ユニコーン聖女は新たな約束をする
シャロの声はずっと聞こえていた。
しかし衝撃的な出来事が立て続けに起こり、返事をする余裕がなかった。
あの魔物は王子の合図で魔法を放った。
具体的には、城を囲む溝の上に大規模な雷を落とした。
それは世界を白く染め、音さえも奪った。
私もまた呆然としていた。信じられなかった。
魔力には個性がある。
魔法を使える者なら誰でも感じ取れる。
間違えるわけがない。
あれには、お師匠様の魔力が混ざっていた。
……あのクソ王子、まさか、お師匠様を!
即座にクソ王子を抹殺したい激情。
あの魔物は手に負えない。今直ぐに逃げるべきという本能的な恐怖。
相反する思考が同時に生まれ、頭痛を覚えた。
私は歯を食い縛り、冷静になれと自分に言い聞かせる。
お師匠様の命を奪ったクソ王子は許せない。叶う事なら絶対にこの手で殺したい。しかし具体的な方法が無い。何より私はシャロと共に行動しなければならない。
シャロを守りながら戦えるか?
不可能だ。仮にシャロが居なくても厳しい条件だと分かる。敵が多過ぎる。
耐えるしかない。
……ええ、簡単なことです。いつも通りですとも。
私は感情を抑え込む。
そして国から出る方針を伝えるべく、シャロに声をかけようとした。
その瞬間、私はガラスの割れるような音を聞き、空を見上げた。目に映ったのは、雨のように降り注ぐ結界の亡骸だった。
……ありえない。
これを実行したのは確実に王子だ。
しかし理由が分からない。何か利益があるとは思えない。
……分からない。
私は考えることを諦めかけた。
その瞬間、再び次の衝撃が起きる。
また雷が落ちた。
国を囲む城壁の外側。
しかも一発ではない。
次々と、断続的に落ち続けている。
……まさか。
予感がした。
私は城壁の外に薄い結果を作る。
即座に雷が落ちた。
結界は粉々に砕け散った。
そして予感は確信に変わった。
あの雷は、城壁に近付いた存在を無差別に攻撃している。
……逃げられない、か。
次々と状況が悪化する。
今でさえ頭痛を覚えている私に追い打ちをかけるようにして、王子が口を開いた。
「見たか! これが我が国の新しい力だ!」
「この力で全てを統べる! 人も魔物も、もはや我が国の脅威にはならない!」
「しかし強大な力を振るうには代償が必要である」
「分かるか?」
王子は醜悪な表情を曝け出し、国民に向かって両手を広げる。
「君達だよ。平民諸君」
……あのクズ野郎!
「外に雷が見えるか? あれは城壁に近寄る存在を滅ぼす雷だ。一人とて逃がさぬ。だが安心して欲しい。君達は数が多い。全て魔物の餌となる前に、私が世界を統べることを約束しよう」
とても恍惚とした表情で、カリオペなど比べ物にならない程の邪悪を吐き出す。
「不満は聞かぬ。即座に殺し餌とする。少しでも長い生を望むならば、昨日までと同じように生きよ。もしも最後の日まで生き残れたならば……貴族として生きる権威を与えよう。以上だ」
王子は派手なマントを翻し、そのまま塔の中へ姿を消した。
地上に不気味な静寂が生まれ、今も尚続く落雷の音だけが鳴り響く。
やがて誰かが悲鳴をあげた。
そこから先は見るに堪えない光景だった。
「シャロ、聞いてください」
私は愛しい赤髪の少女に語り掛ける。
激しい頭痛を感じているが、それどころではない。
「オレは何をすればいい?」
……驚いた。
先日、私の胸で泣いていた少女とは思えない目だ。
「三つの案があります。順に説明します」
私は親指から順に三本の指を立てる。
彼女に敬意を示し、包み隠さず話すことにした。
「まずは強行突破です。あのクソ王子の戯言を無視して国を出る。実は先ほど壁の外に結界を作りました。しかし、あの雷で砕かれた。全力を出せば耐えられる可能性はありますが、それを確かめるには命を賭ける必要がある。なぜなら大出力の魔法は、必ず感知されるからです。試験が本番になります。仮に突破できたとしても国の周辺には魔物が集まっている。魔物には人が多い場所に集まる習性があるからです。消耗した状態で突破するのは難しい」
説明を終え、親指を折った。
それから人差し指に手を当て次の説明を──
「待ってくれ」
始める直前、シャロに止められた。
「あの短い時間で、そんなに考えたのか?」
「ええ、そうですが?」
私が首を縦に振ると、シャロは難しい表情をして俯いた。
「少し待ってくれ。オレも考えたい」
「分かりました」
ど、どういうことでしょう。シャロが協力的です。
ああ、考え込む横顔とても凛々しいですね素敵です舐めてしまいたい。
「外に出た後、結界魔法で透明になってもダメなのか?」
「良い発想です。しかし、あれは程度の低い存在しか欺けない代物です」
「程度の低い存在……」
「シャロも魔法を学べば見抜けるはずですよ」
「そうか。なら、国を出た後で教えてくれ」
うふふ、シャロったら軽率に微笑んで。
ダメですよ。私の理性の結界が砕けてしまいます。うふふ。
素晴らしい。とてもやる気が出ました。
ええ、あんなクソ王子如きにシャロと愛し合う未来を壊されてなるものですか。
かのラノウルには、少女と少女の愛を邪魔する男はユニコーンに蹴られて死ね、という諺があるそうです。ならば私はユニコーンと呼ばれた聖女として、あのクソ王子を蹴り殺しましょう。
「二つ目の案を話しますね」
「分かった」
頷いたシャロの目を見て、私は上機嫌で説明を続ける。
「戦争を仕掛けるには国を出る必要があります。故に、紛れ込むのです。しかし問題があります。騎士団長です。彼の目を欺くことは不可能に近いでしょう」
「仮に欺けても、魔物が多いから最初の案と同じってことだよな?」
「素晴らしい。その通りです。頭を撫でてあげますね」
わー、髪さらさら~!
ずっと撫でていた~い!
「三つ目は?」
シャロは頭を撫でられながら言いました。
嫌がっている様子はないですが、私ほど喜んではいないようです。残念です。
「結界を復活させます」
「できるのか?」
「正直、難しい。しかし他の案に比べて分かりやすい」
「何をするんだ?」
「城には祭壇があります。そこに聖女だけが扱える古代の遺物が存在している。これに私が触れる。それだけです」
「……そうか。それなら、一番可能性がありそうだな」
「ええ、その通りです」
もちろん言うほど簡単ではない。
確実に邪魔が入る。問題はユニコーンと騎士団長。どちらも戦って勝てる相手とは思えない。しかし勝利条件は遺物に触れること。無理に戦う必要は無い。
「シャロには、宿で隠れていて欲しい」
「ふざけるな。離れないぞ」
シャロは私の腕を握り、グッと自分に近寄せた。
そこで彼女の柔らかいあれやこれが私を包み込みああもう元気一杯ですユニコーンでも騎士団長でもまとめてやっつけてやりましょう!
「……本当に、危ないのですよ」
私は興奮を抑え、絞り出すような声で言った。
「そんな危ないところに、一人で行かせられないだろ」
「……危ないから一人で行きたいのです」
「嫌だ。ノエルが戻らなかったら、オレは自分を許せない」
奇跡的にも真剣な話をしている雰囲気が生まれる。
私も邪念を捨て、頭を切り替える。
「気持ちは嬉しいですが、もしもシャロを死なせてしまったら、それこそ私は自分を許せないでしょう」
「なら守れ!」
「子供のようなことを言わないでください」
「うるさい!」
「……何がそこまで嫌なのですか?」
シャロは私から顔を逸らし、言った。
「分からん! けど、なんか嫌だ!」
私はシャロに身を寄せる。
その言葉は、きっと彼女の本心だ。
理由は色々と考えられる。
言語化できない危険を感じ取っているとか単にわがままを言っているとか。どちらにせよ、それはシャロが私を死なせたくないと思っていることの証明だ。
ああ、ああ、こんなにも幸せなことがあるでしょうか?
もちろん今は一方的な片思い。シャロに同性を愛する趣味は無いでしょう。しかし胸が躍る。喜びを抑えきれない。今ならどんな困難も乗り越えられそうな気がする。
「分かりました」
我ながら愚かな決断です。
しかし、不思議と自分が間違った選択をしている気はしない。
「必ず守り抜きます」
私は誓った。
それから祭壇を目指して、二人で移動を始めた。






