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【第一幕完結】レゾンデートル  作者: 瑠樺
第一幕 序章 悲しみの荒野を行く彼ら
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プロローグ

この物語は反社会的描写が含まれるので閲覧にはご注意下さい。

 

「この世界も大変なことになりましたね」

「それを今更言うのか?」


 二人の男が昇降機に乗っている。その小さな室内で嘲笑染みた低い声が響く。

 スーツ姿の小太りな中年男性と、戦闘服を纏った若い青年だ。戦闘服の青年は穏やかな口癖とは裏腹に目付きは厳しく、手にはライフル銃を持っていた。

 男たちは昇降機から降りると、すぐ隣の重たい鉄の扉を開け、屋上へと続く階段を駆け上がっていく。


「魔族に都を奪われて三十年ですか」

「違う。差し出したのだ」

「あ、ああ……申し訳ありません」


 何処に監視の目があるのか分からない。

 厳しい口癖でそう言う中年男性は、慌てた様子の青年の姿を見てニヤリと口の端を吊り上げた。


「まあ、利用されているには違いないがな」


 それは自嘲の笑みだった。

 屋上に出ると先ほどまでの小雨が本格な嵐に変わっていた。

 暗い空から雷鳴が(とどろ)き、冷たい豪雨が容赦なく身体を薙ぐ。雨煙と風に包まれる街。コンクリートに冷たい雨が叩き付けられる何処か荒涼とした景色が眼下に広がっている。

 雨音の向こうからヘリコプターのローターの音が聞こえてきた。


「来ましたね……」


 前照灯が近付いてくる。青年はその眩しさに目を細めた。

 降りしきる雨の向こうから黒いヘリが姿を現した。ローターの巻き起こす風が雨を弾き飛ばす。


「嫌な役割だが化け物と戦争するよりはマシだ。我々は牧羊犬であると肝に命じておけ」

「はい、分かっています」


 ヘリはライトで照らされた屋上のヘリポートへ降下に入る、その時。


 キィン――ッ!


 耳をつんざく音の後、閃光弾が炸裂したかのような光が辺りを包んだ。

 夜の暗闇も街の明かりも、全て白に塗り潰される。周囲が白い闇に呑み込まれ、男たちの背筋に言いようのない悪寒がぞっと奔る。

 それは、眩む目を開けた瞬間だった。凄まじい爆発音が辺りに響いた。


「なっ!?」


 二人の男は目を見開いた。

 目の前でヘリの機体が突然空中で爆発を起こし、あっという間に姿勢を崩す。そしてそのままビルの真横を掠めて落下していく。

 地上から大きな衝撃音が上がった。


「墜落!?」

「な、なんてことだ……魔王の花嫁(マリエ)が!」


 男は悲鳴にも似た声を上げ、屋上の淵まで駆け寄って下を覗き込んだ。

 新たな爆発音と共に辺りが赤い炎で照らされた。再び爆発したヘリは轟々と火を噴き上げている。


「花嫁が……何てことだ……」


 うわ言のように呟いた男はその場に膝から崩れた。

 彼等が言う【魔王の花嫁】――つまり、魔王への生け贄はヘリと共に炎の中だ。

 成す術もなく、二人は佇むしかない。

 ふと、何かの影が屋上に降り立った。


「! 何も――」


 何者だ、と言おうとした青年は突如、謎の影に突き飛ばされた。ライフルが手から離れる。

 影はライフルを拾い上げると、それを炎が燃え盛る地上へと投げ捨てた。

 首の急所を鈍器で打たれ、身動きが取れない青年を顧みることなく、影は放心した男へ近付く。


「貴様は……」


 ジャキリと重たい音の後、男の額に冷たく硬いものが押し当てられた。

 男の瞳孔がこれ以上なく開かれる。


「――――!!」


 雨の中に血が飛び散った。

 男の頭を撃ち抜き、崩れると同時に踵を返す影。


「あ、あんたは……何……者……?」


 朦朧とする意識の中で、青年は影を見据えて問うた。

 闇夜の招かれざる人物は静かに振り返る。


「……エッツェル……?」


 それは、この世界で【災い】や【破壊の使徒】という意味を持つ魔族の言葉。そして同時に一年前、世界を相手に宣戦布告をした命知らずな破壊者の名前を指していた。

 雨が振りしきる中、ライトに照された屋上に佇む者は顔に鮮やかな面を着けていた。金色のその仮面は鮮やかすぎて直射できない。


「エッツェル、なのか?」


 再び問うて、青年は手を伸ばす。


「そうだ」


 破壊者が初めて口を利く。高くもなく低くもなく、瑞々しく澄んだ声。驚くことに年若い女性のものだった。


「……魔族もそれに下る人間も死ねば良い」


 青年はそこで二度覚めない眠りへと落ちた。

 地上の惨事による騒然とした空気の中では、屋上で起こった小さな惨劇ことなど誰も気に止めない。破壊者はまた静かに闇の中に姿を消した。

 炎上した機体に冷たい雨がいつまでも降りつけていた。

** 初出…2007年5月19日

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