ユニコーン聖女は認められない
「……お師匠様が、亡くなられた?」
頭が真っ白になった。
これまでの人生の中で、きっと最も衝撃的な言葉だった。
「ノエル、大丈夫か?」
シャロの声。
ぎこちなく目を向けると、不安そうな様子で私を見ていた。
「……シャロは優しいですね」
必死に笑顔を作る。
感触で上手に笑えていないことが分かる。
「少しだけ時間をください」
私は目を閉じて、一度大きく息を吸った。
本当に本当に衝撃だった。しかし私一人分の衝撃など些細なもの。地上からは悲鳴のような声が絶えず生まれている。
……すべて押し付けると決めたくせに、実に身勝手な人間ですね。
まずは自分を嘲り笑った。
私は早急な引退を望むお師匠様の願いを裏切り、自分の夢を選んだ。
それでもお師匠様の死など望んでいない。むしろ数年後にひょっこりと帰宅して、たっぷりと叱られた後で土産話を聞かせる計画をしていた。
お師匠様は、私の親代わりだ。
あの貴族社会において、彼女だけが私の味方だった。
……どういうことだ。
仮説。王子が噓を吐いている。
意味が分からない。何の利益も無い。次。
仮説。緊張を解すための冗談だった。
ふざけるな。あの男はそこまで愚かではない。次。
仮説。仮説。仮説。仮説……ふざけるな。
お師匠様の生きている可能性が、見当たらない。
私は未だ鳴り止まぬ地上の騒ぎを聞きながら、最悪の前提を元に思考を始める。
お師匠様が亡くなられた。
ここで考えるべきことはふたつ。
その理由と、それを王子が発表する理由。
訃報が事実ならば、この国は聖女を失うことになる。
もしも伝えるならば、その前に私を連れ戻すことが絶対条件だ。そうでなければ、聖女の結界を失ったことで侵入する魔物を恐れた国民を制御できない。
しかし王子は伝えた。
なぜ? 私が戻ったことに気が付いている?
この仮説ならば、ある程度は筋が通る。例えば私の存在には気が付いているが場所を知らない。そこでお師匠様の情報を餌にした。
なるほど、これならお師匠様が生きている可能性もある。
やれやれバカ王子め。きっと帰国したお師匠様に怒られたのだろう。
まったく、全国民を巻き込んで……
──ありえない。
待て待て、待ちなさい。
お師匠様が、居なくなるはずがないでしょう。
──あの顔は何か裏がある。
聖女には強力な結界魔法と回復魔法がある。
流石に全盛期には劣るけれど、お師匠様を殺せる存在など、この国では騎士団長様くらいだ。他の物では結界に傷ひとつ付けられないだろう。
──もしも騎士団長が関わっていたとしたら?
バカな。バカな。その先はどうする?
聖女の祈りを失えば、この国には滅びの道しかない。
あの男に滅亡願望か何か生まれたのか?
いや違う。有り得ない。もっと別の何かが……
「ようやく静かになった」
不思議とハッキリ届く声。
恐らく魔法を使っている。
私は思考を止め、その声に耳を傾けた。
「皆の悲しみ、嘆く気持ちは分かる。私とて、言葉にし難い絶望がある」
白々しい演技をやめろ。さっさと本題を話せ。
「私は見た。聖女ノエルが、母君を殺害するところを」
ふざけるなよ。あのクズ。
「事件が起こる直前、私は繰り返されるノエルの悪行を見過ごすことができず、国外追放を言い渡した。それがまさか、あのような凶行に及ぶとは……」
……いや、いやいや、挑発の可能性があります。落ち着きなさい。シャロの乳でも揉めば冷静になれるはずです。
「……ノエル? どうした、急に頭を撫でて」
本当に落ち着きなさい。
「なんでもありません」
王子に意識を戻す。
彼はゆっくりとした口調で話を続ける。
「聖女ノエルは国外へ逃亡した。現在騎士団が追いかけている状況である」
「このため我が国は、聖女を失ったことになる」
「……しかし、運が良かった」
「間に合ったのだ。研究が」
「紹介する」
王子が指を鳴らす。
その後、彼の背後に何かが現れた。
姿形は馬に似ている。
一見すると、ただの白馬だ。
しかしその頭部には、長い角が生えている。
「……バカな」
瞬間、私は全て察した。
「まさか、魔物を使役するというのか?」
次々と仮説が生まれ、点と点が繋がり線になる。
「そんなことのために、あの男は、お師匠様を?」
「ノエル? どういうことだ?」
シャロの声。
私は言葉が見つからなかった。
「もう少し聞けば、分かるはずです」
「……そうか。分かった」
その後、王子の演説が始まった。






