ROBOT→
────パアン
響き渡る銃声。
この手が赤く染まっても、重くて妙に軽い魂のない肉体を抱えても、何も感じないのは彼がロボットだから……。
そう、彼はロボット。
暗殺用の殺人機械。
「お帰りなさい!」
いつもユカリは彼を笑顔で迎える。
けれど一滴でも返り血を浴びていると、途端に顔が曇る。
ホラ、今日も。
「お願い。もう、やめて……」
言いながら、時には涙も流す。
「あなたがこんな事する必要なんて、これっぽっちもないの。いい? 人は殺してはいけないの。世界中の誰にも、人を不幸にする権利なんてないのよ」
「そのような事、私には関係ありません。私はロボットですから」
ユカリは今にも泣き出しそうな表情を見せる。
でも彼は何も思わない。
「……タクミ、そんな事言わないで……」
ユカリは彼を“タクミ”と呼ぶ。
ロボットに名前などないと言うのに。
「御苦労。よくやった」
彼女の後ろから現れた、下卑た笑いを見せる彼女の父親、彼の持ち主。
親子だと言うのに、全く反対の態度を示す。
「それでこそ、お前を買った甲斐があるというものだ。エネルギーの補給をしよう。さあ、来るんだ」
「はい」
言われた通り、彼は足を進める。
「行っちゃダメよ!!」
「いくら、彼の娘のあなたの頼みでも聞けません。使用者の命令は絶対です」
振り返り言うと、また歩き出す。
部屋に連れられ、椅子に座らされた。
遠くのドアにユカリがいる。
彼女はただ見ている事しか出来ない。
「いいか、お前は感情のない無機物だ。喜びも苦しみも、痛みすら感じないロボットだ。お前は私の言う事だけを、聞いていればいいんだよ」
耳元で、まるで子供を諭すように優しく囁く声。
その声を聞きながら、眠りに堕ちる。
そう、これはエネルギー切れ……。
意識のない彼の隣で父が娘に言う。
「催眠術」
ユカリは抵抗するように、自らの父を睨み見る。
「普通の奴だと情が出るからな、自分をロボットだと思い込ませれば、躊躇いもなく人を殺せる。人間とは不安定なものだな。自分はロボットだと思うだけで、本当にロボットになったつもりでいるんだからな」
「……非道い。非道すぎる……!」
「そうかね? 感情と言うしがらみがなくなったんだ。もう嫌なことも、辛いことも、感じずに済む。これ程幸せなことはないと思わないかい?」
「そ……それは……」
「……にしても、こいつは本当に役に立つ。本物のロボットと違って、何より金がかからない。ロボットだと信じ込ませるだけなんぞ、それと比べれば造作もない事だ。全く、素晴らしい殺人人間だよ」
彼は何も知らない。
ロボットとして生まれ、ロボットとして生きて行く。
ただそれだけ。
いつもユカリが傍で笑顔を見せて、懲りずに人を殺すなと訴える。そんな日々が、いつまでも続いて……。
それなのに。
彼等の屋敷が襲われた。
沢山の殺し屋が邸内に侵入する。
狙いはユカリの父。
ロボットは彼を何があっても、守らねばならない。
そういう風にプログラムした、と吹き込まれたから。
「戦う気?」
「ええ」
「無茶だわ! あんな大人数に太刀打ちするなんて!!」
「それが、私の使命ですから」
「あなたまで死んじゃうわ」
「私はロボットですから、止まることはあっても、死ぬことはありませんよ」
「違うわ! あなたは人間よ!!」
「いいえ。私はロボットです」
ユカリにそう告げると、彼は殺人者の群れに飛び込んで行った。
「タクミ!」
彼の姿は見えない。
再びユカリの目に映った時、彼はキズだらけになって戦っていた。
「タクミっ!!」
彼の元へ駆け寄る。
「何しているんですか⁉ 危険ですよ!」
「それはこっちのセリフよ! このままだと本当に死ぬわよ!!」
二人はそのまま走って逃げて行く。
奴らの追撃を避け、廊下の陰に身を潜める。
「また、自分はロボットだからとか言うんじゃないでしょうね。こんな赤い血を流すロボットがどこにいるのよ」
ユカリが彼の腕を掴む。
自分と、殺した相手の血で汚れた腕。
「でも、私は……」
目に映る銃口。
ユカリを突き飛ばすと、彼は応戦する。
先程までいた場所には、二発銃弾の跡が残った。
弾丸を脳天に撃ち込むと、敵はあっけなく死ぬ。
「……“アシモフの三原則”ロボットは人を殺せないの。そうやってあなたが人を殺す。悔しいけど、それこそがあなたが人間である証拠なのよ」
「……私は……」
「あなたはロボットなんかじゃない。人間なの。嬉しいとか悲しいとか……、そういったことを感じ取れる人間なのよ」
「…………」
分からなかった。
今まで信じて来たように自分がロボットなのか、それともユカリの言うように、本当は人間なのか……。
「危ない!!」
ユカリの声が響いた。
次の瞬間、目の前でユカリが倒れて行く。
咄嗟に彼女を抱き留めた。
胸に赤い血が滲んでいる。
「……ユ……カリ……?」
彼女は何も言わない。
「……ユカリ‼」
うっすらと目を開けた。彼女の頬が濡れている。
「ユカリ。泣いているの?」
「……ううん。……泣いてるのは……あなたの、方よ……」
ユカリの指がタクミの頬に触れる。
とめどなく零れ落ちる彼の涙。
「……よかった……あなたに感情があって……。あなたは、ただ伝える方法を知らなかっただけなのね。……あなたにはちゃんと気持ちがあるんだわ。たとえ、それが怒りや悲しみだったとしても……」
彼女は笑っていた。
でもその優しげな笑みを浮かべたまま彼女は動かない。
もう二度と動かない。
その体は重くて、そして妙に軽くて……。
「う……、うわあああああぁぁっ!!」
ユカリは殺された。
あいつに殺された!
怒りと憎しみで心がいっぱいだった。
タクミはユカリを撃った男に向かって行く。
「殺してやるッ!!」
「死ぬのはお前だぁ!」
男が銃を構える。
それよりも早く男の銃を蹴り飛ばし、こちらの銃を男の額に突きつける。
男はヒイッと呻き声を上げた。
顔が恐怖に染まって行く。
人は誰でも死ぬ時は恐いのか?
そう彼は思った。
でもユカリは笑ってた。
死ぬ間際まで他人の事を想ってた。
それなのに、ユカリはこんな小っちぇ奴に殺されたのか?
悔しさが込み上げる。
トリガーに指を掛けた。
でも引く事は出来ない。
『いい? 人は殺してはいけないの。世界中の誰にも、人を不幸にする権利なんてないのよ』
頭の中でユカリの声が響く。
また涙が込み上げた。
きっとこんな奴にも、死んだら悲しむ人がいるのだろう。
タクミは撃つ代わりに、男をユカリの分も含めて、思い切り殴り飛ばした。
もし、あの時、ユカリがあんな事を言わなければ、彼女を救えたかも知れない。
あるいは自分がロボットで在り続けたら……。
ユカリを殺したのは、人間にもロボットにもなり切れなかった自分だ。
もう二度と人は殺せない。
残される事の辛さを知ったから。
けれど、死ぬまでその痛みを抱えて生きなくちゃいけない。
たとえユカリのいない世界でも……。
それがユカリを守れなかった事への、そして今まで命を奪って来た多くの人への、唯一のつぐない。
Poh