表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

ユニコーン聖女は提案する

 ぽとり。水の滴る音が反響する。

 薄暗い場所。照らす灯は壁に付いたひとつの松明だけ。


 洞窟、でしょうか。

 突如として現れた赤髪の美少女にホイホイ付いていった私は、大きな十字架に手足を拘束されました。こんな縄いつでも解けますが、今は受け入れましょう。


 私は眼前に立つ赤髪の美少女を見て、言いました。


「さぁ! どのような拷問をなさるのでしょうか!? 痛いのは嫌ですが、身体中を舐め回す等の辱めであれば大歓迎です! ええ、そうしましょう! どうぞ私を舐め回してくださいませ!」


 私の懇願を聞き、彼女は上半身を仰け反らせました。

 分かります。ええ、分かりますとも。何度も見た反応です。私から僅かでも距離を取りたいという感情が滲み出ています。しかし引けない。威厳を保ちたい。その結果、足だけは地に張り付いて仰け反る姿勢になるのです。かわいいですね。


「……気持ち悪い」

「ありがとうございます!」


 ああ、ああ、ドン引きされております。もう少しこの屈辱的な眼差しを愉しみたいところですが、生憎と私には時間的な余裕がありません。うっかり欲望に身を任せて拘束されたのは私自身の落ち度ですが、それはそれです。


「目的を聞かせてくださいませ」


 私は恍惚とした感情を封印して、真面目に問いかけます。


「わたくしは、なにゆえ拘束されたのでしょう?」


 眼前に立つのは赤髪の美少女が一人だけ。

 上着は汚れたシャツが一枚。服の間から見える手足は細いのに、栄養を一点に集中させているかの如く乳房だけはそこそこ大きい。下は短パンが一枚。太腿の半分程度しか隠せておらず、スラっと長い脚が私を誘惑しております。


 ……孤児が山賊に拾われたか? あるいは山賊の子供という線も。

 少しでも情報を集めようと思考していると、彼女は呆れた様子で言いました。


「お前、聖女ノエルだろ?」

「……そのように呼ばれたこともありましたね」


 意外です。

 私を知っているならば、ただの山賊という可能性は低いでしょう。


「しかし過去の話です。わたくしは国を追放されました。もう聖女ではありません」

「命乞いなら、もっとマシな噓を吐いた方がいいぞ」

「事実です。そうでなければ、あんな場所を一人で歩いているわけがない」

「……ありえない。何を考えている?」


 彼女の言葉が私に向けたモノか王家に向けたモノかは不明ですが、ひとまず王家に向けた言葉として受け取りましょう。


 思い浮かぶ言葉は無数にあります。

 例えば先代様が頑張り、次の聖女が生まれることを祈る。あるいは、過去数百年、一度も魔物に襲撃されていないから、結界など不要だと思っている。


 しかし、ここで議論しても意味の無いことです。

 はてさて、ここからどのように言葉を紡ぎましょうか。


「……やっぱり、ありえない。聖女を追放するなんて、噓に決まってる」


 私が悩んでいると、彼女は小さな声で言いました。

 それからギロリと私を睨み、あっという間に距離を詰めます。


「お前を人質にして、貴族を殺す」


 彼女は私の頬を摑み、鋭い目で睨み付けて言いました。


 突然の出来事に困惑します。ええ、ええ、大変ですとも。至近距離に美少女。そして何日も水浴びすらしていないと分かる獣のような刺激臭。こんな美少女からこんな臭いがするのかと興奮します。けれども悪臭の中にふんわりと甘い香りが混ざっており……ああ、私はもうダメかもしれません。


 いけません。真面目な話の途中です。

 私は慎重に息を吸い込んだ後、言いました。


「つまり貴女の目的は、復讐ですか?」

「そうだ」


 冷たい目。冷たい声色。

 私は彼女の紅い瞳を見つめ、問いかけます。

 

「……理由を聞いてもよろしいですか?」

「奪われたからだ。あいつらは平民に重税を課した。払えるわけの無い額だ。明日を生きるための食糧を奪われた。不足分だと言って家族を、若い娘を奪われた。抵抗すれば指を落とされた。見せしめに魔物の餌にされた者もいる。だから逃げた。逃げるしかなかった。そのせいでっ、みんな死んだ!」


 言葉にしたことで感情が昂ったのでしょう。

 呼吸は荒れ、瞳からは大粒の涙が溢れています。

 

「オレが仇を取る! 必ずだ! 皆殺しにしてやる!!」

 

 一人称、オレなのですね! 素敵です!

 ……おっと、いけない。失望するあまり、また邪念が混じりました。


 だって、がっかりです。

 貴族に虐げられた平民。そんなものは、よくある話。もうお腹いっぱいです。


 さてさて、どうしたものでしょうか。

 彼女、とても私好みの外見ですが、その思想は実につまらない。


 ……ああ、いえ、単純ですね。

 素材を生かすも殺すも使い手次第。


 私が、彼女を自分好みに染めてしまえば良い。

 そうと決まれば話は早い。早速、誘導を始めましょう。


「貴族を皆殺しにする。言うは易しですが、具体的な方法を考えたことはありますか? 私はあります。しかし、どれだけ考えても最後は国を滅ぼすことになる。貴族が平民を盾にするからです。貴族だけを殺すことなど不可能だ」


 私は彼女の紅い瞳を見て、問いかけます。


「貴女に、全てを殺す覚悟はありますか?」

「当たり前だ。皆の仇を取るためなら、やってやる」

「……そうですか」


 私は深く呼吸して、


「ならば、私の手足を斬り落としなさい」

「……何を言い出すんだ。急に」

「私は聖女です。死なない限り手足など何度でも生え変わります」


 もちろん痛いです。しかし覚悟を決めました。

 そんな私を見て、彼女は怯えたような目になります。


「……お前、化け物なのか?」

「はい! 化け物です!」


 失言です。突然のご褒美で、思わず。


「さあ早く! 私を斬り刻みなさい!」


 私は失言を取り消すため、少し大袈裟に訴えました。

 彼女は溜息を吐き、腰の剣に手を当てます。しかし、その先の動きはありません。


「どうしたのですか? 私を斬れないようでは、国を滅ぼすなど不可能ですよ?」


 その後、私は挑発を続けました。

 腰にある剣は飾りか。早くしろ。私の手足を斬り落とせ。


 しかし彼女は拒絶します。

 何度か剣を握りましたが、私の体重が減ることはありませんでした。


「……お前を斬る理由が無い」

「わたくし、聖女ですよ? 貴女の大嫌いな貴族様ですよ?」

「煩い。黙れ。お前は追放されたんだろ? なら、もう聖女じゃない」

「あら? もしかして信じたのですか? 貴女、実に滑稽ですね。簡単に騙された。うふふ、憎くて仕方のない貴族と、こんなにも和気藹々と会話している姿、もしもご家族が目にしたら、どう思うでしょうね?」


 私は彼女を愚弄するつもりで言いました。

 ──あと一息。


「ああ、失礼。もうこの世には居ないのですから、見られることはありませんね」


 瞬間、彼女の整った顔が憤怒の色に染まります。

 彼女は勢い良く剣を引き抜き、振り上げました。

 しかし、その両手が震えるばかりで、いつまでも振り下ろされません。


「……できない」


 やがて彼女は膝を折り、その場にへたりこみました。


「……何でだよ。皆の仇を取りたいのに。何で。何でっ。何で!」


 彼女は拳を握り締め、悔しそうに自らの太腿を叩きました。

 ああ、代わりたい。栄養不足なのか不自然に細い太腿に代わって、あの拳を受け止めたい。しかし、今はまだ挑発を優先することにしましょう。


「それでは、祈るしかありませんね」

「……祈る?」


 彼女は徐に顔を上げ、涙に濡れた表情で私を見ました。


「あの国は勝手に滅ぶ。平民が武装蜂起するか、貴族の食糧すら不足するか、貧民街から疫病が蔓延するか……具体的な原因も時期も不明ですが、必ず滅ぶ。だから祈るのです。貴女の家族を虐げた貴族が存命の内に、何らかの破滅が芽吹き、絶望が蔓延ることを祈るのです」


 彼女は口元を震わせた後、しかし何も言わず俯きました。

 どうやら私を斬れなかったことで意気消沈してしまったようです。


「私は聖女ですから、祈るのは得意ですよ。教えて差し上げましょうか?」


 返事は無い。

 私は構わず言葉を続ける。


「その場に跪き、天を見上げ、両手を握り締め、目を閉じる。それだけです。どうぞ私の真似をしてください。そして祈りましょう。どうか、あの貴族が絶望して息絶えますように」


 私は《《彼女の隣》》で跪き、祈りの姿勢で言いました。


「……は?」


 そこで、ようやく気が付いたようです。


「お前、縄、どうやって!?」

「うふふ、さあ、どうやったのでしょうね?」


 彼女は驚愕した表情と共に飛び上がり、私から距離を取りました。


「……なっ、なんだこれっ、動かない!?」


 そして何かに拘束されたかのように動きを止めました。


 結界魔法、バリア。

 任意の空間に物理的な障壁を生み出す魔法。


 使い方は自由自在。


 例えば皮膚の上に薄く展開する。それからゆっくりと外側へ範囲を広げる。結界は広がる途中にある物を押し出しますから、縄くらいは簡単に千切れます。


 例えば手首や手足を囲むように太く展開する。結界は私が消すか破壊されるまではその場に留まりますから、痩せ細った少女一人を拘束するくらいは容易です。


「お前っ、騙したのか!?」


 少女が今さら顔を真っ赤にして憤慨しております。


「心外ですね。私は貴女が大好きですよ」

「ふざけるな! ……くそっ、なんで動けない!?」


 私は暴れる少女に近付き、先程とは反対の立場で、その柔らかい頬を摑みました。


「選択肢を差し上げましょう」


 私は軽く息を吸って、伝えます。


「ひとつ。先ほど私が言った通り、天に向かって祈り続けること。あるいは……」


 まずは笑顔で、ハキハキと。

 それから、


「その命を差し出し、私に祈ること」


 あの国の令嬢らしく、ドス黒い表情と声色で、


「私は決して祈らない。未来は自分で選び、掴み取る。しかし、貴女がどうしてもと懇願するのなら……頂いた代価に相応しい働きをすると約束しましょう」


 古い童話に描かれた悪魔や邪神のように、囁いたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼この作者の別作品▼

新着更新順

 人気順 



▼代表作▼

42fae60ej8kg3k8odcs87egd32wd_7r8_m6_xc_4mlt.jpg.580.jpg c5kgxawi1tl3ry8lv4va0vs4c8b_2n4_v9_1ae_1lsfl.png.580.jpg
― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭から有能さと性癖でかっ飛ばしてますね。 ページのURLの頭確認しちゃった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ