閑話 馴れ合い否定論者の晩餐
リゼット、レナード視点。
安らぎと悔恨の狭間で 【5】中盤以降の話になります。
日が沈み、少しだけ欠けた月が空を泳いでいる。
いつもなら光の当たる道を避ける人物が今宵は月溜まりの中にいる。
魔族の天敵たる太陽が沈んで気分が良いのか、頭から爪先をすっぽりと隠すような長い外套を珍しく羽織っていない。かの人物はブラックシャツにグレーのベストにボトムという育ちの良さそうな好青年といった雰囲気の服装だ。
「今日、何処か行ってたの?」
「この家の姉弟と出掛けていた」
二階の窓の内側からそう答えたのはキャラメルブロンドの髪をお下げに結ったリゼットだ。
「そういうの馴れ合いっていうって分かってる?」
「貴様と私も似たようなものだ」
「うん、まあね」
所詮は同族という似た者同士の馴れ合いだ。そこには信頼も友情も愛もない。
「ところで、何の用だ?」
「何か食べに行かない?」
「何故、私がお前と食事に行かねばならないんだ」
「この数ヶ月、毎日ひとりの晩餐やってたんだ。寂しい同胞のこと少しくらい慰めてくれても良いじゃん」
金色の目を優しげに細め、月のように柔らかな微笑みを浮かべてレナードは言った。
「さっきから気になってたんだけど、その髪って……」
「私がやったんじゃない」
「だろうね。キミは不器用そうだから」
「不器用そうで悪かったな」
アプロディーテ姉弟と妖精界へピクニックに行ってきたリゼットは一風変わった身なりをしている。いつもは背に流された髪はさっぱりと編まれ、服装も女性らしい柔らかさがあった。
成り行きで交わした契約から連んでいるという奇妙な関係のリゼットとレナードは、ルミエールのカフェに訪れた。
窓向きの一列に並んだ席に座り、頬杖をついて外を眺めながら料理を待つ。
ルミエールという田舎の風景はただ静か。道も誰が通る訳でもなく、見ていても面白みもない。それでもテーブル席を選ばなかったのは、誰かと目を合わせるのが面倒だから。
魔族の赤目を見て気分を害さない人間の方が珍しい。だからリゼットはいつも伏し目がちだ。
(何だろうな、この状況は)
聖帝国にいた頃、節介焼きの兄と甘味を食べに行ったことを思い出す。
何かと不安定になることが多かったリゼットを兄のヴァレンは良く引っ張り回した。
辛い時は甘いものを沢山食べて忘れろとか、女が剣を持つのを止めろとか、幸せになれとか、兄の言うこと成すこと全てが鬱陶しくて、リゼットは話を聞いている振りをしながらカフェの外を行き交う人や車をいつも眺めていた。
今の状況はあの頃と似ている。
顔を向き合わせず、たまにぽつりぽつりと会話を交わし、その合間に茶を飲んで料理が出てくるのを待つ。
「さて、いただきましょーか?」
「……ああ」
リゼットがそんなことを思い返している間に注文していたものが運ばれてきていたらしく、濃厚な香りが鼻孔を刺した。
リゼットが頼んだのはラム肉のキャセロールだ。温かいもの胃に入れたくて注文してみたのだが、思った以上に肉の匂いが鼻につく。
躊躇いがちにスプーンを手に取ると、真横に座るレナードがこんなことを訊ねてきた。
「マッシュルーム好き?」
「食べられなくはない」
「じゃあ、お願いします」
レナードは承諾も得ずに自分の皿からこちらの皿にマッシュルームを移す。
一匙、二匙、三匙とキノコと共に運ばれるスープのせいで全体的な暈までも増してゆく。
「あ……ごめん、いつもの癖で」
リゼットが唖然としていると、レナードはハッとして謝った。
驚いたのは確かだが、まだ手を付けていない料理なのでそれほど気にするようなことでもない。リゼットは問い返した。
「別に良い。キャロットは大丈夫か?」
「……うん? 嫌いなら貰うけど」
「じゃあ、頼む」
「はいはい、お安い御用です。ご主人様」
不機嫌面のリゼットの横でレナードは小さく笑いながら器用に取り分けていく。
リゼットは大仰に溜め息をついて内心唸る。
どうしてこんな身元不明の男と連んでいるのか分からない。付き合っている自分の行動がいまいち理解できない。嫌な気持ちごと咀嚼して流そうと思ったリゼットはさして味わわずにスプーンを動かした。
「やっぱり誰かと食べた方が美味しく感じるな」
ゆっくりとシチューを味わっていたレナードはふと語る。
「普段は馴れ合いとか面倒に感じるけど、単独行動になると無償に恋しくなるというか。何なんだろうね、この矛盾」
「それは単に天の邪鬼なだけじゃないか」
「そう言われるとそこで終わるな」
辛辣に突き放しつつも、レナードが言うことはリゼットも何となく分かる。
一人で済ます食事ほど味気ないものはない。
旅の合間に生きる為に淡々と物質を咀嚼する。固形食糧の味も分からなければ、満足感もない。けれど、それが誰かと共に取る食事なら例え不味くてもそれを肴に笑い合える。
軍に入ってから他人は敵という意識が強くなり、すっかり忘れてしまったが誰かとの食事には安らぎがある。
翡翠や琥珀と向かい合って食べる一時は安堵感に満ち溢れていた。
「よけてるけど、それ嫌い?」
皿の隅へよけていたものを目敏く見付けられる。だが、レナードも人のことは言えない。
「お前もよけているように見えるが」
「鳥ならまだしもラムは臭い」
「鳥も十分臭いと思う」
「味気ないから我慢できるレベルじゃん」
「なら、魚と言われて出されれば間違うのか?」
「それはないかも」
ヴェノムは人間の食べる畜肉の味が受け付けない。匂いだけでも辛く感じるほどだ。
「ラムを食べるくらいなら旅行者の朝食を食べた方が良いね」
「あの笑えるほど不味い缶詰か? だったら私は肉を食べる方がマシだ」
「そう? 確かにヤバい味だけど、それなりだと思うよ」
レナードは続けた。
「聖帝国を出たばかりの頃は金がなくてそれに世話になっていたけど、あの舌も食道も臓腑も焼き焦がすような不味さは、慣れると中毒になるかも」
「……既に味覚崩壊を起こしていると思うんだが……」
防腐処理の関係で食べると奇妙に舌が泡立つ感覚も、鼻を突き抜ける刺激も、舌を焼き焦がすような味も全てがコラボレートして凄まじい風味を作り上げている。吐き出すこと叶わないほどの不味いあの缶詰は、危険物質と例えるのが妥当か。
リゼットが初めて食したのは一年前。その時の衝撃を思い出したらどうにも気分が悪くなり、ぽつりと独り言のように呟いた。
「缶詰だったら、ハルヴァが良い」
「あれは良いね。甘くて安らぐ」
リゼットは「うん」と珍しく素直に頷く。レナードはその横顔を見て、にっこりと微笑んだ。
ハルヴァとは東方の菓子のことだ。缶詰状と個体のものがあるのだが、リゼットが指すのは缶詰である。
缶詰の蓋開けると、広がるのはベージュ色のペースト状のもの。懐かしい風味が漂ってきて、堪らずスプーンで掬って口に運ぶ。噛み砕くほどに蜜やナッツ、香辛料の味が湧き出てきて絶妙に混じり合う。ハルヴァは美味しいという一言では語れない、思わず溜め息をこぼしてしまうほどに安らぐ甘さなのだ。
リゼットは甘いものが好きだ。
胸焼けがするほどに甘いものをリゼットは好む。血の苦さを覚えてしまった舌が痺れるくらいに甘いものを。
「自治州に出たら探してみようか? 色々なものでごった返した国だから見付かるかも」
そうね、と頷き掛けて、リゼットは慌てて断った。
「待て。私はお前と行くとは言っていない」
「えー、なんでー? 一晩を共にしてお月様の下で未来を誓い合った仲なのに」
「誤解を受けるような言い方はやめろ!」
レナードの良く通る声はカフェ中に響き渡った。とんでもない言い方にリゼットは頬を引き攣らせた。
他の客の視線がグサリと背中に突き刺さる。魔族特有の白い肌と派手な容姿でただでさえ目立っているというのに、更に悪目立ちだ。その内に「あんな子供同士で……」と軽蔑混じりの声が聞こえてきてうんざりする。
「誤解を招いても痛くないけど?」
レナードは愉悦に満ちた笑顔で尚も言う。
「だって二回もキスした――」
「黙れ」
人の弱点の一つ、足の甲。この状況でスマート狙える急所はそこだけだったので、リゼットは迷わず踏む。
「いだっ!!」
予期せぬ攻撃にレナードは悶絶しているが、リゼットは澄まし顔でアイスティーを飲んだ。
(しつこい)
レナードはしつこい。しつこいというよりも、くどい。そういう時のからかいと愉悦に満ちた表情は、リゼットの中にどす黒い殺意を湧き上がらせるに充分な代物だ。
「あの、リゼットさん目が据わってる。コワイ」
「誰の所為で怖くなっていると思っているんだ」
「ゴメンナサイ」
「悪いとも思っていない癖に謝るな」
もう一度踏むぞと脅してみたものの、レナードはくすくすと笑っていた。
人の感情に疎いリゼットでもからかわれていることが分かる。レナードは反抗するリゼットの反応が面白くて仕方ないようだ。
(何をやっているんだか……)
いつもだったら下らない戯れ言の一つや二つは聞き流せるというのに、どうしてこうなるのか。リゼットはレナードに振り回されている。それは恐らく、同族だからだとリゼットは思う。
リゼットは、自分と兄以外の生きたヴェノムに初めて会った。
幼少時のヴェノムは身体が弱く、風邪などの病で逝ったり、奇跡的に成長したとしても力を求める魔族の生贄になってしまうことが多い。
魔族は強い子を得る為に、あえて力ある人間を求める。リゼットの母親がそれに当たる。
だが、それは危険な賭けでもあり、母子共に死ぬということが多いのだ。
兄妹を生んだことですっかり生命力を奪われた母のミレイユはいつ儚くなっても可笑しくなかった。そして、最期に呪いの言葉を残して逝った。
『あなたを産まなければ良かった……』
自分から力を吸い取るように生まれてきた娘が憎かったのかどうか分からないが、あの言葉は今でもリゼットの心に突き刺さっていた。
「手が止まっているけど、どうかした?」
「……何でもない」
こんな自分が、果たしてレジスタンスなどに加わって生きる意味を見付けられるのだろうか。
「【黄金の暁】というのはつまり輝く夜明けでも目指しているのか?」
「その通り。多分ね」
「多分?」
「句とかのセンスが壊滅的な人だからあんまり気にしない方が良いと思うなー」
レジスタンスのリーダーのネーミングセンスよりも、レナードの「多分」と言う神経を疑う。
リゼットは渋面のまま質問を続ける。
「規模と拠点は?」
「七十人くらい。西海国のアジトは千人くらい暮らせる広さ」
「年齢層」
「二十代前半から三十代半ば」
「男女比率」
「七十人とするなら、男が六十八人で女が二人」
「リーダーはどんな奴だ?」
「プライドが高くて口うるさい海賊」
「それで大丈夫なのか?」
「人望はある人だからね」
プライドが高くて口煩いだけでも厄介なのに、海賊とは何だろう。海賊は海を行き交う船を襲い、金品や命を奪う盗賊だ。海賊に極悪なイメージを持つリゼットの中で不安感が強まる。
「来るか迷ってる? 何が足りない? 組織の魅力? それともオレの誠意?」
「そういう話ではなく……、私は普通の人間じゃないんだ」
リゼットは女子供も容赦なく、帝国人というだけで虐殺してきた人類の敵だ。レジスタンスに加わり、世界の夜明けを目指すという崇高な意志を持つことはできそうにない。
「今のブランザは塵溜めの吹き溜まりみたいな所だよ」
【黄金の暁】には海賊がいたり、パン屋の主人がいたり、司祭がいたり、他国のお尋ね者がいたり、没落貴族の御曹子がいたり、過激派テロリスト【赤い宴】の生き残りがいたり。そして、自分のような人殺しがいたり。
「生まれも育ちもバラバラな奴等だから、持っている思惑も当然違う。それでも一緒にいるのは、ある一つの同じ心があるからかな」
「同じ心……?」
「明日も生きていて、美味いもんを食いたいっていうね」
「そんな単純な理由で動くというのか?」
「勿論、復讐心とかが前面に出ている奴もいるけど、基本の行動原理は生きたいって心だよ」
聖帝国が魔族を擁護している限り、いつ自分たちが生贄として捧げられるか分からない。そして、女たちは【魔王の花嫁】に選ばれぬように隠れて暮らし、笑顔を失う。
「色々言ったけど、キミが来るにしろ来ないにしろ、契った仲間ってことには変わりないから必要になったら呼んでよ」
助けに行くからさ、と言ってレナードは大人びた微笑みを浮かべて見せた。
「今日は美味しいもの食べよう。デザートにケーキとかどう?」
「は……?」
この既視感は何だろうか。
悩むなら腹一杯に食って寝て忘れろと言った人物に通じるものがある。唐突な提案にリゼットが目を見開いてぽかんとする前でレナードはメニューを開き、デザートの欄を指差していく。
「ショートケーキとティラミスとチーズケーキとガトーショコラ、どれが良い?」
「待て、レナード」
「選べないなら、いっそ全部頼む?」
「ガトーショコラ……いや、そういう問題じゃない」
「問題ないなら良いじゃん。さて、ガトーショコラとショートケーキを頼もうか」
甘味を好む異性を見たリゼットは胡散臭い気分で相手を一瞥した後、再びスプーンを手に取った。
左手のスプーンでクリームスープをゆっくりと掬う。相変わらず好ましくない香り。そうして冷めきったシチューを口したが、それほど不味くは感じなかった。
*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*
「お客さん、もう店閉めるよ」
「もうそんな時間?」
デザートを片付け、ノンアルコールの飲み物を片手に世間話をしていると、時間はあっという間に過ぎていた。
カフェに残っているのは自分たちだけだ。
「うちは酒場じゃないんだ。あとは宿に帰って喋りな」
勘定を貰えば後は出ていけと言わんばかりの様子に、これだから田舎は嫌だとレナードは肩を竦めた。
外に出るとひんやりとした空気が身を包んだ。
峠を越えた先のアーレントとは違い、このルミエールはまだ電気が普及していないらしい。民家からこぼれてくるのはランプの仄かな灯りだけ。道にも街灯はないので頼りになるのは月明かりだけた。
「良い夜だね」
実のところレナードは、単独行動を始めたこの数ヶ月で心身を擦り減らしていた。軍人は長期任務のストレスによって胃に穴を空けるというが、感覚はそれに似ている。
レナードは【悪事を働いた】船での一件の後、ろくに寝食を取れなかった。一ヶ月余り経った今でも、その戦場の感覚というのが抜けきらなくて良く眠れない。
話す相手が居らず、癒してくれる相手も居ない。ただ死の香りだけに満たされた非日常。
それに浸かりきって最近は普段よりも攻撃的になっていたのだが、少しだけ癒されたような感じがする。リゼットの件を除いても、この偏狭の地にやってきた甲斐があるかもしれない。
「溜め息多いね。どうかした?」
「お前の所為で変な誤解を受けた気がする」
「誤解? 誓うとか契るとか色々言ったから、そういう解釈する人もいるかもね」
そういう意味で言ったのではないが、際どい言い回しなのは認める。レナードはリゼットをからかうのが面白かったので敢えてそのまま続けてみた。
「マジで部屋くるー? 空き屋だよー?」
「行く訳があるか。男の部屋に入って良いことがあった試しがない」
「うわ、意味深発言!」
「どうして歪んで受け取る?」
「冗談だって」
とは言ったものの、本当のところどうなのか。
【氷の瞳】は【片翼】の名を持つ男の懐刀だったと聞く。
月溜まりにいる娘に狡猾な女の影は見られないが実のところどうなのだろう。その男とは上司と部下の関係だけなのだろうか。
女は一皮剥けば何が出てくるか分かったものではない。面倒になったレナードは単刀直入に訊ねることにした。
「この前の問の続きだけど、ここにいるのは本当のリゼット?」
「今の私はこれだ」
「じゃあ、昔のキミも何処かにある訳だ?」
「そうだな。今よりももっと愚かな小娘はいるかもしれない」
「へえー、そう」
自分も他人を偽って生きているので言えたことではないなと考えたレナードは笑んで流すことにした。リゼットはそっぽを向く。拗ねた子供のような仕草にレナードは一層笑った。
「貴様は良く笑うな」
「また貴様って」
「今のお前相手なら構わないだろう」
「……ま、道理だね」
まさに腹の読み合い探り合い。
こういう時、物凄く自分が歪んでいると実感する。レナードはこうした険悪なやり取りが愉しくて仕方ないのだ。思うようにいかないのが愉快で堪らない。
「さて、まだまだ話したいけど別れ道だ。オレはこっちだけど、一人で帰れるよね?」
「当前だ」
人の駆け引きは可笑しなことに中途半端な方が次に続くことが多い。だからレナードは次へ持ち越しをする。
「良い夜を、リゼット」
「ああ」
冷たい余韻、ただそれだけを残してリゼットはあっさりと立ち去った。
民家の間の暗い細道を行く小さな背中を見送った後、レナードは無表情に呟く。
「送った方が誠意ってのあったかな」
彼女を【普通】として扱うなら送るべきだった。
深くも浅くもなく、同族という枠組みの中の素朴な付き合いは経験がないので感覚が分からない。やはり自分には誠意というものについての知識が足りないようだ。
時間はあるのだから、少しずつそれらしく振る舞えるようにすれば良い。
さて、と気を切り替えたレナードは冷酷に映るほどの無表情で闇の中を歩き出す。
(来てくれるだろうけど、もう一押しだな)
彼女を動かすにはあと一手が足りない。
怒りでも憎しみでも良い。絶対に拭えぬような何か。レナードは考えて思い出す。リゼットが何かにつけて胸のペンダントを握り締めていたことを。
恐らく、大切なものだろう。
忘れられるくらいなら恨まれた方が何とやらという言葉もある。レナードはあのペンダントを拝借することを決めた。
リゼットは見ていて面白い。レナードは彼女を胸焼けがするほどにどっぷりと甘やかした後、子供っぽい残虐性で突き落としてみたくなる。
だが、久々に出会った同族だ。必要以上に傷付けるつもりはない。
(矛盾してないか、オレ)
彼女が言った通り、この関係は馴れ合いかもしれない。
自分の命よりも大切だった者を理不尽に奪われて、胸にぽっかりと空いてしまった暗い空洞。凍り付くような絶望も、相手を一塵も残さず葬りたいという焼け付くような憎しみも、全て。レナードはその理解者が欲しかったのだ。
もしかすると、利用するという打算の前に、仲間が欲しくて【黄金の暁】に加わったのかもしれない。そして、孤独の中で巡り合った同族だからこそ彼女に拘ってしまうのかもしれない。
「……なんてな」
そんな繊細な心は自分らしくない。
けれど、自分を【作り上げた自分】へ戻す為の自己否定を続けていると悲しくなることがある。追い詰めれば追い詰めるほどに、思えば思うほどに、段々その自分までが壊れていく。ふてぶてしいことが取り柄の【アリスティド】が心労で胃に穴を空けでもしたら洒落にならない。
ならば、敢えて認めてみようか。
今日だけは認めよう。
不味い飯を食いながら他愛もない世間話をしただけだが日常だと思えて、不覚にも心が落ち着いた。甘いものを口にして幾らか表情を和らげた同族を見て、自分たちも普通なのだと和んだ。
しかし、そのような普通はあってはならない。
明日からは残酷になろう。いや、ならなければ。
矛盾する思いに自嘲しつつ、それでも眦を和らげたレナードは魔族の子という配役を演じる青年ではなく、間違いなく人の子だった。
**初出…2009年8月11日




