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ユニコーン聖女は覚悟を問う

 素晴らしい朝が来た!

 結局わたくしは興奮して眠れませんでしたが、代わりにお目目ぱっちりです!


 これからシャロと、異国に伝わる「デート」というモノを楽しみます!

 この国で作る最初で最後の思い出……それを未来の恋人と……素敵ですね!


「シャロ! はぐれないでくださいね!」

「お前、堂々と歩いて大丈夫なのか?」

「むしろ堂々とするべきです。さすれば、他人の空似と思われることでしょう!」

「……そうか」


 心配性なシャロの手を引き、先を急ぎます。

 擦れ違った少し優雅な平民から「あらあら仲の良い兄妹ね」という目で見られていることが甚だ屈辱的ですが、この幸せに勝るものはない!


「シャロ! もっと早く!」

「そんなに急ぐ必要、あるのか?」

「ありますとも! アイスクリームは暑いうちに食べた方が美味ですから!」


 それから私はシャロを連れ、目的に氷菓子を購入した。彼女は初めて見る食品を子猫のように警戒していたが、私の真似をしてペロりと舐めた。


 この瞬間、艶かしく舌を出した彼女の姿を記憶に焼き付けたことは言うまでもないですが、その後に無垢な少女のような歓喜の表情を見せ、ペロペロと甘味の虜になる様もまた実に素晴らしかった。アイスクリームに嫉妬してしまう程です。


 氷菓子を食べた後は散策。

 水の飛び出る噴水だったり、旅の吟遊詩人が遠い国の逸話を唄う広場だったり、かつて私がお師匠様に連れ回された場所をシャロに案内した。


「……こんな風景も、あるんだな」


 その言葉を引き出せた後、私は提案する。


「シャロの育った場所を見せてください」

「……気分の良い場所じゃないぞ」

「構いません。私はシャロの全てが知りたいのです」


 彼女は渋る様子を見せましたが、やがて溜息を吐いて首を縦に振りました。



 *  シャロ  *



 ノエルは本当に不思議な女だ。

 ずっと警戒していたはずなのに、昨夜に話をした辺りから油断すると気を許している。


 恐ろしい笑みを浮かべることもあれば、幼い子供のような姿を見せることもある。


 どちらが本当のノエルなのだろう。

 彼女の真の目的は、なんなのだろう。


 疑問を胸に微かな記憶を辿って移動する。


 ──カリオペ地区。

 その名の通り、カリオペという貴族に与えられた土地。国の西側にあり、城壁に近付くほど活気が失われる。


 ある地点を超えた瞬間から、明らかに空気が変わった。


 鼻腔を刺激する臭気を感じ取り、ノエルでさえも目を細める。


 それは死の香り。

 絶望の中で孤独に事切れ、誰か見つけてくれと死して尚も苦しみ続ける悲鳴の証。


「……オレの居た頃より、ずっと酷い」


 道端には痩せ細った人が転がっている。

 その生死は遠目には分からない。しかし周囲を漂う羽虫の群れが、嫌でも答えを教えてくれる。


 ここは昔から酷い場所だった。

 でも、ここまで残酷ではなかったはずだ。


「……オレ達が、逃げたから?」


 直ぐに思い至った。

 逃亡を知った貴族が激怒して八つ当たりしたと考えれば、この有り様も頷ける。


「目を逸らすな」


 膝の力が抜け、崩れ落ちそうになった時、シャロがオレの手を握って言った。


「ここがシャロの始まりの地です」


 オレは、ノエルの顔を見られない。


「そこらに転がる人々が、何も選ばず祈り続けたシャロの姿だ」


 握られた手に目を向ける。

 驚いて、顔を上げて、そこで初めてノエルが怒っていることに気が付いた。


「私は決して祈らない。未来は自ら掴み取ることでしか得られない」


 それは独り言のようにも、オレに語っているようにも聞こえた。


「シャロは外に出ることを選び、私と出会った。それを忘れないでください」

「……オレは、親を追い掛けただけだ」

「その親が帰らず一人になった後、シャロは洞窟の外に出た。もしも誰かが戻ることを祈り続けて動かなかったならば、今この瞬間、私とシャロが共に行動することはなかった」


 ノエルが発する透明感のある声が、不思議なくらいスッと胸に入る。


「……そうかもしれないな」


 今この瞬間は、オレが選んだ結果。

 延々と続いた恐怖と憎悪だけの日々が終わり掛けているのは、オレが選んだ結果。


「……それは、少し、良いな」


 呟いた声が、空気に溶けて消える。

 それからしばらく間が空いて、ノエルが言った。


「貴女の仇は、貴族カリオペ。実に狡猾な男です。されどわたくしならば、シャロを無傷で彼の元に届けることが可能でしょう。さらに結界魔法を使うことで、その動きを止めることも容易です」


 小さな声で、しかし吟遊詩人が高らかに歌い上げているかのように、彼女は言う。


「貴女は、何を望む?」


 オレの目を見て、いつかの邪神のような雰囲気で問いかける。


「無防備な貴族の首を刎ねますか? それとも弄び、全身の水分が失われるまで泣かせ続けますか?」


 淡々と、真っ直ぐに、覚悟を問う。

 オレは彼女に顔を向け、ただ一言、返事をした。

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