面影
「ノエル!!」
オレは彼女の言いつけを破り飛び出していた。
「嫌だ、噓だ、ノエル! ノエル!!」
何も見えなかった。
黒い線が飛び、赤い雨が降り、二人しかいないはずなのに、千切れた身体がいくつも床に落ちる。オレに理解できたのは、その残酷な結果だけだった。
「……っ」
ノエルに駆け寄り、その姿を間近で見た時、強烈な吐き気に襲われた。
右手と、腹から上。それ以外が全て失われている。一目見て、これはもう生きていないと思える状態だった。
「嫌だ! 死ぬなノエル! 目を開けろ!」
声が震えるのを感じながら呼びかける。
確かに酷い状態だけど、不思議と出血が無い。
この矛盾は魔法によるものだ。そうに違いない。
きっと少し待てば治る。あの男みたいに手も腕も身体も生えてくるに違いない。
しかし、待てども待てどもノエルの状態は変わらない。
「回復っ、できるだろ? 治せるだろ!?」
ノエルは呼びかけに答えない。
虚ろな目が、ただじっとオレを見ている。
「どうすればいい? 身体、集めればくっつくのか?」
おかしなことを言っている自覚はある。
でもノエルの魔法なら本当に治るかもしれない。その微かな希望と、絶対に無理という絶望が頭の中で交互に浮かぶ。感情がグチャグチャになる。
「嫌だ! ノエル起きろ! 嫌だ!」
オレは子供のように叫び続けた。
──コンッ、と背後で音がした。
「何者だ」
男の声。
瞬間、オレは本能的な恐怖で口を閉じた。
「そのまま振り返れ」
乱れる呼吸。
唇を嚙み、息を止めて振り返る。
そこには鎧を失った男が立っていた。
最初に見た時は立派な鎧を着ていた。でも今は何も着ていない。きっとノエルの攻撃によるものだ。それなのに、身体には傷ひとつ見当たらない。
「……」
男は驚愕した表情でオレを見た。
「……シャルロッテ、様?」
そして訳の分からないことを言った。
「……よくも」
瞬間、オレの中で怒りが恐怖を上回る。
「よくもノエルを!」
何かできるとは思えない。
それでも短刀を握り締め硬い床を蹴った。
彼は呆然としたまま動かない。
短刀は彼の胸に突き刺さり、そして砕けた。
「……っ!?」
直ぐに短刀を捨てる。
それから拳を握り締め必死に殴った。
しかし、直ぐに両手を摑まれてしまった。
「このっ、離せっ、ノエルを返せ!」
必死に抵抗するけれど、全く通用しない。
「あなたは、誰だ?」
彼は呆然とした様子で、再び訳の分からないことを言った。
「うるさい! ノエルを返せ! できないなら、死ね!」
手は動かない。ならば足を使う。
男性特有の急所を狙うけれど、全くダメージを与えられている気がしない。
「まさか、あなたの名は……シャロ?」
「っ!? なんで知ってる!?」
彼はオレよりも驚いた顔をする。
そして手を離すと、その場に跪いた。
「ご命令を」
オレは攻撃をやめた。
何が起きているのか分からず、思考を止めてしまった。
「……ご命令を」
彼は再び言葉を発した。
その声は震え、目には涙が浮かんでいる。
訳が分からない。
オレは混乱しながら、彼に命令を出した。
「……ノエルを治せ」
「御意」
彼はノエルに手をかざす。
彼女の身体が黒い光に包まれ──次の瞬間には、五体満足な状態に戻っていた。
「……は?」
いよいよ分からない。
なぜオレの言葉に従うのか。
なぜ自分で殺そうとしたノエルを治すのか。
疑問に対して、彼は跪いた姿勢のまま答える。
「あなたがシャロ……我が主、シャルロッテ様の娘だからです」






