再びルリオンに向けて
どのみち俺たちの残り時間は少ない気がするし善は急げだろう。
パジェス先生が言うところの『反転魔法を反転させる魔導回路』は、作り上げるまでに数日はかかると言う予想なので、ルリオンのホムンクルス工廠に乗り込むのは、それまでお預けだ。
コイツは要するに精霊魔法への侵蝕防護装置みたいなモノになるはずだから、敵陣に殴り込みを掛ける事になるなら備えておきたい。
屋敷に戻ったらパジェス先生と伯父上には反転魔法回路を改造する作業に取り掛かって貰い、それが済み次第すぐにルリオンに向かうことにして、人里離れた荒野での『侵蝕魔法発生器』の分解調査を粛々と終わらせた俺たちは、いったんラファレリアに戻った。
「お兄ちゃん、お帰りなさーい!」
「おう! ただいまパルレア。変なことは無かったか?」
屋敷に転移した途端に飛びついてきたパルレアの頭を撫でながら、一応の確認をする。
離れていたのは一日だけだし、パルレアが嬉しそうに俺に纏わり付いてフワフワしてるんだから、俺たちの不在時に異変があったハズは無いのだけどね。
習い性っていうヤツだ。
「なんにもー!」
「なら良かった。アプレイスもお疲れさん」
「俺が疲れてるワケ無いだろライノ。ここでグータラしてただけだなのに」
アプレイスはそう言ってくれるけど、実は俺たちが転移する直前までパルレアを背中に乗せて、ラファレリアの上空を巡回してくれていたことは分かっている。
先日の襲撃の経験から、この屋敷だけにとどまらずラファレリア全市も俺とシンシアの不在を狙われる可能性を危惧したんだろう。
不可視結界でドラゴンの姿を見えなくしているとは言え、魔法大国のアルファニアではひょんな事から見破られる危険性もゼロとは言えない。
それでも、もはやラファレリアでドラゴン襲来の騒動が起きたとしても、些事だと言うしか無い状況だし、支配の魔法で手懐けられた東方のワイバーン達が、サラサスを襲撃してエスメトリスに返り討ちにされた連中で全部だという保証も無いからな・・・
あのマディアルグ王なら、ワイバーンの残党であれなんであれ、勝算の有る無しに関わらず手札さえ手に入れれば突入して来る可能性もあるだろう。
「ともかく二人ともありがとうな。で、俺は出来るだけ早い内にルリオンに向かおうと思う」
「そーなんだ」
「じゃあライノ、いよいよ『獅子の咆哮』をどうにかする気か?」
「ああ。あの侵蝕魔法の魔道具を調べてた中で色々と分かってきたことがあってな。イチかバチかだけど、いつぞやのホムンクルス工廠に乗り込んで、あそこにいた魔道士と話をするつもりだ」
「えーっ、あのホムンクルスのオジーさんとぉ?」
「そうだ」
「気持ちわるー」
「まぁ、そう言うな。あの爺さんが嘘をついてなかったのなら、俺たちに協力してくれる可能性はあるだろ?」
「そーかもだけどー」
「ただ、また話せたとしても言葉の真偽を確かめながらじゃないと厳しい。だからパルレアには俺と一緒に来て欲しいんだけど、ダメか?」
「えー、ダメじゃ無いけどさー...」
「御姉様、もちろん私も一緒に行きますから」
「あー、ソレはこれから言おうと思ってたんだけどな。悪いけどシンシアはここに残ってて欲しいんだよ」
「えっ?」
「理由は、ラファレリアの守りをシンシアとアプレイスに頼みたいからだ」
今回に関しては、俺がシンシアを置いていきたい理由は『危険から遠ざけたい』からじゃあ無い。
むしろ俺よりも危険な状況にさえ陥るかもしれないけど、それでも大結界が起動するリスクを減らすためには致し方ないのだ。
「だって、もしも俺がサラサスに行ってる最中に旧市街の地下で動きが出たりしたら、それに対応できるのはシンシアしかいないだろ?」
「それはまぁ...そうですよね...」
「シンシアが新しく作ったゴーレム兵に魔法障壁発生装置を持たせて突入させるにしても、その制御はシンシアじゃないとムリだしな。魔道士に会った後の流れで俺が浮遊兵器に掛かりきりになっちまった時には、大結界を止めるのは俺が空の浮遊兵器をなんとかするか、シンシアが地下の触媒鉱石集積所をなんとかするかだ。ひょっとしたら、その両方が必要な可能性だってある」
「...分かりました御兄様。確かにそれが合理的な判断だと思います」
もう一つ、ここでは決して口にしないけど、パジェス先生の魔導技術をもってしても精霊魔法の侵蝕が止められなかった場合に、シンシアなら転移門も跳躍も飛翔も使えなくても、ギリギリでシエラを小箱から引っ張り出すことさえ出来ていれば、ラファレリアから脱出することが不可能じゃ無いっていう理由もある。
だってシエラの飛行技術はドラゴン族と同じで、精霊魔法とは無関係な種族固有魔法だからね。
きっとシンシアは最後まで諦めないだろうし、途中で逃げようともしないだろうけど、かと言って『全くの無駄死に』を選ぶほど愚かじゃ無いと信じている。
いよいよダメだとなった時には、『生き延びて反撃の手段を考える』という選択をしてくれるはずだ。
ルリオンで待機してくれているエスメトリスも生き残れたなら、きっと二人で協力して次の行動に繋げてくれるだろう。
「有り難うシンシア。早速みんなで準備に取り掛かろう」
「はい」
「お兄ちゃん、アタシは出掛ける前に何をすればいーの?」
「これからパジェス先生と伯父上とマリタンとで精霊魔法への侵蝕を防御してくれる魔道具の制作に取り組んでくれることになってるけど、三人とも精霊魔法については門外漢だからな。パルレアにはそのアドバイスっていうか、色々と二人を手伝ってあげて欲しいな」
「わかったー」
「俺はどうするライノ?」
「すまないけどアプレイスには、今日と同じように周囲への警戒を頼みたいんだ。レスティーユ家の兵力がこの屋敷の周囲に展開する可能性もあるし、ひょっとしたら馬鹿なマディアルグ王がワイバーンの残党でも引き連れて突撃してくる事態も無いとは言い切れないからな」
「はっ、ライノの想定も俺と同じだったか! 了解だ。物理攻撃への対応は俺に任せてくれ」
「頼んだ。イザって時はドラゴン姿を解禁してくれ。それと、大丈夫だとは思うけど、もしもパルレアがいないタイミングで支配の魔法の強化版みたいなのが出てきそうなら、一目散にラファレリアから逃げてくれよ」
「逃げんのかよ」
「だってアプレイスが敵に回るよりは、その場からサッサといなくなってくれた方が千倍もマシだぞ?」
「まあそうだな...ただ俺も念を押しておきたいけど、いまのライノやシンシア殿なら楽勝で俺を殺せるはずだ。もしも、その必要が出た時には絶対に躊躇わないでくれよ?」
「ああ...躊躇ったら、逆にアプレイスを苦しめることになるもんな」
「ま、そういうこった」
そう言ってアプレイスはニヤリと笑ってみせる。
そんなことが起きた場合にどうなるかは、お互いに百も承知なのだ。
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それぞれの役割が決まり、俺とパルレアとマリタンは状況が整い次第、ルリオンに向かうことになった。
もしも俺たちの期待に反して老魔道士が協力を拒んだなら即座に戦闘になるだろうし、そもそも嘘を見破るパルレアの能力さえモノともせず嘘をついていたとしたら、ワザと俺たちに協力的な素振りを見せていたという事になる。
まぁ、それほどの能力を持っていたのだったら、あの場で俺たちに対して恭順な態度を取ったり、嘘の昔話をする必要なんて無かっただろうから、その線は薄いと思うのだけどね。
向こうにはエスメトリスがいるから、マディアルグ王が地上で何かを始めても物理的な戦力に関しては問題ないだろう。
ともかく、老魔道士がいた空間と『獅子の咆哮』が物理的に繋がっているのかどうかは、行ってみないと分からない。
攻撃手段としての反転回路を浮遊兵器の中に持ち込めなかった時には、イチかバチか、相手が浮かび上がる瞬間を狙って外から反転魔法による攻撃を仕掛けることになる。
それでダメならルリオンではそれ以上は手を出さず、浮遊兵器がアルファニアに到達するまでのどこかで・・・最悪の場合はラファレリアの上空で派手に戦うことになるだろう。
そうなった時には俺の『魔石矢』やドラゴンのブレスがどこまで通じるかも未知数なんだから、予備の作戦なんて無いに等しい。
相も変わらずの『出たとこ勝負』である。
勇者になって以来、綿密な計画で最後まで事が運べた記憶なんか全然ないし、俺の戦い方はコレしかないって事だろうけど、数百年単位で計画を練ってきたヤツを相手に、咄嗟のアドリブで足下を崩せるなら上等だ。
なんとか、ホムンクルス工廠を通じて浮遊兵器の内部に侵入できれば良いのだけどね・・・




