2話 落ちこぼれ記者の理想の自分《アルティメット・ヒーロー》
失踪事件という大きな事件があったのに調査に呼ばれない飯田庵佐は自分の理想の姿を想像する。
僕が新聞記者になった理由はあの時読んでいた、記者ダマ!という漫画の影響が強い。主人公が誰にも従うことなく特大スクープを持ってきて、弱者を救う姿に憧れた。
確かに今の僕は誰からも支持を受けていないが、あの主人公と違って僕はただ見放されているだけなんだ、と今日連絡が来なかったのを一人孤独に振り返り改めて思う。
「異世界に行ってそこでヒーローとして過ごしたいよ・・・」
僕は大人にしては珍しく、異世界が本気で存在すると思っている。というか存在してほしい。存在しないなら僕には逃げる場所なんてなくなってしまう。中学生が窓を見ながら怪物との戦いを妄想するようなことを大人になってからもしている僕にはそもそも仕事なんて向いていない。厨二病のあの頃毎日自分に力があると思い世界を救う妄想をしていた頃が僕に一番あっていた姿だったのだろう。
「でも福岡の頃は楽しかったなあ、あの頃はちゃんと仕事できてたし。」
福岡時代の僕はそれはそれは仕事ができていたが、その理由はやはり自分の好きな作品の聖地とも言えるべき場所でありある意味憧れの場所、異世界と言える場所だったからだろう。
「とりあえず、明日もいい記事書けるように頑張るか!」
――――――
「それで、話ってなんですか?」
僕は出社してすぐに窮屈な車内に呼び出されてしまった。車用の香水の匂いで今にも吐きそうだが、この緊迫した雰囲気で吐いたりしたクビになるだろう。まあクビ寸前だが。でも吐いても新聞紙で覆えばいいか。
そんな僕の隣にいるのは僕が所属する社会部の部長、木嶋天朔である。基本穏やかな表情をしているのだが今日に至っては小山先輩より鋭い目である。
昨日覚悟をしたばかりなのに、もう終わってしまうのか。僕は諦めながら部長の話を聞くことにする。
「一ヶ月後のコラム、お前が担当してもらうことになった。期待してるぞ!」
クビ宣告じゃない!まだやれるのか!香水の匂いが僕の延命を祝う天国の香りになってきた!
「このコラム、反響が少なかったらわかってるよな?」
やはりそんなに甘くない。匂いもキツくなってきたし、、、あれ、やばい、、、
「う゛ぇぇぇぇぇ!!!」
「何やってんだ飯田!!!」
必死に新聞を取り出して車を守る部長の姿は本当にかっこよかった。ゲロを守る彼の姿を写真に収めたい、記者魂とはこういうものなんだな!
記者魂を知った僕だったが今日はあいにくの雨で取材に行く予定だった場所に行けなくなってしまった。せっかく火がついたところだったのに、雨に消されてしまった。
「先輩!フィギュア撮る暇あったら写真撮りにきてくださいよ!」
唐突に現れたのは僕が学生時代からの後輩の西岡練治。だが写真を撮ると言っても僕にはそんなスキルはない。フィギュアを下から撮るのは天才的だがそれを現実ですれば犯罪になる。
「でも自分で撮ればいいじゃん。」
至極真っ当な意見を述べてみたものの、
「俺まじでエグいくらいトップレベルで庵佐さんの写真大好きなんですよ!あれで毎日頑張れてるんすよ!」
毎日頑張る、の意味が何か不穏だが暇なのは事実なのでついていくことにした。
「本当にここなの!」
僕が連れてこられたのはいかにも高級という雰囲気が漂う鰻屋だった。少し怒っておきながら正直涎が止まらない。
「先輩の分は経費落ちないんすよ!」
まあそんなもんだと思ってましたよ。まあ匂いだけ味わえばいいか。
待ってる間に取材を終わらせるという話だったので僕もお座敷に座っているおじいちゃんと話すことにした。
とりあえず初手は安定の
「太輪新聞のものなんですけど、ここの鰻美味しいですか?」
太輪新聞カードだ。この手を切れば絶対に話を聞いてくれ
「お前がそんなわけ、、、っっっっっあるか!!!」
やっぱそうなるよな。僕がどれだけ太輪新聞感がないのかはわからないが、周囲の人の目がこいつ嘘ついてんな、という目だから相当そんな感じがしないんだろう。だが箸で掴んでいた鰻が偶然僕の手に落ちていたのでいただくことにした。
そんなこんなで暇を潰していたが、慌てた表情で西岡が駆け寄ってくる。まだ鰻届いていないが僕にお金だけ強く渡して去ろうとしている。
「何があったの?!」
僕がそう聞くと西岡は周囲を見渡して僕の耳に静かに語りかける。
「スマホ見てください。」
そう言って西岡は僕の目の前にスマホを見せる。近眼の僕に対する優しさが心に染みる。
「僕と太田さんと石田くんと西野先輩は帰宅していい...」
確か僕以外の3人も最近目立った成果を上げていない。ということはここにいる4人は、クビ候補ということか。
「そこじゃない!ここ見てください!」
若干心がブルーになっていたがメールの上を見るとそこには目を疑う文言が書かれていた。
「西浦大臣が会見を投げ出して逃走した、、、そしてそれを探せ、、、今から探しにいくってこと!?」
「はい!そういうことなんで俺鰻食えません!食ってください!」
そう言ってすぐに鰻屋を出て行った。
その背中に記者として未来がある若者の頃の僕を重ねた。だが今の僕はこんな重大な事なのに呼ばれなくなってしまった。
そんな気持ちでも、鰻は美味しい。
評価よろしくお願いします!