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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
二章 安らぎと悔恨の狭間で
24/53

【6】

 リゼットが珍妙な手紙に頭を悩ませるのと同時刻、【西海国(せいかいこく)ブランザ】某所。

 崩れた瓦礫が散らばる埃っぽい部屋に、一人の青年がいた。

 年の頃合いは二十歳前後。中背で手足がすらりと長く、背もぴんと伸びている。身形が良いこともあるが、何処か貴公子然とした雰囲気がある青年だ。

 手入れをされていないことから曇り、おまけに罅割れた鏡にその姿が映る。

 鴉の濡れ羽のような艶やかな黒髪が肩に流れ、切れ長の瞳はサファイアのように鮮やかな青。眉目は整い、瞼はくっきりとした二重。顔の輪郭はやや細長く、肌は健康的に焼けた肌色をしている。

 清潔感のある好青年といった風貌の彼であるが、目の下には疲れからか濃い隈ができていた。その所為か、齢二十歳であるのにそれよりも老けて見える。青年は鏡に映る自分の顔を見て、心底疲れたという息を吐いた。

 西海国ブランザ――かつては【海王国サルツブルク】と名乗っていた大国である。海賊王であるサルツブルク家が率いる海王国は豊かな国であった。

 美しかった西の王国は今はもうない。十年前、魔族を擁護する聖帝国の政策に従わず刃向かったことから滅ぼされてしまったのだ。

 王家の者が処刑されて王制も廃されたサルツブルクは名をも奪われ、今は荒れ地のような国である。

 ここはかつての王城。青年が生まれた時から過ごしてきた我が家であった。

 青年の名はラピスラズリ・クオン・サルツブルク。サルツブルク家の生き残り、第二王子である。

 父と兄を聖帝国に殺され、心労から病んだ母と姉を亡くし、弟も疫病で失った。愛する肉親を奪われ、悲しみに抱かれて育った少年は復讐心を胸に秘め、反聖帝国の地下組織を立ち上げた。

 ラピスラズリ――通称、瑠璃(るり)は【黄金の暁】の主将(リーダー)である。

 過激派(テロリスト)として名を知られる【黄金の暁】であるが、瑠璃は飽くまでも反聖帝国組織だと自負している。

 望むことはただ一つ。聖帝国に巣くう魔王とその手下である愚民を滅ぼし、自国の政権を回復すること。

 かつての美しい大国を取り戻す為ならどのようなことでもする。

 瑠璃は齢十七にして剣を手に取り、今に至る。


(父上……)


 兄が生きている頃は言われなかったが、最近は海賊王である父に生き写しであると言われるようになった。

 父の血を引く自分だからこそ動かなければならない。瑠璃は皆の期待を充分に理解している。

 現状に嘆いているだけでは事態は何も変わらないのだ。鏡に映る自分の姿に父の面影を探し、悲壮な覚悟を胸に刻む瑠璃。じっと細められていたブルーアイがふと見開かれた。


「シナモンか」


 部屋の入り口に少年が立っていた。


「瑠璃に文がきています」


 くすんだ灰色の長髪を高い位置で結んでいるシナモンは、少年とも少女ともつかぬ声でそう言い、目を僅かに細めた。


「お疲れですか?」

「ん、ああ……、何処ぞの俳優気取りの莫迦の所為で仕事が溜まっているからな」

心中(しんちゅう)お察しします」


 王族として堅苦しい振る舞いをすると、相手が臆してしまう。それを面倒に思う瑠璃は仲間の前では努めて砕けた言動をしている。

 レジスタンスに組する者と自分の価値は同等。生まれも育ちも違うが同志は家族である。

 皮肉屋だが義に篤く、何処までも真っ直ぐに突き進む。若さ故に至らない部分もあるが、人を惹きつける何かを瑠璃は持っている。容姿、人格、文武、全てが揃ってこそのカリスマである。皆はそんな若き主将に期待を抱き、付いてきていた。


「この印はクライからだな。ナイフは?」

「はい、ここにあります」


 つい先日も弟のクライオライトから伝書鳩で手紙が届いたのだが今度は何だろうか。

 シナモンからペーパーカッターを受け取り、封蝋を切った瑠璃は文面に唸った。


「この字はレフィナードか。紛らわしい!」


 肉親からの手紙ということで心和むものもあったのだが、筆跡と署名を見る限り別人である。しかも、あの男からとくれば心休まるどころか、心身煮えくり返りそうになる瑠璃であった。

 ぴきりと引き攣る主の顔を見上げ、察したらしいシナモンは「ああ、あの人ですか」と冷たく呟く。

 瑠璃の側仕えであるシナモンは、【黄金の暁】に雇われた傭兵で、用心棒であるレナードと仲が悪い。

 加わった時期はシナモンの方が遅いものの、瑠璃の信頼は彼の方が厚い。

 レナードといえば、加わって一年になるというのに無断行動ばかりで、おまけに人格にも問題のある悪魔だ。しかし、腕っ節は最高である。瑠璃は強い者は例外なく好きだった。

 そうして瑠璃は多少のことには目を瞑り、レナードを自由にさせてきた。そのことが今回、己の首を絞めることになった。


「相も変らず、ふざけた奴だな」


 瑠璃は眉根に皺を寄せ、手紙をぐしゃりと握り潰した。


「くそ……、帰ってきたら殺すぞ」


 数ヶ月の無断行動の挙げ句に、悪名高い人殺し(エッツェル)を連れ帰るだと?

 レナードは何処までも人を舐めている。冗談は存在だけにして欲しいものだ。

 東の大陸の連中が派手に暴れている所為でただでさえ遣り辛い活動が、レナードの起こしたシップ・ハイジャック事件で更に制限されることになった。

 今が天手古舞(てんてこま)いな状況であるのに【破壊の使徒】などという化け物を加えてみろ。収集がつかなくなるではないか。

 瑠璃は眉間に皺を刻んだまま唸る。


「【破壊の使徒】をどう思う?」

「飛行艇を撃ち落としたり、死体を漁ったり、自分を魔物と称しているクレイジーな人殺しですよね」

「ああ、確かな」

阿修羅(あしゅら)のような形相の大女だと思います」

「阿修羅か……」


 瑠璃のイメージもシナモンと大して変わらない。

 【破壊の使徒】は狂った大量殺人鬼だ。面相は醜いに決まっている。

 レナードは仮面の下は「意外に可愛い顔」だと手紙に綴っていたが、彼がそう言ってまともな美人を連れてきた試しがない。そう考えるとどっと疲れ、また暗い気分にもなった。

 責任感の強い瑠璃はレナードの奇行にいつも頭を抱えている。悩み多き王子はきりきりと痛む胃の辺りを押さえ、嘆きの息をついた。


(クソヤロウ……)


 品の悪い言葉で内心罵倒しながら、瑠璃は純白の襟巻きを肩へ掛けた。


「あいつがくる前にウェーベルンへ帰るぞ。馬車を手配しろ」

「承知しました」


 主から手紙を受け取った忠実な下僕は、はきはきと返事をする。


(毎度毎度、邪魔ばかりしやがって)


 あれはあれで同志に慕われ、一目置かれている男だ。先にアジトに帰られて好き勝手にされては堪ったものではない。

 本当ならもう暫く懐かしい我が家の空気を味わっていたかったのだが仕方ない。

 瑠璃は襟巻きを靡かせ、部屋を出ていった。

 主の背を見送った後、シナモンは手紙を暖炉に投げ込む。


 早く死ねば良いのに。


 唇が音もなくそう告げた。少年の黒い双眸は憎しみに燃えている。

**初出…2009年8月4日

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