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崩れた天井が地面を揺らし続ける。
いくつかは私とシャロの頭上にも降り注いでいるが、この程度で私の結界は砕けない。
王子の姿は見えない。あっけなく潰れたか逃げたかは不明だが、とにかく姿を消した。
故に今この場で脅威となるのは、ひとつ。
奇しくも私に与えられた二つ名を持つ魔物は、シャロを見て真っ直ぐに向かってくる。
──その背後。
沈黙を続けていた騎士が、姿を現した。
「アルス!」
私は思わず彼の名を叫んだ。
王子が彼を無視した時にはダメかと思ったが、やはり不死身の名を冠するだけある。
その姿は、もはや人ではなかった。
焼け焦げた皮膚からは白い煙が出ており、再生と破壊が繰り返されている。
恐らく原因は毒。
彼ならば四肢を切り離した後で再生することもできるだろうが、その時間すら惜しいとばかりに雄叫びを上げ、魔物に斬りかかっている。
魔物は何らかの手段で攻撃を防いでいるようだが、王子に支配されていた時のように結界でアルスの動きを止める様子は無い。
……どうするべきだ?
どちらが魔物か分からない戦闘を見ながら、私も必死に考え続ける。
……時間が惜しいッ!
真っ先に思い浮かんだのは、このままアルスを囮にして逃げること。王子の支配を失った魔物には、逃げる私達に雷を当てる知性など残されていないはずだ。
アルスと共闘する方法はどうか。
シャロの安全を考えたら崩落が終わるまでは結界の維持に集中したいところだが、やるなら早い方が良い。
……決めろ。今すぐに!
1秒毎に状況が変化している。
故に内心で叫び自分に発破をかける。
「シャロ、崩落が終わったら動きます」
あえて声を出す。
彼女に方針を告げることで、ひとつの案に集中するためだ。
「アルスが優勢なら加勢する。劣勢なら彼を見捨てて逃げます」
「……逃げる? どこに?」
呆然とした声色。
私はシャロの目線を追いかけ空を見る。
そして、気が付いた。
「……あれは、まさか」
何か巨大な生き物が、飛んでいる。
全身の色は黒。身体は鱗に覆われ、翼と尻尾がある。
見たことがある。
お師匠様に与えられた英雄譚の中で、何度も目にした。
あれの名前は、黒龍。
その脅威はユニコーンより遥かに大きい。
ラノウルの英雄でも太刀打ちできないような化物である。
……これが、聖女を裏切った国の末路か。
甘かった。
結界の力を軽視していた。
結界が消えれば魔物が集まることは知っていた。
魔物は人の集まる場所を目指す。多くの人が集まる程、強力な魔物を引き寄せる。私はこれをお師匠様から教わった。しかし、これほど猶予が無いとは思わなかった。
「……この音、なんだ?」
シャロの声が妙に大きく響いた。
気付けば崩落は終わり、アルスと魔物の戦闘音も良く聞こえるようになっていた。だからそれとは別に、外の音まで耳に届く。
「悲鳴と、それから魔物の咆哮ですね」
ユニコーンの支配が解かれたことで、結界の代わりに国を守護していた雷が消え、集まった魔物が流れ込んだのだろう。
祭壇の外には、きっと血の海ができている。
「遺物を探します」
私は方針を切り替える。
もはや一刻の猶予も無い。
「生き残るには、結界を復活させる他ありません」
アルスとユニコーンの戦闘は未だ拮抗している。
しかし彼の顔を見れば分かる。明らかに余裕が感じられない。
「オレは何をすればいい?」
「信じてください」
私はシャロの手を握り、崩れた祭壇の中央付近に目を向ける。
「シャロの信頼は、私の力になる」
「……分かった。ノエルを信じる」
心地良い返事を聞き、息を吸う。
それから魔力を振り絞り、地面から突き上げるようにして結界を出した。






