反転の反転
「正直に言って俺にはピンと来ないかなぁ...精霊魔法は勇者になった時にアスワンとパルミュナに埋め込んで貰ったとか転写して貰ったとか、まぁそんな感じで、使いこなしを身に付けていけば良かったしね。破邪の魔法も長年の間に術式は完成してて、ひたすらその通りに覚えて習熟するだけだったんだよ」
「そこは御兄様に限らず多くの人がそうでしょうね。魔法の才を持つ人でも、魔道士や錬金術師を目指して修行するのでも無ければ、あまり気にかけることは無いと思います」
「つまり、知らなくても魔法自体は使えるってことだよな?」
「はい、おおよそは」
「でも新しい魔法を生み出す時には分かってる方がいいってワケなのか?」
「必ずしもそうとは言い切れないですけれど。一段階ごとの魔法の作用と、その機序...順列組み合わせによって異なる効果の発現を、理屈として分かっていなくても、感覚的に魔力を操って目的を実現できてしまう人はいますし、まさに御兄様もそういうタイプでは無いかと?」
「確かに!」
「私は御兄様とは逆で、最初から勇者として選ばれたのでは無く、パルミュナ御姉様に精霊魔法をイチから伝授されて、一歩ずつ身に付けていきましたから、作用機序は常に意識していました」
そう言えば王都へ向かう途中、ハーレイの街で、パルミュナが精霊魔法の結界をシンシアに張らせたんだよな。
一段ずつ魔法陣を重ねて五層くらい積み上げてたっけ?
俺みたいにアスワンやパルミュナの力で『精霊の言葉も魔法も何故か知ってる』状態にして貰った・・・言ってしまえばズルした・・・ワケじゃ無く、『恐ろしいほど複雑』だとシンシア自身が言っていた精霊魔法の作用と魔力の流れを、精霊の言葉と共にきちんと知識として理解しながら習得し、アレを構築してみせたのだ。
パルミュナが手放しでシンシアの才能を褒めていたのも頷ける。
「シンシアは、まず精霊魔法が使えるようになって、それをアスワンに認められて勇者の力を与えられたんだよな。改めて考えてみても、ソレって本当に凄いことだったなって感心するよ!」
「幸運でしたから」
「そんなわけあるか。ともかくハーレイの街でシンシアが『害意を弾く結界』を構築した時のことを思い出したら、作用機序って言葉の意味が少し分かったような気がするよ」
「なら良かったです!」
「で、だ。その『作用機序』が、この侵蝕魔法の魔道具と、どう関係してくるんだいシンシア?」
「そこは僕から説明するよ。まずシンシア君、さっき僕はこの魔道具が人工の『疑似精霊』に魔力を注ぎ込んだ上で、そこに『反転魔法』を施すことで、精霊魔法の場を反転させてるんじゃないか、って推測を話したけれど、それについてはどう思うかい?」
「確証はありませんけれど、先生の推理が正解だという直感がします」
「俺もそんな気がする」
「二人ともありがとう。となれば、鍵になるのが反転魔法だと言うことは明らかだよね?」
「はい先生。ただ、正直に言うと反転魔法を停止すれば侵蝕魔法も停止する、と言うことは分かりますが、それだけでしたら魔力自体の供給を絶ったり、御兄様がやった様に魔道具自体を破壊することでも意味は変わらないように思えます」
有り体に言えば、魔道具を壊すか魔石の詰まった小樽を引っこ抜けば侵蝕魔法も止まるって話だ。
その他の止め方が分かっただけで朗報とは言い難いだろうから、パジェス先生の思考はもっと違うところを向いてるように思える。
シンシアもそこは理解しつつ、答えが分からない、ってところか・・・
「うんうん。普通に考えればそう思って当然だよねシンシア君。それに、この魔道具の場合は反転魔法を止めることと魔道具の動作を止めることはイコールだからね。つまり、僕が言いたいのは反転魔法を止めるとか魔道具の動作を止めるってハナシじゃなくってね、反転魔法をまた反転させるとどうなるのか? ってことなんだよ!」
「ですが先生、反転魔法を反転することで、どういう効果が生まれるのか釈然としません」
「打ち消し合うだけってイメージかな?」
「そうですね...もちろんどんな力でも、ある容れ物から別の容れ物へ十割を完全に移し換えることは出来ません。必ずロスがありますから前と後とで微妙な差はあるでしょうけど、そもそも、それに意味があるのでしょうか...」
シンシアが考え込んだ。
もちろんパジェス先生はシンシア自身に考えさせるために、すぐに答えを口にしないのだろうけど、もちろん俺にもサッパリ分からない。
さっきの作用機序のことは少し腑に落ちた気がしていただけに、ここで足止めと言うかお預けを食らうとモヤモヤしてしまうなぁ。
「反転魔法を反転させる? なんですかソレ? 『裏の裏は表』みたいなことですかねパジェス先生?」
うーん・・・でも、この場合は裏の裏が表になったところで、精霊魔法への侵蝕が止まるという点においては等価だろう。
だとしたら別の意味があるのか・・・直感と雰囲気で精霊魔法を使っている俺には難易度が高いぞ。
「まさにソレだよクライスさん! 裏の裏は表さ!」
「はい?」
パジェス先生の口から全く予想外の肯定が出てきて、言った俺の方が面食らう。
「この魔道具の内部では、人工的に合成した疑似精霊によって精霊魔法の働いている場に近い状態を造り出し、更にソレを外に出さずに内部で反転させてから放出している。つまり『精霊魔法が効かなくなる場』を周囲に撒き散らすっていうことが、この魔道具の本質さ」
「近くで精霊魔法を使ってる側からすると、それが『侵蝕された』ように感じる訳ですよね?」
「そういことだね」
「でもパジェス先生、仮にソレをもう一度反転させて周囲に放出しても、精霊魔法の力を強めるってことにはなりませんよ? 確かに精霊魔法はちびっ子達の力を借りますけど、それは現世と精霊界を繋げたり、理を組み直せる環境を作り出すためのモノで、魔力その物じゃないですから。精霊魔法でちびっ子達に借りる力は、伯父上の研究に則って言えば魔力とか燃焼物とかじゃなくって触媒みたいなモノなんです」
「僕もクライスさんやシンシア君から精霊魔法の説明を聞いた時に、似たようなイメージを抱いたよ。でもそれでいいんだ。『裏の裏は表』だって発想で、ワザワザ二回も反転させる意図は、『本来の表』とは違う『ズレた表』を得ることなんだからね!」
「ズレ?」
「先生、反転を二回繰り返しても完全に元通りになる訳では無い、と言うことはその通りだと思うのですが、もう少し詳しくご教示いただけないでしょうか?」
おやおや、珍しくシンシアがギブアップか?
「アハッ! シンシア君は昔から真面目だからねぇ...こういう捻くれた発想は苦手かもね。でも、そこもシンシア君のいいところだよ。で、話を戻すと、反転したモノを再度反転させる時に、少しだけ操作を加えるんだよシンシア君。反転を『鏡』に置き換えて考えてみてごらん、その時に二枚目の鏡の角度を少し変えるって感じかな?」
「角度ですか...でも先生、そもそも鏡の比喩で考えると、映してる対象が鏡と鏡の間に挟まる訳ですから、完全な合わせ鏡って物理的に不可能ですよね? 仮に一枚目の鏡を斜めに置いて横顔を映し、邪魔にならないように二枚目の鏡をそちらに向ければ、確かにそこには横顔が映りますけれど、それは完全な反転とは言えないのでは...」
「まぁ鏡ってのは単なる比喩さ」
「って言うかシンシア、よく咄嗟にそんなこと思い浮かべられるな!」
「あ、えっと御兄様、これは女性がお化粧する時に使う合わせ鏡のテクニックです。お母様は自室を出る前に、必ずそうやって自分の横顔を確認するんです」
「へぇー姫様がね」
「一枚の鏡だけでは自分の横顔を自分の目で見ることは出来ませんからね。そうやって二枚の鏡を使って『見えない部分が見えるように』するんです」
「でもシンシア君、魔法の反転は鏡に映る絵姿とは違うよね? どんなにシンプルに見える魔法でも、そこには魔法として働く作用と順序が存在してる。つまり作用機序だね。それは反転魔法だって例外じゃ無いのさ」
「それは勿論です先生。ですが反転魔法は...あっ!」
途中まで何かを言い掛けたシンシアが不意に口ごもった。
おぉっ、コレはなにか思いついたな?




