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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
一章 少女と妖精
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閑話 貴方だから恋をした【1】

リゼット視点。

本編より三年前。少女と妖精【5】 【6】の時間軸の話になります。

 青色の絵の具を水でぼかしたような淡い空が広がっている。その空には所々網目模様の赤い線が走っており、切れ目がある。そう、ここは仮想空間。

 バトルシミュレーター、ミッション03。ステージ名【春森】。

 対人ミッションではなく、仮想の魔物との戦闘を行うこのステージは戦闘フィールドなのだが、春の草花が咲き誇る麗らかなステージだ。

 とある休日。リゼットは上官に連れられてこのステージへ訪れていた。

 リゼットの傍らで腕を組んでいるのは妙齢の青年。健康的な肌は抜けるように白く、その雀斑一つない頬に掛かる青み掛かった銀髪は硝子細工のように繊細。見る角度で色を変える不思議なピーコックアイは伏せ目がちで、彼に何処か神秘的な印象を持たせている。この若作りな青年の名はスレイドという。


「油断していたのですか?」

「銃で殴られて罅が入るとは思わなかったんです」


 リゼットは三ヶ月前に独断行動で肋骨に罅が入るという重傷を負った。それからつい先日まで療養し、やっと現場復帰できるまで回復した。


「ヴェノムだから頑丈さでは男に勝さるとでも考えましたか? ならばそれも油断ですね、リゼッティ」


 凡そ千年の時を生きる魔族の血を引くヴェノムは身体の頑丈さに定評がある。

 リゼットも人間よりは頑丈で、傷の回復も早い方だ。だが、スレイドとその副官であるリゼットの兄が少々過保護で、本来なら一ヶ月で復帰できるはずが三ヶ月という長い時間休養する羽目になった。

 暗殺者など捨て駒だというのに必要以上に気に掛けてくる年上二人は、リゼットにとって厄介という者以外の何者でもなかった。


「以後気を付けます、スレイド・ブランディッシュ閣下」


 じっと目を据わらせ、それでも礼儀を欠くことなくリゼットは平坦に答える。


「リゼが名前で呼んでくれるなんていつ以来でしょうか」


(嫌味が通じない)


 嫌味を込めてこちらも名前で呼んでみたというのに、気分を害すどころか喜ばれている気すらする。スレイドは緊張感に欠けた朗らかな表情を浮かべていた。

 彼はどんな表情をしていても絵になる。人の美醜に関心のないリゼットも彼は綺麗な人だと素直に感じる。

 リゼットは得物を鞘に収めながら、ふと思う。

 初めの頃は名前を呼び捨てだったり「貴様」と呼んでいたのに、「閣下」と他人行儀に呼ぶようになったのはいつからだろう。


「それで、今日の用件は何ですか? まさかこんな雑魚を狩らせる為とか言いませんよね」


 このステージは弱い魔物が出没する初心者用のミッションだ。

 スレイドの監督の下、ラビットやワイルドボアといった低級の魔物を数匹狩ったが、こんな訓練をする意図が掴めない。この程度の魔物は武器を使わなくとも魔術で仕留められる。


「君のリハビリというのもありますが」

「はい」

「一番は新しい銃の披露を――」

「自慢なんですか?」

「いえ、君にも試し撃ちをさせようかと思いまして」


 不穏な言葉を聞いて、リゼットはすかさず聞き返した。言葉を選び間違えたスレイドは目を逸らし、言い直す。


「新作の銃に興味あるでしょう?」

「それはわざわざどうも」


 そう言って、本音は自慢したいだけだろうに。

 型の古いリボルバーは芸術品としても価値があり、人気がある。古い物を愛でるのも良いが、新しい物をいち早く手に入れるのも自己満足としては良い。リゼットもスレイドも、古い物より新しい物といった性質だ。


「どんな銃なんですか?」

「人間の限界に迫ったスペックと巷で噂のFW500です」

「F社の新作ですか」

「勿論」


 リゼットが愛用するFW36は小型のリボルバーとして人気で、女性の護身用と言われるほどに軽量で使い易い。そのシリーズの最新型と聞いては、不覚にも興味を掻き立てられる。

 スレイドは黒いグローブを嵌めた掌で鮮やかに弾丸を収める。込められたのは五十口径のマグナム弾。かなりの大型の回転式拳銃である。


「片手で大丈夫なんですか」

「嘗めないで下さいよ」


 リボルバーを手に、スレイドは声色を低くする。僅かに伏せられた睫毛越しに寄越される視線は鋭く、挑戦的である。

 二丁拳銃使い(ツーハンド)の彼は過去の戦績から若くして大佐の地位を得て、一部隊を任されるという異例の出世をした男だ。

 リゼットは一歩下がって、彼が標的と狙う木を見つめた。

 スレイドは撃鉄を起こし、引き金を引く。


「――!」


 それは数瞬の出来事。リゼットは目を見張った。

 確認はしていないから確かなことは言えないが、かなり遠くの木まで貫通しているだろう。今の威力なら防火扉七、八枚は軽く突き破れる。

 銃を見下ろすスレイドの顔には戸惑いの色が濃く浮かんでいる。それは驚きよりも呆気に取られているといった様子だ。


「閣下、大丈夫ですか?」


 耳鳴りのする耳を押さえながらリゼットは訊ねた。


「大丈夫……ですが、連射はできませんね」

「キャノンですか、それ」

「いえ、マグナムです。一応」


 リゼットから見ても発砲時の衝撃は凄まじく、まるで目の前で小規模爆発が起こったようだ。

 これは試し撃ちやお披露目などという気軽な感覚で扱える代物ではない。訓練の場に何という銃を持ってきたのだと頭が痛くなる。


「貸して下さい」

「やめた方が良いと思いますよ」

「自慢の為に持ってきた訳ではないんですよね」


 リゼットはスレイドからリボルバーを奪った。

 邪魔者は徹底的に排除し、命令は聞かず己の欲望のままに動く。それが魔族の美徳だ。リゼットが変に頑固だったり、意地を張る面を知っているスレイドは仕方ないと肩を下ろした。


「重い……ですね」

「念の為に支えましょうか」


 スレイドは横からリゼットの手に重ねるように自らの掌を銃に添えた。リゼットは思わずどきりとする。少し首を擡げると、静かな顔が目に入る。

 彼は正面を見据えているので、目が合わさることはない。リゼットはそれにほっとしつつ、引き締めた表情で宣言する。


「あの枝の果実を狙います」

「分かりました」


 リゼットが狙いを定めたのは赤い果実。

 固定標的だが、この銃ではどうなるか心配だ。目の手術をしてからというもの遠距離射撃は少々苦手だ。2.5あった視力が0.5まで下がったのだから、遠くのものは目を細めなければピントが合わない。

 意を決してトリガーを引く。

 腕に伝わる凄まじい衝撃。目の前で火花が散った。


「君が外すなんて珍しい」

「閣下……。これに正確なコントロールを求める方が間違っています」

「まあ、そうですね」


 その辺りはスレイドも否定しなかった。

 構えていた銃を下ろしながら、リゼットは内心苦い思いを抱える。情けないことに腕が痺れた。

 二キロの重さのある銃を支えるのが厳しいほどの耐え難い痺れ。リゼットはそれを隠したく、震える腕で銃を突き返した。


「流石、使い手の健康は保障できないという宣伝文句の銃ですね。リゼ、腕は大丈夫ですか?」

「問題ありません」


 これは脳が感じているに過ぎない痛みだ。所詮これはバーチャルなのだから、現実に戻れば何ということもない。


「それは良かった。銃使いという意味では君よりもまだ上のようでほっとしました」

「余計な一言は限りなく要りませんが、ご心配傷み入ります」


 穏やかな微笑みを浮かべる彼が憎たらしい。だが、これを片手で支えられるのだからやはりスレイドは凄い。こちらなど一発撃っただけでこの様だ。


「それで、撃ってみての感想は?」

「確実に殺したい相手にぶち込むのは良いと思いますが、莫迦みたいに銃弾の無駄遣いをする二丁拳銃使いには実用的ではないと思います」

「私がいつ発砲魔になったんですか」

「閣下とは言っていません。他のツインガンナーのことを言っているんです」


 世の中の二丁拳銃使いは命中精度よりも、機関銃のように「数撃ちゃ当たる」の精神を持っているとリゼットは思っている。現にクリスティアンの配下にいる【魔弾】の名を持つ青年は、射撃のコントロールが危うい。

 あのような奴にこの銃を持たせたら被害を受けるのは間違いなく味方だ。リゼットは一般論として告げる。


「貴方にその銃は必要ありません」

「最強の銃は不要ですか」

「閣下が戦わずとも【氷の瞳(わたし)】や【霞桜(あに)】が戦います」


 赤い唇から発せられる凛とした誓い。何処か寂しげに呟くスレイドに、リゼットはきっぱりと言い切った。

 その直後ノイズが走り、彼の姿がその場から一瞬にして消え失せた。


「! また逃げた!」


 リゼットがどんなに想いを告げようとも彼はそれを良しとはしない。

 歯痒い。お前には力がないと言われているようで辛い。

 リゼットは深く瞼を閉じると現実で装着しているゴーグルに手を掛け、スイッチを切った。

 視界が黒く塗り潰される。

 ゆるりと目蓋を開けると味気ない世界が広がる。狭い寝室は薄暗く、ひんやりと冷たかった。

**初出…2009年7月21日

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