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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
一章 少女と妖精
13/53

【8】

 シーオーク。それは神聖な茨の茂みや、緑の丘に暮らす妖精。

 彼等は美しいものを好み、月の綺麗な夜には歌ったり踊ったりする。基本的には善良な妖精なのだが、皺だらけの魔物のような妖精の子と人間の赤ん坊を取り替えるという、性質の悪いことを行う面も持っている。

 茨の宮殿はあらゆる所に薔薇が咲き誇る美しい城だった。

 人間がいないにも関わらず、ベッドやテーブル、椅子といった家具も揃えられている。そんな外観や調度の豪華さとは裏腹に人や妖精の気配はなく、ひんやりとした空気に包まれていた。


「姉さん!」


 宮殿の中庭の花畑で横たわる少女と赤ん坊を発見した琥珀は、慌てて駆け寄る。

 翡翠の顔色は健康そうな薔薇色だったが、死んだように眠っている。


「姉さん、起きて!」


 琥珀は翡翠を抱き起こして頬を叩いた。

 熟睡しているのか、反応がない。


「翡翠が慌てそうなことを言ったらどうだ

?」


 翡翠はただ眠っているだけではないのかもしれない。妖精の魔法で深い眠りに落ちた可能性もあると、童話のようなことを考えてリゼットは深刻な顔をした。

 だが、それは杞憂(きゆう)だったようだ。


「姉さん、鍋が焦げ付くよ! 早く起きて!」

「……う……ん………………」


 リゼットの入れ知恵が幸を成したのか、小さな声が翡翠の口から漏れた。こんなところでも彼女は純粋(たんじゅん)だったらしい。


「翡翠姉さん!」

「ん…………、こは、く……?」


 重たげな金緑色の睫毛がふっと上を向く。白い目蓋の奥から覗いたのはジェードグリーンの双眸。

 翡翠は意識が定まらないのか何度か瞬きを繰り返し、ぼんやりとしている。


「姉さん、大丈夫? 何処か具合悪いの?」

「大丈夫か、翡翠」


 気分が悪そうに額を押さえた翡翠に、二人は声を掛ける。


「…………って、琥珀とリゼ! どうしてこんな所にいるの!?」


 ぼうっとしていた翡翠は唐突に叫び、驚いたように起き上がった。これにはリゼットと琥珀も驚く。


「姉さんが帰ってこないから探しにきたんだよ!」

「え……? 置き手紙したでしょう。一日家を空けるって」

「もう三日経ってるんだけど。下手したら四日過ぎてるよ……」

「ええっ、そんなにあたしこっちにいたの? ねえリゼ、本当なの?」

「本当」


 短く簡潔にリゼットは事実を述べる。

 翡翠はへなりと音がしそうなほどに落ち込んでうずくまる。その後、世の終わりのような重たい息をついた。

 とても落ち込んでいる。

 どうしたものかとリゼットが琥珀を窺うと、彼もこちらの方を向き、肩を竦めてみせた。

 慰めてよ。琥珀の唇が声もなく、そう告げる。リゼットが無理だと首を振ると、彼は眉間にこれでもかと深い縦皺を寄せた。


(慰めろと言われても……)


 どうすれば良いのか分からない。そもそも翡翠が何に落ち込んでいるのかも分からないのだ。慰められるはずがない。そうしてリゼットがだんまりしていると、琥珀は苛立ったように身振り手振りを合わせて抗議してくる。

 何となく鬱陶しい。リゼットは心を決め、うずくまった翡翠の隣に膝を着いた。


「その、翡翠……。お前も子供も無事だったから良いんじゃないか?」


 肩に手を掛け、幼子を宥めるように言い聞かす。

 翡翠は琥珀と違って、純粋でデリケートな心の持ち主だ。些細な言葉がその心を傷付けかねない。リゼットは声が震えそうになるのを懸命に抑えて言葉を選ぶ。


「でもあたし、現実のこと忘れていたのよ」

「こんな綺麗な世界なら、現実を忘れるのは仕方ない」


 これは本心だ。リゼットも幻想的な世界に引き込まれ、琥珀に釘を刺されたのだから。


「ほんと……? ほんとにそう思う……?」

「あ、ああ……」


 翡翠の瞳は今にも泣き出しそうに揺れている。

 このままでは泣き出してしまうと、そう思われた時。


「嬉しい! リゼが妖精界をそう言ってくれるなんて! ありがとう! リゼ、大好き!」


 膝を着いたままのリゼットに覆い被さるようにして、翡翠が抱き付いてきた。

 予想し得ぬ重みに思わずバランスを崩し、そのまま仰向けに転倒する。草花がクッションになってくれたお蔭で背や頭を強く打つことはなかったが、それでも抱き締められる力は変わらない。


「あ、あの、翡翠……?」

「あたし、嬉しいの」


 甘味のある声で翡翠は云う。

 暖かく、柔らかく、ただ優しい。こんな抱擁を受けるのはいつ以来か。突き放すこともできずに呆然としているリゼットからそっと離れた翡翠はじっと見つめてくる。それは(ほと)びるような眼差し。

 何やら、更に懐かれてしまった気がする。

 雛鳥が親鳥を無心に慕うように、若しくは幼い少女が年上の青年に恋したように。

 ゆるまぬ視線にリゼットは内心、冷や汗を流す。そんな様子を見かねて助け舟を寄越す人物がいる。


「仲良しなのは結構だけど、さっさと帰ろうよ。女同士でいちゃいちゃされると物凄く鬱陶しい」


 琥珀は目を細め、呆れたとぼそりとこぼす。

 助け舟を出してくれたのは感謝するが、余計な一言がどうにも癇に障る。リゼットが片目を眇めて睨むと、琥珀は勝ち誇ったように笑った。


「そうね。でも、本当に嬉しいわ。ふたりが心配して妖精界まできてくれたなんて」


 ふわりと、まるで全身の力を抜いたように柔らかく微笑むと、翡翠は「帰りましょう」と言って、健やかに眠る赤ん坊を抱き上げた。琥珀に差し出された手を取り、リゼットも立ち上がる。


「帰りましょう」


 ベテランの妖精学者である翡翠の案内だから、帰り道は迷うことなく呆気ないほど簡単に人間界(ユーリディア)へ帰ることができた。






 人間界と妖精界の時間は違うと琥珀が語った通りだった。商店の方から聞こえてくるラジオによると、あれから二日が経っているようだ。

 リゼットと琥珀と翡翠は、家へ帰らずルミエールの村にいた。

 翡翠が妖精界へ行ったのは取り替え子を取り戻すため。彼女は赤ん坊を親元へ返しに行った。それに同行したリゼットと琥珀は、村の集会所の外で待っている。


「一緒に行けば良かったかな」

「心配か?」

「姉さんの処世術のなさを考えるとちょっとね」


 降り積もった雪を踏み締めて気を紛らわそうとしていた琥珀は心配そうだ。

 琥珀が言いたいことはリゼットも分かる。翡翠は純粋すぎて危うい。剥き出しのままで生きているのだ。リゼットのように他者を拒絶することもなく、琥珀のように表と裏の顔を使い分けることもなく、ただ無垢なまま。

 ああいう人間は些細なことで傷付き、潰れてしまう弱さがある。

 腕を組んで背を壁に預けたままリゼットは考える。やがて集会所の扉が開き、翡翠が出てきた。

 夕闇の中、俯く彼女は顔を上げない。

 訝しく思い、近寄ったリゼットは驚愕する。


「翡翠、その顔はどうしたんだ?」

「え……と……、ぶつけちゃった」


 えへへ、と例の幼い笑みを浮かべて苦笑する翡翠。彼女の血色の良い頬は、熟れた林檎のように赤く腫れている。


「そんな嘘が通るか!」


 これは殴られた痕だ。スラム街で暮らす中でこの手の傷を日常的に負っていたリゼットは気付く。

 誰にやられたんだと訊こうとした。


「あたし、先に帰っているわっ」


 しかし、目も声も潤ませている彼女には届かない。

 翡翠は伸ばされたリゼットの腕をやんわり押し返すと、全てを振り切るように駆け出した。


「ほら、言わんこっちゃない」


 苦々しく言いながら琥珀は唇を噛み締めた。


「姉さんのこと追う? それとも放置する?」

「追わない」

「だよね」


 下手に慰めると逆効果だから。

 そうして踵を返す少年の細い肩をリゼットは掴んだ。強く肩を引かれた琥珀はぎょっとして振り返る。


「……な、なに?」

「まさかやられたままにするつもりじゃないよな」

「えーと、それはつまり目には目を歯には歯をみたいなことかなー?」


 棒読み台詞を聞きながら、リゼットの唇には凍り付いた微笑みが自然と浮かんだ。文字通りの冷笑だ。

 リゼットの静かな怒りを感じた琥珀は笑みを返すこともできず、引き攣った顔のまま集会所の中へ引き摺られていった。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 集会所内には不穏な空気が流れている。

 暖炉の薪が爆ぜる音すら厭わしく感じるほどの重く冷たい静寂に、琥珀は内心うんざりする。


(こうなること、分かりきっていたのに)


 妖精なんて誰が信じるだろうか。年寄りの中には妖精や取り替え子のことを信じる者は僅かにいるが、今時の若者はそうではない。

 取り替え子にあった赤ん坊の両親は、三十代半ばくらいの見るからに厳粛な人物で、妖精は疎か神も信仰しないような現実主義者だった。


(恩を売る、か)


 村八分とまではいかないものの、排斥(はいせき)されているに等しいアプロディーテ家が仕返しに赤ん坊を盗んだ。そしてそれを取り替え子に遭ったと言い張り、恩を売ろうといけしゃあしゃあと出てきた。

 赤ん坊の父親の言い分はこうだった。母親は黙り込み、敵意の視線をこちらへぶつけてきていた。


「ふざけるな!」


 彼等の言い分を聞いたリゼットは声を荒げ、拳を振るった。

 頬に拳を叩き込まれた男は飛ばされ、床に叩き付けられる。リゼットは眉根をきつく寄せ、握り締めた拳は微かに震えていた。

 男は漸く目の前にいる女がか弱い少女ではないと理解したらしく、瞳に恐怖を映す。しかし、そんな様子もお構い無しにリゼットは無慈悲にも歩み寄る。そして男の襟首を軽々と掴み上げると、強く揺すった。


「何故、翡翠が貴様の子を盗む? 報復と言うなら殺した方が効果的だと思うが!?」


 ましてや恩を売るなんて、冗談も甚だしい。貴様のような下衆に恩を売って何の得になる。

 相変わらず物騒な物言いの中、リゼットは力を緩めることなく男を揺さぶる。

 脳髄シェイクというのだろうか。琥珀はその様子を見て呆れたように、感心したように深く息を吐いた。騒ぎを聞き付けて集まってきた村人たちの目は点で、その頬は引き攣っている。


(リゼットを本気で怒らせたら村壊滅するんじゃないかなあ……)


 大の男の体を持ち上げる程の腕力はいかほどのものか。

 リゼットの細い手足は鍛えられている。剣を振るうのに必要な筋肉と、邪魔にならない必要最低限の脂肪。手足は鹿のように細く、身体は弓のように華奢。けれど、秘められた力は凶悪。

 彼女をからかうのは楽しいが、敵に回さない程度にしようと琥珀はのんびりと考える。


「少しでも悪いと思うなら床に這いつくばって謝れ!!」

「たたたたた、た」


 男は揺さぶられている為、喋ることができない。


(助け舟を出した方が印象良いかな)


 それは処世術の一部であり、男への同情など微塵もない。琥珀はこんな時でも合理的かつ冷静に自分の立ち位置を見極めている。

 頭の可笑しい姉と、それを庇う乱暴女。そして仲裁を入れる善良で哀れな弟。

 そういう筋書きを演じることにした琥珀は、見かねたようにリゼットの手を取り、仲裁を入れた。


「そんなんじゃ喋りたくとも喋れないと思うんだけど?」

「……それもそうだな」


 リゼットは意外にもあっさりと退いた。男は咳き込みながら首を押さえた。


「もう一度問う。翡翠が本当にやったと思うのか?」


 男は決まり悪そうに視線を彷徨(さまよ)わせ、黙った。それはリゼットが恐ろしくて押し黙ったのではなく、ある種の意地のようだった。


「僕たちが気に食わないのは分かるけど、貴男は些か強情すぎるね」


 ああ、やっぱり人間なんて醜い。自分と違う者を認めることをせず、排斥(はいせき)するだけではないか。琥珀が妖精学者の素質がありながらも、妖精のことを学ばなくなった理由がここにある。

 これはどうしたものかと琥珀が考える傍でリゼットは男を引っ張り上げた。


「ひっ、ヒィっ!」


 男の情けない悲鳴に、どよめきが広がる。しかし、誰も助けようとする者はいない。

 薄情だが懸命な判断だと、琥珀は飽くまでも他人事として思う。


「少し借りるぞ」


 リゼットを目を据わらせて低くそう呟いた。女性ながらにドスの利いた地獄から響くような声だった。

 幾分後、物陰から物騒な音と男の悲鳴にも似た謝罪が聞こえてきた。

 琥珀が恐る恐る覗き込むと、そこには仰向けになって倒れている男と、鬼の如く厳しい表情でそれを見下ろしているリゼットの姿があった。

 リゼットは太腿のホルスターから抜いた銃を、臥して唸る男に向ける。

 これは然しもの琥珀も止めない訳にはいかなかった。


「リゼット、待って!」


 琥珀の静止と村人たちの息を呑む気配と、赤ん坊の鳴き声と、二発の銃声が響いた。

 赤ん坊を放り出して泣き崩れる女。誰しもが最悪の事態を招いてしまったと絶望する。


「ひ……」

「私は目が良くないから次は外してやる自信はない」


 リゼットは男の耳のすぐ隣の床を撃ち抜いていた。


(リゼットって右利きだっけ)


 彼女が利き腕で銃を持っていないことから考えると、本気で弾を外してやるつもりはないらしい。

 例え相手が死んでも構わないと思っているのだ。リゼットの目は魔物を相手にした時のような緋色だった。


「今後あの姉弟に謂われなき罪を着せてみろ。私が貴様を殺す」






 その夜、一足先に眠りについた姉の代わりに琥珀は妖精たちの声を聞いてやっていた。

 姉のように人間界で妖精を見ることは適わずとも、耳を済ませばどうにか声を拾うことはできる。

 やはり今日のことが堪えたのか、翡翠は日課にしている妖精との対話をせずに自室へ入った。夕食の席でも口数が少なかった。

 それでも心配はしていない。琥珀は落ち込んでいる翡翠に教えたのだ、集会所での出来事を。

 リゼットが自分たちの為に怒ってくれたということを伝えると、困ったような、けれど何処か嬉しそうな顔をして翡翠は部屋に引っ込んでいった。

 一晩寝れば、いつも通りの姉に戻るだろう。姉は自分よりもずっと強いからきっと大丈夫だ。


「続きは明日、姉さんに聞いてもらってよ」


 琥珀は妖精たちにそう言うとロッキングチェアから腰を上げた。そしてナイトウェアの上にガウンを羽織ると、家の外へ出た。

 冬の冷たい空気は風呂上がりの身には堪える。寒いのが苦手な琥珀は身震いをした。


(さむ……、何処にいるんだろ)


 先ほどリゼットが外へ出ていく姿を見たのだが、何処へ行ったのだろう。

 亜麻色の髪を見付けられず、琥珀は吹き付けてきた寒風に身を縮ませる。


「こんな日に外に出るなんて莫迦じゃないの……」


 独りごちる琥珀。


「莫迦で悪かったな」


 それに応えるように何処からか声がした。間違いなく彼女の声だ。

 琥珀は声の聞こえた方角を見る。すると、彼女はいた。屋根の上に腰を下ろしていた。


「莫迦と猫は高い所が好きってやつ?」

「正確には、莫迦と煙は高いところへ上る」


 こちらを一瞥する眼差しは飽くまでも冷ややか。だが、特に怒っている様子はない。


「というか、どうやって登ったの?」

「さあな」


 来るなと暗に言っていた。

 それならそれで構わない。別にこのままでも会話はできるのだから。

 集会所の一件の後、リゼットも何処か(ふさ)いでいた。それは傷付いているというよりも、自分の行動にうんざりしているような自己嫌悪の表情だった。

 報復だの復讐だの言うのは確かにリゼットらしいとは思う。

 しかし、あれは間違いなく、自分たち姉弟を思っての行動だった。


「……冬は月が綺麗だよね」

「そうだな」


 何を話そうか悩んだ挙げ句、そんな言葉しか出てこなかった。

 妖精界の黄金の月には見劣りするものの、こちらの銀色の月は静かで優しい。寒風吹き荒ぶ空には星が刺々しく輝いている。冬の雪と月と花は美しい。琥珀は冬が嫌いではない。


「リゼットは星を観るのが好きなの?」


 ここへやってきたばかりの頃からリゼットは窓から空を見上げていた。

 そんな人間染みたロマンティックな趣味があるのかと思った。

 返ってきた答えは琥珀の予想したものとは違っていた。


「遠く離れていても月は同じだから」


 それはまるで詩の一節のような言葉。


「貴女の大切な人は遠くにいるんですか?」


 ああ、まただ。この苦い奇妙な感覚。

 不条理を突き付けられた時に似た諦め。または半身を失ってしまったような喪失感。それ等を感じた琥珀は思わず声を硬くしてしまう。


「もういない。何処にもいないわ」


 答えたリゼットは無表情だったが、声には抑え切れないほどの哀惜の情が滲んでいた。

 何かを亡くしたんだと、そしてそれは魘される中で求めた存在なのだろうと、敏い少年は気付く。


「あの人は何処を探しても見付からない」


 琥珀も両親を亡くしているので近しい人を失う痛みは分かっているつもりだ。だが、リゼットのそれは純粋な悲しみよりも、後悔や諦めといった負の感情が多く込められているようだった。

 掛ける言葉が見付からずに琥珀は口を閉ざし、リゼットもまた黙ったままだった。

 夜の静寂の中、家の中から日付が変わったことを知らせる十二の鐘の音が聞こえてくる。

 そろそろ寝なければならない。朝から学校があり、しかも今日は終業式の日なのだから。

 妖精界へ行った所為で二日も無断欠席をしてしまった。これではただでも低い評定が益々悪くなる。


「リゼットはまだここにいる?」

「出て行けと言うなら、今すぐ出て行く」


 そういえば一週間前ほどに「さっさと出て行け」と言ってしまったような気がする。

 あの時と今では少しだけ、ほんの少しだけだがリゼットに対する思いが違う。

 彼女は、初めて自分たちの為に怒ってくれた他人(ひと)だ。


「じゃあさ、居候させてあげる代わりに剣術教えてよ」

「……え?」

「どうせ暇なんでしょ」


 友を持たず、人を信じず、ただ斜め上を目指すだけの退屈な日々を変えてくれたのは、やはりリゼットだ。それにリゼットがいなくなってしまっては翡翠が悲しむ。

 姉を慰めるのは苦労をするから、全て彼女に任せよう。


「じゃあ、お休み。莫迦でも風邪は引くから早く休んだ方が良いよ」

「お、おい! 私は了承した覚えは……」


 居候に了承も何もあるか。琥珀はリゼットの言葉を最後まで聞かずに家の中に入った。

 その口許に笑みが浮かんでいることに、彼自身まだ気付かない。

** 初出…2009年7月11日

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