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感情について

作者: よもぎ蒸しパン



「最近、悲しいっていう感情がわからなくて」


 頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出してみる。損得勘定をせず、何も考えず、取り繕いもせず、ただただ浮かんできた言葉を舌に乗せて外界に放つ。所謂、裸の言葉ということになるのだろうか。


 本で得た知識を繋いでまとめただけの言葉ではなく、泥臭く、そして煌びやかに積み重なってきた俺の小さな経験たちが総動員してかき集めた言葉なのだ。それなりに価値はあるだろう。


「この前祖父が死んでしまったんだ。ここ数年は年に一回会うか会わないかで疎遠になっていたけど、それでも小さい頃はお世話になったし、感謝もしてる。しかも自分の娘じゃなくて、孫の俺のことを携帯の待ち受け画面にしてくれてたんだ。俺は特に愛されてたよ。」


 祖父との思い出が一気に押し寄せてくる。そこには濁ったものは、一切無い。どの思い出も、ふわふわとしたベールに包み込まれているのだ。この中で本当に正しい思い出は、いくつあるのだろう。


 唇が自然と震えてくる。 真実など存在しない。存在するのは解釈のみ。 とニーチェは言っていたが、今はその解釈とやらに懇願してみよう。


 頼むから俺の本当の思い出を、煌びやかな装飾品で改竄しないでくれ。


「でさ、そんなじいちゃんが死んだって母さんから聞かされた時に初めて出てきた感情は、後悔による悔しさだったんだ。もっと会いに行って、もっと感謝を伝えて、もっと恩返しして。そんな後悔が全身を駆け巡ったんだ。これは、悲しみではないだろ?」


 当時の状況を振り返る。もしかしたらこれも、解釈という名の政治家によって改竄させられた、偽りの記憶なのかもしれない。


「で、しばらくすると涙が出てきて止まらなくなったんだ。顔はひしゃげて、鼻水も出てきて、側から見たら如何にも悲しみに打ちひしがれてるって感じなんだけど。」


 一瞬、戸惑う。これを口に出していいのかと。あまりに無慈悲なその記憶を、果たして言葉にしていいのかと。


 しかしその言葉は戸惑いの網をくぐり抜け、するりと口からこぼれ落ちた。


「でも、頭の中は、想像以上にクリアだったんだ。」


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