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第5話:王女様の魔力を、公衆の面前で「冷却」せよ

「リン、俺の背中を守ってくれ! ジェミニ、馬車の速度を計算しろ!」

「はい、カイト様! 誰一人として、あなたの邪魔はさせません!」

 俺の声に、リンが鋭く応える。彼女は今、俺の予備のシャツを羽織っただけの無防備な姿だ。だが、その手に宿る魔力は、かつてのSランク騎士としての輝きを完全に上書きし、より鋭く、より冷徹なプレッシャーを放っていた。

 俺は広場を猛スピードで突き進む馬車へと向かって、爆発的な踏み込みで石畳を蹴った。

『マスター。激突まであと十五秒。馬車の前輪右軸に、私の演算を通じた微弱な干渉を加え、重心を左へ三度傾かせます。……その瞬間に生じる「死角」から、開いた窓へダイブしてください。成功確率は九九・八%です』

 ジェミニの無機質な演算が、俺の網膜に黄金の軌跡を描き出す。

 次の瞬間、激しい軋み音を立てて馬車が大きく傾いだ。石畳と車輪が擦れ、火花を散らしながら横転寸前の状態で作られる、わずかな隙間。

「……っ、せい!」

 俺は一歩、空中を蹴るようにして跳躍した。ジェミニによる身体能力の最適化によって、俺の体は物理法則を無視するようにして、豪華な車内へと滑り込む。

 そこには、死の恐怖に支配され、真珠のような涙を流しながら震える金髪の少女――この国の第一王女、セシリア・フォン・アルスターがいた。

「だ、誰……? 来ないで……私が、私が爆発して、みんなを殺してしまいます……っ!」

 彼女の全身からは、制御不能となった深紅の魔力が、目に見えるほどの熱波となって吹き出していた。内装のベルベットのシートは焦げ、彼女が纏う最高級のドレスの裾には、すでに火がつきかけている。車内の空気そのものが、焼けるような酸欠状態に陥っていた。

『鑑定結果を更新。魔力暴走レベル、4.8に上昇。臨界点まであと四十秒。……マスター、最優先事項です。彼女の「心臓直上の魔導核」に直接触れ、冷却を。そこが全魔力を鎮める唯一の最短経路ターミナルです』

「……また胸かよ! ジェミニ、お前、この世界をエロく最適化してないか!?」

『心外です。私は物理的な効率を重視しているだけです。マスター、躊躇ためらいは彼女の死を意味します。……今です!』

 俺は叫びを飲み込み、セシリアの華奢な肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。

 彼女の肌は、触れた瞬間に火傷しそうなほど熱い。まるで溶岩を直接触っているかのような熱気が、俺の掌を焼く。

「セシリア様、失礼します! 死にたくなければ、俺を受け入れてください!」

「あ……っ、熱いの……誰か、ここを、止めて……っ」

 俺は、彼女のドレスの胸元――豪華な刺繍と宝石が散りばめられた装飾を、半ば強引に押し開けるようにして、その中心へと掌を強く押し当てた。

 掌を通じて、彼女の早鐘のような心音と、焼き切れるような魔力の奔流がダイレクトに俺の神経へと流れ込んでくる。

『最適化:緊急冷却クライオ・ブーストを開始。マスター、私の演算データを彼女の「核」へ流し込んでください。相性は一二〇%。過剰な快感を伴いますが、耐えさせてください』

「おおおおおおおっ!」

 俺の手から、冷徹なほどの氷の魔力が、彼女の熱源へと一気に注ぎ込まれた。

 その瞬間、セシリアの体が弓なりに反り、白い喉元を晒して天井を仰いだ。

「あああぁぁぁっ! 冷たい……何かが、心臓を、奥まで……っ、あぁっ!」

 彼女の唇から漏れたのは、死の恐怖による悲鳴ではなく、甘く蕩けるような、聞いているこちらが赤面するような感嘆だった。

 深紅の熱波が、俺の黄金の魔力によって青白い光へと書き換えられていく。暴走していた魔力が「最適化」され、彼女の体細胞の隅々まで、熱を奪いながら浸透していく。それは彼女にとって、かつてないほどの充足感をもたらしていた。

 広場にいた数千人の市民は、停止した馬車から立ち上がる巨大な青白い光の柱を、言葉を失って見守っていた。

『鎮圧完了。……マスター、そのまま彼女の体温が安定するまで、密着を維持してください。今離すと、反動によるショックで彼女の心臓が停止します。三〇秒、ホールドを』

「……おい、もう馬車が止まって、みんなの視線が突き刺さってるんだが」

 いつの間にか、暴走していた馬車は広場の中央でピタリと停止していた。

 周囲には、武器を構えたまま呆然と立ち尽くす王宮騎士団、そして特ダネを狙う記者たち。

 その中心で、俺は「シャツ一枚の絶世の美女騎士」を従え、車内で「王女様を押し倒し、その胸元に手を埋めている」という、弁解の余地がないほど破廉恥な姿勢で固まっていた。

「……あ……うぅ……っ」

 セシリアが、潤んだ瞳で俺を見つめる。

 彼女の頬は火照ったようにバラ色に染まり、ドレスの胸元は俺の掌によって大きく乱れていた。

「あなた……が……私の、あの地獄のような熱を……止めてくれたのですね……?」

「ええ、まあ……成り行きですが」

 王女は、俺の掌を、自分の柔らかな胸へとさらに強く押し当てるように、その小さな手で握りしめてきた。

「こんな……こんなに、体が軽いのは初めてです。あなたの魔力、すごく……気持ち、よかったです……」

 鑑定ウィンドウが、無慈悲なまでの「最適化結果」を告げる。

【状態:依存(一二〇%)。あなた以外の魔力では、もう満足できない体になりました】

「カイト様、お疲れ様です。……それで、そのお姫様は、いつまで触っているおつもりで?」

 馬車の入り口から、氷点下のような冷ややかな声がした。

 見ると、リンが馬車の入り口に立っており、般若のような笑顔でこちらを覗き込んでいた。その背後には、抜身の剣よりも鋭い威圧感が物理的な黒い霧となって渦巻いている。

「あ、いや、これは治療の維持で……」

『マスター。最高レベルの修羅場の発生を確認。演算によれば、ここで適切な「最適化」を行わなければ、あなたの社会的な死、あるいは物理的な死が確定します』

「ジェミニ、解決策を出せ!」

『推奨:二人同時に抱きしめて、「お前たちは俺の両翼だ」と、周囲に聞こえる大声で宣言してください。これが唯一の生存ルートです』

「……できるかバカ!」

 王女と、Sランク騎士。

 この国の最高峰の美女二人に挟まれ、衆人環視のど真ん中で、俺の「成り上がり」は、早くも予期せぬ方向へと爆走し始めていた——。

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