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3/3

ROBOT→

 ────パアン


 響き渡る銃声。


 この手が赤く染まっても、重くて妙に軽い魂のない肉体を抱えても、何も感じないのは彼がロボットだから……。

 そう、彼はロボット。

 暗殺用の殺人機械(マシーン)


「お帰りなさい!」


 いつもユカリは彼を笑顔で迎える。

 けれど一滴でも返り血を浴びていると、途端に顔が曇る。

 ホラ、今日も。


「お願い。もう、やめて……」


 言いながら、時には涙も流す。


「あなたがこんな事する必要なんて、これっぽっちもないの。いい? 人は殺してはいけないの。世界中の誰にも、人を不幸にする権利なんてないのよ」


「そのような事、私には関係ありません。私はロボットですから」


 ユカリは今にも泣き出しそうな表情を見せる。

 でも彼は何も思わない。


「……タクミ、そんな事言わないで……」


 ユカリは彼を“タクミ”と呼ぶ。


 ロボットに名前などないと言うのに。


「御苦労。よくやった」


 彼女の後ろから現れた、下卑た笑いを見せる彼女の父親、彼の持ち主。

 親子だと言うのに、全く反対の態度を示す。


「それでこそ、お前を買った甲斐があるというものだ。エネルギーの補給をしよう。さあ、来るんだ」


「はい」


 言われた通り、彼は足を進める。


「行っちゃダメよ!!」


「いくら、彼の娘のあなたの頼みでも聞けません。使用者(かれ)の命令は絶対(・・)です」


 振り返り言うと、また歩き出す。

 部屋に連れられ、椅子に座らされた。

 遠くのドアにユカリがいる。

 彼女はただ見ている事しか出来ない。


「いいか、お前は感情のない無機物だ。喜びも苦しみも、痛みすら感じないロボットだ。お前は私の言う事だけを、聞いていればいいんだよ」


 耳元で、まるで子供を諭すように優しく囁く声。

 その声を聞きながら、眠りに堕ちる。

 そう、これはエネルギー切れ……。


 意識のない彼の隣で父が娘に言う。


催眠術(ヒュプノシス)


 ユカリは抵抗するように、自らの父を睨み見る。


「普通の奴だと情が出るからな、自分をロボットだと思い込ませれば、躊躇いもなく人を殺せる。人間とは不安定なものだな。自分はロボットだと思うだけで、本当にロボットになったつもりでいるんだからな」


「……非道い。非道すぎる……!」


「そうかね? 感情と言うしがらみがなくなったんだ。もう嫌なことも、辛いことも、感じずに済む。これ程幸せなことはないと思わないかい?」


「そ……それは……」


「……にしても、こいつは本当に役に立つ。本物のロボットと違って、何より金がかからない。ロボットだと信じ込ませるだけなんぞ、それと比べれば造作もない事だ。全く、素晴らしい殺人人間(マシーン)だよ」


 彼は何も知らない。

 ロボットとして生まれ、ロボットとして生きて行く。

 ただそれだけ。

 いつもユカリが傍で笑顔を見せて、懲りずに人を殺すなと訴える。そんな日々が、いつまでも続いて……。

 それなのに。


 彼等の屋敷が襲われた。

 沢山の殺し屋が邸内に侵入する。

 狙いはユカリの父。

 ロボットは彼を何があっても、守らねばならない。

 そういう風にプログラムした、と吹き込まれたから。


「戦う気?」


「ええ」


「無茶だわ! あんな大人数に太刀打ちするなんて!!」


「それが、私の使命ですから」


「あなたまで死んじゃうわ」


「私はロボットですから、止まることはあっても、死ぬことはありませんよ」


「違うわ! あなたは人間よ!!」


「いいえ。私はロボットです」


 ユカリにそう告げると、彼は殺人者の群れに飛び込んで行った。


「タクミ!」


 彼の姿は見えない。

 再びユカリの目に映った時、彼はキズだらけになって戦っていた。


「タクミっ!!」


 彼の元へ駆け寄る。


「何しているんですか⁉ 危険ですよ!」


「それはこっちのセリフよ! このままだと本当に死ぬわよ!!」


 二人はそのまま走って逃げて行く。

 奴らの追撃を避け、廊下の陰に身を潜める。


「また、自分はロボットだからとか言うんじゃないでしょうね。こんな赤い血を流すロボットがどこにいるのよ」


 ユカリが彼の腕を掴む。

 自分と、殺した相手の血で汚れた腕。


「でも、私は……」


 目に映る銃口。

 ユカリを突き飛ばすと、彼は応戦する。

 先程までいた場所には、二発銃弾の跡が残った。

 弾丸を脳天に撃ち込むと、敵はあっけなく死ぬ。


「……“アシモフの三原則”ロボットは人を殺せないの。そうやってあなたが人を殺す。悔しいけど、それこそがあなたが人間である証拠なのよ」


「……私は……」


「あなたはロボットなんかじゃない。人間なの。嬉しいとか悲しいとか……、そういったことを感じ取れる人間なのよ」


「…………」


 分からなかった。

 今まで信じて来たように自分がロボットなのか、それともユカリの言うように、本当は人間なのか……。


「危ない!!」


 ユカリの声が響いた。

 次の瞬間、目の前でユカリが倒れて行く。

 咄嗟に彼女を抱き留めた。

 胸に赤い血が滲んでいる。


「……ユ……カリ……?」


 彼女は何も言わない。


「……ユカリ‼」


 うっすらと目を開けた。彼女の頬が濡れている。


「ユカリ。泣いているの?」


「……ううん。……泣いてるのは……あなたの、方よ……」


 ユカリの指がタクミの頬に触れる。

 とめどなく零れ落ちる彼の涙。


「……よかった……あなたに感情があって……。あなたは、ただ伝える方法を知らなかっただけなのね。……あなたにはちゃんと気持ちがあるんだわ。たとえ、それが怒りや悲しみだったとしても……」


 彼女は笑っていた。

 でもその優しげな笑みを浮かべたまま彼女は動かない。

 もう二度と動かない。

 その体は重くて、そして妙に軽くて……。


「う……、うわあああああぁぁっ!!」


 ユカリは殺された。

 あいつに殺された!

 怒りと憎しみで心がいっぱいだった。


 タクミはユカリを撃った男に向かって行く。


「殺してやるッ!!」


「死ぬのはお前だぁ!」


 男が銃を構える。

 それよりも早く男の銃を蹴り飛ばし、こちらの銃を男の額に突きつける。

 男はヒイッと呻き声を上げた。

 顔が恐怖に染まって行く。


 人は誰でも死ぬ時は恐いのか?

 そう彼は思った。

 でもユカリは笑ってた。

 死ぬ間際まで他人の事を想ってた。

 それなのに、ユカリはこんな小っちぇ奴に殺されたのか?

 悔しさが込み上げる。


 トリガーに指を掛けた。

 でも引く事は出来ない。


『いい? 人は殺してはいけないの。世界中の誰にも、人を不幸にする権利なんてないのよ』


 頭の中でユカリの声が響く。

 また涙が込み上げた。


 きっとこんな奴にも、死んだら悲しむ人がいるのだろう。

 タクミは撃つ代わりに、男をユカリの分も含めて、思い切り殴り飛ばした。


 もし、あの時、ユカリがあんな事を言わなければ、彼女を救えたかも知れない。

 あるいは自分がロボットで在り続けたら……。

 ユカリを殺したのは、人間にもロボットにもなり切れなかった自分だ。


 もう二度と人は殺せない。

 残される事の辛さを知ったから。

 けれど、死ぬまでその痛みを抱えて生きなくちゃいけない。

 たとえユカリのいない世界でも……。

 それがユカリを守れなかった事への、そして今まで命を奪って来た多くの人への、唯一のつぐない。

Poh

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