反撃の糸口
つい思考が『哀れなホムンクルス達の行く末』に逸れちゃったけど、先日の戦いでレスティーユ侯爵家の正規兵たちが駆り出されていた理由は、決して『在庫の少ないホムンクルスを消費するのが勿体ない』というワケでは無く、『ホムンクルスではこの侵蝕魔法の魔道具をうまく動かせない』からだと言う推測は理に適っているように思える。
なんと言ってもエルスカインは、イザ攻撃するとなったら躊躇しないし、出し惜しみもしない。
その瞬間に得られる最大効果を得ようとしてくるヤツだからね。
そのエルスカインが、こんな強烈な魔道具をこれまで使わずにいたことがどうにも不可解だったけど、それは『出し惜しみ』じゃなくて、俺たち相手にコレを使うと決めてから、運用する兵達を教育するのに相当な日数が掛かったと考えれば腑に落ちる。
「パジェス先生、この魔道具が『人の魔法使い』にしか扱えないって推理は的を射てると思いますよ。ホムンクルスの製造技術自体は古代文明のモノですけど、たぶん、当時のイークリプシャン達にとってのホムンクルスは奴隷か、せいぜい良くて召使いってところだったように思えますし、自分らと同格の扱いはしてなかったでしょうから」
「わざわざ、奴隷にしていたホムンクルスやアンスロープ族でも扱えるように創る理由が無いってワケさ。で、僕はね、コレも現状を打開する鍵の一つだと思うよクライスさん」
「コレ?」
「この魔道具がエルフや人間にしか扱えないってこと。今回の戦いでクライスさんが破壊したり鹵獲したのは三台だけど、エルスカインは他にも予備を持ってると考えるべきだよね?」
「ええ、それは勿論です」
「でも、それを扱えるのが人族の魔道士だけだとすれば、連中の手数には制約があるって話になるでしょ?」
「いやぁ、どうでしょう...用心深いエルスカインことですし、伯父上の領地では正規兵達も捨て駒にするつもりだったように思えます。だから、もしも予備があるなら、魔法使いの訓練は大勢のレスティーユ侯爵家の兵士に施してるんじゃ無いですか?」
「それは勿論だろうね。でもねクライスさん、相手が人間族やエルフ族ならこちらの戦い方も色々な手が取れるでしょ? それになにより、エルスカインや直属のホムンクルス達が、自分で直接この魔道具を扱えないとすればさ、何かする時には必ず『部下を通じて命令を伝える必要がある』ってコトになるよね!」
パジェス先生が力強く宣言するけど、それ自体はコレまでにエルスカインがやって来たことと何ら変わらないのでは? という風に思える。
「コレは致命的な欠点だよクライスさん!」
「欠点?」
「だって考えてみてよ。戦争で将軍が戦場に出て来ないで、城に籠もったまま指揮を執ってたらどうなると思う? しかも前線で一番重要な武器を扱うのは、信頼を置けない雇われ兵だよ? レスティーユ家の正規兵なんてエルスカインにとってはただの傭兵だからね?」
「そうか...言われてみれば確かに連中は傭兵みたいなモノでしょうね」
傭兵と言ってもスライのような百戦錬磨の戦士では無くて、恐らく本当の戦場には一度も出たことが無い城の兵士達だ。
勿論ちゃんとした軍隊だし、彼らは訓練を受けてる兵士だけど、任務と言えば精々、盗賊の討伐とか国境での小競り合いぐらいだろう。
なにしろ本格的な国と国との戦争なんて、もう何百年も行われてないんだからな・・・
「しかもエルスカインはどこかに隠れたままで決して外に姿を現さず、転移門で呼びつけた直近の部下達としか会話しないって話でしょ?」
「以前に会った老錬金術師の話によると、そうらしいです。それにエルスカインに会うためには段取りが必要って言うか、まず、向こうの許可を受ける必要があるってことでしたね」
「ますます有り難いな。現場の指揮官達に大きな裁量が与えられているか、あらかじめ綿密に立てた計画通りにコトが進むなら、将軍が城に籠もっていても問題ないけどね...でも戦争なんて、そう思惑通りに運ぶものじゃ無いでしょ?」
パジェス先生が口にした、『計画通りにコトが進むなら』というフレーズが、ピンと俺の頭に刺さった。
これまでのエルスカインの戦い方はまさにそれだったからな。
ところが実際は、そのほとんどの局面において配下にしている人族たち・・・いや、『元』人族であるホムンクルスたちの不安定さ、思慮不足、身勝手、思い込み等々、言うなれば『いかにも人族らしい』諸々の要因によって計画に綻びが生じて失敗している。
そしてあの老錬金術師の言葉にも滲んでいたように、エルスカインは、その『人族らしい』部分をどうするかについての反省や再検討を、全くやって無いと思えるのだ。
いや・・・『やってない』のではなくて、『出来ない』んだよな。
エルスカインには人族の思考や感情の起伏なんかが理解できないし、模倣することも出来ない。
だからいつまで経っても、人族の不確定さについては計画に織り込むことが出来ないのだ。
「分かりますよパジェス先生。俺たちもエルスカインの計画の裏をかいたり、綻びを突いたりして生き延びてきましたからね」
「何度も?」
「ええ、何度もです」
「つまりソコがエルスカインの本当の弱点ってコトさ。常に状況把握や指示の遅れが有る...つまり現場で起きてることに即座に対応できないって言うのは、大勢が関わる戦争においては致命的なんだよ」
そう言えばシンシアとパルミュナが開発した手紙箱を始めてスライに見せた時に、彼が『コイツは凄えな! 戦場で使えたら一瞬で優劣がひっくり返るぜ?』と、興奮して言ってたことを思い出すな。
そのあと使用上の制約を聞いてから、『こんな便利すぎるモンは戦争なんかにゃ使われねえ方がいいだろうさ』と口にしたことも・・・
「確かにそうでしょうね。その分だけコッチは『相手より早く動ける』ことになる訳ですから」
「だろう? そして僕はこう見えて筆頭王宮魔道士だ。つまり、人との戦い方なら心得てるつもりさ」
そう言ったパジェス先生は不敵な笑みを浮かべた。
別に凄みや陰謀を感じるとかってワケじゃ無いのに、何故だか『この人と戦うとヤバいな・・・』と本能的に感じる。
ただ、パジェス先生がこういう表情を見せるからには、単なる茶目っ気じゃ無い知略が有るんだろうな。
って言うか、有って欲しい。
「もちろん、ただ精霊魔法への侵蝕を防げるってだけでは決定打にならないことは僕にも分かってるよ。サラサスに隠してある浮遊兵器だっけ? それとヒュドラの毒ガスをどうにかしないことには最終的な勝ち目は無いし、すくなくともラファレリアは守れない。あと、マディアルグ王の複製ホムンクルスとやらがワラワラ出て来るっていうのなら、その対策も必要だろうね」
「考えがあるんですよねパジェス先生? さっき言ってた『朗報』ってのは、それだけの話じゃ無いんでしょう?」
「まあね」
「勿体ぶらずに教えて下さいよ」
「言っておくけど、まだ確実じゃ無いよ?」
「そんなの構いませんよ。こちらの武器や利点になる可能性があるなら、どんなに薄い目でも考えに入れておきたいですからね!」
俺がそう言うと、パジェス先生は顔をシンシアの方に振り向けた。
「ねぇシンシア君、魔法の『作用機序』については理解してるよね?」
「はい先生。魔法学校で詳しく学ばせて頂きました」
「えっと、なんですか、その『サヨウキジョ』って?」
「じゃあ、シンシア君からクライスさんに説明して貰えるかな?」
突然出てきた未知の単語に俺が戸惑っていると、パジェス先生は面白そうにシンシアに振った。
「御兄様、『作用機序』というのは、どのような順序や効果で魔法が動いて効果を発揮していくか、という一連の仕組みと流れを表す言葉です。知らなくても魔法は使えますし、いったん覚えた魔法、構築した魔法を使う時に意識することもありません」
「いやぁ、俺はそんなの全く知らずに精霊魔法を覚えたんだけど?」
「きっと破邪の魔法でもそうだったんですよね御兄様? 魔法が働く仕組みや、魔法陣の由来を知らなくても、生み出される効果をきちんとイメージし、教えられた通りに魔法陣や魔力の動かし方を練習していけば、大抵の場合はその魔法を身に着けることが出来ますから」
「そうだったのか...」
「つまり、魔法を『使う』とか『魔法陣を覚える』だけだったら、作用機序の理解は必須じゃ無いんです」
「ほほぅ」
「ですが、まったく新しい魔法を開発する時には、作用機序を理解していると格段に効率的に魔法を組み上げることが出来ます」
なるほど・・・さっぱり分からん!




