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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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Part-2:アンスロープの旅人たち 〜 病人と痛み止め

アスワンと別れた俺は、足取りも軽く(ひな)びた古い街道をリンスワルド城のある方向へと進んでいた。


ちなみに『足取りも軽く』と言うのは決して気持ちの問題ではなくて『物理』の話だ。


何しろアスワンのくれた、空間魔法を封じ込めてある革袋のおかげで荷物の重さはゼロに等しくなったからね。

水筒のように人前でも頻繁に出し入れするものや、咄嗟に使うかもしれない武具の類いは入れておく気にならないが、これまで背負い袋の中で嵩張っていた食料はもちろん、毛布や鍋と言った野営用品はすべて収納しておくことができるので、楽ちんなことこの上ないのだ。


宿に荷物を置いて手ぶらで街を歩く時の快適さだよ、これ。


背負い袋の中にアスワンの革袋を入れて背負っておけば、人が見ている前でも少々のものなら、さも背負い袋から出し入れしているかのように見せられるだろう。

だけど欲を言えばフォーフェンの街を出る前に、この革袋が欲しかったな・・・

そうすれば塩や鍋だけじゃなくて、食材やら調味料やら色々と買い物ができたのに。


・・・いや待て俺。


パルミュナの前でこの革袋を使えば、どれほどの甘味を買い込むことになったか想像もつかないぞ?

うん。

やっぱり、アスワンの図ったタイミングで正しかったのかも知れない。


ただ、革袋の引き換えという訳ではないにしろ、いきなりパルミュナがいなくなったことに、ちょっと調子が狂う。


歩きながら面白そうなものが目に付いた時とか、つい『おい、あれ見ろよ!』とパルミュナに呼びかけそうになってしまったり・・・

で、これまで当たり前のように横にいたパルミュナがいないことを思いだして、自分でちょっと気恥ずかしくなったりとか。


まあ、本人に言うと際限なく調子こきそうなので、再会しても教えるつもりはないけどな。


++++++++++


さて・・・


革袋を受け取ってから、全くのノープランでここまで歩いてきているんだが、パルミュナもいない今は、どこで野宿になろうと気にする必要が無い。

二人で分岐点から歩き始めた時の、集落の多そうなところで宿を探そうという気持ちは、もはや完全に失われている。


とは言え、日も傾いてきたし、野宿するにしてもそろそろ場所を決めないとなあ・・・と思って周囲の森を見回しながら歩いていると、ちょっと不自然というか、不似合いなものが遠目に見えた。


正確に言うと『見えた』のではなく『視えた』というか感じとったというか・・・不自然な気配が、ある場所に固まっているという奴だ。


恐らく、その辺りに誰か、それも数人が隠れている気配だな。

ただ警戒はしている感じだが、攻撃的な雰囲気はしていない。

ワンラ村の手前で会った山賊のおっさんたちとは大違いだ。


俺はとりあえず気づかないふりをしてそのまま歩き続け、なにかが隠れている辺りの手前で立ち止まった。

素知らぬふりをして通り過ぎても良かったのだけど、少し心に引っ掛かるものがあったのだ。


「どうして隠れているのか分からんが、こちらに敵意は無いぞ? 俺は旅の破邪で、ここを通ったのは王都へ向かう旅の途中だ。さっさと立ち去れというならそうするが、なにか手助けが必要なら、ものは試しに言ってみてくれ」


これが立ち止まった理由だ。


隠れている数人の気配の中に、どうも一人だけ普通では無いと言うか、苦しみを抑えているかのような雰囲気が感じ取れていた。

どうやら逡巡している気配がする。

どんな事情で隠れているのか分からないけど、場合によっては声も出したくないと言うことだってありえるな・・・


そのまましばらく待っても返事が返ってこなかったので再び歩き始めたら、左手の藪の中から一人の男性がすっと立ち上がった。


がっしりとした体躯に精悍な顔立ち、見慣れない装束をまとった男の頭の上には、一対の狼っぽい獣の耳がピンと立っている。


おおっと、アンスロープ族か!

俗に獣人族とも呼ばれる種族の一派だが、エドヴァルにはほとんどいなかったので、俺個人としてはあまり馴染みの無い種族だ。


「すまない。脅かすもりは無かったが、こちらには病人がいるので警戒していた。周りに集落も無い場所を一人で歩いてくるので、仲間を後ろに控えさせた盗賊の類いの可能性も考えてな...申し訳なかった」


ああ、言われてみて気がついた。

街道とは言え、この辺りは周囲に家も無い森の中だ。

武装して一人で歩いてくる奴なんて警戒するに決まってるわ。


「いや、こちらこそ驚かせてすまなかったな。一人歩きなのは破邪だからだ。気にしないでくれ」


「そうか。ところで、できれば...なのだが、薬の類いは持っていないか? もしあるならば売って欲しい」


「薬か? ごくありきたりな痛み止め程度しか持ってないぞ?」

「あるならなんでもいい、是非売って欲しいんだ」

「分かった。譲るのは構わないが『銀サフラン』の使い方は知っているか?」

「...いや、その名前は聞いたことが無い」


銀サフランの花からめしべだけを抜き取って干したものはとても高価だが、代わりに鎮痛剤としての効力は非常に強い。

普通に使う分には問題ないのだが、早く痛みを消そうと焦って一度に大量に飲むと、効き目が強過ぎて逆に体調を崩してしまうのだ。

まあ、それはどんな薬でも同じかも知れないけどね。


「まずはこれが効く症状かどうかと言う問題があるがな。病人がそこにいるなら、俺がそこに行ってもいいか? 使い方を教えよう」


アンスロープの男は一瞬迷ったが頷いた。

「ああ、頼む」

男の様子から、かなり焦っていることが見て取れる。


病人の具合はあまりよろしく無さそうだが、本格的に病気や怪我をしているのだったら、銀サフランの痛み止め程度じゃどうにもならない。

ちゃんとした治癒士に見せないと、命の危険があって当然だ。


斜面を登ってアンスロープの男が立っている藪の中に踏み込んでいくと、生い茂った低木に囲まれた空間に三人のアンスロープ族が固まっていた。

そのうちの一人が広げた毛布の上に寝かされているのだが、顔に脂汗が浮いていて、見るからに苦しそうだ。


これ、銀サフラン程度じゃ無理っぽく無いか?

と言っても、俺には治癒魔法は使えないし、とにかく試してみるしか無いか・・・


「まず言っておくが、俺はアンスロープ族のマナーや掟を全く知らない。もし、あんたたちが無礼だと思うことがあったとしても、それは知らぬことだから勘弁してくれ」


「ああ、大丈夫だ。問題ない」

「で、その人は....」


小柄だし、見るからに女性だった。


「なぜ具合を悪くしている? 怪我なのか病気なのか、どちらだ?」


俺は背負い袋から取り出すふりをして、乾燥させた銀サフランを入れてある小さな銅の筒を、革袋の中から取り出しながら聞いてみた。


「病気、なのだと思う。ずっと旅をしてきたが、今朝から急に熱を出して痛みで苦しみ始めた。なんとか次の集落まで行き着こうと頑張って貰ったんだが、ここでもう歩けなくなったんだ」


苦しんでいるが、意識が混濁している訳では無さそうだ。

ますます宜しくないな・・・

もしも身体の中にある強い病気だったりしたら真っ当な治癒士に治療させないと、死ぬか後遺症が残る。

銀サフランを煎じたものじゃあ痛みを散らす意味しかないだろう。


「えっと、まず、この薬はあくまでも痛み止めで病気を治すものじゃあない。体の中に病気があった場合、一時的にラクに出来ても、それで直るという訳じゃあ無い」


「わ...わかり...ました...」

寝かされている女性が掠れるような声を出した。

俺たちの会話はちゃんと聞こえていたようだ。


「どうして具合が悪くなったか、自分で分かるか?」

「けが? でも、わか、らない...」

「どんな風に苦しい?」

「あ、あし、が痛くなって...それから.身体がぜんぶ痛くなった」


うん? 

最初に痛くなったのが足って事は内臓の病気じゃ無いのか。


これは、ひょっとすると破傷風かもしれないな・・・本人も気がつかないうちに、小さな傷口から毒が入って全身に回ってしまうって病気だ。

放置して自然に治る可能性は恐ろしく低いと言われている。

とりあえず少しでも痛みを抑えてあげることが先決だろう。


俺は革袋からフォーフェンで買った銅の鍋を取り出して、一瞬悩んだ。

いまから薪を集めて、焚き火を起こしてお湯を沸かしてる場合か?

状況的に仕方ないよな・・・


俺は鍋を革袋にしまいなおし、代わりに銅のカップを出して二人に声を掛けた。


「病気を治すのは難しいかもしれんが、とりあえず痛み止めを作って飲ませてやりたい。あんたたちは秘密を守ってくれるか?」

「秘密、か? なんだ?」

「守れるかどうか聞いてる」

「わ、分かった、秘密は守る。ここで見たことは誰にも言わない」

「頼んだ」


口ぶりからして、おれの商売上の秘密かなにかだと思ったらしい。

まあ、勇者として大精霊に雇われてるんだから、それも一種の『商売』とも言えるのか?

だとしたら、当たらずといえど遠からず、かな?


ともあれ銅のカップに少しだけ水を注いで銀サフランを入れる。

浄化の力は気休め程度かも知れないが、水筒の飲み水じゃ無くて手から出した精霊の水だ。

それを両手のひらで挟み込んだ。


男たちは、これから俺が火を熾すのだと思ったのだろう。

手伝おうというそぶりの動きを見せたが、俺がそのままの姿勢で動かないので、状況が分からずに一緒に固まっている。


「なにか手伝うことはあるか?」

「必要ない。ちょっと待っててくれ」

「そう、なのか?...」


怪訝な顔をしている男たちの目の前で、すぐにカップから湯気が上がり始める。

注いだ水の量が少ないので、カップの中はすぐにグツグツと沸騰するが、これで俺の手にはなんの熱さも感じないのだから不思議なビジュアルだ。


まあ、そうでないとドラゴンの鱗を溶かす前に自分が溶けるよな。


目を見開いている男性陣は放っておいて、俺は熱の供給を止めて銀サフランのエキスが十分に煎じ出るようにカップを揺らしながら、飲める温度まで湯を冷ます。


「すまんが、これを飲ませたいから、彼女の首を支えてやってくれないか?」

慌てて若い方の男が、女性の頭を両手で支えて持ち上げてくれた。

煎じた銀サフランからでたエキスでお湯が真っ黄色に染まっているのを確認して、カップを女性の口元に持ってく。


「じゃあ、これを飲んでくれ。ただの痛み止めだが、少しは楽になるかも知れない」


そう言うと、彼女は苦しそうな表情のまま、口を開いてカップに唇を付けた。まだ飲み込む力が残っていそうなのが幸いだ。


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