治安部隊の遊撃班
「俺たちはミルシュラント公国軍治安部隊の遊撃班に所属している。これは秘密任務でも何でも無いから、誰に喋っても問題は無い」
「なんだそれは? ちゃんと説明してくれ」
「遊撃班の役目は、領地を跨がって活動する犯罪者を追ったり、そこの領主が真面目に対応しようとしない犯罪集団を摘発することだ。ま、その理由は色々あるけどな」
「おい、勘弁してくれよ。その格好で衛士隊の一員だって言うのか?」
「私服兵なのは領民たちに警戒されない為だ。...遊撃班は大公陛下の勅命において、公国内のすべての場所で自由に活動することが認められている。いかなる領主も、これを阻止する権利は無い」
「で、それを証明する手段はあるんだろうな?」
「四人とも、公国軍に所属することを証明する魔銀のペンダントを首に下げている。殺さずに衛士隊か騎士団にでも突き出して貰えれば、軍の誰かが身柄を保証してくれるだろう。それで俺たちは解放される」
あー、まいったなあ・・・
と言うことは何か?
俺はよりにもよって公国軍の正規兵を野盗と間違えて、自分から喧嘩を売ったってことになるのか?
どうすんだコレ。
「はあー...参ったなあ。まあ信用するしか無いだろうな」
「お、信用してくれるのか? なぜだ」
「ただの野盗がそんな手の込んだ嘘をつけるもんか。本物の盗賊だったら、まず最初にすることは、金でもモノでも嘘八百並べ立てて俺を懐柔しようとすることだよ。一番ポピュラーなのは、隠れ家に財宝を貯め込んである、それを渡すから見逃してくれって類いだ」
「なるほどな。それは分からんでも無い」
「山賊だと思って捕らえてみれば公国軍の正規兵か...で、どう決着付ければいいんだ?」
「決着とは?」
「あんたらから見れば、俺の方が犯罪者とか反逆者とか、そういう類いだろう? そもそも、こっそり俺に近寄ってきたのは、そういう疑いがあったからじゃ無いのか?」
「その通りだ。実は谷の向かい側の道からアンタのことを遠目に見かけてな。どうも尋常では無い佇まいを感じたので、捕縛して尋問するつもりでいたよ...不可能だったが」
「それこそ俺が破邪のふりをした野盗じゃ無いかとか、そんな所か?」
「まあ、そんな感じだな。この街道は領主の居城に通じてると言っても、商売上の流れからは離れてるので人通りも少ない」
「そこはなあ...俺もアンタたちを野盗と間違えたのは、この街道が寂しいからってのもあるし、お互い様だな」
「それに、こう言っては申し訳ないが、破邪というのは自由な存在である故に、暗殺者などもその立場を利用する可能性がある。ちょうど来週は、いまキャプラ公領地に視察に行っているリンスワルド伯爵のご令嬢が居城に戻られるというタイミングでもあったからな、少し気を回しすぎた」
「そう思うのはアンタらが破邪じゃ無いからさ」
「どういう意味だ?」
「破邪同士なら、偽物はすぐに見分けがつくんだ」
「そうなのか?」
「どこの国でも、破邪はみんな同じような修行をこなしているし、印を貰う為に出来なきゃいけないことも似通ってる。纏っている雰囲気で分かるから、コイツは怪しいと思えば、破邪の修行を積んでないとやれない魔法を使って見せろというんだよ。出来なきゃ偽物だ」
「なるほどな...軍の中に破邪はいないから、そういう知識には疎かったようだ」
「当然だ。破邪は傭兵仕事はしない。軍に入ったら、そいつはもう破邪じゃ無くて、元破邪だ」
「うん、分かりやすくていいな。そういう考え方は」
「だから破邪のふりをして旅を続けるというのは実は難しいんだ。いつどこで見破られるか予想も出来ないだろ?...で、ともかくアンタらは俺をどうするつもりだ?」
「いや、どうもしない、と言うか、いま時点では俺たちが制圧されている側だと思うが?」
「...本物の軍人だと分かって拘束してる訳にも行かないだろう。もういいよ。武装解除は撤回。好きにやってくれ」
「いいのか?」
「構わない」
「そうか、ではお言葉に甘えて再装備させて貰うとしよう。まあそれに、あんたならどんな状況でも俺たちに勝てるだろうから、その点では武装しても意味が無いとは言えるが」
「俺としてはこの件で告発されないのなら文句は無いよ」
「告発などしない。本物の破邪、それもかなり強烈な御仁だということは身に染みてわかったからな。この件はこれで終わりだ」
いままで黙っていた二人目の男が口を開いた。
「問答無用で斬りかかったことは謝罪する。コイツが...」
と、未だ気を失ったままの一人目の男を顎で示す。
「慌てて敵認定しちまったんで、俺も流れでな。悪かった」
「いや、お互い水に流せるなら、それで十分だ」
俺もこの男には強烈な蹴りを入れてるのだから文句は言えない。
「アンディー・ルカウだ」
立ち上がると、そう言って手を差し出してくる。
俺も、その手を握って自己紹介した。
「ライノ・クライスだ。エドヴァル出身の破邪で、いまはキュリス・サングリアに向かって旅をしている」
「なんだ、王都へ向かっていたのか?」
「ああ、親戚がそっちにいてね」
このくらいの嘘は許して貰おう。
「そうか。長旅の最中に騒がせてしまって悪かったな。俺はケネス・テリオ。この遊撃班のリーダーだ」
「俺はハース・ジット。そして倒れてる馬鹿はロベル・デンスだ」
リーダーと、もう一人の男とも握手を交わした。
なんだか全員、最初に突っかかってきたデンスという未だ気絶中の男の扱いが悪いような気がするな。
++++++++++
振り返ってダンガに声を掛けようとして思いとどまった。
大声を出すと眠っているレミンさんを起こしてしまうかも知れない。
「ちょっとここで待っててくれ」
リーダーのテリオさんに一声掛けてから、焚き火をしていた藪の方に戻る。
俺が手招きすると、ダンガとアサムが茂みから出てきた。
「聞こえていたか?」
「ああ、聞こえていたし、見えていたよ」
さすがはアンスロープ族だ。
耳もいいし、夜目も利くんだな。
「なら話は早い。これはお互いの誤解で、連中は盗賊じゃ無くて正規兵だったってわけさ」
「なんだか...ものすごく驚いた」
アサムがぽつりとそう言ったが、気持ちは分かる。
二人を連れて遊撃班のところに戻る。
「紹介しておこう。ミルバルナから来たアンスロープ族のダンガとアサムだ。それと、あの焚き火のところにこの二人の姉妹のレミンっていう女の子が眠っている。実は俺とは夕方出会ったばかりだ。だから、この先もしも俺がなにかで疑われたり、罪に問われるようなことがあったとしても、彼ら三人にはなんの関係も無い。了解して貰えるか?」
「ああ、もちろんだとも」
「よかった。それで聞きたいんだが、その女の子が具合を悪くしていてな。薬を飲ませて、いまは落ち着いているんだけど、念のためにできるだけ早く治癒士に見せてやりたいんだ。さっき言ってたデュソートの村だっけ? そこには治癒院はあるかな?」
「村と言っても街に近い。衛士が常駐している規模だからあるはずだ。養魚場の方に行けば確実にあるが、デュソートの方が近いし、もし無ければ衛士隊の詰め所から馬車を出して貰うことも出来る」
「....なあ、ダンガ、今日の頑張りを無駄にしてしまうけど、一旦デュソートの村まで引き返さないか? レミンさんには、それが一番いいと思うんだ」
「分かった。ライノがそう言うなら、従うよ」
「まあとにかく病人を第一に考えないとな」
「うん」
「その女の子、あんたらの妹さんか。自分で動けない感じかい?」
テリオさんがダンガに聞く。
「さっきまではそうだったんだよ。今朝から急に足が痛み出して。ライノが薬を飲ませてくれたんで、本人はもう痛みはなくなったって言ってるけど、歩けるかどうかはまだ分からない」
「そうか。ならば具合がよくない場合は担架に乗せて運ぶことも考えた方がいいな。そうなると人数が多い方がよいから、俺たちも明日はデュソートまで一緒に行くとしよう」
「いいのか?」
「もちろんだ。四人で担架を持てば、普通に歩くのと大して変わらんスピードで進める。俺たちも新兵時代の訓練では、負傷者の運搬ってのを散々やらされたもんさ」
そう言ってテリオさんがにやりと笑った。
不貞不貞しいようだが味方として考えると頼りになる感じの男だな。
「助かるよ!」
「じゃあ、今日は全員ここで夜明かしだな」
「すまんが頼む。食料は俺も少し持っているから無ければ出すよ」
「あー、本当を言うと、持ち合わせが心細い。明日も半日歩くことを考えると、何でもいいから少し融通してくれると助かるな」
「分かった。レミンさんを起こしたくないから、少し離れて火を焚こう。ダンガとアサムは彼女のところに戻ってやってくれ」
「ああ、わかった」
俺はケネスたち四人が野営地を定めて火を熾すまで付き合い、それからアンスロープ兄弟のところにそっと戻って、背負い袋から出すふりをした堅パンとドライソーセージを遊撃班の四人に渡した。
予想外に一日で一気に消費しちゃったから、明日、デュソートという村で補給できると有り難いな。
レミンさんは何事も無くすやすやと眠り続けていて顔色も悪く無さそうだ。俺も自分の毛布を取り出して、とりあえず焚き火の勢いが弱くなるまで眠ることにした。