゼッティは妹でしかありませんし、何より愛するルイユがいますから」


 自分の力を残す為に肉親を伴侶に選ぶなど考えたこともなかった。

 こんな呪われた血は断ち切りたいくらいだと心の中で呟き、ヴァレンは席から立つ。


「もう行くのか?」

「そろそろルイユがくるかと思いまして」


 スレイドに答えながらヴァレンは窓から外を眺める。

 行き交う人々の中に待ち人の姿を探してみる。だが、彼女は見付からない。


「ところで、シャンゼリゼさんとは何処まで進んでいるんだ?」

「ど、どこまでって……どういう意味で?」


 色々な意味で心臓を騒がせながら聞き返す。


「最後まで契約とやらを結んだのか?」

「ブランディッシュ閣下は相も変わらず真顔で凄いことを言いますよね」

「人の生き死にの話じゃないんだ。構わないだろう」


 動揺するヴァレンとは裏腹にスレイドはさらりと言葉を返した。

 そんな混じり気のない表情で下世話な質問をされると困るとヴァレンは内心嘆息する。


(やっぱり普通じゃないんだよな……)


 無神経という訳ではないのだが、スレイドは人の心というものに疎い。こういうところを見せ付けられると、妹や部下が頭を抱えるのも分からなくはない。

 ヴァレンは嘆き混じりにぼやいた。


「あのじゃじゃ馬が簡単に物になる訳がないですよ」

「ご愁傷様」

「そっくりそのまま返せますよ……?」


 ヴァレンの左手の薬指には噛み千切ったような痕がある。

 時が経っても決して薄れることはない傷跡は契約の証。いざという時の為に、失っても惜しくない薬指で誓いを結んだのだ。

 契約を破ることは本来あってはならないのだが、継続不能になった時は相手を殺すか、契約を結んだ部分を断ち切る必要がある。自分の身体を切り落とすか相手を殺すかと言われたら、気性の激しい魔族は間違いなく相手を殺めるだろう。

 添い遂げる覚悟があるなら薬指とは言わず手首でも良かった。だが、当時のヴァレンは自信がなかった。

 今でも契約者との関係が不安定になると腕が凍り付いたように動かなくなる。結局は血を交わすくらいでは足りないのだ。


「でも、これで構わないと思っています」

「何故だ?」

「私は彼女の力が欲しくて契約したのではありません。長い時間を共有したいから誓ったんです」


 血が欲しいとか、自分の血を残して欲しいとは思わない。ただ、傍にいたいと思う。彼女を支えて、長い時間を共に生きたいと思ったからこそ誓ったのだ。

 だから腕の痛みにも耐える。この程度の痛みは、彼女が背負ってきた孤独に比べれば何ということもない。


「俺にもお前みたいな真っ直ぐさがあれば良かった」


 全てを捨てても彼女を選べる勇気が欲しかった。

 それは、自信に満ち溢れた男とは思えぬ言葉だった。


「貴方が気にしているのは【彼】のことですか?」

「所詮、俺たちは影だ。真っ当な人生なんてない」


 自分を影と称するスレイドは、世界にも自分の未来にも何の期待も持っていないのだろう。そもそもこれは自分の人生ですらないのだから。


「リゼッティは貴方を選びますよ」

「俺はあいつを裏切れない」

「難儀ですね……」


 行き着いた答えは、二人の共通した友人ということもありヴァレンにとっても苦しいものがあった。

 そういう定めと割り切るしかないのだろうか。

 己の人生を生きられないのは自分と似ている。人生が定められていて、足掻くのにも疲れてしまい、そんな自分を嘲笑い合えるような友が欲しかったからヴァレンはスレイドと友になった。

 友と妹には幸せになって欲しい。しかし、その幸せが新たな不幸を呼ぶのなら、自分は許すことができないかもしれない。

 友と妹のどちらかを選ばなければならないとすれば、自分はきっと肉親を選ぶ。それはきっと決別の時だ。ヴァレンは異母弟と決裂した時のように、異父妹と絶縁することになるかもしれない。

 結局、何が最良なのか。それがヴァレンには分からなかった。目を伏せて床を睨む。

 白いタイル張りの床は寒々しい。汚れ一つない床にヴァレンはあるものを見付ける。

 不自然な水溜まり。それを認識した瞬間、ひんやりとした【水】の清浄な空気が満ちる。

 水溜まりが生きているようにするりと動き、ヴァレンの前にやってくる。スレイドも気付いた。波紋がふっと広がり、水から生み出されるように現れたのは、床につくほどに長い髪をたゆたわせる美女だ。


「ルイユ!」


 とんでもない出現に男たちは度肝を抜かれる。

 彼女は足が不自由なので常から魔術で浮遊し空間移動を行うが、今のは随分と奇抜な移動手段である。動く水溜まりを見て、人々が肝を冷やしていないかヴァレンは心配だ。


「ヴァレンとスレイド、また汚れた話したんだ……」


 水の中から姿を表した娘は目を眇めたまま二人の男を見て、ぼそりと言う。


「人間も魔族も男はこれだから嫌だ……」


 ヴァレンの契約者であるルイユ。彼女は上位の魔族だ。

 この世界の【水】を司る役目に就いているルイユは常人とは少々雰囲気が異なる。人目を引く青髪も人在らざるものの証だ。


「ルイユが可愛いって話をしていたんですよ」

「また嘘」

「私が信じられないんですか?」

「だって……この前も私のこと無視して女と会ってた。私に何の許可も取らないで、女と酒を飲んできた」

「そ、それは今する話じゃないでしょう!」

「それに……私よりスレイドといる時間の方が長い……」


 痴話喧嘩を見せ付けられてスレイドは唖然としている。

 ルイユは放任主義の塊のような性格なのに今日はどうしたというのだろう。ヴァレンは益々頭が痛くなる。


「私はルイユだけを愛しています」

「信じないって言ってる」

「嫌と言うほどに、たっぷり分からせてあげても良いんですよ」

「つまり、腹上死したいの?」

「ど、何処でそんな言葉を……」


 彼女が言うことに甘い意味などない。言葉通り、殺される。下手に触れようものなら氷の槍で胸を貫かれかねない。

 契約してから二年も経っているというのに、ここまで邪険に扱われるのも悲しいものがある。ヴァレンが横目で恐る恐る友の顔を窺うと、うんざりしたような顔をしていた。


「痴話喧嘩なら他の場所で頼む」


 ピーコックグリーンの瞳に睨まれて、ヴァレンは撤収せざるを得なくなった。






 日の落ちた公園を歩きながらヴァレンは傍らを飛ぶルイユに礼を言う。


「さっきはどうも」

「別に……ヴァレンの為じゃない。私が出るに出られなかったから」


 あんな現れ方も空気を読まない言葉も全てはヴァレンへの助け船だ。

 あれ以上話を続ければ藪蛇になると分かり切っていたから、強引に断ち切った。マイペースなルイユは良い意味でも悪い意味でも場壊しが得意だ。


「妹は魔族に生まれたことを後悔してるのか」

「好き好んで魔族に生まれたい人なんていますかね」

「それはヴァレンと妹がヴェノムだから感じること」

「いや……、私とリゼッティではまた話が違いますよ」


 ヴァレンにとって己の血に(まつ)わることは苦い記憶でもある。それは兄が妹に嫌われた原因とも言えることだった。

 母から妹のことを頼まれて仕方がなかった。そう自分を正当化させようとしてもヴァレンの罪悪感は拭えず、いつも付き纏ってきた。

 妹の孤独の原因を作ったのは全て自分だ。その償いをどうすればできるのか未だに分からない。


「妹のことで悩んでる?」

「……ええ、まあ……」

「ヴァレンは気にしすぎ。母上様みたい」


 思わぬ言葉にヴァレンは目を瞬かせた。ルイユは溜め息をつく。


「甘やかせば甘やかすほどに駄目になるって、どうして分からない?」

「でも、リゼッティは今まで沢山辛い思いをしたんですよ……」

「それで、優しくして何が変わる?」


 今まで酷いことをした分、優しくしてやりたい。そこまで考えて愕然とする。

 結局、自分が償いをしたかったからなのだと気付いてしまった。


「気難しい年頃の妹に何をしても無駄」

「……もしかして、慰めてくれているんですか?」

「違う。情けない契約者を貶してる」


 彼女なりに慰めてくれているらしいことは分った。

 だが言葉で慰められるほど浅い後悔ではないのだ。これは永遠に引き摺ることだろう。いや、忘れてはならないことだ。

 そうしてヴァレンが仏頂面をしていると、ルイユの指に頬を抓り上げられてしまった。


「時が解決してくれる」


 ルイユは普段伏せがちの瞼を上げ、(グリーン)の瞳でヴァレンを見つめた。


「本当に解決しますかね?」

「なに、私のことが信用できないの」

「いえいえ、まさか」


 力を込めて抓られるので地味に痛い。ヴァレンは「悪かった」と謝りながらルイユを宥める。すると、ルイユは首に手を伸ばしてくる。それは抱き上げろという無言のアピール。

 彼女は自分の力で移動するのが嫌いなのだ。人目が少ないところでは抱き上げて運ばれることを望む。

 ヴァレンがやれやれと肩を竦めつつ、膝裏に手を掛けて持ち上げると彼女はすぐにしがみ付いてきた。

 首に回される手は信頼半分、不安半分というところだろうか。


(時が全てを……)


 何だかんだ言いつつルイユは一緒にいれば安堵してくれるのは分かるから焦る気持ちはない。最初の出会いこそ最悪だったものの、今では良いパートナーだと思える。

 ヴァレンとルイユの仲を取り持ってくれたのは時間(とき)

 彼女が言うように、スレイドや妹のリゼットのことも時が解決してくれるだろうと願うしかなかった。

**初出…2009年8月6日

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