ユニコーン聖女は欲望に抗わない
国を囲う城壁の傍。
結界魔法で姿を消した私は、シャロと密着していた。
……あぁ、臭い!
とてつもない悪臭で鼻が曲がりそうです! でもそれが良い! 癖になる!
「おい、こんなにくっ付く必要あるのか?」
「ありますとも!」
無い。
「これから結界魔法を足場にして城壁を突破します。大規模な魔法は感知されるため足場となる結界も小さくなります。そして結界は私にしか見えません。途中で落下しても構わないなら離れますが、どうしますか?」
「……分かった。このままでいい」
繰り返しですが、嘘です。
ただ私が密着したいだけでございます。
ああ、ああ、恋焦がれた美少女の柔肌。今は少し痩せていますが、十分な食事を与えれば本来の柔らかさを取り戻すでしょう。
これが手に入る!
お一人の貴族にお仕置きするだけで!
格安っ、破格っ、なんたる幸運!
わたくし生まれて初めて運命に感謝しております。
ぐへ、ぐへへ、ぐへへへ……。
「……おい、なんか、息が荒くないか?」
「そそそ、そんなことはありませんわよ?」
コホンと咳払いをして、
「今さらですが、見張りに悟られるやもしれません。会話は極力控えましょう」
「……分かった」
頷いたシャロ。私はさらに密着して、空中に結界を展開します。
ゆっくり、ひとつひとつ。なるべく長く密着状態を楽しめるように。
「……なぁ、もっと一気に結界を出せないのか?」
「できません」
できます。
「……すまん」
「なぜ謝るのですか?」
「……それは、だって、臭うだろ?」
私は思わず動きを止め、彼女の顔を見ました。
「……お前、密着した辺りから、息が荒い」
なんという、ことでしょう。
「……だから、すまない」
燃え盛る炎のような髪と瞳。
それと同じくらいに白い頬を紅潮させて、彼女はそっぽを向きました。
「安心してください。こうふ、こほん。不快になど思っておりません」
「……下手な噓はやめろ」
「嘘ではありません。ほら、私の目を見てください」
「……息が荒い」
「結界魔法の連続行使は疲れるのです」
あああぁぁぁ~! かわいいぃ! おかわわわわいぃいいいい!
男らしい喋り方に「オレ」という一人称ですから、てっきり、こういうことには無頓着かと思っておりましたが、しっかりと乙女でした!
反則です! まるで幼い私とケーキを賭けた勝負事をした時に全力を出したお師匠様のようです! ……そういえば、お師匠様の髪色も赤でしたね。どうやら私は赤に縁があるようです。
さてさて、興奮してばかりもいられません。
「ご自分の体臭が気になるのなら、まずは宿を借りましょう」
ええ、ええ、素晴らしい機会ですから。
興奮して逃したら将来の興奮が小さくなります。
「そこで私と共に身を清めましょう。ああ、服も替えた方が良いですね。私が素敵な衣装を見繕って差し上げましょう」
「……」
おや、悩んでおられる。
仕方ありません。背中を押すことにしましょう。
「結界魔法は臭気を防げません」
噓です。
「私は気になりませんが、貴族の屋敷に忍び込む時には、護衛などに勘付かれる一因となるやもしれません」
「……そうか。そうだな」
私の勝ちです。
「金は出せないぞ」
「心配無用です。貴女は私の所有物となるのですから。しっかり管理しますとも」
──その後。
長い時間をかけて城壁を突破した私は、比較的治安の良い平民街へ向かった。そこで鼻を摘み嫌な顔をする店主から数着の服を購入して、宿を取った。それからシャロの胸部以外が痩せ細った肌を堪能……互いの身体を清めたところで新しい服を着た。
充実した時間だった。
感想を述べるなら……そうですね。
わたくし、明日死んでも構わない。
「……この服、どうなんだ?」
シャロが困惑した様子で言いました。
「とても似合っていますよ」
平民が好んで着るシンプルな布の服。色は彼女に似合う赤と白。素材を節約するためか肩と胸の上半分が見える位置から始まり、膝の辺りまで真っ直ぐに延びたスカート。彼女が自分の姿を確かめようと身体を捻る度にひらりと舞い、私の心もむらりと揺れる。因みに、私の服はシャロの色違い。暗い青が一色です。
「……」
シャロは何か言いたげな目で私を見て、はぁと息を吐いた。
「……いつ行くんだ?」
そして、単刀直入に聞きました。
「今日はもう暗い。明日にしましょう」
「夜の方が良いはずだ」
「逆です。我々は結界で姿を消せます。むしろ朝の方が、油断を突けるのです」
「……そうか。頭良いな」
この言葉ばかりは本音である。
彼女と同じ布団で寝たいという気持ちが八割を占めていたが、朝の方が楽だという言葉に嘘は無い。
──後になって思う。
このとき、さっさと目的を達成して国を出ていたら、その先の運命は大きく変わっていたことだろう。
私はもちろん、シャロも──そして、この国も。