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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第九部:大結界の中心
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パジェス先生のプラン


パジェス先生は俺とシンシアに向けて、噛んで含めるようにゆっくりと状況を再確認する。


「実際問題として毒ガスを完璧に防げたとしても浮遊兵器自体の攻撃力とか自衛力だって馬鹿にならないだろうし、地下トンネルに持ち込まれてる触媒鉱石をなんとかしないことには、いつの日か大結界を起動されてしまう可能性は消えないワケだからね?」

「もちろん承知してますよ」

「昔から攻撃は最大の防御って言うけど、そこで必要になってくるのが、空と地下への攻撃手段ということだね。でも現状のままだと『有効な』攻撃手段が無いと言って良いと思うよ?」


パジェス先生は『有効な』という言葉に強くイントネーションを置いて言った。


確かに浮遊兵器も地下施設も、俺がガオケルムを振りかざして乗り込んでいけば『どうにかなる』ような、甘い相手では無いと考えるべきだろう。

他にも攻撃手段は色々あるけど、どれも決定打には欠ける。

魔石矢の破壊力なら浮遊兵器が相手でもなんとかなりそうな気もするけど、その場合はヒュドラの毒ガスが周囲一帯に拡散する危険を避けられない。


「正直、それはパジェス先生の言う通り心許ない状況ですね」


放出された毒ガスを、マリタンの銀幕とシンシアの転移門中継装置でうまいこと回収してヴィオデボラ島まで送りつけられるとしても、それは放出分を一気に回収できた場合に限られる。

毒ガス放出に長い時間が掛かるようなら、敵だって俺たちの回収作業をのんびりと待ってはくれないし、ひとたび拡散させたらガスを回収するのは不可能だ。

それに浮遊兵器が飛び続けながらガスを撒き散らすような行動を取られると、中継装置で毒ガスを回収アイデアも困難になるだろう。


さらに地下施設や大結界のトンネルに関して言えば、今のところ伯父上の魔力障壁魔道具で『魔力触媒の連鎖反応を防ぐ』という以上の手立てを思いつけていないのだ。

その作戦を立てたいからこそ、マリタンの『銀の枝』と銀ジョッキの目玉で旧市街の地下を探ろうと考えていた訳だけど・・・


問題は時間の猶予だな。


俺とマリタンが伯父上の屋敷で襲われたことや、考えナシの馬鹿な陽動とは言えモルチエ達にパジェス先生の屋敷が囲まれそうになったことを鑑みるに、今後はエルスカインが動きを加速するはずだ。

アプレイスやエスメトリスの助力を当てにするのも、俺たちが『支配の魔法』の限界を知らない以上は危険だし、それをどこまでパルレアが防ぎきるかも、出たとこ勝負にならざるを得ない。


「作戦が必要ですね先生」


シンシアが冷静な声で言う。

そうだ、作戦が必要だ。

でないと、俺がどんなに止めてもシンシアは俺と一緒に敵の懐に飛び込んでいこうとするだろうからな。


「そうだねシンシア君。これはクライスさんが捨て身で飛び込んでいくってやり方じゃ無くて、ちゃんと勝てる見込みのある手段と作戦が必要だよ」


なんか俺の思考ってパジェス先生に読まれてる?・・・


いや、確実に勝てる手段が無い状況でも、勇者として手をこまねいている訳には行かないのは当然だもんな。

勝てる手段が見当たらなくても俺が捨て身で飛び込んでいくしかないのは、火を見るよりも明らかだ。


「しかし『災い転じて福と成す』ってところもあってね。クライスさんがこの古代魔道具を鹵獲したおかげで、有効な、新しい攻撃手段を手に入れることが出来たと思うんだよ」

「では先生、この侵蝕魔法の魔道具を改造することで、防御だけで無く攻撃の手段にも出来ると?」


「そうともシンシア君。さっきは大事な防御に関して、ややっこしい方から話を始めたんだけど、実は攻撃手段の方でも反転魔法が鍵になると思うよ。それでね、ロワイエ卿、この魔道具の『反転魔法』の実装部分は、疑似精霊の容れ物よりも上の部分だけだって考えて問題ないかな?」


そう言ってパジェス先生は、一心不乱に分解調査を続けている伯父上とマリタンの方を見やった。

声を掛けられた伯父上は手を止め、少し考え込んでから答える。


「そうですな。この魔道具は綺麗な積層構造になっておりますぞ...まず小樽に詰められた魔石から魔力を吸収する最下段の部分。次に、その魔力を心臓部とも言える疑似精霊容器に送り込んで『精霊魔法の場』を生み出す部分。そして最後に、ガラス容器を通じて放出された精霊魔法の場を反転させて、侵蝕するフィールドに変えて放出する最上部です」


俺は伯父上の説明を聞きながら片手を革袋に突っ込んで、破壊した二つの魔道具の状態を確認する。

革袋の中では時間も凍結されているから壊れた部品が飛び散ったりしてはいないけど、確かにガラス容器のすぐ上のところで切断してあった。

もうちょい下を切っていたら、カラフルな疑似精霊が切り口から顔を出していたことだろう。


「コレはまさに精霊魔法の『反転炉』だね! クライスさんが切断したのは、どの辺りかな?」

「斬った時はガラス容器の存在に気が付きませんでしたけど、二つとも『疑似精霊容器』のすぐ上で切断してますね。ちょうど位置的に俺がガオケルムを真横になぎ払った高さ...この辺りでしたから」


そう言いつつ俺はおおよその位置に手を上げ、分解途中の魔道具に向けて伸ばしてみせる。

場所はまさにガラス容器の直上だ。


「だったら、反転魔法の部分は無傷で活用できそうだ」

「大丈夫だと思いますよパジェス先生。なんなら破壊した二つも、ここで革袋から出してみますか?」

「でも先生、外に出して危険はないのですか?」


シンシアが少し不安げに問うが、パジェス先生はやさしく微笑んで首を横に振った。


「僕もロワイエ卿の説明してくれた通りの構造だと思うよ。ガラス容器の部分が無傷であれば、魔力が暴発したり、侵蝕魔法が撒き散らされたりする危険性は無いだろうね」

「先生がそう仰るのでしたら...」


よし、これでシンシアの承諾は得たな。

不安なことは先延ばしにするよりも、サッサと直面してしまった方が後々で楽になるモノだ。

革袋から、まずは一つの上の部分だけを引き出してみる。

ドシンと、少々重さを感じさせる様子で地面の上に転がったソレからはなんの魔力も感じ取れない。


「ふむ。やはりパジェス殿の仰る通り、完全に沈黙してるようですな」

「反転回路への魔力供給は?」


パジェス先生と伯父上が並んで、その切り口部分を覗き込む。


「このパイプのような部分でしょうな。ガラス容器より一段外側から伸びておりますが、思念や音声を受け取って制御する装置と、反転回路への魔力供給は一緒に行っていたようですぞ」

「まぁ、制御回路に大した魔力は必要無いものね」

「仰る通りですな」

「で、コレが使えそうですかパジェス先生? なんならもう一個もここで出しますけど?」

「いや、今はいいよクライスさん」

「それにしても先生は、この反転回路をどうやって攻撃力...武器に変えるつもりなのですか?」


シンシアも伯父上の脇に並んでしゃがみ込み、反転回路があると言う部分の切り口を覗き込んでパジェス先生に尋ねる。


「それはねシンシア君。この反転回路って本来は汎用的な魔法だってコトさ。つまり、古代の魔導技術の中においては色々な魔力効果を打ち消したり、任意のタイミングで反対の効果に切り替えたり、強弱の制御に使ったりって感じで活用されてたらしいんだ」

「それほど特殊なモノでは無かったんですね。そんな便利な魔導技術が後代に伝わらずに断絶してしまったのは不思議ですけど」


「それは『橋を架ける転移門(ブリッジゲート)』や、君たちがヴィオデボラで見た『空飛ぶ艀』とかも同じでしょ? 軽くエールを飲み干すみたいに高純度魔石をドカ食いする魔法技術なんて、世界戦争後の人達にとっては伝えられても無意味だったろうからね」

「言われてみれば...確かに、実地に試せない技術なんて知っていても仕方ないですね」

「そんなもんさ」

「本来の反転魔法が汎用的だとして、それを攻撃手段にするというのは?」


「恐らくだけど、浮遊兵器とやらは『空飛ぶ艀』をさらに大型に、強力にしたものだと思えるんだ。つまり、飛翔するためには相当な魔石を消費するだろうし、場合によっては、飛ぶために使う魔石を積む場所が容積のほとんどを占めてしまうって状態にだってなりかねないだろうね」

「ええ」

「でも、それじゃあ大型兵器としては使いにくいでしょ? もしも沿岸諸国やミルシュラントが保有しているような大型の軍船が、人が漕ぐオールの力だけで進むシロモノだったらどうなると思う?」


パジェス先生の譬え話を頭の中で想像した俺は、つい噴き出しそうになった。


仮にサラサスで俺たちが借りたことになっている『アヴァンテュリエ号』がオールを漕いで動く船だったら、いったい何十人の漕ぎ手が必要になるのやら・・・そして彼らの漕ぐ場所に寝る場所、それに航海中の食料だけで、船内のほとんどが占められてしまうだろうな!


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