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私は結界で身体を飛ばす。
シャロの元まで数秒。一方で魔物の方は、まだまだ時間が掛かりそうだった。
「止まれ。止まれ。なぜ止まらぬのだ!?」
王子が困惑した様子で命令している。
皮肉なことだが、あいつのおかげで魔物の進行が遅くなっている。
……なぜ魔物はシャロを?
私は移動する間の僅かな時間で思考する。
確実な答えなど分からない。しかし仮説を得るために必要な情報は揃っている。
シャロが王家の血を持っている。
ユニコーンの性質を考えれば、王子よりも彼女の命令を優先するのは自然なことだ。
私が考えるべきは魔物を従わせる方法。
シャロの命令が優先されるならば、一気に状況が好転する。
王子はどうやって命令を出していた?
言葉か? 何か別の魔道具か? ……いや、どちらを使う様子も見受けられなかった。
「止まれと言っている!」
あの姿が演技でなければ、やはり言葉か?
しかしアルスとの戦闘で細かい指示を出していた様子は無い。
「ノエルっ、何が起きてるんだ!?」
シャロの声を聞き思考を中断する。
私は彼女の両手首を掴み、軽く息を吸ってから言った。
「まずは落ち着いてください」
自分にも言い聞かせるために言った言葉。
私は一度、魔物に目を向ける。
まだこちらに到達するまで余裕がある。
……仮説を全て試す。
私は即座に結論を出す。
そして再びシャロを見て言った。
「いくつか試したいことがあります」
「何をすればいい?」
シャロは即座に頷いた。
私は少し面食らう。この状況で全く萎縮しない胆力は大したものだ。
「試しに、止まれと命じてください」
「命令? 誰に?」
「あの魔物です」
「分かった!」
話が早くて助かる。
生き残ったら存分に甘やかしてあげたい。
「止まれ!!」
シャロが叫ぶ。
その声を聞き、魔物は動きを止めた。
「ふざけるな!」
それを見て王子が叫ぶ。
「ノエル貴様なにをした!?」
その声にこれまでの余裕は感じられない。
彼の心境など知りたいとは思えないけれど、あの魔物の支配権を失ったことは、胸が痛む出来事だったようだ。
「さあ、何をしたのでしょうね?」
正直さっぱり分からない。
それでもあえて意味深な態度で言った。
べつに挑発しているわけではない。
こちら側が有利になったのだと、心理的な印象を強めることが目的だ。
「命令に従え! そこの二人を焼き殺せ!」
王子は叫び続ける。
しかし魔物は動かない。
「このクソ馬! ふざけるな! 貴様にどれだけの時間を使ったと思っている!?」
「おやおや、品性が消失していますよ?」
「黙れ! 許さぬぞノエル! 貴様だけは絶対に生きて返さぬ! 餌にしてくれる!」
激怒する彼を見て、私は安心した。
思い通りにならない出来事と直面して時、彼は感情をあらわにする。その幼稚な精神性は制御しやすい。
「シャロ、次は心の中で念じてください」
私は王子を見たまま小声で伝える。
「何を念じればいい?」
「王子の方を向かせてみましょう」
「分かった」
その言葉から数秒後、魔物は身体の向きを変えた。
「ありがとうございます。どうやら最初の仮説が正しかったようです」
「そうか。流石ノエルだな」
ああ、良い、素晴らしいです。
一時はどうなるかと思いましたが、これで勝ったも同然。さっさと状況を解決して冒険の旅へ出ることにしましょう。
「おのれぇ! 王の命令だぞ!? 従えっ、従えっ、従えぇぇぇぇ!!」
緊張感が消えかけた時、異変が起きた。
王子の絶叫に呼応するようにして、魔物の首にある魔道具が紫色の光を放った。
「……あの光、まさか!?」
感覚としては魔力の暴走に近い。
その意味を理解して、私は咄嗟に叫んだ。
「ルカ! もう諦めろ! 取り返しが付かないことになるぞ!」
魔道具の破損。
アルスをも圧倒する魔物が解き放たれる。そうなった時、この国に抗える戦力は無い。
「このままでは魔道具が──」
私の警告は間に合わない。
高密度の魔力が首輪を破壊して、他の音を飲み込みながら飛び散った。
一瞬、静寂が生まれる。
ヒトも魔物も等しく沈黙した。
……どうなる?
私は呼吸すらも忘れて魔物の様子を伺う。
一本角の白馬は、長い沈黙の後、雄叫びをあげた。
「シャロ!」
私は彼女を抱き寄せ、自分達を囲む結界を全力で展開した。後先など考えず、ここで魔力を使い切っても構わない程に。
その直後だった。
白雷が地面から生え、天を目指して遡る。
それは窮屈な祭壇をあっけなく破壊して、不気味な程に濁った空をも貫いた。
……最悪だ。
王子を煽るべきではなかった。
いや、逆に褒め称えたとしても事態は変わらなかっただろう。
……どうする!?
次の行動が読めない。
暴走した魔物は何をするのか。本来の性質に従って生娘を見逃すのか。あるいは無秩序に暴れるのか。全く予想できない。そして私には先手を取る力が無い。
……嫌だ!
心の中で叫ぶ。
私は幸運など信じない。願うだけの者に与えられるのは平等な理不尽だけだ。
行動する。
せめてシャロだけでも逃す。
決意して魔物を見る。
私の目に映ったのは、崩れ落ちる瓦礫と、こちらに駆け寄るバケモノの姿だった。






